第43話 予期せぬ援軍
見渡す限り崖。この巨大なクレーターを前にしては、人間がいかにちっぽけな存在かを思い知らされてしまう。
「どうすんだよコレ……。無理だろこんなの! 歩いて抜けろってのかッ!」
凜花が投げやりになって座り込んだ。衣織もたしなめる事はなく、両手を抱きしめるようにしつつ立ち尽くした。
「この形状、穴というより崖だな。降りるだなんて自殺行為だ」
「どうすんだよ親分! アタシらの冒険はここでお終いか!?」
「落ち着け凜花。腹を立てても始まらない」
オレはスマホを握りしめて、セカンダリーゾーンを展開した。独占的だ。身体に負荷はほとんど感じなかった。
「大丈夫ですかワタルさん!? さっきから連発してますけども……」
「競合しなければ大した事ない。展開だけならな」
問題はここからだ。ゾーン展開した後、何をするかで負荷が異なる。だから、今みたいな行き詰まったタイミングに、諸々を把握しておきたかった。
「軽トラを呼び出してみよう。ゾーン内ならいけるはずだ」
眼の前のアスファルトに手のひらを向けて、強くイメージした。今しがた奈落の底へ落下した改良済みのトラックを。
すると虚空に光が生じて、徐々に車体が姿を見せた。前輪、運転席が次々と現れた瞬間、頭に殴られたような痛みを覚えた。危険を察知したオレは光を追い払い、呼び出しを中断した。にも関わらず、膝から崩れ落ちてしまう。
「ワタル! 大丈夫か!?」
「あぁ、なんとかな。ちょっと頭痛がしただけだ」
「もうマジで、アタシが悪かったよ。自分の足できりきり歩くからさ、無茶すんのやめようぜ? なぁ?」
「いや、もう1つ試したい。今ので仮説が確信に変わりつつある」
脇を支える凜花を離して、オレは周囲を見渡した。ひしゃげて千切れた道路標識、口を開けたままの電子レンジ、赤錆びた自転車などが、そこかしこに積み上がっている。これだけあれば十分だと思う。
「オレは疑問に思ってた。ゾーン展開と活用コストに大きな違いがあることを。清川のお婆さんの家では、負荷はほとんどなかった。さっきの装甲車も微々たるもので、痛みなんて些細だった」
「そうなのか?」
「だが強烈だったのは、早河の襲撃で展開した時だ。防弾盾を出したり、廃ビルも爆発を起こした。その時は脳神経を切られたかと思うくらいだったな」
「どんな痛みだよ、それ……!」
「それらを分けるのは、依代となるモノがあるか否かだ。だからこんな風に、素材さえあれば恐らくは……!」
オレは再び虚空に手を伸ばしたが、向きを変えた。手の先には打ち捨てられた残骸が転がっている。頼むから推察どおりであれ。強く念じた。
すると周囲の残骸が光に溶けていく。それらはやがて、3つの大きな光となって、アスファルトの上で煌めいた。
「できたぞ、キックバイク。ちゃんと3人分ある」
「すげぇ! けど、身体は大丈夫なのか?」
「期待したとおりだ。大した負荷もなく作れたぞ」
「しかも電動式じゃん! これでまた動けるな」
キックバイクの構造はシンプルだった。二輪の鉄板にハンドルが生えただけのもの。右グリップがアクセルで、ブレーキは左右にある。
試乗は凜花が先んじて済ませた。乗り心地が良いのか、上機嫌だ。衣織も乗ろうとしたとき、はたと手を止めた。
「ワタルさん。気になったんですけど、これ充電式ですよね? その電力って……?」
「オレのアニマじゃないか?」
「ヒエッ! 凜花さんストップ! またワタルさんが倒れちゃうから!」
「えっ、マジで!? さっきから無駄に乗り回しちまったが!」
「2人とも、そんなに慌てなくて大丈夫だ。休憩を上手く挟めば、たぶん問題ない」
こうしてオレたちは、3人並んで廃墟の瀬田谷を疾走した。凜花は機嫌がよろしいようで、鼻歌交じりに操縦した。一方で衣織は不慣れだった。体幹を乱しては、地面を蹴ってバランスを整える事を、何度か繰り返した。それもじきに慣れると思った。
