第12話 珍妙なるお茶会
銀髪の男は、長テーブルのイスに腰掛けると、手のひらをゆっくり差し出した。座れという事だろう。オレが男との対面に座ると、続けて凜花も隣に座った。
「さて。ティーは何にしよう。オススメの一品はあるが、君たちは慣れ親しんだ味の方を好むかね?」
男の言葉に、オレは手のひらを突き出して拒絶した。
「んなもん要るか。何もかもが怪しすぎて、お茶なんて気分になれない」
「そうか。リンカは?」
「アタシもいやだよ。つうかアンタは何者なんだ! 何もかも不気味すぎんだよ……!」
「フフッ。ずいぶんと警戒されたものだな。それも良いだろう」
男は、自分のティーカップだけを用意して、ひとくちすすった。それから改めてオレ達の方を見た。
「自己紹介をしよう。私の名はimfection oneだ。略するとi.m.f.oなので、インフォとでも呼べば良い」
「インフェクション、ワン……。不完全なるものって意味か?」
「その認識で良いと思う」
インフォは微笑を浮かべては、ティーカップを口元に運んだ。所作は流れるようで、品の良さを感じさせた。
「さて、せっかくの親睦会だ。なにか楽しい話をしよう」
「お前と楽しい話? 冗談だろ」
「ワタルは歓談を望まないのか。ならば、そうだな……その端末について話そうか」
「端末って、スマホの事か?」
「ワタルの気配が変わった。感情が荒波をうっている。これは『興味をひいた』という事なのだろうね」
「洗いざらい教えろ。今なら、どんな絵空事でも信じてやるぞ」
「そうか。ならば話そう」
インフォは小さく息を吐くと、静かに言った。
「まずは、私が何者かについて話そう。薄々感づいてるとは思うが、君たちの同胞ではない」
「当然だ。オレには、お前のような知り合いなんて居ない」
「そうではない。言い換えれば、地球に生まれ落ちて、そこで育まれた存在ではない、ということだ」
「言葉通りに受け止めたら、宇宙人ってことになるぞ」
「その解釈は不正確だな。我らは単なる隣人ではなく、もう少し君たちと縁が深い。保護者……いや、監視者かな」
「監視者だと?」
「私は、いや我らは、この宇宙に生息するall purpose standardという種族だ。普段は、appsの民と呼称する事が多い」
「アップスの民……? 待て待て、今さっき、地球を監視してると言ったか?」
「確かにそう言った」
「つうことはだ。地球があんな感じに、メチャクチャにされたのは……」
「我らアップスの民が、そう仕向けた」
「だったらお前は敵じゃねぇかよ!」
オレはその場で飛び退き、警棒を抜き放った。凜花もモデルガンを構えて狙いを定めた。
「気安く話しかけやがって。何を企んでやがる!」
「やめてくれ。大声を出さずとも、聞こえている」
「目的は何だ! なぜ地球をメチャクチャに――。うわっ、痛ぇッ!?」
言葉の途中で、突然、手のひらに電撃を感じた。思わず武器を落としてしまう。凜花も同じらしく、手の甲を不思議そうに眺めていた。
「落ち着きたまえ。特に暴力はだめだ。ノゥラが怖がる」
「ミィウウゥ……」
「安心しろノゥラ。今に鎮まるさ」
インフォは、小さく咳払いをすると、改めて着席を促した。オレ達が見せた臨戦態勢など、子どもの悪フザケくらいにしか見ていないらしい。その余裕が腹立たしく、同時に恐ろしく思えた。
オレ達は強く睨みつつ、しかしもう一度座る。するとインフォは、目元で微笑んで語りだした。
「話を戻そう。アップスの民は地球をリセットすべしと考えた。君たちは危険視されたのだよ」
「オレ達が何をしたっていうんだ」
「君たち地球人は貪欲でありすぎた。攻撃的であった。思い出して欲しい。君たちは、同じ同胞の血をどれほど流しただろうか。文明を発展させたのは良いが、それを悪用し、効率的に生命を殺すようになった。同じ種族でも、なんら厭わずに」
オレは反論できなかった。確かに人類史の多くは血で染められている。大国間の戦争がなくなってから、まだ100年すら経過していない。それが長いとみるかは、判断の分かれる所かもしれない。
インフォの言葉は正論だと思う。だからと言って、腹の虫がおさまる訳ではなかった。
「オレ達が何をした。歴史がどうのと、人類がどうだって言われても知らねぇよ。戦争とか、虐殺とか、オレみたいな一市民にどうこう出来る話じゃないだろ! それなのに、多くの人たちが、お前らの屁理屈で一方的に殺されて……。それの何が正しいっていうんだよッ!」
「落ち着きたまえ。私も君と同意見だ。確かに人類の貪欲さは脅威的だ。だからといって、あらゆる生物を根絶やしにする事が正しいとも思えない」
