第28話 宝物だった毎日
空は夕焼けに染まる一方、遠雷も響かせた。吹き付ける風も肌に絡みつくようで、ジットリたした感覚が不快だった。
「雲の流れが早いな。じきに雨が降るかもしれない」
この近辺は高台のようで、雑木林の隙間からふもとの様子が見えた。バーベキュー場からは、炊事の煙が多くあがっていた。
あそこにいるのは、テニス部の生徒たちだという。
「晩飯の用意をしているようだな」
「はい。確か、晩御飯の途中で雨が降りました。それから後はずっと、バケツを引っくり返したような降り方で」
「もしかして、土砂災害が起きたのは?」
「キャンプ場に来た初日なので、もうすぐだと思います」
空を見上げた。陽はじきに暮れる。それほど猶予は無いのかもしれない。
「例の陽美という子は、今どこだ?」
「実は分からないんです、どのタイミングで抜け出したか。カレーが出来た時に、姿が見えないと話題になりました」
「だとすると、もう抜け出してるかもな。探すにしてもどこを当たれば……」
スマホを取り出して、マーカーを頼りに探ろうとした。しかし、液晶画面にはノイズが走り、間もなく『NO DATE』の文字に切り替わった。こうなったら足で探すしかない。
「一応、地図があります。いま出しますね」
衣織が取り出したのは、新聞の切り抜きだ。略式的ではあるが、全体像を確認する分には問題ない。
この辺りは山を切り開いた造りをしていた。裾野に沿うように緩やかな登り坂を通し、ロッジも道の各所に点在していた。
男女ともに、ふもと側のロッジに寝泊まりするそうだが、東と西で分けていたという。
「こっそり男子に会おうとしてたなら、東側に行ったと考えるべきだよな」
「でもワタルさん。土砂崩れがあったのは、この辺りなんです」
衣織がマップの上に円を描いた。そこはロッジ群の中央付近で、男女のどちらからも離れていた。
「なぜ土砂降りの中、そんな場所に居たんだろう。鍵が無ければロッジに入れないだろうに」
「はい。だから雨ざらしになってたと思います」
「ずいぶん不自然だな。男子にコッソリ会いに行ったと、そう証言したのは誰だ?」
「阿久島先輩の、お友だちの人が……」
「恐らくでっち上げだな。別の理由があるんだと思う。ともかく探してみよう」
最寄りは東側の、男子が泊まるロッジだ。3棟全てを見回り、窓から中を覗いてみたが、人の姿はない。旅行用バッグと、私物が並ぶだけだった。
それから空き室の中央4棟、続けて女子が泊まる3棟も探ったが、成果は無かった。やはり今はバーベキュー場の方へ集まってるようだった。
「ふもと側のロッジには居ない。となると、もっと登ったところか」
坂道の方に目をやると、数棟のロッジが見えた。既に外灯は点灯していた。空も重苦しいほどに暗く、夜の帳だけが理由とは思えなかった。
「雨雲が来てる。急ごう」
山道とは言え、アスファルトで整備されているお陰で、比較的歩きやすい。だがそのかわり、道なりに行けば大きく蛇行する必要がある。
結局は直線的に進むことにした。中央付近のロッジを見ては、雑草まみれの斜面を這い登り、次を目指す。足場がぬかるんでおり、登り切るには予想した以上の労力を求められた。
「地面が水浸しだな。一雨降ったのか?」
「ここ最近は、連日のように大雨が降ったそうです。だから土砂崩れまで起きたんだとか」
「なるほど。そういう事か」
それからもロッジを見て回った。1棟、また1棟と探してみるも、手がかりは未だ掴めていない。
「空振りばっかだな、クソが。ヒントの1つも寄こせよな」
「ボヤくな凜花。苛立ってるのは皆同じだぞ」
「分かってんだよ、それくらい……うん?」
「何か見つけたか?」
「シッ。あそこに誰か居るぞ」
ロッジの壁に隠れて、向こう側を覗き込んだ。すると、切り株に腰掛ける1人の女子生徒を見つけた。金髪頭に真新しい白ジャージ。まだ数度しか見かけてないが、その顔は忘れようもない。
「阿久島だ……。こんな所で何を?」
「黒幕なんだろ。衣織ちゃんの友達を呼び出したんじゃねぇか?」
「その可能性は高いな」
「どうする、取り押さえるか?」
「いや、アイツが何を企んでいるか、把握してからにしたい」
「そんじゃ衣織ちゃんの出番だな」
「どういう事だ?」
「心が読めるんだろ? じゃあ試してもらおうぜ」
オレはすかさず衣織を見たが、彼女は首を横に振った。
「ごめんなさい。阿久島先輩は読めないんです。どうにも怖くて……」