「確かにこれは疾走感が気持ちいいな。結菜と再会したら、一緒にツーリングでもするか」
左右には崩れかけたビルに、へし折れた信号機。街路樹は焼け焦げて全ての葉を失い、路肩の車も赤錆びたボディには、窓ガラスもタイヤも無い。
ロケーションはいまいち。道すがら、目の保養になるルートも探しておこうか。などというノンキな予定を組み立てるうち、スマホが無機質な声を吐き出した。
――間もなく競合エリアに突入します。アニマを大きく消費しますのでご注意ください。
「2人とも停まってくれ!」
「うおっ、どうしたワタル? 休憩か?」
「違う。誰かのゾーンに立ち入ろうとしてる。近くに覚者が居るようだ」
「マジ……? それって、宇和前みたいな奴が……?」
「そう考えるべきだな」
スマホのマップを覗いてみると、そこに半透明の円が2つ、浮かび上がった。これがセカンダリーゾーンだろう。道なりに進めば相手の領域を侵す事になる。
「向こうに何があるか見てみよう。なるべくゾーンに立ち入らないようにして」
「ワタルさん。マップの感じからして、交差点の建物から様子を窺えませんか?」
「確かにギリギリ範囲外だな。よし、そこへ向かおう」
オレたちは、交差点付近のコンビニ跡に潜り込んだ。そして、壁際で膝をついては、窓があった穴から覗き込んだ。
「あれがゾーンの中心か。バカでかいマンションだな」
「おそらく8階建て。部屋数はワンフロアに10くらいか。いや、それよりも……」
「何だか異質だよな。全部屋に窓ガラスがハマってるぞ。それに街灯なんかも、ちゃんと敷地内に残ってるっぽい」
「あの建物だけ被災を免れたように見えるな……」
その施設は人の出入りが激しかった。入口とおぼしき検問を、車がひっきりなしに行き来した。
そしてマンションの方も、ベランダに何人か出ているようだ。その手に何かを携えながら、しきりにアチコチを眺めていた。
「何してんだろ。洗濯でも無ければ、遊んでるようでもないし」
「ワタルさん、あれは双眼鏡です! どうやら見つかってしまったみたい!」
「何だと? それは本当か!?」
その時、マンションの方で警報が鳴り響いた。すると住民たちも慌ただしく動き出した。
「どうやら本当みたいだ。ここは一旦引き上げるぞ!」
オレ達はキックボードに乗り、全速力でその場から離れた。しかし一呼吸だけ遅かった。マンションから飛び出してきたワゴン車に、オレ達は背後から捕捉されてしまった。
「ワタル、敵が来たぞ! 速度がダンチだ、すぐに追いつかれちまう!」
「だったら路地だ! 狭い道を逃げるぞ!」
オレはハンドルを切り、商店街跡地に突入した。道幅の狭さから、四輪車では入る事も出来ないだろう。雑多なものが散乱しているが、走れない程ではなかった。
「よし、このまま逃げ切るぞ」
「ワタル! 上でロケット花火が鳴ったぞ!?」
「まずいな。あれはきっと、オレらの居場所を知らせるものだ。仲間を呼ばれたか……!」
狭い路地を抜けると、ワンブロック先の大通りに出た。すかさず左折したところ、出会い頭にワゴン車と衝突しかけた。
咄嗟に避けて車をかわして、その背後に抜けた。衣織もよろけながらオレについてくる。しかし凜花だけは、ワゴン車から飛び出た腕に摑まれ、その場に倒されてしまう。
「離せやコラ! さわんじゃねぇクソオスどもが!」
「ぐへへ、久しぶりの女じゃねぇか。これはボスも大喜びだぜ!」
ワゴン車から男たちが大勢飛び出すと、瞬く間に凜花を拘束してしまった。あまりにも手並みが良く、抵抗する暇すら与えられなかった。
「衣織はここで待て、オレは救援に向かう!」
「そんな! 1人じゃ危険です!」
「良いから! 下手するとお前まで捕まりかねない!」