インフォは、また紅茶を一口だけ飲み、テーブルに戻した。その時に見せた顔は、物思いにふけるようで、気配の変化をかすかに感じさせた。
「私は抗議した。アップス寡頭院で、地上殲滅と決まりかけた所を、私が止めたのだ。ここまで発展した天体に、無理やり介入して壊滅させるのは、本当に正しいのかと言ってね。その結果――」
「結果……?」
「殲滅だけは免れた。ただし、間引きまでは回避できなかった。人類の社会体制が不適切と判断されたためだ。その体制を崩すという目的から、多くの地球人が死に追いやられた」
「もっともらしい事をシレッと言うが、結局は大量殺人だろ」
「ワタルよ。では聞くが、地球人を支配する『政府』とやらが残されたとして、君たちは自由に生きられるか? ルールに縛られた君は、どこまで願望を実現できる?」
「それは……」
「我らアップスの民は知りたいのだ。果たして君たち地球人が、良き隣人と成り得るのか。それともやはり、残忍にして貪欲で、我々と争うほどの敵性種族であるのか。それを理解するには、自由意志を観察するのが手っ取り早いのだよ」
「だから、大勢を殺した? オレ達をいったん自由にして、あの廃墟で、どんな風に生きていくかを調べるために……?」
「平たく言えば、そういう話だ」
オレは凜花の方を見た。凜花の見開いた瞳は、恐怖の色が濃く現れている。しかし、恐怖だけでは無いことは、何となく理解できた。
その時、ふと、ポケットのスマホが気になった。思えばこれも、妙に規格外な製品だった。充電の必要も無ければ、マップにマーカーやらと謎技術を見せつけ、終いにはサイコダイブだなんて不思議な体験までさせられた。
特にサイコダイブが異質で、人類にとってオーバーテクノロジーとしか思えなかった。
「このスマホ……。お前らのモンだろ」
「君たちは『スマホ』と呼ぶのだな。答えはイエス。上手く活用してもらえて嬉しく思う」
「なぜこんなものを寄越した?」
「その方が、良いと思ったから。いや違うな。こんな時に言い表す適切な言葉は……」
インフォはオレから視線を外して、天井の方を見上げた。そして突き立てた人差し指で、虚空をクルクルとかき混ぜた後、大きく頷いた。
「そう、探究心だ。君たちがもし、我らの力を活用できたら、どうなるか。それが知りたかったのだよ」
「お前たちの力ってなんだよ?」
「地球は『カガク』という名の宗教を発明した。そして今日まで、機械文明を発展させてきた。そうだな?」
「まぁ、宗教って言い方には違和感あるけどな」
「正直なところ、機械の発展具合は、我らアップスのものと引けを取らない。その点については素直に称賛しよう」
「とてもそうは思えないぞ。地球には、こんな非現実的な技術なんて存在しない」
「我らアップスの民は、機械技術に傾倒しなかった。そちらはオマケのようなもの。我らは、精神世界の理解とその活用法に、長らく注力してきた」
「精神世界だと?」
「すでに体験済みだろう。たとえばディープゾーンだ。あれは精神世界における――」
インフォが話し続けるうちに、隣で凜花がうなりだした。頭を両手で抱えて、どことなく苦しそうに見える。
「どうした凜花、何があった?」
「あぁ、たえらんねぇよ……。いつまで小難しい話を続けんだ。もう頭がおかしくなっちまいそうだ!」
「そうか。安心しろ、オレもさっきから頭痛がヤバい」
凜花が知恵熱にさいなまれていると、インフォは笑いながら両手を打ち鳴らした。何がそんなに愉快なのか、オレには理解できない。
「いやいや、失礼したよリンカ。君の言う事はもっともだと思う。この記念すべき第1回の懇親会、もとい勉強会も、そろそろ閉幕としようか」
そこでインフォは右手を差し伸ばすと、真横に振った。それは緩やかな仕草で、花の種をまくようにも見えた。
すると、視界が徐々に白んでいく。耳に聞こえる音も、どこか不明瞭で、くぐもったようになった。
「ワタル、そしてリンカよ。今日はとても有意義だった。また会えたら嬉しい」
「そうかよ。オレはどっちかというと、不愉快だったぞ」
「ならば次回は、もてなしについて気を配る事にしよう。それとワタル、最後になるが1つ忠告だ。心を大切にするように」
「心だと?」
「思考は現実化する。ましてや君は、我らアップスが誇る文明の利器を手にしている。他の地球人とは比較にならない程、多大な恩恵にあずかる事も可能のはずだ」
それきり、声は聞こえなくなった。世界が光であふれかえる。
――管理者より退室させられました。これよりディープゾーンから離脱します。おつかれさまでした。
