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第22話 この世を意のままに

 再会できて喜ばしく思う、遠い世界の友人たちよ。ティーでもいかがかな?


 そんな言葉とともに、インフォのお茶会は始まった。オレら招待客の顔色はというと、おおむねが曇っている。



「はぁ、はぁ、こちとら腹くだしてるってのに。クソが」


「パクッといかれた、頭からパクっと。何なんだよあの巨大なイモムシは……」


「悪かったよお前ら。オレ1人で潜り込もうと思ったんだが、操作方法が分からんかった」



 こちらが不平を並べる最中も、インフォは微笑みを絶やさなかった。そして鮮やかな手並みで茶を淹れると、真っ先に凜花へ差し出した。


 それは金で縁取りされた白磁器のティーカップで、微かに湯気が立ち昇っていた。

 


「飲みたまえ。これはいわゆる薬湯で、胃腸に効くものだ」


「うう、何かおっかねぇけど、もらっとくわ。流石にしんどくなってきた……」


「君たちも飲むかね? アッサム、ダージリン、チャイ、グリーン。どれでも好きなものを」


「オレは要らん。知らないオッサンから物を受け取るなと、しつけられたからな」


「これは手厳しい。ダイスケはどうかね?」


「ぼ、僕も、遠慮させてください……」



 大介は伏し目がちに言った。やはりというか、インフォの恐ろしさを肌で感じているらしい。


 改めて銀髪の老人を見てみる。前髪の長い銀髪で、正装らしきスーツと、一見して上品な老紳士だ。


 しかし内にはらむ気配が異様だ。バケモノ、怪物、物の怪、そんなものが人の姿に化けているように思えてならない。だから生存本能が真っ向から警戒してしまう。


 たとえ好意的な態度で迫られても、だ。


 

「インフォ。オレがわざわざここへやって来たのは、茶を楽しむ為じゃない。情報がほしい」


「そうか。私としては対話だけでも十分だ。何を聞きたい?」


「話題は山ほどある。まぁ、そうだな……」



 これまで、謎は数え切れないほどあった。サイコダイブ、そこで見たバケモノ、スマホが吐き出す専門用語の羅列。それらを脳裏で一巡りさせた後、オレはインフォの顔を見据えた。



「セカンダリーゾーンってなんだ?」


「ほう。それを気にかけるとは、お目が高いというものだ」


「ディープゾーンってのは何となく理解した。記憶の断片みたいなモンだろ。じゃあセカンダリーは何なんだ?」


「ふふっ、やはり君は面白いよ、ワタル。鼻がきくというか、勘が鋭いと言うか」


「はぐらかすな。教えろよ」



 インフォは、静かにティーカップを口元に運んだ。この余裕をひけらかす仕草も、あまり好きになれない。



「セカンダリーゾーンとは、現実と精神世界のはざまにあるものだ」


「そうか。全然分からん」


「ディープゾーンは認識している通り、心の領域だ。各人の記憶を追体験する場となっている。その一方でセカンダリーゾーンは、願望を顕在化させる為の空間だ」


「願望の顕在化……どういうことだ?」


「君は無意識ながらも、既に実行したではないか。ダイスケの記憶を現実世界に再現してみせた」


「大介のって……。もしかしてあの、一家揃って晩飯を食った事か?」


「あれは君のような覚者にしか扱えない、特別な力だ。端末に導かれるかたちで、君は見事、やってのけたのだよ」


「やっぱり、あれは夢じゃなかったのか……」



 そこでつい、大介の顔を見た。向こうも呆けた表情でこちらを見ている。たぶん、オレも似たような顔をしているんだろう。

 


「理解したかね、ワタル。君は特別な存在なのだよ。特に地球の同胞にとってはね」


「持って回った言い方すんな。早くも頭が痛くなってきたぞ」


「考えてもみたまえ。君は願望を顕在化する力を持っている。ではもし仮に、故郷の光景を緻密に再現しようとしたら、どうなると思う?」


「おい待てよ。それってまさか……!」


「セカンダリーゾーンで、全てを復元させる事も可能だ」


「マジかよ……!?」



 言葉通りに受け取れば、家も、電気も、水も食料も諸々が解決するという事になる。大介の時を思い出せ。あれは当時のオレたちが、当たり前と感じていた光景だった。


 驚きのあまり脱力してしまう。そんなオレに飛びついて、肩を揺すったのは大介だった。


  

