第73話 決起は青空の下で
まどろみの中で車の音を聞いた。タイヤが砂利を噛む時のものだ。凜花が使っているのかと思いきや、突然、バイクのエンジン音までも轟いた。
「これはいったい、何事だ……?」
遊具の小屋で身を起こすと、誰かが叫んだ。「敵襲! 大勢で来た!」と。
外が緊迫する中、オレも身体を起こした。気だるく、足元がフラつくものの、どうにか外へ。
「とうとう敵がやって来たか。凜花と衣織も呼ばないと……」
音の聞こえる方へ向かってヨロヨロと歩く。騒ぎのど真ん中で、車から降りた人物を見たとたん、肩の力が抜けた。威嚇するようなエンジン音を響かせる連中も、フルフェイスだが、見覚えのある服装だった。
しかし道路を占拠した集団は、オレの姿が見つけられていないのか、いかめしい声を響かせた。
「おうテメェら! ここに鬼道渉がいるのは分かってんだ、速やかに解放しろ!」
「ワタルさん! 僕だよ、大介だ! 助けに来たからもう安心して!」
慌てふためく霜北沢の避難民たちと、勇ましくも斧を片手に戦おうとする陰木。それらを凜花と衣織がなだめるのだが、収拾はつかないように思えた。
オレは苦笑を浮かべるとともに、車道の方へ歩み寄った。「無事だったかワタル!」という声に、片手を挙げて答えた。
「あれ……ワタル。何か無事じゃね?」ヘルメットを外した早河が首をかしげた。
「無事も何も、このとおり平穏無事だ。アニマを使いすぎてダルいが」
「んん〜〜これはもしかして、先走ったというヤツか?」
乾いた声で笑う早河を、細矢が呆れた声で「だから言ったろう」とたしなめた。
それから軽トラックのドアが空き、1人の少年が姿を現した。もちろん大介だった。
「良かったワタルさん。電話であんな事言われたから、てっきりピンチなのかと思ったよ」
「実際ピンチではある。それにしてもなぜ疾風旅団と一緒なんだ? 顔合わせなんてしてないだろう」
「駒江で知り合ったんだよ。ここへ来る途中、早河さんに止められてさ。事情を説明したら、いつの間にやらこんな大所帯に」
「そうか。半分以上はオレのせいか。つい弱音を吐いてしまったが、ずいぶん大事になってしまったな」
「早川さんが血相を変えちゃってね。ほとんど全軍を集めて『絶対に助け出すぞ』って、すごい剣幕だったよ」
早河は照れたように咳払いをして「友達を救うためには当然だろ」と続けた。
何はともあれ誤解は解けた。疾風旅団の面々はバイクから降りて、エンジンを吹かす事をやめた。そこへ清水が振る舞われて、美味いと言って喉を潤した。
「確かにワタルさんは囚われてなかった。でも、窮地には違いないね」
大介が拠点を見渡して言った。何も無いに等しい事は、わざわざ説明するまでもない。唯一、飲み放題の水道だけが褒められるポイントだろう。
「ここには備蓄も建材もない。アニマをフル活用しても足りないんだ」オレは言いながら目眩にも似たものを覚えた。
「確かに。こんな所に40人近くが、手ぶらも同然で逃げ込んだのかい。衰弱死が関の山だよ。もっと早く僕を頼ってくれればよかったのに」
「駒江も自明キャンパスも遠いと思った」
「何にせよ僕が来て正解だったね。ピンチだと思ったから色々持ち出してきたよ。だいたい食料だけど」
その言葉に胸がジワリと温まった。
「大介……。あぁ我が子房よ」
「シボウ? 脂肪、志望……?」
「頼れる仲間って意味だ」
大介は自前の軽トラに戻ると、そのドライバーと少し話し込んだ。そしてトラックは緩やかに公園の中央付近へやって来て、荷下ろしの為に停車した。
「保存の効くものがメインだから、少し偏ってるよ」
