第39話 鳴り響く駆動音
多満川に現れた男たちは、自分たちの作業に集中していた。おかげでその胸糞悪い所業を、ジックリと観察できた。
「死者を冒涜して何とも思わないのか。それとも都内では、これが普通なのか?」
連中は、繰り返しワゴンと川を往復して、遺体をヘドロの中へ投げ込んでいった。
3体目、4体目。遺体の状態はどれも酷い。手足は泥だらけで、痛々しい傷跡も目立つ。どんな経緯で死に至ったのか、想像するに難くない。
5体目、6体目。そこでふと、男たちの共通点に気付かされた。
「あいつら、同じリストバンドを着けてるな。何か意味があるのか?」
柄までは読み取れないが、真っ赤である事は分かった。少なくとも、眼の前で作業する4人はそうだった。そのくせ身なりはバラバラだ。襟シャツだったりジャージやロングTシャツだったりと、服装に統一感が無い。
だから一層リストバンドが際立つ。いったいどのような意図があるのか。そう思った矢先、いきなり背後で物音がした。
「ふぃぃ。仕事中ってのはションベンがしたくなるな……おっ?」
不意に現れた男と目があった。三十路ぐらいの痩せ型で、腕には例の赤いリストバンドが見えた。いつの間に回り込まれたのか分からないが、連中の仲間だと直感した。
「おい、お前どこのモンだ! コソコソ隠れて何してやがる!」
「チッ。これまでか、退いてくれ!」
「怪しいやつを見つけた! 橋の方へ逃げるぞ!」
オレはとっさに走り出した。背後で男たちが喚く声と、何かが強く弾ける音を聞いた。恐らくロケット花火を打ち上げたらしい。その意図は分からないものの、オレにとって不利に働くことは明白だった。
「凜花! すぐに出してくれ!」
「お、おう? 何か騒がしくなったな?」
「理由は走りながら教える、とにかく急げ!」
オレが荷台に乗り込んだ瞬間、タイヤが狂ったように喚きだした。そして急発進。行先も決めないまま、とにかくトラックを走らせた。
そして風のように走りつつ、順を追って説明した。
「川に死体だって? んだよ……ソイツらちょっとヤバそうだな」
「そんなの酷すぎます! 亡くなられた方を何とも思ってないのでしょうか!?」
移動中、凜花達にありのままを伝えた。2人とも、嫌悪感と義憤を露わにした。そんな反応を拝めた事が少しだけ嬉しい。
「やつらは花火を打ち上げた。仲間たちに知らせるものだと思う」
「だから逃げようってのか。つうかどこへ向かえば良いんだよ? すげぇテキトーに走ってっけど?」
「土手から離れていれば、どこでも良い。住宅街でもオフィス街でも、身を隠せるところを探そう」
「じゃあしばらくは廃墟ドライブだな……ん?」
「どうした凜花」
「気のせいか? サイドミラーに何か……」
不穏な言葉が気になって、オレも荷台の上から見渡した。微かにエンジンの駆動音が聞こえる。かと思えば、それは徐々に大きくなった。
そして次の瞬間、廃ビルの2階窓からバイクが飛び出してきた。まるで映画のワンシーンのようだ。それは後輪から美しく着地して、すかさずオレ達と並走した。
「気をつけろワタル! そいつ武器を持ってるぞ!」
「分かってる!」
相手のバイク乗りは、フルフェイスのせいで顔が見えない。その背中から防災斧が覗いた。あれで攻撃されたらこちらが保たない。
オレは警棒を抜いて構えた。相手も荷台に接近を試みては、何かの拍子で離れていく。猛スピードで走行中だ。オレ達は大きく揺さぶられて、まともにぶつかり合うことが出来ない。
「曲がるぞワタル! 摑まれ!」
その怒声に寒気を覚えて、オレは荷台にしがみついた。するとトラックは後輪を横滑りさせながら、真横に流されていく。
そしてトラックの尻が何かの壁にぶつかった。するとその背後で、曲がりきれなかったバイクが直進してゆく。勢いのままに進み、最後はガレキをジャンプ台にして高く飛び、ビルの壁に激突した。
こちらはというと、さほどダメージもなく、急カーブを切り抜けることが出来た。
「みたか、アタシのテクニック! ザマアみやがれ!」
「確かに今のはすごかったな。ドリフト走行なんて、どこで覚えたんだ?」
