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最終話 ずっとあなたの隣で

「ん……。ここは?」



 風の吹く音で目が覚めた。窓から差し込む陽射し、レースカーテンが静かに揺れている。真新しい部屋の片隅に置かれた木のベッドの上で、オレは身を起こしていた。



「えっと、あれからどうしたっけ……」



 記憶が曖昧だ。経緯を思い出そうとして頭を抱えていた所で、不意にドアがスライドした。



「起きたのかワタル。調子はどうよ?」



 凜花が子供をあやすような口調で言った。オレは「まぁまぁ」とだけ答えた。


 続けて凜花は車椅子を押して、ベッドに横付けにすると、オレを抱きかかえた。そしてオレは車椅子に乗せられた形で部屋を後にした。



「ワタル、足の方は?」


「感覚は戻らないな。でも、昨日よりはマシかもしれない」


「そりゃ何よりだ。今日は意識もだいぶハッキリしてるし、そのうち回復すんだろ。それこそお前が、結菜ちゃんを抱きかかえながら空から落ちてきた時は、もうダメだろうって思ったよ」


「そんなに酷かったのか」


「満身創痍だし会話はできねぇし。さすがに覚悟したよ」



 凜花は車椅子を押しながら通路を進んだ。左右にはいくつもの扉がある。集合住宅の造りだった。



「つうかよワタル。あの時何があったんだよ?」


「敵の兵器と建物を爆破して、そして地球までワープしようとした」


「相変わらず無茶するよな、お前。空でドデカイ爆発が起きたと思ったら、超高速で降りてきやがったもんな」


「凜花のアニマが一番分かりやすかった。おかげで上手く飛べたんだと思う」


「そうか。ずっと祈ってたからな」


「良いサポートだった」


「そりゃ、アタシは相棒だしな」



 車椅子はそのまま屋外に出た。かすかに焼けたような香り。遠くの景色は焼け野原だが、手前は整然としていた。1ブロックほどのスペースには木々が植えられ、花壇には色とりどりの花々が咲き誇る。この狭い範囲に限れば、豊かさの溢れる光景だった。



