↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/126

第28話 宝物だった毎日

 空は夕焼けに染まる一方、遠雷も響かせた。吹き付ける風も肌に絡みつくようで、ジットリたした感覚が不快だった。


 

「雲の流れが早いな。じきに雨が降るかもしれない」



 この近辺は高台のようで、雑木林の隙間からふもとの様子が見えた。バーベキュー場からは、炊事の煙が多くあがっていた。


 あそこにいるのは、テニス部の生徒たちだという。



「晩飯の用意をしているようだな」 


「はい。確か、晩御飯の途中で雨が降りました。それから後はずっと、バケツを引っくり返したような降り方で」


「もしかして、土砂災害が起きたのは?」


「キャンプ場に来た初日なので、もうすぐだと思います」



 空を見上げた。陽はじきに暮れる。それほど猶予は無いのかもしれない。


 

「例の陽美という子は、今どこだ?」


「実は分からないんです、どのタイミングで抜け出したか。カレーが出来た時に、姿が見えないと話題になりました」


「だとすると、もう抜け出してるかもな。探すにしてもどこを当たれば……」



 スマホを取り出して、マーカーを頼りに探ろうとした。しかし、液晶画面にはノイズが走り、間もなく『NO DATE』の文字に切り替わった。こうなったら足で探すしかない。


 

「一応、地図があります。いま出しますね」



 衣織が取り出したのは、新聞の切り抜きだ。略式的ではあるが、全体像を確認する分には問題ない。


 この辺りは山を切り開いた造りをしていた。裾野に沿うように緩やかな登り坂を通し、ロッジも道の各所に点在していた。


 男女ともに、ふもと側のロッジに寝泊まりするそうだが、東と西で分けていたという。



「こっそり男子に会おうとしてたなら、東側に行ったと考えるべきだよな」


「でもワタルさん。土砂崩れがあったのは、この辺りなんです」



 衣織がマップの上に円を描いた。そこはロッジ群の中央付近で、男女のどちらからも離れていた。



「なぜ土砂降りの中、そんな場所に居たんだろう。鍵が無ければロッジに入れないだろうに」


「はい。だから雨ざらしになってたと思います」


「ずいぶん不自然だな。男子にコッソリ会いに行ったと、そう証言したのは誰だ?」


「阿久島先輩の、お友だちの人が……」


「恐らくでっち上げだな。別の理由があるんだと思う。ともかく探してみよう」



 最寄りは東側の、男子が泊まるロッジだ。3棟全てを見回り、窓から中を覗いてみたが、人の姿はない。旅行用バッグと、私物が並ぶだけだった。


 それから空き室の中央4棟、続けて女子が泊まる3棟も探ったが、成果は無かった。やはり今はバーベキュー場の方へ集まってるようだった。



「ふもと側のロッジには居ない。となると、もっと登ったところか」



 坂道の方に目をやると、数棟のロッジが見えた。既に外灯は点灯していた。空も重苦しいほどに暗く、夜の帳(とばり)だけが理由とは思えなかった。



「雨雲が来てる。急ごう」



 山道とは言え、アスファルトで整備されているお陰で、比較的歩きやすい。だがそのかわり、道なりに行けば大きく蛇行する必要がある。


 結局は直線的に進むことにした。中央付近のロッジを見ては、雑草まみれの斜面を這い登り、次を目指す。足場がぬかるんでおり、登り切るには予想した以上の労力を求められた。


 

「地面が水浸しだな。一雨降ったのか?」


「ここ最近は、連日のように大雨が降ったそうです。だから土砂崩れまで起きたんだとか」


「なるほど。そういう事か」


 

 それからもロッジを見て回った。1棟、また1棟と探してみるも、手がかりは未だ掴めていない。



「空振りばっかだな、クソが。ヒントの1つも寄こせよな」


「ボヤくな凜花。苛立ってるのは皆同じだぞ」


「分かってんだよ、それくらい……うん?」


「何か見つけたか?」


「シッ。あそこに誰か居るぞ」



 ロッジの壁に隠れて、向こう側を覗き込んだ。すると、切り株に腰掛ける1人の女子生徒を見つけた。金髪頭に真新しい白ジャージ。まだ数度しか見かけてないが、その顔は忘れようもない。



「阿久島だ……。こんな所で何を?」


「黒幕なんだろ。衣織ちゃんの友達を呼び出したんじゃねぇか?」


「その可能性は高いな」


「どうする、取り押さえるか?」


「いや、アイツが何を企んでいるか、把握してからにしたい」


「そんじゃ衣織ちゃんの出番だな」


「どういう事だ?」


「心が読めるんだろ? じゃあ試してもらおうぜ」



 オレはすかさず衣織を見たが、彼女は首を横に振った。



「ごめんなさい。阿久島先輩は読めないんです。どうにも怖くて……」


「怖いって、どういう事だ?」


「そのままの意味です。あまりにも暗くて、真っ黒で……。あんなの、人間の心じゃない!!」


「静かに、声がでけぇよ」



 凜花がとっさに衣織の口を塞ぐ。しかし、既に手遅れだった。



「おい、そこに隠れてんだろ。出てこいよ」


 