今や慣れ親しんだ音声が聞こえると、視界は徐々に開けてきた。ひしゃげたシャッターに、ホコリの堆積した金属ラック。元の場所に帰されたと理解した。
しかし心というか、思考までは戻りきっていない。インフォとの一幕が、あまりにも現実離れしていて、受け止めきれないのだ。
それはオレだけじゃない。凜花も口を半開きにしつつ、視線もぼんやりと彷徨わせていた。
「お疲れさん。なんだか、大変な話を聞かされたな」
「アタシは、半分も理解できなかった。何だったんだよアレは」
「さぁな。だがアイツの言葉に嘘がないとしたら、この世界は作為的に作られたってことだ」
地球が終末世界を迎えたことも、大勢の人々が命を落としたのも、自然発生の災害ではなかった。何者かの意思により実行され、この現状は作られた。
素直に腹立たしい。オレ達人間の都合なんて、まるで考えてない。その傲慢さには、唾を吐きかけてやりたくなる。
「監視してるんだってな、アタシらの事」
「調査だとか、大体そんな事を言ってたな」
「冷静に考えたら、アップスだっけ? とんでもねぇ連中じゃねえか。地球規模で実験をやらかすとか、バケモノなんてもんじゃねえぞ」
凜花は、両腕で自分を抱きしめながら震えた。言葉に出来なかった恐怖を、今になって実感したようだ。
「怖いよ。アタシは、怖くて仕方ない。とんでもねぇ奴らに眼をつけられちまった……!」
「そんなの関係あるかよ」
「ワタル……?」
「実験とか調査とか、インフォだのアップスだの、オレには関係ない」
そこで、歪んだシャッターから外に眼を向けた。空はすでに赤く染まり、もうじき朝日が昇るところだった。
「オレは変わらない。やりたいことをやる。必ず結菜を見つけ出して、この手に取り戻すんだ」
「そんなんで良いのかよ? 奴らに見張られてんだぞ?」
「知らん、関係ない、どうでもいい。オレはオレの目的を達成させるだけだ」
「は、ははっ……。やっぱアンタ、おもしれぇわ。それでこそ相棒だよ」
凜花の瞳に意思の力が戻りだす。虚勢とは思えなかった。
「良いのか? オレは、訳のわからんスマホを持たされ、妙なジジイに眼をつけられてる。この先どんな苦難があるか分からんぞ」
「平気だね。アンタと居た方が生存率が高そうだし。それにアレだ。心に決めたお姫様がいるんなら、アタシに手を出したりしないだろ? 貞操も安全って事じゃん」
「そうだな。凜花に性的な興味は一切ない」
「うぐっ……。まぁ、うん。アタシは引き続き、アンタと一緒に――」
その時だ。辺りが激しく揺れた。突き上げるような揺れに始まり、地響きまでも続いた。
「なんだこれ、地震か?」
「違うぞ凜花! 土砂崩れだ!」
オレはシャッター越しに、崖の崩れる様を見た。向かい側の丘はあちこちで崩壊し始め、膨大な土砂とともに、廃屋が地面に叩きつけられた。それも、やがて止まるのだが、地鳴りは止む気配がない。いや、むしろ激しさを増していった。
「おいワタル、これってまさか……!」
「逃げるぞ! こっち側も崩れてる!」
オレ達はシャッターをこじ開けて、外に飛び出した。道路のあちこちは陥没して、家も、ガードレールも、ありとあらゆるものが飲み込まれていく。
とにかく逃げた。あてどもなく、直感だけを信じて走り続ける。
「おいワタル! アンタはこの辺に住んでたんだろ? 安全そうな所は!?」
「そこの路地を左! 階段になってるから、とにかく駆けあがれ!!」
下手に降れば土砂に飲まれる。ならば上しかない。
そう感じたオレは、ただひたすらに階段を昇っていった。足元が崩れる。土砂に飲まれかける。それでもただ上を目指した。凜花も、文句のひとつも言わず、懸命になった。
そして段差の全てを踏破したところで、足が止まった。幸いな事に、この辺りは崩壊の影響がなかった。
「はぁ、はぁ、どうにか助かった……。凜花も無事でよかった」
「マジで死ぬかと思った……。それにしてもインフォの奴め」
「なんでインフォ?」
「全部アイツのせいだろ。世界がこうなってなきゃ、アタシは今頃、あたたかなベッドで寝てたんだぞ」
「まぁ、一理ある」
オレ達は顔を見合わせると、明け方の空に向かって吠えた。
「聞いてるかインフォ! 観察するなら丁重に扱えよオイ!」
「アップスだか何だか知らねぇが、調子のんなよバーーカ! 次会ったら絶対ビンタしてやっからな、覚えとけ!」
地球人が誇る最強戦法のひとつ、クレームの嵐だ。果たしてこの声が、相手に届いたかは分からない。辺りはただ静かで、そして、緩やかに朝を告げるばかりだ。




