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第78話 常夜の闇が覆う④

 オレ達を匿った初老の男は、関元和夫(せきもとかずお)と名乗った。唇が隠れるほどの無精髭で中背中肉。ホコリと垢で汚れたシャツを着ている。風貌からくたびれた印象を受けるが、眼光の鋭さからは何か、生への執着らしきものが感じられた。



「お前さんら、よそもんか?」関元が、締め切った扉の方をチラチラと見ながら、オレたちに問いかけた。


「そうだ。霜北沢の方からだ」


「珍しい、いつぶりだろうか。行商の車が稀に通ることはあるが」


「それは活芽(かつめ)だろう。知り合いか?」


「名など知らん。慌てたように逃げ去る車を見たというだけだ」



 関元はロウソクを片手に持つと、オレ達に移動を促した。奥へ案内するつもりのようだ。


 建物の中が異様に暗いのは、窓を段ボールで目張りしているからだ。これでは街灯の差し込む光すらアテにできず、照明無しでは歩けもしないだろう。



「外の様子はどうだ」関元は歩調を変えずに、ガレキや紙ゴミを避けて歩いた。精練された動きだと思った。


「どう、とは? どこもかしこも廃墟だ」


「真宿(しんじゅく)と同じか、という意味だ」



 関元の語気が少しだけ強くなった。同時に、かすかに肌を刺す気配もただよいだす。気の短いタイプかもしれない。


 

「だいぶ違う。太陽は昇るし、化け物めいた敵も出ない。ここに比べたら遥かに快適だろう」


「そうか」



 通路の半ばで立ち止まった関元は、板状に平たくして立てかけた段ボールを、そっと横にずらした。それはドア代わりらしい。中は物置を思わせるようなスペースの部屋で、しかしガランとしていた。あるものと言えば、部屋の隅に置かれた寝袋や荷物くらいだ。


 そこで1人の少年が座り込んでいた。



「戻ったぞ焔走(ほむら)」



 関元の言葉に、少年は僅かに視線を寄越しただけだった。見たところ大介より幼く、茉莉恵(まりえ)や翠(すい)に近いと思った。伸び晒した髪と、ひどく痩せ細った手足からも、陰鬱な気配が感じられた。



「焔走くんって言うの。格好いい名前だね」



 衣織が小さく呟くが、当の本人は何も言わない。そっぽを向いて部屋の隅を眺めた。代わりに関元が口を開き、「悪く思うな。今日まで多くの死と関わってしまった子どもだ」と言った。



「さて、ここなら防音処理もしてある。飲み食いするなら今のうちだぞ」



 そう告げた関元は、リュックから袋を取り出すなり封を切った。それはインスタント麺で、袋には北海道味噌の宣伝文句が書かれていた。



「悪いが、アンタらに分けてやれるものは無い。こっちもギリギリなんだ」



 すると関元は、麺に直接スープの粉をふりかけては、そのまま齧った。バリバリと音をたてて、たまに粉っぽい咳を漏らす。麺の半分を残した所で焔走に突き出した。


 おもむろに受け取った焔走は、関元とは対称的に、モソモソとした食べ方だった。



「ここなら大丈夫ってどういう事だ?」オレが尋ねると、関元はペットボトルで喉を潤そうとしていた。



「もちろん、あの殺人鬼にバレないという意味だ」


「目出し帽に鉄板の男だよな。アレは何者だ? オレたちは何の脈絡もなく、突然襲われたぞ」


「アレが誰で、どこからやって来て、何が目的か――その一切が分からん。いきなり襲われるようになったのは、真宿で暮らしていたオレらだって変わらないんだ」


「あの男は覚者と考えて良いな?」


「カクジャ? なんだそれは」


「質問を変えよう。あの男は、突然何かを生み出したり、あるいは消したり、そういった事が出来るか?」


「心当たりはないな。ジックリと向き合った事はない。出くわしたら即座に逃げ回った。ともかくアイツは殺戮を楽しんでいて、大勢が犠牲になった。武装した連中だけじゃない。女も子どももお構いなしだった」

   


