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第11話 異質なディープゾーン

 何だか色々あったが、雨降って地固まるというやつか。敵意むきだしだった凜花とはスッカリ打ち解けて、向こうから同行を申し出たほどだ。想定にない収穫だと思う。


 とくに、荒廃した世界に詳しいのは助かる。



「ところでワタル。腹減ってないか?」



 凜花が、少し照れくさそうに言う。なぜそっぽを向いて言うのかは、良く分からない。



「う〜〜ん。今はそうでもないが、食えそうではある。色々あったから、食欲が落ち着いたのか?」


「なんだそりゃ。まぁいい。アタシは飯を食うから、アンタにも分けてやるよ」


「あぁ、すまん」



 空腹が辛くないのは気のせいか。一応、食おうと思えば、並牛丼の2杯くらいは平らげそうだ。それでも餓えという感覚は、不思議と遠く感じられた。


 別に不気味とも思わない。子供の頃に欲しかったオモチャが、今はさほど気にならない事と似ているかも知れない。



「さぁてと。こんなご時世だ、クオリティに期待すんなよ。アタシは別に三つ星シェフって訳じゃねぇんだ」


「それくらい知ってる」


「カァ〜〜ッ! ちっとは会話を楽しもうとしろよ。ノリツッコミとかさ」


「ツッコミってのはあれか。芸人がよくやるヤツ」


「あぁ、もう良い。とにかくそこで待ってろ」



 凜花はキッチンに回ると、料理を始めた。すでに辺りは真っ暗だ。オレは『ここのライトを持っていけ』と声をかけたが、『十分だ』とだけ返された。確かにここからキッチンまで、たいして離れてはいない。



(それでも手元は暗いだろ。料理なんてできるのか……?)

  


 ここからでは凜花の頭くらいしか見えない。聞こえるのは、缶詰を開ける音、スプーンでほじくる音、そして皿がキンと鳴る音。最後に『塩、塩』と独り言を呟いて、ひと手間加えた後、完成したようだ。


 傾いたテーブルに、料理が一品だけ置かれた。



「ほらよ。サバと生姜に食卓塩を添えて、だ」


「せいぜい缶詰を開けただけじゃないか? 俗に言う限界飯ってやつ」


「うるせぇ。文句あるならアタシが食っちまうぞ」


「いや、せっかくだからオレが貰う。ありがとう」


「ったくよ……。余計な事言わねぇで素直に食えってんだ」



 凜花は眉を潜めながら、缶詰を直接口にした。ズゾゾと音を立ててすすり、缶をひっくり返して中身を食べた。


 オレも両手を合わせてから、料理をいただく。ステンレスのフォークで刺して頬張った。しかしなぜか、食べ慣れた気分になれない。これはまるで、外国で珍味でも食べたような感覚かもしれない。そんな違和感も、咀嚼するうちに消えていった。



「うん、うん、サバの味がする。こんな味だったかも」


「当たり前だろ。つうかサバ缶食ったこと無いのかよ?  つまりは金持ちの坊っちゃんか」


「いや、そこそこ貧乏学生だった。1食分のパスタソースを2回に分けて食うくらいの」


「逆の意味かよ。なんつうか、アタシが悪かったよ」



 こうして、ささやかな晩餐は過ぎていく。後は寝る準備だろうか。


 だがそこへ、あらぬ方から物音がした。ガサリ。枯れ葉が重たいものに踏み潰された音だった。


 オレはそっと凜花に目配せした。すると、いかめしい顔で頷き返された。


 