 バレてしまっては仕方ない。オレは観念して物陰から姿を現した。続けて、凜花と衣織も背後に並んだ。



「へぇ、まさかアンタらとはね。合宿まで追っかけるって、ストーカーかよ」


「なんとでも言え。それより阿久島、お前は何を企んでる?」


「別に? アタシはただ、大自然を楽しんでるだけなんだがぁ?」


「とぼけるな。お前は陽美という生徒を呼び出し、その生命を奪った。今まさに計画を進めている最中だ。そうなんだろう?」


「アッハッハ! 別に殺す気はなかったけどね、アイツがちんたら探し回ってるからさ、土砂に埋もれて死んじった。呆気なさ過ぎて笑っちまったよ」


「待て。いったい何を探させたんだ?」


「ハッ。探偵ごっこなんて、そろそろ終わりにしたら? それよりもオトナの話だろうがよ」


「急に何を――ッ!?」



 阿久島の周りで稲光がほとばしった。暗雲よりも黒いものが、幾本も、鋭い音をともなって駆け抜けた。



「そうか。お前もサイコストーカーか!」


「良いよなぁこのステージは。アニマが不安定だからさ、全力で戦えるってもんよ!」


「凜花、戦闘準備だ! 衣織は下がれ!」


「テメェら全員、食い尽くしてやる!!」



 阿久島は耳障りな奇声を響かせると、顔面を破裂させた。アゴの代わりに現れたのは、何本もの太い触手だ。それは静かに蠢いており、確かな意思を感じさせた。



「ウケケケ! まとめてアニマを吸ってやるぞ、下級民ども!」


「先手必勝だオラッ! くらいやがれ!」



 凜花のショットガンが火を吹いた。すると、阿久島の身体は小石のように吹っ飛ばされていった。



「凜花、無茶するな。さっきはあれほど苦しんだろう」


「平気だ平気、たぶんな。連発しなきゃ」


「まぁ、お陰で倒せたから、うるさく言わんが……ん?」


「おい、アイツ死んでねぇぞ!」



 阿久島は、白ジャージの所々を赤く染めながら、身を起こした。そして触手を手足のように操ると、再び立ち上がった。



「こうなったら、バラバラになるまで打ち込むしかねぇな」


「いや、ここはオレがやる」



 その時だ。頬にポツリと濡れた。それを皮切りにして、辺りに大粒の雨が降り注いだ。



「時間も無いのか。さっさとケリをつけないと」


「アタシが撃って怯ませる、トドメは任せたぞ!」



 凜花が腰だめの姿勢で銃を撃った。初弾で触手の1本を吹き飛ばし、次の射撃で足を吹き飛ばした。チャンスは今だ。


 オレは相手の懐に飛び込もうとした。しかし次の瞬間、背筋に強烈な寒気が走った。咄嗟に伏せる。すると、野太い触手が頭上を通り過ぎ、付近の大木をへし折ってしまった。



「マジかよこいつ、全然効いてねぇぞ!」


「それだけじゃないぞ、攻撃範囲が広い上に強い。これだと衣織まで危ない!」



 逃げろ衣織。そう叫ぼうとしたが、腰を抜かす様子を見て、言葉を飲み込んだ。彼女が1人で逃げることは不可能だった。



「凜花、一旦下がるぞ! 態勢を立て直す!」


「そういう事だ、バケモノ。土産代わりにもう1発食らっとけ!」



 オレは衣織に肩を貸すと、その場から逃げ出した。牽制の射撃を撃った凜花も、すぐに続く。


 敵に背中を向けて逃げる間も、触手の攻撃は執拗に続いた。それは頬を掠めるだけで済んだ。直撃を免れたのは、完全に運だった。


 このままでは、逃げ切る前に触手で蹂躙されかねない。そう悟ったオレは、前方のロッジを見つけて叫んだ。



「ドアが空いてる! あそこに駆け込め!」



 入口はキープアウトのテープで塞がれているが、ドアは開いていた。テープを踏みつけて中に入り、すかさず入口を施錠する。次の瞬間、建物全体に凄まじい衝撃が走った。



「ヤバすぎんぞ相棒。これじゃ袋のネズミじゃねぇか」


「だったら窮鼠(きゅうそ)らしく、猫の鼻っ面に噛みついてやろう」



 そう喋る間も、ドアは激しく打ち付けられ、木片が飛び散った。



「破られた瞬間に撃て。続けてオレも切り込む」


「いけんのか、それで?」


「あの触手はやたら長い。だから阿久島は、建物が邪魔でまともに攻撃できないはずだ。というか、他に戦略が浮かばない」


「まぁ、それが落としどころだろうよ!」



 その時、ドアは打ち破られた。すかさず凜花が射撃。湿った音とともに、触手がまた1本吹き飛んだ。


 オレは警棒を握りしめて突進した。駆け足で間合いを詰めて、すりあげで叩いた。すると相手の腕を両断した。次こそトドメ。その場で両足を強く踏み込んだ。


 しかし、そこへ突然、何かが目まぐるしい速度で迫った。



「何だこれ、うわっ!!」



 腹に凄まじい衝撃を受け、気を失いかけた。続けて触手に、胴体を腕ごと絡め取られてしまう。締め付ける力は強烈だ。身体に渾身の力を込めなくては、たちどころに絞め殺されそうだ。