「んっと、ゲーセンかな」
「は? 冗談だよな?」
「ん〜〜。まぁ上手くいったし、細けぇ話は良いじゃん」
「お前、ぶっつけ本番でかましたのか……」
それからは速度を落として、街なかを走行した。道の状況は悪くない。片側一車線の道路だが、車道に遮蔽物はほとんどなかった。その代わり、歩道はガレキやらで埋まっているが、車で行く分には快適だった。
「この辺は、まだ駒江なんだな」
崩れ落ちた看板には、駒江市にちなんだ店名を多く見た。まだ23区には入っていないらしい。
「どうするよワタル。ここらで一旦停める?」
「そうだな。そろそろ付近の状況を確認したい。さらに言えば、結菜のいる病院の目星もつけたい――」
その時だ。オレたちが交差点に差し掛かるなり、左右の道からバイクが躍り出た。挟み撃ちの格好だが、凜花の機転により急加速で回避。
こうして再びカーチェイスが始まった。
「2人同時に来たか。どうやって切り抜ける……?」
今度のバイク乗りも、背中に斧や鉄パイプを装備している。接近を許せば攻撃を受けるだろう。オレは再び荷台で武器を構えるが、運転の荒さからまともに立つことも出来ない。
せめて飛び道具でもあれば迎撃できるのだが。今のままでは、荷台にしがみつきながら、相手の動きを眺めるしか出来なかった。
「凜花! 2台とも右側に寄ったぞ! 運転席を狙ってるようだ!」
「あいよ! だったら左だ!」
トラックが横滑りしながら左折すると、バイクも速やかに曲がり、的確に対応してみせた。距離はたいして広がっていない。
「凜花、今度は左側からあがってきた! 助手席に乗り込むつもりか!?」
「だったら右だオラァ!」
右折。バイクも続く。こんなやり取りが続くうち、オレは違和感を覚えた。バイク乗り達は、頻繁にハンドシグナルを交わしている。そのくせ、トラックに何か仕掛けようとしては、いたずらに失敗を繰り返している。
バイクの運転技術や、ハンドシグナルだけで伝わるという練度の高さ。それが度重なる失敗とは、あまりにも不釣り合いじゃないか。
そう感じた瞬間、背筋にゾワリとしたものを覚えた。
「凜花! このままじゃ危険だ! オレたちは誘導されてるぞ!」
「なにぃ!? マジかよ!」
「どうにかして相手のウラをかかないと!」
「だったらコレに限るだろッ!」
その時、タイヤの悲鳴が轟いた。猛スピードからの急ブレーキだ。慣性の法則が牙を剥いて、オレは荷台の上で車体に叩きつけられた。あまりの衝撃に、しばらく呼吸が止まってしまった。
トラックは、車体の向きを変えながらアスファルトの上を滑っていく。そして長い長いブレーキ痕を刻んだ後に、ようやく停車した。
「凜花、お前……ゲホッ。せめて予告しろ!」
「悪い悪い。でもよ、連中ならやっつけたぜ」
凜花が指差す方に、バイクは2台ともあった。うち1台は横倒しになりながら地面を滑り、もう1台もスピード任せに直進を続けた。
「よし、今のうちに逃げるぞ。また追いかけられたら面倒だ」
「すみませんワタルさん。さすがに車酔いが……ウップ」
「……隠れる方が良さそうだな。どこかトラックごと入れそうな建物を探そう」
「あいよ。衣織ちゃん、もうちっとだけ我慢してね。なるべく安全運転でいくから」
「うう……頼みます……」
凜花がハンドルを切って走ろうとした瞬間、突然渇いた破裂音が響いた。同時にアスファルトが弾ける。
「何だ今の! 銃撃か!?」
「はいはい、そこの軽トラック。動かないでね。速度90キロオーバーだよ」
そんな声が聞こえると、続けて白バイが目の前に現れた。その男はヘルメットを被り、制服の上に防弾チョッキを着込んでいた。
警察官だろうか。この辺りではまだ、警察が機能しているのか。もしかして、何らかの秩序が保てているのか。
などと一瞬だけ期待したが、すぐに落胆で塗り替えられた。
「免許証持ってる? まぁ無くても良いけどね。罰金代わりに、2人の美しいお嬢さんを預けてもらおうか」
またこのパターンか。やはりこの世界には法や秩序など存在しない。ただただ、荒々しい暴力だけが残されているのだと、痛感させられた。




