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第55話 情報料に水1本

 2輛の軽自動車が並走しながら道を行く。昇ったばかりの朝日が、辺りを眩しく照らす。たとえ視界が廃墟だらけでも、日差しだけで明るい前途を感じてしまった。早くもこの世界に慣れた証かもしれない。



「やたら道が整ってるよな。2台並んで走れるくらいには」



 オレが呟くと、運転席から凜花が答えた。



「ロイヤルクランの奴らが掃除したらしいぞ。アイツら車移動がメインだから、散らかってると困るんだとさ」


「そうか。売利原(うりはら)にとって数少ない善行だろうな」


「ハッ! ちょっとくらい良いことしても、悪事が役満クラスだろ。あんなの、プンリーからの大チョンボで罰符もんだぜ」



 後半は何を言ってるか分からないが、とにかくロイヤルクランは悪の巣窟だという意味だろう。多少の善行など消し飛ぶくらい悪行を重ねたのだから、凜花の評価も真っ当だと言えた。



「そろそろ瀬田谷に入りそうだ。合図を頼む」



 凜花がクラクションを短く、2回鳴らした。すると、並走する車も同じくクラクションを返して、路肩に停車した。


 隣で運転席が開き、まず細矢が、続けて早河と数名も路上に降りた。オレも倣って助手席から降りると、凜花や衣織も遅れて車から出た。



「これでしばしの別れか。寂しくなるな……」



 細矢が切れ長の瞳を、一層に細めて言った。その目元が太陽に照らされて、僅かにきらりと輝いた。



「しょうがねぇさ充希ちゃん。ワタル達のようなスゲェ奴らを独り占めする訳にはいかねぇ。他にも助けを求める連中は、世の中にごまんと居るんだからよ」



 早河がことさら明るく言った。浮かべた笑みは少しぎこちないように思う。



「世話になった。機会があれば、また顔を出すよ」



 オレはそう言いながら早河に歩み寄った。そして右手を差し出したのだが、握手ではなく、大きな腕に抱きしめられた。



「楽しかったぜワタル。また一緒に酒でも飲もうや」


「次はお前の酒が楽しめるのか?」


「んん〜〜。それはまぁ、努力目標だ。何もかもが手探りだから、過度な期待はすんなよ」


「とにかく怪我を治せ。皆の親分だろう」


「分かってるって。じゃあな、戦友」



 早河のごつい腕から抜け出したオレは、隣に立つ細矢の方へ歩み寄った。そして同じように右手を差し出した。


 しかし触れてくる気配はない。その代わりか、細矢はオレに向かって両腕を広げていた。表情は固い。過剰な力が入った唇はタコのように突き出て、頬だけでなく耳まで真っ赤だった。



「いや、それはいいから。握手しよう」


「むっ……そうか。ついに1度として女として見られなかったか。無念」


「女扱いしてるからハグを避けたんだよ」


「冗談だ。さて、鬼道渉。それに国友凜花と姫野衣織。君たちには感謝の言葉もない。敵勢力の撃滅だけでなく、膨大な水まで与えてくれたこと。疾風旅団は決して忘れないだろう」


「オレは昔、アンタの大将に助けてもらった事がある。その恩を返したと思えば良い」


「そんな経緯があったとしてもだ」



 細矢がオレの手を握り返した。華奢な指が手のひらに強く食い込む。心の内を伝えたいかのようだった。



「それじゃあオレたちは行く。皆、元気でな」



 その言葉が最後だった。3人で車に乗り込み、緩やかに発進していった。早河達はまだ帰らない。さよなら、またな、必ず会いに来いよ。そんな言葉を叫びつつ、路上に留まっていた。