「怖いって、どういう事だ?」
「そのままの意味です。あまりにも暗くて、真っ黒で……。あんなの、人間の心じゃない!!」
「静かに、声がでけぇよ」
凜花がとっさに衣織の口を塞ぐ。しかし、既に手遅れだった。
「おい、そこに隠れてんだろ。出てこいよ」
バレてしまっては仕方ない。オレは観念して物陰から姿を現した。続けて、凜花と衣織も背後に並んだ。
「へぇ、まさかアンタらとはね。合宿まで追っかけるって、ストーカーかよ」
「なんとでも言え。それより阿久島、お前は何を企んでる?」
「別に? アタシはただ、大自然を楽しんでるだけなんだがぁ?」
「とぼけるな。お前は陽美という生徒を呼び出し、その生命を奪った。今まさに計画を進めている最中だ。そうなんだろう?」
「アッハッハ! 別に殺す気はなかったけどね、アイツがちんたら探し回ってるからさ、土砂に埋もれて死んじった。呆気なさ過ぎて笑っちまったよ」
「待て。いったい何を探させたんだ?」
「ハッ。探偵ごっこなんて、そろそろ終わりにしたら? それよりもオトナの話だろうがよ」
「急に何を――ッ!?」
阿久島の周りで稲光がほとばしった。暗雲よりも黒いものが、幾本も、鋭い音をともなって駆け抜けた。
「そうか。お前もサイコストーカーか!」
「良いよなぁこのステージは。アニマが不安定だからさ、全力で戦えるってもんよ!」
「凜花、戦闘準備だ! 衣織は下がれ!」
「テメェら全員、食い尽くしてやる!!」
阿久島は耳障りな奇声を響かせると、顔面を破裂させた。アゴの代わりに現れたのは、何本もの太い触手だ。それは静かに蠢いており、確かな意思を感じさせた。
「ウケケケ! まとめてアニマを吸ってやるぞ、下級民ども!」
「先手必勝だオラッ! くらいやがれ!」
凜花のショットガンが火を吹いた。すると、阿久島の身体は小石のように吹っ飛ばされていった。
「凜花、無茶するな。さっきはあれほど苦しんだろう」
「平気だ平気、たぶんな。連発しなきゃ」
「まぁ、お陰で倒せたから、うるさく言わんが……ん?」
「おい、アイツ死んでねぇぞ!」
阿久島は、白ジャージの所々を赤く染めながら、身を起こした。そして触手を手足のように操ると、再び立ち上がった。
「こうなったら、バラバラになるまで打ち込むしかねぇな」
「いや、ここはオレがやる」
その時だ。頬にポツリと濡れた。それを皮切りにして、辺りに大粒の雨が降り注いだ。
「時間も無いのか。さっさとケリをつけないと」
「アタシが撃って怯ませる、トドメは任せたぞ!」
凜花が腰だめの姿勢で銃を撃った。初弾で触手の1本を吹き飛ばし、次の射撃で足を吹き飛ばした。チャンスは今だ。
オレは相手の懐に飛び込もうとした。しかし次の瞬間、背筋に強烈な寒気が走った。咄嗟に伏せる。すると、野太い触手が頭上を通り過ぎ、付近の大木をへし折ってしまった。
「マジかよこいつ、全然効いてねぇぞ!」
「それだけじゃないぞ、攻撃範囲が広い上に強い。これだと衣織まで危ない!」
逃げろ衣織。そう叫ぼうとしたが、腰を抜かす様子を見て、言葉を飲み込んだ。彼女が1人で逃げることは不可能だった。
「凜花、一旦下がるぞ! 態勢を立て直す!」
「そういう事だ、バケモノ。土産代わりにもう1発食らっとけ!」
オレは衣織に肩を貸すと、その場から逃げ出した。牽制の射撃を撃った凜花も、すぐに続く。
敵に背中を向けて逃げる間も、触手の攻撃は執拗に続いた。それは頬を掠めるだけで済んだ。直撃を免れたのは、完全に運だった。
このままでは、逃げ切る前に触手で蹂躙されかねない。そう悟ったオレは、前方のロッジを見つけて叫んだ。
「ドアが空いてる! あそこに駆け込め!」
入口はキープアウトのテープで塞がれているが、ドアは開いていた。テープを踏みつけて中に入り、すかさず入口を施錠する。次の瞬間、建物全体に凄まじい衝撃が走った。
「ヤバすぎんぞ相棒。これじゃ袋のネズミじゃねぇか」
「だったら窮鼠らしく、猫の鼻っ面に噛みついてやろう」
そう喋る間も、ドアは激しく打ち付けられ、木片が飛び散った。
「破られた瞬間に撃て。続けてオレも切り込む」
「いけんのか、それで?」
「あの触手はやたら長い。だから阿久島は、建物が邪魔でまともに攻撃できないはずだ。というか、他に戦略が浮かばない」
「まぁ、それが落としどころだろうよ!」
その時、ドアは打ち破られた。すかさず凜花が射撃。湿った音とともに、触手がまた1本吹き飛んだ。
