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第14話 悪用されたキャンパス

 連中がオレ達を包囲して、拘束するまで大して時間はかからなかった。後ろ手に回した手がビニール紐で固く結ばれる。慣れた動きだと思った。



「女の方は第3棟へ連れて行け。男はラウンジだ」



 長老が悪びれずに言う。納品されたコンテナを振り分けるかのような口ぶりで、罪悪感のカケラもなかった。


 凜花が連行される。だがその間も「お前ら全員ブチ殺すぞ、タマ踏み潰してやる」と喚き続け、全身全霊で暴れてみせた。これには連中も手を焼いたらしく、ついには丸太を運ぶようにして、キャンパスの奥へと運んでいった。



「次はお前の番だ、さっさと歩け!」



 1人の男に尻を蹴られた。それが不快で、そいつを強く睨みつけてやる。それだけの事で怯む様子から、コイツらの『程度』がうかがえた。



「ラウンジは食堂の隣だろ。知ってるよ」



 オレは後ろ手に縛られたまま、1人で歩いていった。待て、という声は無視した。


 そうして久しぶりのキャンパスを歩いていく。しかし、在りし日の光景とは別物だった。あまりの変貌ぶりに、自然と胸が重たくなる。



「これが世も末ってやつか……」



 キャンパスの外周は木々や塀が囲むので、外からは観察出来なかった。内に入ってようやく、ここの実態が見えてきた。


 建物を取り囲むように穴が掘られて、その中には槍状の枝が突き刺さっていた。穴が掘れない場所は、槍状のそれを並べ立てて、外敵を阻む形を作っていた。そして建物の出入口には、机やロッカーによるバリケード。にじり寄れば通れる程度のスペースだけが空いていた。


 そんな改造が、あらゆる建物に施されていた。3年掛けて培った記憶が、ガラガラと崩れていく想いだった。



「あそこのベンチ、よく使ったんだがな……」



 売店の裏手にあるベンチは、真っ二つに割れまま放置されていた。昼飯にパンをかじり、軒下から狭い空を見て、たまに顔なじみが通れば挨拶する。そんな日々はもう戻らない。


 せめて近くに行こう。思わず足が向いたが、汚らしい怒声が邪魔をした。


 

「おいテメェ、どこ逃げようってんだコラ!」



 同時に、また尻を蹴られた。さっきの男だ。睨むついでに観察する。刃物付きの槍、薄汚れたセーターにデニムパンツ。耳にリングのピアス、前歯は数本が抜けている。


 つぶさに観察していると、男はわずかに後ずさった。



「なんだよテメェ、その態度は! 自分の立場わかってんのか!?」 

 

「ラウンジに行けばいいんだろ。歯抜けピアス」


「は、歯抜けぇ?」


「お前は2回も蹴ったな。覚えておくぞ」



 やはり後ろ手のまま、そちらへ向かう。ラウンジは食堂棟の1階だ。かつては学生たちの憩いの場だったが、その面影などない。パイプ椅子やホワイトボードが並ぶ様から、会議室のように見えた。



「長老、連れてきやした!」


「遅いぞ。ダラダラするなバカモンが」


「いや、それはコイツが……」


「もう良い、下がれ。ワシはこの男と話がある」



 歯抜けピアスが立ち去ると、長老はオレを睨んだ。強い、と思った。体格ではなく、その眼光が。少し手強いかもしれないと、腹の中で覚悟する。



「単刀直入に聞く。お前は何者だ?」


「それはこっちが聞きたい。お前たちこそ何者で、何の権利があって大学に立てこもってんだ」


「質問をするのはこっちだ。お前は余計な口をきくな。それとも何だ、あの小娘がいたぶられた挙げ句、死にゆく所を見たいのか?」



 急所は敵方に渡っている。今は大人しくするのが良策かもしれない。


 オレは溜め息を吐くとともに、心の何かを手放した。

 


