第120話 本拠地に乗り込め
どうやらインフォが介入したらしい。緊迫した音声だけが頼りなので、正確にはわからんが、オレたちの側に立ってくれたようだ。そう理解した矢先、スマホが機械音声で告げた。
――惑星管理者権限により、制圧モジュールが停止されました。再稼働するには議員3名以上の同意が必要です。
聞き慣れない単語が飛び出した。話のすべてを理解する事は出来なかったが、とりあえず攻撃が止んだことは伝わった。
その後も、スマホから聞こえる言葉には緊張感で満ちていた。
――おのれ……あと一歩のところで。この私に楯突けば貴様といえども容赦せんぞ! 覚悟はできているんだろうな?
――覚悟するのはお前ではないか、ロイド。議会の最終承認が出る前の蛮行は、さすがに大きな反発を招いたな。耳を澄ませば、お前を批判する声が聞こえるようだぞ。
――知ったことか。地球を滅ぼしてしまえば、もはや黙らざるを得ない。これ以上議論を重ねるという無駄を省けるのだ。長い事ダラダラと水掛け論を続けおって、今さら躊躇するような段階でもあるまい。
――そうまでして何を焦っているのだ、お前は。地球の民に何を見ている?
――だまれ。
――当ててやろう。お前は情緒の豊かな地球の民を、嫌悪しているようで、実は妬んでいるのだ。我らが長い時を経て失くしてしまったものを、彼らの多くはそれを……。
――だまれと言ったろう! これ以上無駄口を叩けぬよう、引導を渡してくれるわ!
会話が続けられたのは、ここまでだった。それからは金属の激しくぶつかりあう音や、激しい爆発音が聞こえるようになった。
それがひとしりき聞こえると、断末魔の叫び声が耳に届いた。
――ふん。かつてはアップスの俊英と呼ばれた男も、無様に老いたものだ。アニマ切れの状態では、まともな勝負にならない事は貴様も承知していただろう。あのままコソコソと逃げ隠れていれば、こうして犬死せずに済んだものを。
口をきいてるのはロイドだ。インフォの声は、全く聞こえてこない。
――さて、3名以上の同意か。面倒ではあるが、たいして時間はかからん。地球のゴミどもは、すぐさま焼き尽くしてくれよう。
それきり、何も聞こえなくなった。会話も、息遣いも、通知する機械音声すらもない。
オレはたまらず、画面に向かって叫び声をあげた。
「おい、インフォ! 一体どうなったんだ!?」
やはり返事はない。聞こえるのは、辺りを縦横無尽に駆け巡る風の音だけだ。地上に遮るものが失ったせいか、その響きは禍々しく、さながら巨獣の咆哮のようだった。
そんな不気味さを破ったのは、結菜の声だった。
「ワタル君! どうしたの、大丈夫!?」
「あぁ、オレは平気だ。何も起きてない」
「よかった……。何度も叫んでたから、心配になって」
遅れて凜花と衣織も駆けつけてくれた。2人とも地上の荒廃ぶりに驚いたようだが、その衝撃を今ばかりは忘れようと、そんな態度を見せた。
オレは3人に対して、先程の様子を説明した。ロイドとインフォの対立、それに加え、攻撃が一旦停止したことを。
「なんだかトンデモねぇ事になってきたよな……」凜花の呟きにオレは同意した。
「そのようだ。会話から察するに、インフォがオレたちを庇ってくれたようだが」
「やられちまったのか、ロイドの野郎に」
凜花の言葉に頷くと、衣織がかすかに嗚咽をもらした。そしてか細い声をひり出した。
「ワタルさん……これから、どうされるのですか? 攻撃が止まったとはいえ、終わったわけではないんですよね?」
「そうだと思う。ロイドの執着心を思えば、必ずあの攻撃は再開されるだろう」
「次はきっと堪えられません。弱った人から業火に呑まれて、最後には私たちも……」
「分かってる。だから今のうちに対抗しなくちゃならない」
空は静かだった。抜けるような青空を睨んでは、拳を固く握りしめた。インフォが生み出してくれたこの空白時間を、無駄にしてはならない。