「再建は全然進んでねぇけど、それでも数日でここまで持ってこれた。ワタルが水晶体を持ち帰ってくれたからな」


「全て使い果たしたつもりだったが」


「小石みたいにちっさな欠片が残ってたんだわ。そんなんでも当座の分としては十分だったぞ。大介や陰木に分けても余裕だった」


「他の連中はどうなんだ?」


「拠点なら一度、全部焼けちまった。でも再建は順調みたいだぞ。ちょいちょい報告が入ってる」


「そうか。だったら良い」


「それとな、今夜はお祝いをやろうってさ。ワタルの生還祝いだけど、良いよな?」


「オレは構わない。むしろみんなに会いたくなった」


「じゃあ予定通り開催って伝えとくわ」



 するとそこへ、ジョウロを片手に持った結菜と出くわした。結菜は柔和な笑みを浮かべては、凜花に向かって歩み寄った。



「あっ、ごめんなさい凜花さん。あとは私が任されますんで〜〜」


「いやいや、良いんだよ結菜ちゃん。ワタルの世話はアタシがやっておくから。衣織ちゃんと花壇の手入れを……」


「いえいえいえ、一段落つきましたし。そもそもワタル君のお世話が最優先なんで〜〜」



 結菜は凜花から車椅子を奪うと、花壇の方へと案内してくれた。そこではちょうど衣織が庭の手入れをしている最中だった。



「ワタルさん。ご気分はどうです?」



 衣織が額を拭いながら言った。頬には真新しい泥が付着していた。



「悪くない。足が動けば、最高なくらいだ」


「傷口そのものは塞がってるんですが、リハビリが必要ですね。大介くんの所に使えそうな本があったので、取り寄せてます。明日には試せるはずですよ」


「アニマでスパッと治したいんだが、それは上手くいってない」


「根気が必要かなと思ってます。私もサポートしますので、一緒に頑張りましょうね!」



 それから衣織は結菜と、庭の運用で雑談を重ねた。花壇は並んで2つ。いずれも細長で、横は5メートルほどのサイズだ。


 そこから数歩離れたところは農地だった。柔らかく耕された地面から、小さな芽が顔をのぞかせている。何の作物かは分からなかった。


「それでは夜に」と言って、衣織は家の中へと戻っていった。オレと結菜は、何をするでもなく、花壇の前で他愛もない会話を繰り返していた。



「生き残ったな、オレたち」


「そうだね。信じられないけど、こうして生きてる」


「だが、まだ大仕事が残ってるな。荒れ果てた世界を建て直さないと」



 四方八方が焼け野原だ。これを再建するのに、どれだけのアニマを求められるだろうか。オレが生きてるうちに達成できる事なのか。気が遠くなるくらいほどの事業だと思った。


 すると、結菜の手がオレの頬にふれた。



「ワタル君。頑張るのはおしまい、でしょ」


「オレは、お前に広く美しい世界を見せてやりたいよ」


「私の事は二の次で良いの。今はとにかく骨休めしようね」



 ふと、風が吹いた。オレと結菜の髪が揺れて舞い上がる。どこか焦げ臭さの残る、しかし草木を感じさせる香りだった。この時になって強く噛み締めたのは、生の実感だった。


 思えば、よく生き残れたものだと思う。ロイドとの決戦と脱出撃もさることながら、それまでに重ねた激戦も綱渡り的だった。何か1つでも手段を誤っていたら、野垂れ死にしていたと思う。



「だが、もう戦う必要はなさそうだ。剣をくわに変えるべきだろうな……」


「クワがどうしたの?」


「いや、これから楽しみがたくさんあるなと思って」



 そこで見上げた空は、どこまでも澄み渡っていた。多少汗ばむ陽気だが、それほど苦ではないのは、雲が太陽を隠したせいか。あの雲が過ぎ去ったら、また暑くなるかもしれない。


 そんな事を考えているうち、クラクションが鳴った。軽快に2回。それは早川の運転する軽トラックだった。荷台から溢れんばかりの大荷物を乗せつつ、沈んだ車体を路肩に停めた。



「おぉワタルッ! 元気そうだな、オレたちの英雄よ!」



 早川は車から飛び降りると、一直線に駆け寄っては、オレの肩を叩いた。分厚い手のひらでの祝福で、背中がヒリヒリと痛む。



「ワタルさん久しぶり! 調子はどうだい?」



 遅れて大介も歩み寄ってきた。そして、立派な装丁の本を結菜に手渡した。それは衣織が依頼した本で、医学書のようだった。その話が終わると、今度は荷代にあるものを説明し始めた。お祝いの余興に使うものらしい。