大介は身軽に荷台へ飛び乗った。もちろん、オレも荷下ろしを手伝った。両手に余るほど大きな竹籠を次から次へと受けとり、順々に地面に置いた。
トウモロコシで満載だった。他にもナス、きゅうり、トマトもあるが、それらは合わせても半数にも満たない。久しぶりにまともな食材を見た気がする。避難民達も乾パン粥から解放されたとあって、痩せこけた両腕を高くかかげた。
「本当に助かるぞ大介。もらって良いんだな?」
「もちろん。支援のために持ってきたんだもん。ぜひ……」そこまで言った大介が、ふと視線をさまよわせた。
「どうした。何かあるのか?」
「いやね、最近は新しい農園や畜産小屋を作ったんだけど、人手が足りてないんだ。若い労働力が少なくてね。もし良かったら、ここの人を何人か貸してくれないかな。もちろんちゃんと対価は払うよ」
「分かった。顔役に聞いてみるが、嫌とは言わんだろう」
「ありがとう。もしかするとコッチの方が助けられたかもしれない」
「持ちつ持たれつだ」
それからも大介の視察は続いた。特に畑に足を運んだ時、土地の痩せ具合を指摘した。やはりというか肥料が必要とのこと。大学の図書館から使えそうな本を貸してくれると言い、ここでも気前の良さを見せてくれた。
「ひとまずは、こんな所だね。お役に立てたかな」大介が爽やかに笑った。
「役に立つも何も、食料問題が改善させた救世主みたいなもんだぞ。何ならここで神様でもやってみるか?」
「何だいそれは? つつしんで遠慮するよ。すごく嫌な予感がしたもん」
「懸命な判断だ」
大量のとうもろこしは塩ゆでにされた。そして茹で上がったそばから配られていく。1人につき1本の半分だが、皆は甘い美味しいと、夢中になって頬張った。
「ところで大介。歯抜けピアスは元気か?」
「歯抜け……あぁ、司馬木さんね。真面目にやってくれてるよ。最初はキャンパスの皆も反発してたけど、キッチリ働いてくれるから、見る目が変わったよね」
「登途のメンバーには、小さな子も居たと思う」
「妹の茉莉恵と仲良くしてくれてる。今じゃキャンパス中で鬼ごっこさ」
「お前も大変だな。指導者であり、元気の有り余る少女の兄であり」
「慣れれば割とやれるよ」
大介は半分だけのトウモロコシにかじりついた。噛み締めて綻んだ時、ようやく年相応に見えた。しかしその顔も、すぐに引き締まってゆく。
「早河さんから聞いたよ。ワタルさんは、行く先々で色んな人を助けてるらしいね」
「世のため人のため、というと大げさだが。半分は結菜のためだ」
「どういうこと?」
「せっかく結菜を幽閉施設から救い出しても、一面が廃墟では可哀想だ。街を元通りにする、とまでは言わんから、せめてちょっとした集落くらいは見せてやりたい」
「なるほどね、うんうん。理解したよ。それならバックアップが必要だよね」
「具体的には?」
「僕に後方支援を任せてよ。今回みたいに連絡を取り合って、人や物をワタルさんの元へ届ける。それでだいぶ捗るんじゃないかな」
「あぁ、我が子房よ……!」
「それさっきも聞いたよ」
会話を重ねていると、早河がズカズカとやって来てオレの肩を抱いた。傍らには細矢の姿もある。
「おい大将、面白そうな話してんな。オレらも噛ませろよ」
「協力してくれるのか?」
「もちろんよ。オレ達は動いて良し、戦って良し、生産活動も出来る。どこでも働けるぜ」
「だそうだ。良いよな、大介?」
「もちろんだよ。早河さん達も仲間になるなら、すごく心強いよ」
「よぉし決まりだ。決起会すんぞ、決起会」