次の発射までに与えられた短い猶予が、地球の命運を分けるのだ。
「オレは敵の本拠に乗り込む」オレがそう告げると、3人とも息を呑んだ。
「おおよその位置は把握できた。アップスの奴らはあそこに居る」オレは青空に向かって人差し指を鋭く突き立てた。昨晩、月が突然欠けたように見えたのは、アップスの拠点が横切ったせいだ。
インフォたちが口論を重ねているとき、奴らの居場所について確信がもてた。それは値千金とも言える情報だった。
「よっし、乗り込むか。うちらの星を好き勝手に荒らしやがって。連中のどてっ腹に鉛玉をブチ込んでやるぜ」
凜花が鼻息を荒くして言った。衣織も長く息を吸い込んでは、静かに吐いて、オレを鋭く見返した。「いつでも行けます」という、頼もしい言葉も添えて。
だがオレは首を横に振った。
「やる気のところ悪いが、お前たちは留守番だ。突入はオレ1人で行く」
「はぁぁ!? フザけんなよワタル! 無茶にもほどがあるだろ、アァ!?」
「考えてもみろ。オレたちが不在の間、さっきの隕石が降ってきたらどうなる? 少なくとも、秋葉腹の生存者たちは全滅を免れない」
「そりゃ、そうだけどよ。だから、速攻で奴らをブチのめしてだな」
「希望的観測すぎる。向こうで何が待ち受けてるか分からないんだぞ。だったら備えは必要だろ」
オレは手のひらにゾーンを展開した。オブジェクトを中心としたもので、1台のスマホを生み出した。
それを凜花に差し出した。
「秋葉腹の守護を頼む。1人分のキャパシティを付与してある。これがあれば、凜花も覚者と同じ働きができるはずだ」
「お前、マジで言ってんのかよ……」
「衣織は凜花をサポートしてやれ。アニマの扱いを一番理解しているお前だ。助言は大きな力となるだろう」
「ワタルさん、お供をさせてはもらえないのですか?」
「ワガママを言ってる自覚はある。だが、これがおそらく最善の作戦だと思う」
オレが急かすようにスマホを突き出した。それを凜花だけでなく、衣織も受け取ろうとはしない。
「正直言って気に食わねぇよ。ワタルだけ危険な目にあわせて、アタシらは後方でノンビリしてんだから」
凜花がオレを強く睨む。その瞳は、かすかに充血しているようだった。
「だがお前の頼みだ、きいてやるよ。そのかわり約束しろ。絶対に、絶対に生きて帰ってこいよ! あっちで野垂れ死にでもしてみろ。アタシが秒で駆けつけて、もういっぺん殺すからな!」
オレの手のひらからスマホをむしり取るようにして、凜花は受け取った。そして横を向いては鼻を強く鳴らした。こうなれば、凜花も役割を全うしてくれるだろう。こう見えて律儀なタイプだ。
そして最後に結菜と向き合った。さよならだけは言わない、そう決めてから口を開いたのだが。
「結菜、お前も凜花たちと――」
「私も連れて行って、ワタル君。足手まといにならないから」
「えっ……?」
完全に虚を突かれてしまった。二の句が継げないでいると、結菜はさらに続けた。
「私、もう待っているのは嫌なの。何もできずに祈るだけなんて、堪えられないの。お願い! 私も一緒に連れて行って!」
「あのな、結菜。観光にいくんじゃないんだぞ。殺し合い、戦争をしにいくんだぞ。どれだけ危険にまみれてるか――」
「だったら尚更だよ。ここに残ってても死んじゃうかもしれないんでしょ。だったら私はワタル君と一緒にいたい。殺されてもいいから、傍を離れたくないの!」
「結菜……」
すると凜花が弾けたように笑い声をあげた。
「アーーッハッハ! お前の負けだよワタル。連れてってやんな」
「凜花……お前まで」
「結菜ちゃんの言うとおりだよ。ここに居たって安全とは限らねぇ。さっきの隕石が突然降ってきて、アッサリ死んじまう事も十分あり得るんだ。だったら命がある限り、自分の好きな所にいたいよな」
「理屈としてはそうかもしれんが」
「ワタルさん。私も結菜さんを同行させた方が良いと思います」
「衣織まで」
