第51話 戦士たちの休息日
駒江の拠点に帰還を果たしたオレ達だが、余韻に浸るだけの時間は与えられなかった。特に2ヵ所も撃たれた早河と、出血の激しい乾は重症だった。
「頑張れよ皆。今すぐ治してやるからな」
細矢が励ましながら車を走らせ、拠点の中でも奥まった場所で停車した。
「見てくれドクター! 急患が4人だ!」
その声が響くなり、大型のテントから白髪の男が顔を覗かせた。酷く驚いたらしく、開け広げた口からシケモクの煙草がポロリと落ちた。
「充希の嬢ちゃん。今日はずいぶんと激しいんだなぁ。また瀬田谷の連中とやりあったのかね?」
「ロイヤルクランなら滅ぼした。だが被害も大きい。頼むぞ、4人とも銃で撃たれた」
「はぇぇ。こりゃ偉いこったなぁ。すぐ準備を進めよう」
オレ達は手分けして負傷者をテントに運び込んだ。中は野戦病院のような造りで、ストレッチャーやベッド、それと見慣れない機材が所狭しと並んでいた。
やがてテント内は蒸気がたちこめ、湿気が強くなる。医師が医療器具を煮立てた湯で消毒したからだ。その頃になると、白衣を着た数名が駆けつけて、ストレッチャーの周りに並んだ。
「これより早河総長の手術を開始する。長丁場になるから、みんな心して掛かるように」
医師が注射をゆっくりと打ちこんだ。それから肩の傷口を開き、銃弾の摘出を始めるのだが。
「いたっ、いだだだ! 先生、麻酔使えって! 全然効いてねぇぞ!」
「ちゃんと使っておるよ、総長。いい大人が騒ぐもんではない。後がつかえてるんだ。急がせてもらうよ」
「だったらオレを後回しで良いから、先に乾達を診てやれって!」
「出来ない相談だよ。嬢ちゃんの命令でな、お前さんを最優先にしろとの事だ」
「その通りだ総長。私が頼んだ。痛いくらいなんだ、激戦から生還できた勲章のようなものだろう」
「だって充希ちゃん、これ結構キツイ……いだだだ!」
テント内に立ち入りを許されないオレ達は、入口から覗くばかりだ。その入口でさえ、半透明のビニールに隔たれていて、中の様子は見えにくい。
それでも状況が芳しくないことは、容易に想像できた。
「細矢。早河は何とか助かるだろうが、乾はどう思う?」
「私は素人だ。その判断はできかねる」
負傷した団員3名のうち、2人は比較的軽症だった。足や肩を撃ち抜かれただけで、意識もハッキリしていた。しかし胸を撃たれた乾は昏睡状態だ。青ざめた顔からは生気が感じられず、まるで命までも霞んでいくようだった。
「確かにオレ達は素人だ。それでも、できる事はあるよな」
オレはすかさず独占的ゾーン展開を試みた。成功。アニマの消費も微々たるものだ。
手始めとばかりに、大掛かりな手術室をイメージして、やめた。目眩が凄まじい。凜花が隣で支えてくれなければ、顔面から地面に倒れたかもしれない。
「おいワタル、お前も疲れてるだろ? そろそろ休もうぜ」
「いや、平気だ。これを最後の大仕事にしよう」
イメージが安直すぎた。だから方向性を変えて、達成すべきことを、最も望む未来を思い浮かべた。それは何かというと……。
「痛みが和らぎ、失血が収まり、あらゆる苦痛を取り去ること。手術が滞り無く進むこと」
そう呟くとともに、テントに向けて手のひらをかざした。すると中の様子に変化が現れた。
「やっと大人しくなったかね、総長。麻酔が効いてきたらしい。これで手術もはかどるよ」
「なんか怖いくらい痛みがスッと消えたんだ。ともかくジャンジャンやってくれよ」
その言葉を聞いた所で、オレ達も医療テントを後にした。
「さてと。総長になりかわり、私から礼を言おう。君たちのお陰で悪を討ち果たすことができた。これで駒江や瀬田谷に、穏やかな平和が戻ることだろう」
細矢が深々と頭を下げた。オレはむず痒さを覚えながら返答した。
「やめてくれ。オレは大義の為じゃなく、仲間を助けたかっただけだ。壊滅まで持ち込めたのは運が絡んだ結果だと思う」
「それでもだ、鬼道渉。我らだけでは敵を滅ぼすどころか、仲間を救い出すことすら叶わなかった。いや、もしかすると、あべこべに殲滅されたかもしれない」
「疾風旅団の兵士は練度が高いだろ。たった3人で圧倒するくらいに」
「だが売利原が持つ謎の力だけは、対抗しようがなかった。だから君のお陰だと言える。私は、我ら疾風旅団は、その功績を決して忘れる事はない」
細矢が眼尻を下げつつオレを見つめた。親密な視線だなと思ったところ、横から凜花が口を挟んだ。
「はいはい、いつまで立ち話してんだよ。休むなり飯食うなり、もっと有意義な事しようぜ」
「ふふっ。気が利かなくて済まなかった。食事の残りがあるかもしれない。君たちは、前に貸したテントの中で待っていてくれ」