「オレはここの元大学生。仲間の女は、他所から流れてきたらしい。知り合って間もないから、そんなに詳しくは知らない」


「女の方はよい。近々、売り飛ばすだけだからな。しかしお前は何だ。いや、これは何なのだ?」



 長老がスマホを突き出してきた。拘束された時に奪われたものだった。



「この画面を見ろ。キドウワタル様以外、使用できませんと出た。何度触れてみてもだ」


「画面ロックなんて普通だろ。スマホ初心者かよ」


「そうではない、勝手に出てくるんだ。指紋でも、PINコードでも、顔認証でもない。ただ本体に触れただけでこの有り様だ。何をしても解除する手段が出てこない」


「知らんのか。最新式なら当たり前だぞ」


「そもそも電源はどうした? 電池式の充電もあるにはあるが、お前はその充電器を持っていない。更に言えば、充電ケーブルを差し込む穴だってないぞ」


「最新式だからな。下手に触らんほうが良いぞ、そのうち爆発するかも」


「ばっ……? くだらん! 少しは真面目に答えろ!」



 スマホが脇のテーブルに転がされた。そこには警棒と、凜花の私物も並んでいる。



「ふぅ……。もういい。質問するだけ無駄だと分かった。最後に選択肢をくれてやろう」


「年寄りの話は長いな」


「お前には2つの未来がある。1つは滅私奉公めっしぼうこうだ。我らのために死ぬまで働いてもらう。おそらく、半年程度は生きられるだろう」


「そうか。フザけんな」


「もう1つは、今この場で無惨に殺され、肉となる事だ」



 長老が指を鳴らすと、やたら筋肉質な男が現れた。覆面で、上半身が裸というだけでも怪しいのに、牛刀まで手にしている。過去一番の不審者だ。


 こいつを前にしたら、発砲に厳しい日本の警察官だって、銃に手が伸びるに違いない。



「どっちもイヤなんだが」



 オレは素直に言った。すると長老は、見下すような笑みをもらした。



「ならば苛烈に死んでみるか。ただでは殺してやらん。足と、手の甲を潰し、指も1本ずつ切り落とす。腹を細かく切り裂き、存分に苦しんだ後、最後に頭だ。どれほど泣きわめいても終わらない拷問の果てに、加工肉にされる。それが良いか?」


「フン……。凜花はどうするつもりだ?」


「売り飛ばす。見た目が良いから、献上も考えたが、あの性格ではな。トラブルを起こされても困る。売っぱらう方が無難だ」


「献上?」



 それは誰に対しての言葉だろう。この長老気取りのジジイが、実はトップではない、という話になるのか。


 裏に何者かが隠れてるのかもしれない。どうにか聞き出したい所だが、長老は両手を振って苛立ちをあらわにした。



「話がそれた。さぁ選べ」


「分かったよ。この場はお前らに従う。そのかわり、凜花には手を出すな」


「クックック。条件を出せる立場でもあるまい。だが良いだろう。少なくとも、行商隊キャラバンが来るまでの安全は保証してやる。商品価値を下げる意味も無いしな」



 つまりは、それがタイムリミットだ。人買いだか何だか知らないが、そいつらに売り飛ばされる前に、凜花を救い出す必要があった。



「では来訪者の青年よ。残りの半年か、それとも1年か、せいぜい余生を楽しめ。地獄のような労苦にあえぎながら」


「お前より早死にする予定はないぞ、老害」

 

「チッ……。この男を連れていけ、農場だ!」



 長老が言うと、オレは後ろ手のビニール紐を引っ張られて、そのまま連れ去られた。


 向かった先はキャンパスの片隅。そこは農学部が授業に使用していた大農園だ。さすがに目の付け所が良いと思う。イチから土壌を作るよりも、ここを利用したほうが遥かに楽だ。