「観察していて気づいたのですが、ワタルさんは結菜さんが傍にいると、アニマを増幅させる事が出来るようです。突入作戦を成功させるには、彼女の助力も必要かなと」
「そうかもしれない。しかしだな」
「それに、私は分かるんです」
衣織がそっと自分の首元に触れた。そこには、愛用するネックレスのチェーンがある。
「待ってるだけの辛さ、私は痛いほど知っています。どんな目に遭ってもいいからと思えるくらい辛くて、無力で、寂しいんです……」
オレには何も言い返せなかった。それから無言の時間が過ぎていったが、結菜は変わらず、こちらに強い視線を向け続けた。
ここが落としどころか、と思う。それから改めて、結菜の顔を正面から見つめた。
「そこまで言うなら連れて行く。そのかわり、敵地ではオレの命令に従えよ」
「分かってるって。私はいつだって、ワタル君の言いなりだもん」
「誤解を招きそうな言い方はやめろ」
オレは結菜を抱き寄せると、凜花と衣織、それぞれ交互に視線を重ねた。
「それじゃあ後は任せたぞ」
「きばってこいや。ロイドには、アタシの分もきっちり礼をしてやってくれ」
「ワタルさん。ご武運を」
オレは空を見上げた。アニマを検知して瞬間移動する術は、ディープゾーンで打津木に仕掛けたときに学んでいた。
空を探る。見えた。インフォのアニマが、乱れているようだが、ありありと感じられた。
「行くぞ」
オレがそう告げた瞬間、視界は青空に包まれた。次に雲が押し寄せ、やがて暗くなる。それらの光景は全てコマ送りだった。天に向かって超高速で移動しているために、視覚の認知が追いついていないのだ。
「ワタル君。このまま宇宙にいっちゃうの?」
「安心しろ。身体が赤く光ってるだろ。これがあれば、大気圏に突入しようが、宇宙空間に飛び出そうが、何も問題ない」
そう告げる間にも辺りは暗闇で満ちた。そして月が前方に見えて、クレーターの凹凸までも認識できるようになった。
そこで進路が脇にそれた。向かうは、月の傍に浮かぶ人工物だった。
「ここにアップスの奴らが……」
それは巨大な宇宙船とでも言うべきか。月と引けを取らない大きさで、ただし形は歪。直径の異なるパンケーキを何段にも重ねたような構造をしていた。
オレはその一番上に向かって、飛んでいった。
「そろそろ着くぞ」
言い終えた矢先、視界が突然変化した。今度は辺り一面が純白だ。壁も床も、あらゆる物が白一色。時おり見える扉だけがグレー色をしているという、物珍しい空間だった。
「ワタル君。ここが、さっき言ってた?」
「敵の本拠地だろう。インフォのお茶会で、似たような光景を何度も見た」
「あっ! ねぇ、あそこを見て!」
結菜がいきなり叫びながら指し示した。通路の奥は一部分だけ、場違いとしか思えないほど鮮明な赤で塗られていた。それは床だけのことで、まるで、赤く濡れた物が這いずったかのようだった。
そこまで見て取ったところで「行くぞ」と、結菜を促した。
無人の通路を駆けて行く。赤い筋を頼りに追跡すると、曲がり角に出くわした。そこを道なりに右へ曲がった所で、オレは足を止めてしまった。遅れてやって来た結菜も短い悲鳴をあげた。
そこでは、壁に寄りかかって倒れるインフォの姿があった。
「や、やぁ。来てくれたのか、鬼道渉」
インフォは掠れた声で言った。それと同時に、垂れ落ちた銀の前髪を、震える手でで触れては、後ろに流した。
オレは、髪型なんて気にしてる場合かと思う。するとインフォが言葉を続けた。
「運命とは過酷なものだが、時おり喜びも与えてくれる。事実、最期にこうして、君と語り合う機会を授けてくれたよ」
そう語るインフォは、明らかに致命傷を受けていま。彼の胴体は真っ黒に焼け焦げている。それだけでなく、腰から下はねじ切られたかのように、全てを失っていた。
そうして出来た血溜まりの中で、インフォは横たわっていた。まだ意識を保てているのが不思議なほど、絶望的に深い傷だった。