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第54話 ドラム缶に寄せた夢

 細矢を連れながら、疾風旅団の拠点をウロついてみた。作物はプランターで育てており、その数は多いものの、大抵は痩せこけの印象を受けた。



「やはり豊かな水と土が必要だな。このままでは何も採れなくなるだろう」


「う、うむ。それは常々、その、我々も危惧していることだ」



 さっきから細矢の態度が不審だ。声はうわずるし、口調も珍しく歯切れが悪い。極めつけに、視線を向けても目を逸らされてしまった。


 なぜ気不味さを漂わせるのか、全くもって見当がつかなかった。何か噛み合わないものを感じつつも、変わらず細矢に問いかけた。



「やっぱり広い場所が良いと思う。それなりのスペースが必要だしな」


「それはそうだろう。狭い場所だと何かとやりにくいハズだ」


「この辺りを使ってもいいか? ちょうど駐車場のど真ん中になるが」


「なっ! こんな所でおっぱじめる気か!? そういう事はもう少し、個室とか、あるいは物陰でコッソリやるものではないのか?」


「コソコソする意味なんてないだろ。具合をみて、上手くイキそうなら、皆を集めて説明するつもりだ」


「しゅ、衆人環視のもと!? さすがにそれは……。英雄、色を好むと聞くものの、私にも羞恥心というものがあってだな」


「待て、何の話をしてるんだ?」


「何って、子作りの件だろう」


「オレは水源を作ろうって話をしてるんだが」


「は? 水……?」


「そもそもお前たちは豊富な水を探して、駒江まで流れ着いたんだろ。違うのか?」


「あっ、はっ、いや! まさしくその通り! そうかうんうん。水の話な! これは大きく勘違いしていた、てっきりセックスの事かと……」



 細矢が誤魔化すように高笑いを放った。かと思いきや、前のめりになってコチラに顔を寄せた。



「水源を作る!? そんな事ができるのか?」


「理屈はロイヤルクランと同じだ。とある超技術をもってして、ここに水道を作ろうと思う」


「なんという事だ。夢のような話だが、現実であると信じたい」


「ともかくやってみる。だがその前に、少し確認させてくれ」



 オレはスマホを口元に近寄せ、問いかけてみた。返される音声は、やはり機械的な響きだが、不思議な安心感を与えてくれた。



「ここで独占的なゾーンを展開し、水道を作った場合、どれだけのコストがかかる? なお、水は際限なく使えるものとする」


――お答えします。十分な材料があれば、1日に回復する分のアニマを5%ほど、ゼロ構築の場合は18%ほど使用します。ランニングコストは、水道を地下水脈にリンクさせることで、大幅にカットできます。


「消費量も結構な幅があるんだな。ちなみに、オレの現在位置は影響するのか? オレが遠く離れた場合、ゾーンが壊れるとか、消えるなどあるか知りたい」


――セカンダリーゾーンは原則、設置者が死亡するか、取り去らない限り永続的に機能します。例外として、設置者がアニマ枯渇に陥った場合、遠方のゾーンから消滅していきます。



 そこまで聞くと、今度は細矢に顔を向けた。


  

「だそうだ。いけると思うぞ」


「正直言って、何のことやらサッパリだ」


「不思議な力で水道を作れる。オレが健在な間は、ずっと使えるみたいだぞ」


「良く分からんが、頼めるなら頼みたい」


「分かった。ただ作るにしてもな、それなりのデザインを……」



 オレは縋り付く何かを求めて、周囲に目を向けた。そうして見つけたのは、絵心を持つ仲間だった。



「凜花。これから水道を造りたいんだが、どんなデザインが良いと思う?」


「お、おう。考えてやるけどさ。細矢と何喋ってたんだよ」


「別に。水源をどうするかって話だ」


「……セックスがどうのと、でかい声で喚いてたが? 子どもたちに取り繕うの苦労したんだぞ」


「文句なら本人に言えよ」



 凜花はブツクサ呟きつつも、土に設計図を描いてくれた。レンガ作りの円柱で、蛇口は天辺と側面に1つずつ。公園の水飲み場を思い出すデザインだった。



「なるほどな。やっぱりそれが無難か」


「ゾーン展開で作るのか? あまり無茶すんなよ」


「分かってる。だが夢のためだ」


「ゆ、夢ぇ……?」



 呆然とする凜花には、短く礼を言って別れた。


 レンガなら飾りとして、駐車場の一部分で使用されている。細矢から許可を取って、旅団の助けを受けつつ剥がしていく。アスファルト代わりのレンガ床なので、損傷は激しいが、何とかなると思う。



「レンガの量は、これくらいで大丈夫だろう。では始めるか」



 剥がしたレンガで小山を作ったところで、次に構築を開始した。周囲はいつの間にやら、噂を聞きつけた住民で埋め尽くされていた。だが、誰も事情を理解していない。子どもなんて「今から手品なの?」と、ストレートな疑問を口にした。