「さぁて。今日は疲れたし、寝かせてもらうか」


「アタシはこのマットレスを使うが、アンタは床で寝ろ。同じ寝床で眠るほど信頼してないからな」



 すると凜花はライトの光を弱めて、大げさな音とともにマットレスに寝転がった。それからは、音もなく起き上がると、壁の方へ身を寄せた。


 オレも大きなあくびを響かせたのち、壁際に寄る。そして、暗闇に溶け込もうとしたところで、けたたましい音を聞いた。



「出てこいクソ女ァ! さっきの借りを返してやるぞオラァ!!」



 襲撃は始まった。家具を積み上げたバリケードが、両手持ちのハンマーで叩き壊されていく。テーブルは割れ、イスも粉砕され、やがて突破を許した。



「覚悟しろよ! たっぷり可愛がって――――んんっ?」


「おい、いねぇぞ! どこに行きやがった!?」



 敵は近くに2人。そこから少し離れて、バリケードの向こうにも2人。まずは頭数を減らす。


 オレは連中の横から襲いかかった。反対側から凜花も躍り出るのが見える。



「よそ見してて良いのか? オレならここに居るぞ!」


「さっきからしつこいんだよ、クソオスどもがッ!」



 1人の胴に警棒を叩き込んだ。それだけで男はうずくまってしまう。


 その間に、もう1人も凜花が倒した。モデルガンのストック部分で相手の鼻を突き、さらに股間を蹴り上げた。その男に同情する気持ちは、僅かだった。



「よし、残りはあと2人だな――うわっ!?」



 オレ達が攻勢をかけようとした瞬間、ガラスの割れる音がした。すると燃え盛る炎が、床の上を狂ったように暴れだす。辺りは真昼のように照らされた。木片やマットレスまで巻き込んで、瞬く間に延焼していった。



「クソッ、あいつら火炎瓶まで!」


「こっちだワタル! 急げ!」



 炎に照らされた凜花が激しく急き立てた。オレは両腕で顔を覆いながら炎の海を突破、凜花とともに裏口へ回った。



「逃走経路があるのか、助かる。あの炎じゃ、連中も追いかけて来れないだろうからな」


「つうかさ、しつこ過ぎんだろ。女の扱いってもんを理解してない――」



 裏口の鍵を開けて、外に出た。しかしその時、横から黒い影が襲いかかってきた。狙いはオレじゃない。それに気付くなり、凜花を突き飛ばして、その影と組み合った。



「クソッ、こっちにも敵が!」



 あの連中の仲間だった。釘バットにヘルメットで武装している。


 オレは男の両腕を掴み、押し合いの態勢になった。ここからどうする。足をかけて転ばす、腹を蹴りつける、踏み込んで肘打ちする。


 そうして打開策に気を取られていると、真横から、また新たな気配があった。月明かりに照らされて、冷たい光が反射する。刃物だ。ナイフを両手持ちにした男が、オレを目掛けて突進してきた。



「ワタル! 危ない!」



 凜花の悲鳴。迫る男と刃。絶体絶命としか思えない。しかしオレは、傍らに見える看板に視線を向けていた。建物の壁により掛かるそれは、とても不安定で、風もないのにユラユラ揺れていた。


 サイズも大きく、重量感もある。それがナイフ男に直撃したら、すごく楽だろうに。自分でも呆れるくらいに、ノンキな未来を思い描いてしまった。



「死にやがれ、この野郎!」



 男が看板の脇を駆け抜けようとした。しかし、何かを足に引っ掛けたようで、そこで盛大に転んだ。金具が絡まったらしいが、それだけで終わらない。その看板は、軋む音とともに、刃物男の方へと倒れていった。



「うわっ、うわぁぁ! たすけ――」



 地面が大きく振動する。看板に押しつぶされた刃物男は、うめき声すらあげなかった。


 続けて、呆然とする釘バット男も対処しておく。腕を捻って態勢を崩し、腹に膝を叩き込む。それだけで相手は地面に崩れ落ちた。



「行くぞ凜花! こっちだ!」



 今度はオレが誘導した。凜花も、はいつくばる男の足をシッカリ踏みつけてから、オレの後に続く。


 それからは走った。上り坂をひたすら。そして、とある民家の駐車場へと潜り込んだ。歪んだシャッターをこじあけて、中に侵入する。


 ここでようやく足を止めた。荒く息をつく。ボコリの臭いが不快でしかないが、それには堪えた。凜花は周囲を見渡してから、ガラ空きの金属ラックに腰掛けて、息も絶え絶えに言った。