「楽だ……といってもな。手作業はキツイだろ」



 ここにまともな重機はない。車両の1台も見えない。だからかますきくわを手にした、人力による作業が待っていた。どう考えても重労働だ。


 今も農地で、頭に手ぬぐいを巻いた老婆が、腰を叩く姿が見えた。敵ながら少し哀れに思う。



「よそ見してんじゃねぇぞ。こっちだ、早く入れ!」

 


 オレは農場そばの小屋に連れ込まれた。中には古びたテーブルと、サビだらけのロッカーが並んでいた。



「へっへ、生意気なクソ野郎ちゃん。年貢の納め時ってやつだな。ゲヘヘへ」



 さっきの歯抜けピアスが嬉しそうに笑った。そしてロッカーを力付くで開いては、足元に鎌を放り投げた。それも錆びきったもので、武器として扱うには頼りないと思った。


 それから歯抜けピアスは、オレの背後に回った。両手に伝わる感覚で、紐を解こうとしていると分かる。



「いいか、下手なマネすんじゃねぇぞ。ここいらには監視が大勢いるからな。逃げたりすりゃ1発でわかる――」



 解けた。その瞬間にオレは、肘を突き出して、足の力で回転した。振り向きざまの肘打ちだ。それは歯抜けピアスのアゴに直撃。勢いそのままにロッカーの中まで吹っ飛ばしてやった。


 想定以上に技がうまく決まったものだ。しかし、その代償も相応に大きかった。



「いててっ! 肘が、キュピーーンって……ッ!」



 肘にある例の部分を強打したか。座り込むほどの痛みに、オレはうめくしかなかった。


 それから症状が落ち着いたころ、オレは完全に自由を取り戻していた。監視の歯抜けピアスは、今も白目を剥いたままで、ロッカーに詰め込まれる姿勢を保っていた。



「コイツの武器は、包丁槍か……。目立ち過ぎるな」



 鎌を回収して腰に差した。それから立ち去ろうとして、ふと足を止めた。思い出した。コイツには借りがある事を。



「さっきオレも殴ったから、一回分はチャラな」



 いまだ気絶したままの歯抜けピアスに、ケツキックをお見舞いする。これでお互い様が成立すると思った。気分すっきり。


 それから間もなく表に出た。足音は殺して、姿勢を低くする。しかし、小屋から離れたとたん、誰かの怒号が響き渡った。



「そこのお前! 何やってんだ!!」


「クソッ、もう気づかれたか!?」



 オレは鎌を強く握りしめたが、違和感に気付く。やがて、オレに向けた声じゃないと気づいた。


 物陰から辺りをうかがうと、農場で誰かが叱責されているようだった。怒鳴る方、怒鳴られる方のどちらも、若い男だった。



「早く立て! サボろうとすんな!」


「カンベンしてくれ……もう手がボロボロで」


「そんなのが理由になるか! 立て、働け、日暮れまで時間があるだろ!」


「じゃあせめて、水を飲ませてくれ。もう、身体が重くて動けねぇんだ……」


「そうか。じゃあいい、肉になっちまえ」


「グハッ……!」



 辺りに赤いものが飛び散った。渇いた土に血が吸い込まれていく。


 槍で刺した男は表情を崩さない。頬を手の甲で拭っては、死体の処分について、誰かと話し込んでいた。



「あいつら……マジで無茶苦茶だな」



 被害者に同情心が芽生えてくる。しかし明日は我が身か。そう思えば、脱出を最優先に考えなくてはならない。


 もちろん、凜花を救出したうえで。



「あいつは第3棟に連れて行かれたんだっけ。だったら中央校舎の隣だな」



 このキャンパスは文字通り、中央校舎を中心とした作りになっている。その校舎から道が枝分かれして、第1から第3棟や、食堂棟などに繋がっている。


 農学部校舎や農場も、その例に漏れない。オレはひとまず中央校舎を目指す事にした。



「さすがに片付いてるな。物陰なんてひとつもないぞ」



 隠れる場所は、伸びさらしの雑草くらいだ。無いよりマシと思い、草むらを経由しながら進んでいく。


 幸いなことに、道を歩くヤツの姿は見かけなかった。それでも校舎や建物は別で、出入り口を武装した男たちが警護していた。包丁槍だとか、鉄パイプを手にしつつ、侵入者が来るのを待ち受けるようだった。