言われた通りテントの中で待つ。すると、細矢と数名が給仕にやって来た。
出された食事は温かだった。麦飯、人参と葉野菜の漬物、ジャガイモの味噌汁。質素な献立だが味は格別だった。とくに味噌汁にはかつお節がふんだんに使われており、豊かなで濃厚な出汁が、疲れた身体に染み渡るようだった。
「あぁうめぇ……。やっぱ味噌汁ってたまんねぇな」
凜花が感嘆の息を吐きつつ言った。
「麦飯は盛り切り1杯だけだが、汁はまだ余りがある。良かったらオカワリしてくれ」
細矢は漬物をポリポリと噛み締めながら、歓喜の声に答えた。
そんな様子を、対面の衣織が伺うように見つめてきた。
「ワタルさん。そちらは妙に狭くないですか?」
「確かに。こっちに寄りすぎな気もする」
借り物のテントは広い方ではない。4人入るだけでも狭いのに、鍋敷きと手持ち鍋まで置くのだから、身を寄せ合うようになってしまう。
左に凜花。右に細矢。膝や肩がやたらぶつかるので、確かに窮屈だった。
それを見かねたのか、凜花が強めの咳払いを1つこぼした。
「なぁ細矢、アンタは遠慮しろよ。アタシらに感謝してんだろ?」
「無論だ。感謝してるからこそ、不手際があってはマズイ。だからこうして傍に侍るのだ」
「そういうことかよ。だったら心配要らねぇ。細々としたことは、アタシか衣織ちゃんがやっからよ」
「そうはいかない。君たち、特に国友凜花は疲れきっているだろう。私が適任だ」
「いらねえって言ってんだろ」
「今は私が管理者だ。この程度の事はコチラに決めさせてもらう」
オレを挟んで2人が激しく口論を重ねた。いわゆるレスバトルのようだ。ゴールは遥か彼方に感じられて、自然と苦笑を漏らしてしまった。
オレは、後の事は若いものに任せて、などと思いつつ立ち上がった。
「ごちそうさま。美味かった。食器はどうすれば?」
「預かろう。君はゆっくり身を休めるといい」
「待て! アタシも、モガモガッ。食い終わるから、モボッ。こっちに寄越ひは!」
言い争いは終わらず、結局3人で炊事場に行くことになった。去り際に衣織の方をチラリと見れば、彼女はお椀を抱えながらクスクスと笑っていた。
炊事場に片付けた帰りのこと。医療テントから老いた医師が出てくるのを見た。腰を拳でトントン叩く姿には、どことなく明るい兆しを覚えた。
「ドクター。進捗はどうだ?」
細矢が問いかけると、医師はポリ手袋を外しながら答えた。
「実にスムーズだったよ、嬢ちゃん。当たりどころが比較的マシで、総長も小僧どもも命に別状はないさ。しばらくは痛いだの、皮膚がつっぱるだのウルサイだろうがな」
「それを聞いて安心した。乾も助かるんだな?」
「失血が重たい。しばらくは輸血が要るだろう。それも処置済みだから心配するでない」
「そうか。力を尽くしてくれたことを感謝する」
「なぁに気にするな。こちとら先行き短い老いぼれだ。お前さんら若者の未来が少しでも明るくなるよう、働かせてもらうよ」
オレ達が胸を撫で下ろすのもつかの間。テントから大声で「腹減った! 米と肉をジャンジャン持ってこい」という言葉が響いた。確かめるまでもなく早河の声だと分かった。
「やれやれ……あっちは人遣いが粗いものよ。少しは怪我人らしく、しおらしくすれば良いのにな」
「ドクター、私が取ってくるよ。粥でいいか?」
「いや、今日のうちは重湯にしよう。明日からは様子をみつつ、消化の良いものを出す」
「わかった。では行ってくる」
早河たちの様子を見たかったが、本日のうちは面会謝絶だという。ただ、対面は出来なくとも、テント内は患者たちの声で賑やかだ。心配するだけ損かもしれない。オレ達はそっとその場から離れた。
そうして訪れたのは空白の時間だった。襲撃される事もなく、かと言って仕事を手伝わされるでもない。暇を持て余してボンヤリする以外には、何もなかった。
「うわぁ……すんげぇ平和。こんな気分になるの、いつぶりだよ?」
凜花と衣織に並んで3人、レンガの段差に腰掛けた。そして空を見上げる。西に傾いた太陽はまもなく落ちて、やがて夜が来るだろう。
「確かに今まで、戦うか移動するばっかりだったもんな。ノンビリするなんて久しぶりだ」
「ホントですね。たまには良いものですよね」
いわゆる「逢魔が時」と呼ばれる頃合いだが、邪なものは感じられない。大きな雲に隠れた夕日が空を赤く染めて、そして儚く陰りゆく。
そんな大自然の美を噛み締めていると、突然、子どもたちがやって来た。初めは恥ずかしそうに指先を弄び、それから消え入る声で「お絵描きおしえて」と告げた。
真っ先に反応したのは、意外にも凜花だった。