「はぁ、はぁ、ここまで来たら、安心だよな?」


「そうらしい。スマホを見てくれ、赤いマーカーが別の方へ移動してる」


「は、ははっ。線路の向こう側を探してやがる。逆だっつうの、バーカ」



 ようやく手にした安全地帯に、凜花は力が抜けたらしい。足元にライトを放り投げ、モデルガンを抱きかかえてから横になった。



「わりぃ、少しだけ寝かしてくれ……。さすがにキチぃ」


「わかった。見張りはオレがやっておく」


「マジですまん。2時間経ったら、おこして……」



 それきり凜花は意識を手放してしまった。すぐに、小さな寝息が聞こえるようになる。


 オレは改めて周囲を探索した。母屋につながっていそうな扉は1つだけで、開けようとしてもビクともしない。わずかな隙間から向こう側を覗けば、大量の土砂で埋まっているのが見えた。


 となると、出入り口はシャッターのみだ。そう把握すると、そちらを向きながら腰をおろした。スマホの画面には、赤いマーカーは今も遠くにある。



「そういや、好感度の説明を見てなかったな……」



 慣れないスマホをいじくると、やがて凜花の画面に辿り着いた。好感度は84という数値を示している。



「あれ? ちょっと上がってないか?」



 好感度に指先で触れると、詳細画面になった。



「窮地からの解放プラス50、はじめての手料理プラス3、頼もしい相棒プラス2……なんだこれ?」



 窮地からの解放とは、飛母屋の件だろうか。あの事件をともに乗り越えたことで、桁違いに好感度が跳ね上がったらしい。


 確かに、サイコダイブする前と後とでは、凜花の接し方に変化が感じられた。別物だと言っても良い。



「それじゃあ、好感度の解説は……」



 説明文は簡素だった。50で知人、60が友人。70だと気になる存在。そして80は、恋心と信頼の芽生え、とあった。



「ん……まぁ、信頼の方だろ」



 オレがモテないのは折り紙付きだ。知り合って間もない女に好かれるとか、あり得ないと思う。


 それからは、シャッターの隙間から外を眺めた。街の灯りはない。一面が闇だ。その代わり、星と月明かりが眩しく、地面と空を二分していた。



「結菜……」



 何かにすがりたくなって、その名を呼んだ。こんな世界で、果たしてお前は生き延びているのか。病院にいると言ったが、そこは本当に安全なのか。


 分からない。もしかすると、今頃はもう――。



「いや、いやいや。アイツは生きてるって言ってた。オレは信じるぞ。結菜が今もオレを待ってるなら、信じてやらなくてどうする!」



 その時、スマホが通知で震えた。オレは驚きのあまりスマホを落としてしまい、辺りに渇いた音を響かせた。


 すると凜花も目覚めてしまい、眠たげにまぶたを擦りながら、ムクリと起き上がった。



「んあ? もう交代かぁ……?」


「いや違う。すまん。スマホが急に鳴ったんだ」


「スマホが……?」



 オレと凜花は、顔を並べて画面を見た。そこには、これまでに無い言葉が浮かんでいた。



――あなたは『Imfection one』のディープゾーンに招待されました。よろしければ参加ボタンを押してください。



 スマホは延々と震えている。こちらがリアクションするまでは、ずっとこのままかもしれない。



「ワタル、どうするんだ?」


「……応じてみよう。このスマホは不気味だが、味方寄りなんだと思う」


「わかった。アタシはアンタを信じるよ」


「よし。じゃあ押すぞ」



 オレは意を決して参加ボタンを押した。すると、スマホ画面から巨大な虫が出現し、凜花をひと飲みにした。必死の悲鳴も、響いたのは一瞬だけだった。


 グロすぎる。傍目から見たら、こんなにも酷い絵面なのか。そう思った矢先に、オレの視界も真っ暗闇に染められた。