 ちなみに軽トラックの頭には、車体を隠してしまうほどの大きな板を乗せていた。今宵のイベントとは関係ない。あれはソーラーパネルで、車の動力源だという。



「今後は化石燃料に頼れないと思うんだ。だから太陽光発電と、あわせて蓄電器を開発するのが急務かな」



 曇りなき横顔の大介を見て、相変わらず頼もしい少年だと思う。



「ところで大介。お祝いっていうが、何をする気だ?」


「凜花さんたちと相談して、これが良いんじゃないかって事になってね。ちゃんとテストもしたから、安全にやれるよ」


「待て待て。テストが必要って、大掛かりな事か?」


「それはだね……」



 大介が大まかに教えてくれた所で、オレもようやく納得がいった。



「なるほど、良いと思う。盛大にやろう」


「今は他の車で、住民の皆を集めてるところだよ。ピストン輸送なんだけど、夜には間に合うんじゃないかな」


「楽しみにしてる」



 そうして迎えた夕暮れ時。真っ赤な夕日が山の稜線に消えた頃、辺りは大勢の人で埋め尽くされた。


 その顔ぶれは様々だ。自明に駒江、真宿から来ただろう生存者で満ちていた。彼らの手にはグラスと軽食があり、ささやかな晩餐を片手に談笑していた。


 そんな中を、茉莉恵まりえすいが駆け回っては騒がしくする。そんな2人を焔走ほむらがいさめようとする光景は、実に微笑ましいものだった。



「それでは皆さん、東の空をごらんください!」



 歓談する人の声を遮って、大介が叫んだ。そして松明を頭上に掲げては、宙で輪を描いた。


 すると、夜空に大きな花火が打ち上がった。肌に響くほどの迫力だ。聴衆は手を打ち鳴らしては歓声をあげて、子どもたちも飛び跳ねてまで喜んだ。



「まだまだあるよ! 疾風旅団のみなさん、よろしくお願いしまーーす!」



 その声とともに、次々と打ち上がっていく。大小の花火は夜空を鮮やかに彩った。牡丹に椰子、万華鏡。それらはほんのひと時だけ煌めいて、儚く消えていった。



「キレイだね、とっても……」



 すぐ後ろで結菜が呟いた。



「これを見せたかったんだよ。当時のオレは」



 すると、どうしても河川敷の記憶が蘇ってきた。あの事件の顛末が脳裏をよぎる。同時に苦い想いが込み上げてきたのだが、結菜がオレの肩に優しく触れた。


 そうだ。もう終わったことだ。今こうして、同じ花火を見上げている。その事実だけで十分だった。



「ねぇワタル君」


「なんだよ」


「私のこと、好き?」


「どうしてそんな事を訊くんだ」


「だって知りたいもん」


「言わなくてもわかるだろ」


「言ってほしいから訊いてるの」

 

「お前こそどうなんだ」


「ワタル君が教えてくれたら、私も言うよ」


「結菜が先でいいぞ」


「いやいや、ワタル君こそ先でいいよ」 


「分かった。じゃあせ〜〜ので言おう」


「えっ、待って。心の準備が」


「せ〜〜のっ」



 その時、夜空で花火が乱れ咲いた。相応に音も大きいので、小声の会話くらいなら簡単にかき消してしまう。



「はい言った。約束通りに」


「嘘だ! 絶対口パクだったでしょ!?」


「結菜こそ言ってないだろ」


「いやいや、私はちゃんとやったよ。口もしっかり動いてたでしょ?」


「確かにな。『ライ麦』と同じ発音の動きだった」


「急にそんな事言わないけど!?」



 結菜が大きく叫んだことで注目を集めてしまった。聴衆は空よりも、こちらを興味深げに眺めている。


 すると凜花が1つの咳払いと、苦言を漏らした。



「あのさ、そういうのは離れたとこでやってくんね? 子供も見てんだわ」


「あっ、すいまっせ〜〜ん」



 結菜は気まずそうに頭を下げては、集団の輪から離れていった。10メートルも遠ざかった所で「ふぅ」と息を吐き、東の方を向いた。

 


「怒られちゃったじゃん。ワタル君がアレだから」


「ギャアギャア騒がしくしたのはお前だろ。それまでは、別に咎められるほどじゃなかった」


「あぁそうだね〜〜うんうん、そうですね〜〜」

 


 結菜は拗ねたような口ぶりになったが、両手はオレの肩に添えたままだった。優しく撫でる仕草には、体温以上の温もりが感じられた。


 夜空には、またもや花火が打ち上がった。盛大に開いた後、尾をひくように光がきらめく。枝垂れ柳だった。



「キレイだよな、いつ見ても」



 オレはそう呟いては、肩に添えられた手を触れた。そして静かに、そして強く握りしめると、結菜もしっかりと握り返してきた。言葉など無くても分かる。お互いに願うことは同じだった。


 もうニ度と、決して離れない。




〜鉄格子でまた会いましょう 完〜

 

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