第57話 霜北沢A番街①
ガレキに塞がれた道を右へ左へ。一本道というわけには行かないが、それでもどうにか、東方面へと進むことが出来た。
「んだよ……。瀬田谷の時みてぇに片付けとけっての」
凜花が、誰に言うでもなく不平を漏らした。速度はおおよそ30キロ程度。この4倍はかっ飛ばしたい心境なんだろう。
それに対して衣織はリラックスムードだ。顔を左右に向けては、朽ちかけたビル群を眺めている。だが、物憂げに見えたその表情も、やがて暗く引き締まってゆく。
「皆さん、気をつけてください。あちこちに人が隠れています」
「そのようだな。マップにも反応がある。連中の心は読めそうか?」
「困惑……でしょうか。襲うつもりはなさそうですが、歓迎もされてないようです」
「そうか。だったら長居は無用だ。なるべく早く抜けてしまおう」
「それが出来りゃ苦労しねぇよ……ったく」
とにかくガレキが邪魔だ。他にも倒された自販機、へし折れた街路樹が、代わる代わるに道を塞いだ。
それらと出くわす度に道を変えねばならず、なかなか思うように進めなかった。方角を見失わずに済んだのは、辛うじて姿を残した小和急線の線路だ。熱か何かでひしゃげているものの、在りし日のルートは保てていた。
「凜花、停まってくれ。マップに反応がある」
駅の跡地が見えた頃、オレの言葉ですみやかに停車。スマホを手に取ると、凜花や衣織も顔を寄せて覗き込んだ。
「この周辺に人がいる。かなりの数だな」
「数人どころじゃねぇな。何十人ってレベルか?」
「これって、敵ではないんですよね? 赤くないですし」
「そうだな。今のところは」
マーカーの色を見るに、敵対勢力ではない。かといって味方でもなく、状況次第ではどちらにでも転びそうだった。
オレとしては、人の数より別のものが気になった。
「見てみろ。物資の数が異様に多いぞ。マーカーが重なりすぎて円の形をしていない」
「どういうこった? 倉庫でもあんのかな?」
「直接見て、確かめる以外ないな」
オレはすかさずセカンダリーゾーンを展開した。なるべく小さく極小にしたところ、独占的ゾーンだった。少なくとも、この近辺では競合しないらしい。
「双眼鏡を作ってみた。これで遠くから観察できるぞ」
オレが助手席から降りると、すぐに衣織も続いた。さらに凜花まで降りようとするので、それは留まらせた。万が一を考えて、逃げる態勢は整えておきたい。
観察に都合の良い場所を探すうち、くちかけた歩道橋を見つけた。といっても橋のテイではなく、階段部分が残されているだけだ。
「さてと。噂の霜北沢はどんなもんか……」
方角からして駅前商店街のエリアだった。近くには、ガラスが割れて骨組みだけを残した駅ビルが見える。
双眼鏡を覗き込んでみると、やはりと感じた。
「ワタルさん。様子はどうですか?」
「見てみろ衣織。ここもセカンダリーゾーンの街だぞ」
「えっ……キレイな建物に、カフェとか雑貨屋さんがある!?」
「しかも1軒だけじゃない。ここのゾーンは商店街全体を内包しているだろう。この広さを維持できるだなんて、ここの覚者はかなりの遣い手かもしれない」
「それで、どうするんですか?」
衣織が少し複雑な視線をよこした。期待と不安の入り交じる、まるで転校初日のような表情だ。
「正直言って、こんな街は避けたほうが無難だ。覚者がいるのなら、こちらも多大なリスクを背負うことになる。戦闘になった場合、下手すれば返り討ちにあうかもしれない」
「そ、そうですよね……」
「だが、この先の道が分からない。真宿や渋屋の情報も欲しい。悩みどころではある」
「なるほど、なるほど……。ということは?」
「はぁ……。行きたいんだろ? いいよ、寄ってみよう。その代わり、危なくなったらすぐに逃げるから、そのつもりでな」
「ありがとうございます! どこのお店に行こうかなぁ〜〜」
「遊びじゃないからな」
オレたちは一度車へと戻り、凜花と合流した。そして車を物陰に隠した後、偵察に向かうことにした。
向かう先は霜北沢A晩街。平時だった頃はオシャレな店が立ち並ぶ、若者の街だった。今は廃墟の海に浮かぶ小島のような存在と言えそうだ。
「すげぇな。建物が新築みたいにキレイだ……」
A番街に足を踏み入れるなり、凜花が感嘆の声を漏らした。それも当然の事で、道の両側に立つ建物すべてが、真新しいものだった。オープン席つきのカフェ、服屋に小物屋。どこも商品は潤沢で、店先にまで溢れるほどだった。
そして道もキレイに整備されていた。ガレキ片も廃車の1台もなく、さらに言えばゴミのひとつさえ落ちていない。やはりこの界隈だけが、世界から浮いていた。
「いい匂い……コーヒー屋さんが近くにありますね」
「こんな時代じゃなきゃ、カフェラテでも頼んでるところだな。だが気を抜くなよ。いつ何時襲われるか分からない」
「はい、大丈夫です! でも本当にいい香り。コーヒーなんて半年は飲んでませんから」
オレ達は半ば警戒しつつ界隈を歩いた。すると、とある店のドアが開き、何者かが語りかけてきた。
「あらお客さんかしら? どうぞどうぞ、ウチも見ていってくださいよ」
店員と思しき女はまだ若い。20歳代前半といったところか。無地のエプロンに、柄物のワンピースを着た女。気さくに手招きしては店内へ誘おうとする。
オレたちは目配せしたのち、結局はお邪魔することにした。店員から敵意が感じられなかったからだ。
「うわぁ、いっぱい売ってる!」
店に足を踏み入れるなり、衣織が感激しつつ言った。確かに面白みのある商品ばかりだ。玩具と家具の中間みたいな物で溢れており、眺めるだけでも楽しそうだ。
「こんなにたくさん、どこから集めてるんでしょう?」
「確かにすげぇよな。しかも電池式のやつ、ちゃんと動くぞ?」
凜花たちが、時計やら卓上照明をいじくり回した。まるでウィンドウショッピングのようで、夢中になって店内をうろついた。
店員の女はというと、別に咎めるでもなく、嬉しそうに微笑んだ。
「もし良かったら、手にとってみてくださいね」
店員はそう告げると、カウンターの中へと戻っていった。そこには先客がおり、熱心なセールストークを展開した。
だがオレには、その光景が異様としか思えなかった。真相を確かめるべく、オレもカウンターまで歩み寄った。
そして先客と思しき紳士風の男の顔を、そっと覗き込んだ。予感は的中。身じろぎひとつしない男を見て、深く納得してしまった。
「やっぱりな。おかしいと思ったよ」
その人物はマネキンだった。物言わぬ人形相手に、やはり店員の女は饒舌に語り続けた。その狂気とも言える振る舞いに、オレは警戒心を一層に高めていった。