早河がそう叫ぶと、主だったものが集められた。と言っても、凜花と衣織、そして陰木を呼び寄せただけだ。主要メンバーで輪を作って座る。他の避難民や旅団の面々も、少し離れた場所で座った。
まともな家屋のない拠点だ。決起会は、陽射しの輝く青空の下で執り行われた。
「ではここに、我らが熱き友情のもと、一大同盟を築くことを宣言する!」音頭をとるのは早河だ。図体も声も大きいので適任だと言えた。
「我ら『早河と愉快な仲間たち』同盟は、今後いかなる場合においても――」
「おい待て! その名前はやめろバカ!」
凜花や陰木から猛反発を受けて、早河は極端に肩を落とした。結局はオレにバトンタッチした。
「えーー。このたびはお集まりいただき、まことに感謝を……」
「ワタル、固いって。もっと親しみやすく」凜花が横から言った。オレは自然と咳払いした。
「ともかく、霜北沢のみんな。もう不安に怯える事はない。心強い協力者を得たから、あらゆる問題が解決に向かう事を約束する。今後は汗水流す場面が増えるとは思うが、その滴ひとつ零すたびに、必ず何か豊かになる。絶対にだ」
静かだった。咳払いのひとつもなく、皆はジッと耳を傾けてくれた。
「辛い、苦しい、哀しい。今日までいろいろあったろう。だがこれからは、豊かで幸福な日々が訪れる。生きててよかったと言える時がやってくる。その為にも皆、手を取り合い、この乱れた世界に平和をもたらしてくれ!」
オレが言い切ると、あたりに歓声が轟いた。士気は充分。明るい未来を約束するような大音声だった。
「さてと、挨拶も終わったことだし、酒を酌み交わそうぜ」
早河がいそいそと盃を配りはじめた。木製の、少し歪な形だ。手作りだという。
「悪いが主要メンバーだけだ。全員に配るほどの量は出来てなくてな」
早河はどぶろくを片手に注いで回った。振る舞われたのは少量の酒だった。さすがに大介は飲めないので、彼だけ水盃だ。
「では我らの輝かしい未来に……乾杯!」
早河は、そう言って一気に飲み干した。オレも少し口に含んでみる。しっかりとした酸味に強めのアルコール。ヨーグルトリキュールにも似た味わいだが、そんなものどこで調達したのだろう。
「そういや早河。酒蔵の方はどうなんだ?」オレが問いかけると、返事は早かった。
「おうよ。小規模だがな、ちょっとずつ作ってるぞ」
「もしかして、この酒も手作りか?」
「その通り。口噛み酒だ」
オレの傍で、凜花と陰木が同時に吹き出した。衣織も激しくむせている。淡々と酒を飲み進めるのはオレくらいか。
「てめっ! なんつうもん飲ませんだ!」凜花が顔を真赤にして吠えた。
「ほんとよ! オッサンの唾を麗しき乙女に飲ませようだなんて、このヘンタイ! 色々と倒錯させたドヘンタイ!」陰木も遠慮がなかった。
「おいおい落ち着けよ。これを作ったのはオレじゃなくてだな」
早河が追求に対応している中、細矢がオレの脇まで寄ってきた。
「鬼道渉。どうだろうか、味の方は?」
「そうだな。まぁ、美味いんじゃないか」そう返答すると、細矢は切れ長の瞳を見開いたのち、自分の指先を見つめた。
「これは、私が作った口噛み酒なんだ。そうか、美味いか。いっそここで、私の唾液を直接提供する事だって、やぶさかでないのだが」
「何言ってんだお前」
「あ、いや、そうだな。私としたことが。少し飲みすぎたかもしれん」
「舐める程度だったろ」
オレは調子外れの細矢から、渦中の早河に眼を向けた。言い争いは続いているが、どこか楽しげである。
これで良いかもしれない。とても賑やかで、オレ達らしくはある。そう思いつつ空を見上げた。眩しく輝く太陽を見つめて、ただただ、長い息を吐いた。




