表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/126

第15話 奪われたら取り返せ

 大介は静かに妹を見つめていた。その瞳は、時が止まったかのように、僅かさえも移ろうことはなかった。


 やがて、その妹が口を開いた。



「お兄ちゃん……?」


「あぁごめんよ、茉莉恵まりえ。起こしちゃったかな?」


「おかえんなさい。おしごと、できたの?」


「心配しなくていいよ。眠いならまだ寝てて大丈夫だからね」


「うん。じゃあ、あとちょっと……」



 それきり茉莉恵は瞳を閉じた。微かな寝息が聞こえるようになる。


 大介は、妹の乱れた髪をそっと整えてやり、それからオレの方を向いた。


 

「あっちの方へ行こう。僕の話を聞いて欲しいんだ」



 子どもとは思えない、意思のこめられた言葉だ。オレはゆっくり頷くと、大介の歩くあとに続いた。


 やって来たのはロビーの片隅。天井の穴から差し込む夕日が、大介の神妙な顔を照らした。



「僕の妹、茉莉恵は身体が弱いんだ。生まれつきなんだけど、薬が手放せないくらいに」


「今は薬なんて手に入らないだろ。危険な状態じゃないか」


「奇跡的にも、病状は悪くないんだ。調子のいい日は外を歩いたりできるし、ご飯も食べてる。茉莉恵もがんばってるんだと思うよ」



 大介が、そっと眼を伏せた。オレを直視できなくなるほど重たい、胸に秘めたる何かが飛び出すのだろう。



「ここは、働けない子供を養ってくれるほど、優しくはないんだ。本当なら、どこかに売り飛ばされるか。あるいは……」



 家畜のように絞め殺される。大介はそこまで言わず、握りこぶしを震わせた。



「妹と一緒に生きていくには、僕が『特別な仕事』をしなきゃならなかった。それが――」


「オレ達のような人間を連れてくることか?」


「うん。そうなんだよ。本当にごめんなさい……」


「人の売り買いは、よほど儲かるんだろうな」



 この先、人間が減ることはあっても、増えることなどないだろう。だから生存者には価値がある。育ちきった大人ならば尚更だろう。高額で取引されていても不思議ではなかった。



「なぜ、オレに?」


「えっ……?」


「なぜオレにそれを教えたんだ? そこらの人間を騙して集めるだけで、このご時世に、兄弟そろって安泰でいられるんだ。わざわざ話す理由なんて無いだろう」


「わからない、わからないよ……!!」



 大介は、伸びさらした髪を両手で掴んでは、その場で膝を着いた。その手は毛髪を引き抜かんほど、強く、強く震えていた。


 これが子どもの抱く苦悩か。あまりにも深く、暗すぎはしないか。オレはそっと眼を閉じて、心の置きどころを探ろうとした。



「もうイヤなんだ、苦しいんだ、こんな生き方! 僕はただ、妹と慎ましく暮らしたいだけなのに、どうしてこんな想いを……ッ!!」


「だったら止めてしまえばいい」


「やりたくても出来ないよ! 妹を、茉莉恵を見捨てる事なんて! あいつにはもう、僕しか居ないんだ!」


「そうか」



 ふと、自分の口角が持ち上がるのを感じた。世界が廃墟と化して、人が人をためらいもなく殺す時代にも、美しいものが残されていた。それが嬉しかったのかもしれない。まるで、アスファルトに咲く綿毛のタンポポでも見たような、爽やかな気分になった。


 オレは膝を折り、大介の顔を正面から見つめた。なんとなく、目線の高さをそろえたくなったからだ。

  


「じゃあ、戦うしかないな」


「えっ……?」


「逃げるのも、堪えるのも出来ない。だったら戦って、勝利を収める以外にないだろ」


「でも、僕は子供だし。背も低いし……」


「いいか大介。困難からは逃げてもいいし、誰かに助けてもらっても良いと思う。だがな、戦わなくちゃならない瞬間ってのは、必ずやって来るんだ。その時はお前が大人になるまで、わざわざ待ってくれない」



 眼を見開いた大介がオレを見る。あどけなさを残す顔は、夕日に照らされて赤く輝いていた。



「大介、お前は平穏な暮らしを奪われた。オレは仲間と物資を奪われた。それが嫌だと言うなら取り返すしかない」


「それは、そうかもしれないけど……」


「そもそもお前はラッキーだぞ。今ならオレという強力な助っ人までいる」


「お兄ちゃんは、戦うつもりなの?」


「もちろんだ。凜花を助け出して、荷物も取り戻す。ついでに長老一派とも決着をつけてやるさ。オレの『相棒』は暴れ散らかすだろうしな」


「すごいよ……。僕には真似できない。だって僕が殺されたら、茉莉恵が……」



 すると、そこへ小さな影が歩み寄ってきた。砂埃に汚れた青白い肌、年齢以上に細すぎる手足。その子は、オレの脇を通り過ぎ、大介の前で立ち止まった。



「茉莉恵……」


「ごめんなさい。お兄ちゃん、ごめんなさい!」


「何言ってるんだ。お前は悪くないから、兄ちゃんに全部まかせとけって」


「お兄ちゃんが、そんなにツライなんて、マリエしらなかった! お兄ちゃんに、スゴくたいへんなコトさせてたの!」


「だから、お前のせいじゃなくて……」


「マリエなんてしんじゃえばよかったの! パパやママみたいに、ペシャンコになって!」


「バカなこと言うなよ!」



 2人はそこで抱き合った。お互いの頬が、肩が涙で濡れる。どちらが流したものか分からないほど、涙はとめどなく溢れた。



「生きてて良いんだ、茉莉恵。お前は何も悪くない。生きてて良いんだよ……」

 