「いてて……。何だよさっきのは!」



 凜花が隣で喚く。その顔は恐怖と涙で染まっていた。



「何って、ディープゾーンに入る時のプロセスだが?」


「知らない! 聞いてない! あんなんだって知ってたら断ってた!」


「悪かったって。それにしても、ここは……?」



 辺りの様子は、これまでのディープゾーンとは違う。一面が白で、形もひしゃげた球体というか、まんじゅうのような形の中に居る。部屋に見えなくもない。


 そして、筒状の通路らしきものが、先に続いていた。そちらもやはり白い。



「凜花、行ってみよう。ここに居ても仕方ないだろ」


「待って、腰。腰抜けた。足に力が入んねぇ」


「世話が焼けるな……ホラ」

 


 へたり込む凜花の手を掴んで、立ち上がらせてやる。しかし、凜花はオレの手を離そうとしない。面倒だと思うものの、また倒れでもしたら面倒だ。だからそのままにしておいた。



「いったい、どこに繋がってるんだ?」


「あっ、ワタル! あそこに何かいるぞ!」


「ほんとだ……って、何だあれ?」



 赤色をした平たい何かが、遠くで飛び跳ねている。耳をすませば、何か鳴き声もあげているらしかった。



「ミュッミュ! ミュウミュ!」


「鳴いてる。かわいい……かも?」


「油断するなよ凜花。ここが安全かどうか、まだ分からないだろ」


「そうだけどさ。あっ、向こうに行った」


「もしかして、オレ達についてきて欲しいのか?」



 謎の赤い奴は、遠ざかる度にこちらへと振り向いた。そしてミュウミュウとうるさく鳴く。


 とりあえずは、その後をついていった。他に進むべき道も見当たらない。



「……って、行き止まりかよ!」



 オレは苛立たずにはいられなかった。後をついて行ったものの、明らかに突き当りだった。文句のひとつも言いたくなる。



「ミュッミュ! ミュウミュ!」



 赤いのがリズミカルに鳴くと、不意に壁が開き、道が出来た。


 その先は通路と違って、ひしゃげた球体の空間だった。ベッド、本棚、テーブルと、家具らしき物が見えた。いずれも歪で、イソギンチャクが悶絶したようにしか見えず、使い勝手が悪そうに感じた。


 オレ達が呆然と立ち尽くしていると、赤いヤツが部屋の中へと駆けていった。そして物陰にかくれた、人型らしき背中に飛び乗った。



「ありがとう、ノゥラ。おりこうさんだ。客人を連れてきてくれたのだね」



 褒められたとあって、赤いやつはモチモチと揺れた。オレは何を見せられているか分からず、身動きする事を忘れた。後ろの凜花も同じなのか、かすかな息遣いだけが聞こえた。



「さてと、準備が整っていないが、客人を待たせる訳にもいかんな」


 

 そのセリフとともに、謎の人影はこちらへと近づいてきた。初老の男だ。銀色の髪は後ろで刈上げているが、前髪は妙に長く、顔の半分を覆う。微笑んだような細眼。体つきは細く、黒のスーツにブラウスという姿だった。


 正装と言っていい。しかし、この奇妙な状況下では、不気味さしか感じられない。そして男は、オレの警戒心など意にも介さない。革靴の固い音を響かせながら、さりげない仕草で歩み寄ってきた。



「誰だお前は! 何者だ!」


「そう敵意を剥き出しにしないでくれ。私は君の味方だよ。贈り物は役立っているのだろう?」


「贈り物……?」


「それはそうと、ようこそ我がディープゾーンへ。お近付きの印に、ティーでもいかがかな?」



 男は、微笑みを絶やさずに、そう言った。一見して穏やかそうな仕草だが、オレの冷や汗は止まらなかった。



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