 関元は、水で濡れた口元を拭って、さらに続けた。



「あいつは音に敏感だ。防音処理がなけりゃ、こうして飲み食いなんて出来ない」


「もしかして、あの男は眼が見えないのか?」


「そうではない。実際、ライフルには遠視スコープが取り付けられている。異様に耳が良いと考えるべきだろうよ」


「確かに、外は暗いからな。視覚より聴覚の方が役に立ちそうだ」



 窓の方を見ると、段ボールできっちりと目張りされていた。その向こうは暗雲の垂れ込める空と、微かな街灯の光があるのだろう。


 凜花がオレの肩に触れた。そちらを見ると、半分だけ水の残ったペットボトルと、アメ玉を1つ手渡された。物資ならば全て焼けた。辛うじて凜花のヒップバッグに残されたものが、オレたちの全資産となる。


 オレはアメを口の中に放り込み、水は一口だけ飲んで凜花に戻した。そして、込み上げる疑問をそのまま相手に伝えた。



「なぜオレたちを助けた?」


「半分は気まぐれだ。見慣れない奴らが逃げ回ってる。もしやと思って手を差し伸べたら、やはり外から来たと言うじゃないか」


「それが何だと言うんだ?」


「他所の世界を知ってるんだろう。だったら真宿の外に連れてってくれ。せめてコイツだけでもな。オレとは違って未来のある若者だ」



 関元が焔走の頭を軽く撫でた。その若者は、先程の乾麺をかじる最中だった。



「真宿から出ようにも、どうしたら良いんだ。徒歩で抜けられるものなのか?」


「いや無理だ。真宿区から出ようとすると、どういう訳かアッサリ見つかってしまう。音を立てずに歩いても、奴が現れては大暴れしていくんだ。車でもなけりゃ突破は出来んだろう」唾を吐き捨てるかのように関元が言った。


「だったらオレたちも条件は同じだ。その子を連れ出すのは良いとしても、徒歩での移動だ。あの殺人鬼と激戦を繰り広げる事になるし、最悪巻き添えに――」


「車ならある。状態も良いから、たぶん使えるぞ」



 オレは凜花と衣織の方を見た。力強く頷く姿から、同意を得たと認識した。



「車が欲しい。その子を逃がせというなら、それは出来る限りやってみる」


「よし、取引成立だな」


「鬼道渉(きどうわたる)だ。よろしく頼む」



 オレが手を差し伸べると、関元も握手に応じた。続けて国友凜花(くにともりんか)、姫野衣織(ひめのいおり)と名乗る。関元は頷いてくれたが、焔走は我関せずという態度を崩さなかった。



「そうと決まれば移動しよう。動けるか?」関元が視線を巡らせつつ言った。


「オレたちに留まる理由はない。むしろ先へ急ぎたいくらいだ」


「良いだろう。車のキーはここに無い。まずはそれを取りに行くぞ」



 関元は「少し待て」と言い、荷造りを開始した。そうは言っても寝袋をまとめるくらいだった。関元は自分のリュックを背負うと、焔走にも小さなリュックを差し出した。


 そこで焔走が「おじさんは逃げないの?」と訊くと、「お前は自分の心配だけしてろ」と関元は答えた。



「待たせたな、こっちだ」 


 

 部屋を出て通路に立ったところで関元は、さらに奥の方へと誘(いざな)った。そして裏口らしきドアの前で立ち止まると、オレたちに振り向いた。

 


「地下モール跡を通って、以前オレたちが使っていた拠点に向かう。繰り返すが、物音だけは絶対に出すな。もちろん会話も厳禁だ」 

 


 オレが頷き返すと、関元は小さく「開けるぞ」と言った。神経質そうな仕草で開かれたドアの先は、やはり暗闇の世界だった。空は暗雲でフタをしたように閉ざされて、無機質に輝く街灯が点々と見えた。 


 関元は慎重にドアを閉めると、大通りにある地下階段を指さした。オレは足音を殺しながら、示された方へと歩を進めた。


 それにしても、と思う。真宿でも一苦労させられそうだ。その予感は正しく、もうじき現実となって押し寄せてくるのだが、その未来はまだ知らない。


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