「良いよ良いよ。アタシは結構上手いほうだ。どこで教えたら良いんだい?」
すると凜花は2人に引っ張られて、少し離れた花壇へ向かった。そこで紙とペンを渡される代わりに、木の棒を受け取った。キャンパスは柔らかな土だ。なるほど、紙もインクも希少品になりつつある今、落書きに使えないという事か。
「意外だな。凜花は絵心があるらしいぞ」
「正直助かりました。私は苦手なので……」
「そうなのか? 衣織の方が得意そうに見えるが」
「あはは。よく言われるんですけどね、向いてないみたいで」
衣織が照れ笑いを浮かべていると、さらに別のグループの子たちがやって来た。鬼ごっこしようと誘うのだ。
「さて。それじゃあオレも、少し子どもの遊び相手を……」
「ワタルさんは休んでてください。私がやりますよ」
「言うほど疲れてないが」
「それでも、ワタルさんは大変だったんですから。ゆっくりしててください」
衣織はそんな言葉を残しては、両手を挙げて子どもたちの方へ駆けた。すると甲高いキャアキャアと叫ぶ声で、辺りは一層賑やかになった。
「平和だな。がんばった甲斐があったよ」
視線をそっと持ち上げてみる。陽が落ちるまで、もう少しだけ猶予がありそうだ。子どもたちが納得するまで遊べたら良いと思う。
「いいか、ちゃんと見ときな。まっすぐの線を引くときは、手首を使わねぇんだわ。こんな風に、肘から描くようにして」
凜花先生のお絵かき教室は順調だった。一方の衣織先生はと言うと――。
「鬼さんこちら、べろべろば〜〜」
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ……。みんな、早いなぁ。お姉さん負けないぞぉゲッホゲホ!」
「衣織、無理するな。オレも参加するぞ」
「す、すみませ……。思ったより走れなくって、おかしいな」
「あっちで休んでると良い。それと、じきに陽も暮れる」
こうしてバトンタッチすると、オレは子ども達を追いかけ回した。歓喜に満ちた幼い声は、耳に心地よく響く。オレは息が切れる間も惜しんで、その場を盛り上げた。
ちなみに、子ども達からは「怪獣」だの「お化け」だの「山より大きな悪魔」だのと、多様な役目を押し付けられたが、どうにかなった。ディティールまで求められていない。勢いと、多少の真剣さがあれば、子どもたちは納得してくれるものだ。
それから本格的に陽が沈むと解散だ。遊び足りないと不満を漏らす子どもたちと別れて、オレたちはテントへと戻った。
「子守までしてくれたらしいな。感謝する」
給仕に現れた細矢が、汁をよそいながら礼を言った。ちなみに今回は、オレの左右を衣織と凜花が占めるので、細矢とは対面する形になっている。
「大したことじゃない。それより平和な時間と、食事までくれて、こっちが礼を言うべきだ」
「ふふっ。君たちは実に興味深いよ。特に鬼道渉。君は大勢を支配して君臨するだけの力がある。にも関わらずだ、まったくもってそれをしない。そして仲間のために勇敢に戦ったと思えば、気さくにも子どもたちと混じって泥まみれになったりする」
「言うほど泥まみれじゃないぞ」
「言葉の綾だ。もとい、一度だけ聞こう。君たちさえ良ければ、この疾風旅団に留まって欲しい。生き抜く強さと、悪に染まらぬ清らかさを併せ持つ君たちなら、必ず上手くやっていける」
「すまんな。オレには譲れない目的がある。しばらくは厄介になるだろうが、せいぜい数日だと思う」
本当なら明日にでも出立したいが、諸事情のために先送りにした。ひとつは早河たちの復帰を待ってやりたい事。もうひとつは、移動する足が無いことだ。
長旅である事を思えば、やはり屋根のある車は必須だ。キックボードでは身体を休める事ができない。
そういった事情を説明すると、細矢も「そうか」と言って同意した。しかし顔は思案顔だ。何を考えているかと成り行きを見守ってると、細矢は迷いをにじませつつ、言葉を発した。
「チャンスはわずか数日か。ならば急ぐべきだな。できれば今夜から始めて、出立の日まで」
「何か仕事でもあるのか? 手伝うぞ」
オレが答えると、細矢は麦飯の椀を床に置いた。そしてこちらを真っ直ぐな瞳で見返す。その視線は、何か決意を現すほどに強いものだった。
「鬼道渉。私は君と子を成したい。やり方は全て委ねるので、どうか子種を授けてはくれないか」
その言葉に、凜花は味噌汁を吹き出して咳き込み、衣織は米を喉に詰まらせた。
そんな中で、平然と漬物を噛みしめるオレは、やはり普通じゃないように思えた。きっと、慌てふためいたり、興奮するのが正解だろう。そう思いつつも、葉野菜に染みた塩味を静かに味わっていた。