オレは警棒を握りしめて突進した。駆け足で間合いを詰めて、すりあげで叩いた。すると相手の腕を両断した。次こそトドメ。その場で両足を強く踏み込んだ。
しかし、そこへ突然、何かが目まぐるしい速度で迫った。
「何だこれ、うわっ!!」
腹に凄まじい衝撃を受け、気を失いかけた。続けて触手に、胴体を腕ごと絡め取られてしまう。締め付ける力は強烈だ。身体に渾身の力を込めなくては、たちどころに絞め殺されそうだ。
凜花の方を見れば、向こうも同じ状態で囚われていた。
「こいつ、どんだけタフなんだよ! 不死身だっていうのか!?」
「もし不死身だとしたら、どう戦っても……!」
その時、ふと衣織の怯える姿が見えた。壁に背をつけて座り込み、さらに両手で頭を抱えては、うわ言を繰り返す。
「無理、無理、こんなバケモノ、敵うはずない。逃げなきゃ、絶対に勝てない……」
その瞬間、オレは閃いた。活路は衣織が握っていると。
「恐れるな衣織!」
「えっ……?」
「ここはお前の心の中だ。だからお前が怯えるほど、敵はどんどん強くなるぞ!」
「そんな事言われたって……怖いものは怖いんです!」
「心を強く持て! そうしないとコイツを倒せない……グアッ!!?」
「ワタルさん!」
一層締め付けが強くなる。このままでは間違いなく潰される。しかし抗おうにも、警棒を振り回せる態勢じゃない。凜花も銃を床に落としてしまった。
万事休す。そんな言葉が脳裏をよぎった時だ。衣織がよろけながらも、阿久島に立ち向かっていった。
「先輩、やめてください! ワタルさん達を離して!」
すると阿久島は、人の言葉で答えた。声の輪郭が濁ったような、耳が腐りそうな響きだった。
「だったらテメェのアニマを寄越しな。そしたら、コイツらは見逃してやるよ」
「渡せるものなら何でも渡します! だからもう、お願い……許して……!」
「じゃあ、コッチに来いよぉぉ」
衣織はもはや操り人形だ。逆らう意思など見せず、1歩ずつ、阿久島へと歩み寄ってしまう。
その瞳からは完全に生気が消え失せていた。
「アッハッハ、それで良いんだ。跡形も無くなるまで吸い付くしてやる!」
「衣織ーーッ!!」
オレの叫びも虚しく、衣織は死刑宣告を受け容れた。
衣織の首元に細い管が突き刺さると、身体は徐々に変色。徐々に赤黒く染まり、時折、皮膚が暴れるように膨らんだ。
「衣織、目を覚ませ! そんなやつの言うことに従うな!」
「だってもう、私には、これしか方法が……」
「それじゃあ何だ、お前や陽美は、人から恨まれるような生き方をしてたのか!?」
「それは……」
「陽美は殺されて当然の人間だったと、認めたようなもんだ! それでも良いのか!」
「違う、違うよ。陽美ちゃんは頑張り屋で、キツイところあるけど、優しくて、素直で……。大切な、この世で1番大切な友達で……!」
「このままだと、その大切な人がもう一度死ぬぞ! 阿久島のせいで殺されるんだぞ! それでも良いのか!?」
「そんなの、イヤ……。絶対にイヤッ!!」
衣織は喚くとともに、首元の管を引き抜いた。すると、全身を染める赤黒い色素が、発泡するとともに消えていった。まるで鉄板に落とした水滴のように、あちこちで弾けて、最後には跡形もなく消えた。
「そうだよ。どうして私達が、ビクビクしなきゃならないの。ただ勉強して、部活やって、楽しく過ごしてただけなのに……! なんでアンタに気を遣わくちゃいけないのよ!」
衣織が阿久島を睨んだ。すると、ゴキリと、何かへし折れる音が響いた。
「返してよ、私の宝物だった毎日を! 陽美ちゃんの笑顔を、返してよ!!」
立て続けにへし折れる音が響く。すると、オレを締め付けた触手が自ずと緩み、ようやく解放された。
凜花もどうにか脱出できたらしい。顔に苦痛の跡がありありと浮かんでいるが、一応は無事のようだ。
「助かった衣織。もう平気そうだな」
「ごめんなさいワタルさん、凜花さん。私も戦います!」
「頼もしいな。凜花はやれそうか?」
「腕が痛ぇけど、どうにかな」
「そうか。オレの似たようなもんだ。一応は戦える」
オレ達は改めて阿久島に向き直った。相手はまだ、苦痛に堪えかねているのか、身悶えを続けていた。
「お前の悪行もこれまでだ、阿久島。今ここでケリをつけてやる」
形勢は逆転した。勝てる、という自信もあった。しかし外は大雨だ。窓ガラスを激しく叩くほどに降りしきっている。
残された時間はもう僅かだった。