「あれに見つかったらヤバいな。気をつけないと」



 オレは辺りに眼を向けた。中央校舎から少し離れた遊歩道で、生い茂る雑草が見えた。隙をついて駆け込み、膝立ちのまま進む。


 そうしてやって来たのは第3棟付近。少し高台にある校舎で、昇り階段の先に2人の見張りが見えた。



「ここに凜花が?」



 突破も考えたが、厳しい。ここは中央校舎にも近く、騒ぎを起こせば更に敵が集まってしまう。


 どうやって突破しようか。考え込むうちに風が吹き荒れた。すると付近の雑草が頭を垂れてしまい、一気に視界が開けてしまう。



「おいお前! そこで何してんだ!」


「クソッ、見つかったか!」



 オレはすかさず逃げ出した。見張り達は「逃亡者だ」と叫んでは、背後から追跡してくる。


 だが遅い。厚着して着ぶくれの上に、長柄の槍で武装しているせいだ。手ぶらのオレに追いつける理由は無かった。



「若者の足をなめんなよ、帰宅部だけどな!」



 キャンパスの構造も理解している。中央校舎の脇を抜けて第1棟へ、その先は駐車場と男子寮がある。


 それにしてもガレキだらけだ。普段は行き来できる通路は、あらかた潰されている。どこかに身を潜める場所はないか。せめて夜になれば手段も増えるのに。西の空は真っ赤だ。それでも陽が沈むのはまだ先の事だろう。



「クソッ、どこでも良い! やりすごせる場所!」


「お兄ちゃん、こっちこっち」


「お前、その声は!」


「静かに、いいから早く」



 オレは袖を強く引き込まれた。そして暗闇の中で口をつぐむ。


 すると、夕焼けに染まる駐車場を、男たちが駆けていった。そして「見つけたか?」「どこいった?」などと言葉を交わして、またどこかへと駆け去っていく。


 危機は去った。それを確信したところで、改めて問いかけた。

 


「大介……。どうしてオレを助けた?」


「おわび、かな。お兄ちゃんは優しい人みたいだし」


「悪いと思うなら、出会った時に教えて欲しかったぞ。実は罠なんですってな」


「無理だよ、そんなこと……。僕には、出来ない理由があるもん」


「理由? なんだそれは」



 大介は少し口ごもった。だが、返事は思いの外に早かった。



「こっちを見て。窓のそばだよ」


「窓の……?」



 暗すぎて最初は見えなかったが、目が慣れると、ここが男子寮だと分かった。たぶんロビー兼ラウンジ。壁で傾く油絵でようやく分かった。



「なんだここは。病室みたいだぞ」



 オレは思ったことを口にした。大介は何も答えず、床に寝そべる人たちの脇を歩いていった。


 微かに差し込む夕日が照らすのは、1人の少女だ。大介よりも幼い身体が寝込んでいる。下手したら幼稚園生かもしれない。そんな子供が、タオル1枚敷いただけの床に、寝かされていた。



「さっき言いかけた理由が、これだよ」



 オレがそっと大介を見つめると、彼はうつむいた。



「僕は、妹を守るために、悪いことをしてる。関係ない人を騙さなきゃいけないんだ。今までも。そして、これからも……!」



 薄暗い部屋の中、大介の唇が震えているのを、オレは黙って見つめていた。 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 急な展開にハラハラしながら読んでいます。 この話で一旦ストップしようかと思ったんですが、続きを読むことにします。 主人公はどう動くのか見ものです。
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