「すごいよワタルさん! その力を使えば、自明キャンパスを、いや、世界中の人たちを救えるじゃないか!」


「待て、慌てんな。オレには何の実感も無いんだぞ」


「落ち着きたまえ、ダイスケ。喜んでいる所に水を差すようだが、デメリットについて、まだ説明していない」


「デメリットだと?」


「まずは1つ。セカンダリーゾーンを展開するには、相応の代償が必要であることだ。その量は、再現させる広さ、または緻密さ加減によって異なる」


「代償って、具合的には何だよ?」


「精神エネルギーだ。我々は『アニマ』と呼んでいる」



 そこでふと、スマホを思い出した。あの時も確かアニマがどうのと言って、セカンダリーゾーンを展開できた事を。



「そんな物、どうやって手に入れるんだ?」


「サイコストーカーを倒した際に、光り輝くものを見ただろう。あれがアニマだ」


「言われてみれば。光の粒子みたいなもんが、フワッと浮かんだりするな」


「君たちは敵を倒すことによって、アニマの入手が可能だ。先日は、それを活用してダイスケの願望を叶えてみせた、という訳だ」


「じゃあ、そのアニマってのが無いと、セカンダリーゾーンを出せないってことか?」


「必ずしもそうとは限らない。アニマ残量が不足していても、顕在化することは出来る。ただし、これはデメリットの2つ目になるのだが――」



 オレたちは固唾をのんで見守った。インフォは、小さく溜息をついてから、静かに答えた。



「2つ目は、感覚に異常をきたすという点だ」


「感覚に、異常……?」


「前にも告げたが、我らアップスの民は精神世界の開発に重点を置いてきた。その中で最も価値あるものが、セカンダリーゾーン認知だ。我々はこの新たな概念の虜となった。それは思う存分に、朝も夜もなく、我が世の春を謳歌した。その副作用も知らないままにね」


「副作用って、何だよ」


「感覚機能の欠如。この万能とも思える力は、使用者の心を鈍化させてしまうのだよ。我らアップスの民は多くの者が感覚を、そして感情を失ってしまった」


「それは、もしかして……いやまさか」


「どうやら心当たりがあるらしいね」



 まだ記憶に新しい。凜花に缶詰を食わせて貰ったときだ。あの時はなぜか、味覚が『遠く』感じられた。舌先で味わうと言うより、目で見て理解したという感覚に近い。サバを食ったのだから、サバの味がしていると。


 タネ婆さんにイモを食わせて貰った時は、普段の感覚に戻っていた。だから深く考えていなかったのだが……。



「怖いなんてもんじゃない。この野郎、おっかねぇモン押し付けやがって!」


「ならば君は、無力な自分に戻りたいかね? 特別な力を持たずして、目的を遂行してみせると?」


「……うっさい」


「極端に恐れる事もあるまい。残量にさえ注意すれば良いのだから。それに、アニマを有効活用したなら、君は望むものを全て手にする事が出来る。言葉通りに、何でもだ」


「話が現実離れしすぎてんぞ」


「その『現実的』という言葉は捨てた方が良い。君の心を縛るメンタルブロックだ。それがある限りは、自由な発想を描くこともかなわない」



 ここでインフォがお茶を口にした。その優雅さはやはりかんに障る。あからさまに『教えてやっている』という態度に見えるからだ。



「何だよ、望むがままって。まさか、翼を生やして空を飛び回れたりすんのか?」


「可能だ」


「は? 流石に嘘だろ?」


「何もかも可能だよ。架空の獣を生み出したり、金銀財宝で埋め尽くされた風呂に入る事も、一万人の美女に囲まれながら愉快痛快に暮らすことも。すべて望めば、叶える事ができる」


「そんな事して何になるってんだ……」


「なるほど。では叶わない」


「フザけてんだろ。そうなんだな?」


「君は心のなかで『叶えても意味がない』と感じた。だから実現しようとする力も働かない。そういう事だ」


「分かったような、分からんような……これは前と同じパターンだぞ!」


「いずれ理解するさ。君たち地球の民は、アップスの民と似ているからね」


「何が似てるってんだよ」


「この続きは、そうだな。リンカに尋ねるとしよう」



 インフォはここで視線を横に移した。今の今まで大人しくしていた凜花は、一杯のお茶をゆっくりと、大事そうに飲み進めていた。



「調子はどうかね? 成分は効いているか?」


「おかげさんってヤツだ。なんだかポカポカしてきたし、腹の具合も楽になった気がするわ」


「そうか。胃腸に効いたようで何より」


「なんだか、始めてアンタに感謝したくなったよ」


「ちなみに今出した紅茶には、そこまでの薬効成分はない」


「はぁ? マジかよ!? だってこんなに……」


「それだ。薬だと信じて飲むと、身体が反応して復調してしまう。君たちの言葉で『プラセボ効果』というのだったな」



 インフォがしたり顔で頷いて、言葉を続けた。



「君たち地球の民も、我らと同様、潜在意識の力を活用して生きている。両者の違いは、その概念を理解しているか否か。それくらいだと思う」


「だからオレたちも、お前らみたいな力を使えるようになると?」


「そうだ。そのためのテストだ。君たちは我らと同等の能力を会得する事ができるのか。そして上首尾だった場合、良き隣人となるのか、はたまた生存を賭して争う相手となるのか」