「とうとう、早川さん達が見えなくなっちゃいました」



 車を走らせて、しばし。後部座席で衣織が呟いた。後方をジッと眺めては、名残惜しそうに溜息をつく。



「さてと。どうするよワタル? とりあえず真宿(しんじゅく)を目指せば良いのか?」


「そうだな。道が続くようなら」


「オッケー。そんじゃ飛ばすから掴まってろよ!」


「あの、凜花さん。お願いがあるんですけど、安全運転で。ねぇ?」


「フヒッ。アタシは風さ。風はぶつからず、留まる事もなく駆け抜けるもんさ」


「あぁ……。この前のカーチェイスがよほど楽しかったんですね……」


「そんじゃいくぜ! 飛ばせ飛ばせーーッ!」



 凜花がアクセルをべったり踏むと、タイヤが狂ったような騒音を撒き散らした。それから慣性による強烈なしっぺ返しを感じつつ、車は猛然と走り出した。


 しかし、この急激なる加速は次の瞬間、急ブレーキに差し替わる事になる。オレが停まれと告げたからだ。軽自動車は、後輪を浮き上がらせてまで、激しく停車した。



「なんだよワタル。お前だって早く行きたいんだろ?」


「遠くに何か見える。ワゴン車か何かだ」


「もしかして、ロイヤルクランの残党か? ならちょうど良い。ぶちのめしてやる!」


「いや、それにしちゃ様子が……」



 向こうから来るワゴン車も、どうやらコチラに気づいたらしい。クラクションを短くファッファと、やたらリズミカルに鳴らした。何者なのかは、この距離では見て取る事ができない。



「衣織、相手の心は読めるか?」


「遠すぎるのでハッキリしませんが、たぶん知り合いです」


「知り合い? 旅団の誰かか?」



 その間もワゴン車はこちら目掛けて走ってくる。重たげな車体を段差で激しく揺らしつつ。


 そうして傍まで来た所、確かに見覚えのある車だと思った。さらに運転する男には、懐かしさすら感じられた。刈り上げた頭に、ノースリーブのシャツに筋肉質な体つき。行商(キャラバン)の活芽(かつが)だった。



「おおぅ、誰かと思えばアンタらかい! 登途(のぼりと)以来だな!」



 ワゴン車が前方で停車した。オレ達は車から降りて、相手の運転席へと向かった。


 活芽の態度は気さくだが、降りようとはしなかった。パワーウィンドを少し開けただけだ。



「活芽、お前は東から来たのか?」


「おうよ。この前まで真宿に居てよ、移動がてらロイヤルクランに寄ろうとしたんだわ。でも完全にブッ潰されててよ。焼け跡しか無かった。まったくよぉ、どこのバカがやらかしたんだか」


「バカで悪かったな」


「えっ? ん? なに言ってんだ兄ちゃん」


「オレ達と付近住民が結託して、ロイヤルクランを潰した。まぁ、半分くらい奴らの自滅だが、そういう事だ」


「嘘だろ……。あのクソやべぇ連中を……?」



 活芽はひん曲がった煙草を咥えたが、火を着けることを忘れたらしい。ライターを虚空で着火したまま、オレをジッとみた。


 やがて金具部分が火で熱せられて、活芽は「あちぃ」と喚いてはライターをぶん投げた。



「ふぅ、ふぅ、火傷するかと思った。オイルもったいねぇな、クソッ」


「ところで活芽。真宿の様子はどうだ?」


「んん〜〜教えてやっても良いけどよ。その、なんつうか、アレがなぁ」



 どうやらここで商売する気らしい。だがそれも当然か。メディアやネットが消滅した今、情報の価値はすこぶる高い。


 オレは「少し待て」と言い残し、自分の車へ戻った。そして後部座席に積まれた物資から、水を満載したペットボトルを取り出した。旅団が餞別にくれた根菜、缶詰、医薬品は膨大だが、活芽にサービスしてやるつもりはない。