「マリエね、お兄ちゃんといっしょがいい。いっしょじゃなきゃヤダ」


「うん……うん……」


「お兄ちゃんが、ツラそうにするのもヤダ。マリエ、たのしく、いっぱい笑うのがいいの」


「茉莉恵……」   



 子どもの観察眼は侮れない。茉莉恵は、兄の世話になりながらも、その様子をつぶさに観察していたのだろう。苦悩する場面もそっと見られていたはずだ。だから、死ねばよかったなどという、悲壮な言葉が飛び出したのかもしれない。

 

 ここで、大介の気配がみるみる内に変わった。力強い視線には、幼さなど微塵も感じさせなかった。



「僕、やるよ。出来る限りやってみせるよ」


鬼道渉きどうわたるだ。いつまでもお兄ちゃん呼びは不便だろ」


「そうだね、ごめん。僕は浅生大介だよ」



 オレは立ち上がると、大介に手を差し伸べた。そうしてお互いの指先がふれあった時、突然、強い電流が駆け抜けた。



「いてっ! 静電気か?」


「いたたた。ワタルさん大丈夫? ごめんね」



 その時、空耳だろうか。かすかに話し声が聞こえた。聞き間違えじゃなけりゃ、『適正者』がどうのと聞こえたような。



「どうしたの? もしかして、すごく痛くしちゃった?」


「いやすまん。作戦を練ろうか」


「具体的に、僕は何をしたらいいのかな」


「あまり気負わなくて良いぞ。荒っぽいことは全部オレがやる。大介には別の事を任せようか」



 差し当たって情報が必要だ。さほど期待はしていたかったが、大介は多くの物事を把握していた。



「まず凜花が囚われてるのは、第3棟。それに間違いないな?」


「うん、合ってるよ。あそこはいつも鍵がかけられてる。バリケードも厳重だし、見張りも居るよ」


「絶対に逃さねぇぞって構えだな。鍵はどこにある?」


「長老の部屋だよ。中央校舎の2階。忍び込むのは難しいと思う」


「そこばかりは考えても仕方ない。まずは潜入してみるか」


「ワタルさんって、勇敢すぎやしない? 敵の本拠地なんだけど……」


「そうか? あんまり深く考えてなかった」



 今のは強がりでも何でもない。あの巨大なバケモノと死闘を演じ、倒して以来、変に度胸がついたのかもしれない。そこらの人間なんて、あまり脅威に感じなくなった。殴れば倒せるんだから。



「ともかく中央校舎だ。話はそれからだな」


「僕も行くよ。手伝える事もあるだろうから」


「頼りにしてるぞ。奪われたものを取り返してやろう」



 オレは握りこぶしを突き出した。大介も不敵に笑うと、そのこぶしを軽く小突いた。腹が決まったサインだ。


 後は出発するばかりだが、大介は、ふと足を止めた。そして茉莉恵に寄り添い、小さな頭をなでた。



「じゃあ行ってくるよ」


「お兄ちゃん。マリエもなんかやる」


「それじゃあ、ここを守っていてくれ。いつ僕達が帰ってきても良いようにね」


「うん、うん。わかった! マリエはまもる!」



 こうして、オレ達は闇夜に身を投じた。外灯のないキャンパスは真っ暗だ。しかし、校舎内の一部分と入口付近だけは明るい。懐中電灯か何かで照らしているようだった。


 移動中は発見リスクが低い。だが、やはり校舎に潜入するとなると、話は別だ。



「ワタルさん。中央校舎に見張りが立ってるね」


「そうだな。だが1人だけだな」


「食事時だからね。もう片方は食堂棟だと思う」


「よしよし、ハードルがだいぶ下がったな。大介、1つ頼まれてくれ」



 オレは耳打ちすると、大介は快く頷いてくれた。どこか、イタズラ小僧のような声で笑いつつ。



「じゃあ行ってくるよ」



 そう言い残して、大介は中央校舎に向かって駆け去っていった。大げさに、息も絶え絶えといった様子を演出しながらだ。



「ねぇ、そこに、例の男が隠れてたよ! みんなで追いかけ回してた奴!」


「何!? それはほんとか?」


「嘘じゃないって! 早く早く! このままじゃ外に逃げられちゃうよ!」


「チッ……。仕方ねぇ、案内しろ!」



 大介の演技が功を奏したか、あっさり釣れた。2人が全力疾走で駆け戻ってくる。


 大介が通り過ぎるのは、黙って見送る。遅れて見張りの男が駆け込んできた時、オレは物陰から飛びかかった。



「うわっ、誰だ――」



 叫ぶだけのゆとりは与えない。素早く背後を取り、締め上げてやった。それだけで見張りの男は意識を手放し、力なく倒れた。



「武器は鉄パイプか。無いよりマシかな」


「すごい手際の良さだね。格闘技でも習ってたの?」


「いや、たまたまイメージ通りハマっただけだ。それより急ぐぞ。他の見張りが戻る前にな」



 こうしてオレ達は中央校舎へと足を踏み入れた。長老の部屋まで、あと少しだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] Twitter(現X)でお見掛けし、読ませていただきました。 予想以上に面白くて一気読みしてしまいました……!驚愕の世界設定もそうですが、徐々に明らかになる謎の塩梅がちょうどよく、ズルズル…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