「食えねぇやつだ。何でも叶うとか言うが、内容次第じゃ敵認定されるだろうが」


「ほう。どうしてそう思う?」


「例えばオレが、アップスの連中をブチのめすと願えば、その時はどうなる? オレを抹殺しようとするんじゃないか?」


「フフッ、鋭い。さすがに本質をよく理解している」


「笑ってんなよ。お前は随分と物騒な『友人』だな。下手したら殺しにかかるんだから」


「さすがに殺しはしないだろう。隔離措置くらいはあるだろうが」


「どっちも嫌だね。オレの邪魔をするな」


「私としても、そうありたいと願っている」



 そこでインフォは右手を差し伸ばすと、真横に振った。まるで花の種でもまくような仕草には、見覚えがあった。


 視界が徐々に白んでいく。耳に聞こえる音も、どこか不明瞭で、くぐもったようになる。これは退室を迫られている、という事だ。



「此度も有意義なひとときだった。感謝するぞ、我が友人たちよ」


「呼び出しも、追い出しも唐突だな。少しは協調性を養えよ」


「ではごきげんよう。また会う日まで」



 そこで一度、意識は途絶えた。気がつけば、ラウンジのマットレスで横になっていた。



「戻ってきたらしいな。現実に」


「そうらしいな。それにしても薄気味悪ィよな。次からは既読スルーしてぇわ」


「そういえば凜花。腹の具合は?」


「ん……。治ってる。全然痛くねぇ」



 凜花はシャツの裾をたくしあげて、剥き出しの腹をポンと叩いた。プラセボ効果とやらは現実の凜花にも作用していた。これは偶然か、それとも――。



「まさかな。インフォのやつ、デタラメも良いところだ」


「なぁワタル、ちょい願ってみなよ。何か叶いそうじゃね?」


「お前……。さっきの話を真に受けるのか?」


「いや、だってさ、これまで散々不思議な体験してきたろ。サイコダイブとかさ。今のところ、アイツの言ってることは当たってそうじゃん」


「そうかもしれんが。ホントかぁ?」



 オレはふと、テーブルの方を見た。そこには、ライトの白色光に照らされた、つぶれかけの空き缶が置いてあった。



「じゃあやってみるか。オレは魔法使い。手で触れること無く、あの缶を落としてみせよう」


「おっ、マジで? 結構距離あんぞ?」


「やれる、オレならやれる。いくぞオラっ!」


「おお……! ……んオオ?」


 

 オレが気合十分に手のひらを突きだすと、凜花は調子外れな声をあげた。空き缶というとやっぱりそのまま。微動だにせず、テーブルの上で寝転がっていた。



「やっぱりこうなるよな! 知ってたけどな!」


「アーーッハッハ! やべ! クソおもろいんだが! 腹が、腹が痛ぇ! せっかく治したのにアハハハッ!」


「凜花この野郎……。ハシゴ外すの早すぎだろ!」



 オレが屈辱で顔を歪めていると、出入り口に人の気配を感じた。大介だ。夜中だと言うのに、ライト片手にオレ達の元を訪れた。



「ごめんね夜遅くに。さっきの話について、おさらいがしたくて――」



 大介はバリケードをこじ開けようとして、出っ張りにつまづいた。そこで盛大にコケるでもなく、事なきを得たのだが、問題は別にあった。


 大介の動きに合わせて、入口脇のテーブルが揺さぶられた。その拍子に、上に乗せられた空き缶が落下して、床で跳ねた。


 その時の音は、妙に強く響いた気がする。



「なぁ凜花、今のは……」


「うん。いや、ないない。偶然だろ」


「そうだよな、さすがに。オレもありえんと思う」


「どうしたの2人して。何に驚いてるの?」


「すまん、何でもない。話を聞こうか」



 それからは勉強会になった。大介には、これまで起きたこと、そして前回の『お茶会』について、覚えている限り教えてやった。


 だがその間、オレはどこか集中できなかった。さきほど聞こえた空き缶の落下音。それが耳から離れず、何度も何度も頭の中で繰り返してしまった。

 

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