 正直なところ、手品のほうがまだ現実的な手法だ。オレに与えられた不可思議な力に比べたら。



「独占的ゾーン展開。この資材を依り代に水飲み場を構築する」



 オレが手をかざしながら告げると、レンガの山が眩く輝いた。真昼の太陽にも似た光は、ひとときだけ死力を奪い去った。


 次に目を見開いた瞬間、お望みのものがそこにあった。蛇口をひねる。すると、ドウドウという音とともに、清らかな水が止め処なく吹き出てきた。



「味の方は……うん。冷たくて美味い。飲んでも問題なさそうだ」


「これ、本当に、使えるんだな……?」


「そのはずだぞ細矢。何なら飲んでみるか?」



 オレの問いかけに素早く反応したのは、やはりというか子どもたちだ。彼らは瞳を輝かせながら、上の蛇口を目いっぱいに捻った。


 すると、空を向く飲み口から、噴水のような水が高らかに打ち上げられた。 

  


「うわっ、つめた!」



 方々から大人たちの悲鳴があがり、止めなさいと叱った。が、その声も次第に鳴りをひそめていった。



「久しぶりだ……こんな風に水を浴びるなんて。先月の大雨以来じゃないか……」



 水の価値が跳ね上がった今、身ぎれいにするのは至難の業だろう。それこそ天然のシャワーを使うしか無い。


 だから皆、黙って水を浴び続けた。恍惚とした顔で、何ら語ることなく。飛び跳ねて駆け回るのは、せいぜい子どもたちくらいだ。



「鬼道渉。疑うつもりは無かったが、やってくれたのだな!」



 細矢は興奮しきりの声で言った。



「思いの外うまくいったぞ。好きな時に水を使えるから、生活用水でも作物の水やりでも」


「これは、本当にずっと使えるのか? すぐに涸れたりはしないか?」


「たぶん大丈夫。少なくとも当面は使い放題だ」


「だったら風呂に入れそうだな」


「風呂……? そんなもの、ここにあるのか?」


「無いから作るんだ。腕が鳴るよ」



 それからしばらくして。麗らかな昼下がり、廃墟の道路にガラガラと大きな音が鳴り響いた。それは空っぽのドラム缶で、8缶ほどが拠点に集められた。



「整備班は集まってくれ。夜までには完成させたい」



 細矢の号令で何人もの団員が動いた。彼らが手にするのはノコギリ、ヤスリ、ノミ。さすがに電動式のものは1つもない。


 それでも作業はスムーズで、声をかけあいながら形にしていった。そうして日が暮れる頃、あらゆる作業が完了した。



「できた、ドラム缶風呂! 男女でそれぞれ4つずつだ!」



 造りはシンプル。ブロックを足台にしてドラム缶を乗せて、火をかける事で湯を沸かす。幸いにも薪に困る事はない。辺りの街路樹は枯れ木ばかりだ。



「風呂が沸いたぞ! 一番風呂はぜひ功労者に!」



 細矢が叫ぶと、辺りは拍手喝采だ。オレは感謝の言葉と拍手を全身に浴びながら、男風呂のテントへと入った。



「ここまで盛大な入浴は、人生に2度とないだろうな」



 いざ入浴。湯がわずかに溢れてアスファルトを濡らした。そのうちスノコや排水設備も整えるらしいが、今はドラム缶があるだけだ。



「ふぅ……。何日ぶりの風呂だよ。最高だな……」



 熱い湯は良い。全身の筋肉が一斉に緩んで、眠気を誘うようだ。もちろん、一番風呂で寝入るわけにもいかない。


 髪を湯で清めた後、風呂から出た。タオルなんて気の利いたものはないので、水滴は手のひらで弾いた。湿った肌でも構わず、服に袖を通した。



「おっ、ワタル。さっぱりしたか?」



 テントから出ると、凜花に声をかけられた。夜風に当たりながら髪を乾かしているらしい。その隣で衣織は、髪にクシを通していた。



「最高だった。石鹸もあると尚良いな」


「今後はその辺も調達するってよ。シャンプーとか、ボディソープあたり」


「スーパーやコンビニに行けば、いくらでも落ちてるだろ。食料や薬品と違って需要がほとんど無い」


「ところでさ。1つ聞いても良いか?」


「どうした、改まって」


「さっきワタルは、夢がどうのって言ったろ。あれは何だ?」


「確かに。いきなり言い出したから、驚かせたか」



 心にふと、昨夜の早河を思い浮かべた。アイツは酒造りが夢だと言った。そして、夢がなくては、生きていても辛いと。


 オレもアイツから影響を受けたらしい。一晩おいた今は、朧気ながらも1つの夢が見えていた。それはむず痒くもあり、同時に温かな力を与えてくれるようだった。



「結菜は、長い事閉じ込められてるんだ。たぶん、災害の起きる以前から。外の世界を知ることもなく、地下の病室に、ずっと」


「そんな話を聞いたかもな。それで?」


「あいつを助けた後の事を、何も考えてなかった。それで思いついたのが、外の世界を見せてやるって事だ」


「外の世界って言っても、なぁ」


「そうだ。今はどこもかしこも廃墟で、見て回っても辛いだけだろう。だから、少しでも安心できる場所を作ろうと思ってな。ここの拠点や、自明キャンパスみたいな、慎ましい集落を見せてやる。気に入ったならそこで暮らしても良い」