「ほら活芽、情報量だ」


「えぇ〜〜? まさかボトル1本だけ? もうちっと付けてくれよ。食い物とか、燃料あたり。あとはそうだな、美人さんのアレとかソレをお願いしちゃったり?」


「あんまりしつこいと、ウチの暴れん坊が黙ってないぞ」


「そうだぞこの野郎。マジでブチのめすぞ。ロイヤルクランの片棒を担いでたってんなら、十分な悪党だしな」


「ブフッ!? お水嬉しいなぁ! 何でも喋っちゃおっかなーー!」



 活芽が言うには、真宿は混沌の街と化したらしい。生存者が多い割に何も生産しておらず、奪い合いが頻発するそうだ。街には大型商店が多いので、金属やら素材集めには適しているが、危険だらけとの事。



「ちょっとあそこは無理だな。まともなボスもいなくて、小規模のグループが殺し殺されの戦争を続けてるよ」


「そんなにもか。場合によっては別ルートも考えるべきか」


「真宿や渋屋(しぶや)へ行こうってんなら、アレだ。霜北沢(しもきたざわ)に寄るのが良いと思う。あそこにはちょっとした集落が出来てて、人もそこそこ居るぞ」


「そうか。まずは霜北に行くのが良さそうだな」


「まぁ、オレだったら素通りするけどね」


「何か言ったか?」


「あっいやいや、こっちの話だから! それはそうと、これくらいで良いだろ? こちとら商談が消し飛んじまって、次のお客さんを探してぇんだわ」


「それなら駒江に行くと良い。バイク乗りの集まりが拠点を……」


「分かるよ、疾風旅団だろ。今から向かおうと思ってる」


「なんだ知ってたのか。情報料を貰えると思ったのに」


「甘いな兄ちゃん。こちとら行商だから、顔が広いんだよ。それじゃあ気を付けてな。生きてたらまた会おうぜ!」



 活芽は車のエンジンをかけて、おもむろに動き出すと、駒江の方へと走り去っていった。



「霜北か。いったいどうなってるんだろうな」


「おおいワタル、早く行こうぜ? 時間がもったいねぇだろ」



 いつの間にか運転席に乗り込んだ凜花が、窓越しに叫んだ。よほど車を走らせたいらしい。オレが苦笑すると、後ろで衣織が力なく頭を振った。



「衣織、もしかして不安か?」


「はい……。先日のカーチェイスがトラウマになりかけてて、今から既に車酔いが……」


「それは可哀想に。だが、今回は逃げ回る事もない。スピードは出すだろうが、揺さぶられる事は無いと思うぞ」


「そうですよね。そうだと信じたいです」



 そんな会話を重ねていると、クラクションが小刻みに、繰り返し鳴らされた。これ以上待たせると何か言われてしまいそうだ。


 オレたちは間もなく車に戻り、シートベルトを装着した。



「凜花。急ぐのもいいが安全にな。事故でも起こせば車は壊れるし、最悪、死ぬことだってあり得る」


「言われなくても分かってるって。じゃあ行くか!」



 凜花はハツラツとした声を響かせると、アクセルをべたりと踏んだ。タイヤの絶叫を耳にした途端、車はいきなり猛スピードで走り出した。


 車のギアは瞬間的に跳ね上がり、走行速度も流星のごとく。左右の景色が一瞬の内に後ろへ流れていった。

 


「んっ、これは……?」


「どうしたよワタル。アタシの運転技術に驚いちゃってる? まだまだこんなもんじゃ――」


「凜花、停まれ」



 その言葉に急ブレーキがかかる。耳をつんざく音とともに、車はアスファルトに長い長いブレーキ痕を刻み込んだ。



「今度はどうした! また何か出たのかよ?」


「違う。呼ばれた」


「呼び出しって誰が……あっ!」



 凜花の顔が徐々に青ざめていく。オレが見せつけたスマホの画面には、インフォからの招待が通知されていた。


 すると凜花と衣織が揃って顔をしかめた。またアレに食われなきゃならんのか、などという声が、今にも聞こえてきそうだった。

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