オレはハンドルを切り、ワゴン車に突撃を仕掛けた。既に凜花は後部座席に押し込まれた後だ。
急げ。間に合え。しかし2人の男が下車して、行く手を阻む。左手に鉄板の盾と、右手に包丁槍。
こちらは頭数でも装備でも劣る。だが退く気はさらさら無い。
「そこをどけーーッ!」
オレはキックバイクから飛び降りると、勢いをつけて攻め込んだ。力いっぱい警棒を叩きつける。しかし盾で容易く受け流されてしまう。
むしろこちらが攻撃を浴びせられ、窮地に陥った。槍が相手ではリーチでも不利だ。辛うじて避けて、あるいは警棒で払うという、防戦一方に追い込まれた。
「警棒じゃダメだ、もっとデカくて強いやつ!」
すると、警棒が輝いたかと思うと、要望通りの姿に形を変えた。柄は長く、先端に大きな鉄塊のついたもの。戦鎚だ。両手持ち必須だが、威力は段違いに高い。
「これでも食らえ!」
両腕で戦鎚を旋回させつつ、勢いをつけて敵に叩きつけた。防ごうとした盾はべコリとへしゃげた。それどころか敵まで吹き飛ばした。
残りの1人は見るからに怯んだ。そこへ容赦なく戦鎚を叩きつけ、戦闘不能に追い込んだ。
「凜花、もう少しの辛抱だぞ!」
発進しようとしたワゴン車に駆け寄り、運転席を強襲。窓を粉砕して、ハンドルを握る腕をへし折った。男は悶絶。これでしばらく動けないだろう。
「よし、あとは後部座席のやつらを……ッ!?」
その時、エンジン音を耳にした。正面から新手のワゴン車が2台が駆けつけた。そして続々と男たちが飛び降り、大通りに人垣を造った。
ザッとみて10人、いやそれ以上か。皆が皆、盾と凶器で武装していた。
「ゾロゾロと大勢で来たな。だからって、おめおめと引き下がったりは……」
戦鎚を構えようとした刹那、視界がグニャリと歪んだ。空と地面の境界があいまいになり、間もなく、頭に痛烈な電撃が駆け抜けた。
「グハッ……! まさか、ここでアニマが……!」
その場で膝をつき、顔面から倒れた。アスファルトについたはずの頬にも、なんら感触はなかった。
「ワタルさん、しっかり!」
「逃げろ衣織……お前まで捕まってしまう……」
声になったか分からない。いや、それより凜花を助け出さなくては。あと少しで手が届く。立ち上がりさえすれば、また戦えるようになる。
「待ってろ凜花。絶対、必ず、そこから助け出してやる……!」
右手。動け。左手、感覚が無い。立て。まず立ち上がれ。折り曲げた腕で、どうにか這う事ができた。手首から先は動かない。だったら地面を這いずってでも前に進むだけだ。
しかしその時、眼前に誰かの靴が見えた。見慣れないもの。そいつは盾と槍を手にしていた。
「わざわざ女を2人も連れてきてくれて、ありがとうよ。どっちも可愛がってやるから、安心してくたばれや」
「クソ……。せ、戦鎚を……!」
「はらわたブチまけて死ねや、クソガキッ!」
男が怒声を響かせた。すると今度は、別の方からエンジン音が轟いた。また新手か。一体何人を相手にしたらいい。オレは苛立ちと絶望に襲われてしまうが、何やら様子がおかしいと感じた。
この土壇場で別の風が吹いたようだった。
「総員かかれ! 生存者を全員救出しろ!」
号令とともにエンジンが吠えた。ワゴン車の男たちは明らかに狼狽している。一体何が起きたのか、今のオレには見上げる事もできない。
「リーダー、女の方は助けたぞ」
「でかした充希。じゃあオレはこっちの兄ちゃん乗せてくぞ」
「よし、撤収だ! 二列縦隊で駆け抜ける!」
オレは誰かに抱えられると、柔らかなシートに乗せられた。身体を紐で縛られた気がするが、何の為かはよく分からない。
「凜花。あとちょっとで、助けてやれるからな……」
意識は朦朧としており、目も耳もまともに機能しない。ただ、薄れゆく意識の中で、白バイを見た気がした。