 凜花の方を見れば、向こうも同じ状態で囚われていた。



「こいつ、どんだけタフなんだよ! 不死身だっていうのか!?」


「もし不死身だとしたら、どう戦っても……!」



 その時、ふと衣織の怯える姿が見えた。壁に背をつけて座り込み、さらに両手で頭を抱えては、うわ言を繰り返す。



「無理、無理、こんなバケモノ、敵うはずない。逃げなきゃ、絶対に勝てない……」



 その瞬間、オレは閃いた。活路は衣織が握っていると。



「恐れるな衣織!」


「えっ……?」


「ここはお前の心の中だ。だからお前が怯えるほど、敵はどんどん強くなるぞ!」


「そんな事言われたって……怖いものは怖いんです!」


「心を強く持て! そうしないとコイツを倒せない……グアッ!!?」


「ワタルさん!」



 一層締め付けが強くなる。このままでは間違いなく潰される。しかし抗おうにも、警棒を振り回せる態勢じゃない。凜花も銃を床に落としてしまった。


 万事休す。そんな言葉が脳裏をよぎった時だ。衣織がよろけながらも、阿久島に立ち向かっていった。



「先輩、やめてください! ワタルさん達を離して!」



 すると阿久島は、人の言葉で答えた。声の輪郭が濁ったような、耳が腐りそうな響きだった。



「だったらテメェのアニマを寄越しな。そしたら、コイツらは見逃してやるよ」


「渡せるものなら何でも渡します! だからもう、お願い……許して……!」


「じゃあ、コッチに来いよぉぉ」



 衣織はもはや操り人形だ。逆らう意思など見せず、1歩ずつ、阿久島へと歩み寄ってしまう。


 その瞳からは完全に生気が消え失せていた。



「アッハッハ、それで良いんだ。跡形も無くなるまで吸い付くしてやる!」


「衣織ーーッ!!」



 オレの叫びも虚しく、衣織は死刑宣告を受け容れた。


 衣織の首元に細い管が突き刺さると、身体は徐々に変色。徐々に赤黒く染まり、時折、皮膚が暴れるように膨らんだ。



「衣織、目を覚ませ! そんなやつの言うことに従うな!」


「だってもう、私には、これしか方法が……」


「それじゃあ何だ、お前や陽美は、人から恨まれるような生き方をしてたのか!?」


「それは……」


「陽美は殺されて当然の人間だったと、認めたようなもんだ! それでも良いのか!」


「違う、違うよ。陽美ちゃんは頑張り屋で、キツイところあるけど、優しくて、素直で……。大切な、この世で1番大切な友達で……!」

 

「このままだと、その大切な人がもう一度死ぬぞ! 阿久島のせいで殺されるんだぞ! それでも良いのか!?」


「そんなの、イヤ……。絶対にイヤッ!!」 



 衣織は喚くとともに、首元の管を引き抜いた。すると、全身を染める赤黒い色素が、発泡するとともに消えていった。まるで鉄板に落とした水滴のように、あちこちで弾けて、最後には跡形もなく消えた。



「そうだよ。どうして私達が、ビクビクしなきゃならないの。ただ勉強して、部活やって、楽しく過ごしてただけなのに……! なんでアンタに気を遣わくちゃいけないのよ!」



 衣織が阿久島を睨んだ。すると、ゴキリと、何かへし折れる音が響いた。



「返してよ、私の宝物だった毎日を! 陽美ちゃんの笑顔を、返してよ!!」



 立て続けにへし折れる音が響く。すると、オレを締め付けた触手が自ずと緩み、ようやく解放された。


 凜花もどうにか脱出できたらしい。顔に苦痛の跡がありありと浮かんでいるが、一応は無事のようだ。



「助かった衣織。もう平気そうだな」


「ごめんなさいワタルさん、凜花さん。私も戦います!」


「頼もしいな。凜花はやれそうか?」


「腕が痛ぇけど、どうにかな」


「そうか。オレの似たようなもんだ。一応は戦える」



 オレ達は改めて阿久島に向き直った。相手はまだ、苦痛に堪えかねているのか、身悶えを続けていた。



「お前の悪行もこれまでだ、阿久島。今ここでケリをつけてやる」



 形勢は逆転した。勝てる、という自信もあった。しかし外は大雨だ。窓ガラスを激しく叩くほどに降りしきっている。


 残された時間はもう僅かだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。