「なるほどね。それが夢ってことかい」


「ちなみに夢のためでもあったが、早河への恩返しでもある。アイツとは色々あってな」


「まぁ良かったよ。不純な動機じゃなくてさ」


「水源を作ることが、どうしたら不純だと疑われるんだ?」


「世の中、ワタルみたいに出来た男ばっかじゃないって事さ」


「意味が分からん」


「ところでその恩返しとやらには、不埒なセットでも付いてるのか?」



 凜花があごをしゃくって何かを差した。すでに陽は暮れており、視界は悪い。だが何者かが、女風呂テントの付近を徘徊する姿は見えた。


 オレたちは気配を殺しつつ、その不審な影を追った。相手は2人。聞き慣れた声に、思わず溜息が漏れそうになった。



「フッフッフ。まさか風呂まで作ってくれるとはな。覗くぞ。覗いちまうぞ〜〜?」


「総長、さすがに覗きはヤバいって。さっきの濡れ透けイベントだけでお終いにしましょうよ」


「バカをいうな乾。今ちょうど充希ちゃんが入浴中だ。これは覗かないと逆に失礼だぞ。そんだけ魅力的だって、言外に告げる方が正しい。そうに違いねぇぞ」


「へぇ。そんな理屈、アタシは全ッッ然理解できないけどねぇ」



 凜花が口を挟むと、早河と乾は飛び跳ねてまで驚いた。そして、かすれた笑いとともに、懸命に取り繕った。もはや自供したも同然なのだが。



「あるぇ? 凜花ちゃん、それに皆さんお揃いで……。どうかしたかい?」


「早河よぉ。この辺りでいっぺん死んどくか? んん?」


「いや待て早まるな! オレは断ったんだが、乾がどうしてもと五月蝿くてだな」


「あっ総長! 手のひら返しグルングルンじゃねっすか!」



 うろたえる2人に、凜花が拳を鳴らしつつ歩み寄った。そうなると、早河達は恐怖の虜だ。尻もちをついて、膝を震わせてまで後退りした。



「ま、待て凜花ちゃん! オレたち怪我人、殴られたら大変よ?」


「チッ。言われてみりゃその通りだ。さすがに殴れねぇか」


「だろ、だろ? だから今回は、何も見なかった事にして、水に流すってのは――」


「ドクター、早河たちが抜け出してるぞ? 早く連れ戻しちまえよーー!」


「うわぁ! 判断が的確!?」



 凜花の呼び声に応じて、白衣の医師が現れた。ぬらり、ぬらりとした足取りだ。老人とは思えない迫力には、衣織が思わずオレの背中に隠れるほどだった。


 それからつんざく怒号。カミナリ声が夜空の端々にまで届くようだった。



「また病室を抜け出したのか、バカどもが! 今日という今日は許さんからな!」


「待ってくれドクター! オレは総長みたいに酒飲んだりしてない! だから罪も軽いよな? な?」


「おいバカ! 親分を秒で売り飛ばすんじゃねぇ!」


「2人とも揃って説教だ! 簡単に寝かせてやると思うな!」



 早河と乾が医師に引きずられていく。そして辺りには静寂と平和が取り戻された。凜花の大きな大きな溜め息が「戦闘終了」を告げた。



「まったく、しょうもない奴ら。ワタルはあんな風になるなよ。風呂を覗くだなんて最低の発想だからな」


「当然だ。裸を見た所で何のメリットもない。労力の無駄だろう」


「……前言撤回。ほんのちょっとくらいなら、早河を見習えよ。だがガッツリいくな。そこはかとなく、僅かばかりってくらいに」


「注文が細かいな」



 何はともあれ、水源を提供した。そして入浴する機会まで与えることができた。これで恩返しとしては十分だろう。風呂覗きまでセットにした覚えはないので、その分はキッチリと制裁を受けてもらおう。


 夜空には、たびたび医師の怒声が鳴り響いた。今夜は酒盛りもないだろう。そんな事をボンヤリと思った。

ここまでご愛読ありがとうございます!


物語はまだまだ続きますが、参考のためにぜひ評価点やご感想、レビューをお願いします!

作品を更に発展させるため、ご協力ください!!

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