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第109話 再会は鉄格子の向こう側

 通路に立ちはだかる3体の化け物が、耳障りな奇声を発した。それに被せてオレが腹から吠える。



「邪魔するな、そこを退け!」


 

 怒号をぶつけあった瞬間に突撃。敵と肩をぶつけあい、すかさず大剣を横に薙いだ。それを防ごうと構えた敵の斧を吹き飛ばし、身体を両断する。真っ二つの身体からは勢い良く霧が吹き出してきた。それを目眩ましにして更に踏み込み、2体目、3体目と斬り伏せていく。


 すると通路に敵の姿はなくなった。肌にまとわりつく霧が残るだけだった。



「ワタルさん、大丈夫ですか……?」



 衣織が背後から声をかけてきた。だが最後まで聞かず、オレは通路沿いのガラスを指して言った。「警報がうっとおしい。電気系統を破壊するぞ」



 返事は待たなかった。剣で大きなガラス窓を粉砕して、発電所エリアに乗り込んだ。


 住民たちは、この騒ぎの下でも反応を見せない。今も円柱の棒に取り付いては、押し回す作業を止めなかった。



「これで少しは静かになるだろうな!」



 中央の機械に駆け寄った。操作方法は知らないし、知る必要もない。大剣を叩きつけたら終いだった。


 真横からひしゃげた機器は、火花を発して爆発音を響かせた。すると、室内の灯りが一度消えたかと思えば、半数の室内灯だけが点灯した。補助電源にでも切り替わったのだろう。



「うっとおしい警報も消えたな。これで多少は静かになるだろう」


「ワタル、急ぎすぎだって。もうちょっと慎重にやろうぜ」


「警報が鳴ったあとだ。今更コソコソしても袋のネズミに変わりない。だったら派手に暴れて、力づくで突破するに限る」


「まぁ、それも一理あるがよ……」


「行くぞ。ボヤボヤしてると、敵に囲まれかねない」



 発電機は破壊した。だから働いても無駄なのだが、住民たちは作業をやめようとしない。何人かを手当たり次第に捕まえて、話しかけてみたものの、何ら変化は起きなかった。


 埒が明かない。彼らのケアは、全てが終わった頃に考えようと決めた。



「地下のどこかに結菜が囚われている。探すぞ」



 もはや潜む理由もない。見つけたドアを開き、あるいは破壊して回った。大抵は小部屋で、ガラクタなり機材なりが格納されていた。


 成果ゼロが続く中、施錠されたドアのひとつを破壊したところで、正解を引き当てた。その先は、またもや長い通路があった。



「この先か? 行ってみよう」


「ワタルさん、奥に敵が!」



 真っ直ぐ伸びた通路の奥に、確かに2体の化け物が待ち受けていた。その手に持つのはボウガン。こちらを狙い撃つ態勢だった。



「2人とも、オレの後ろに隠れろ!」



 大剣を地面に立てた刃に隠れつつ、指示を出した。次の瞬間には矢が放たれた。風を切る音が聞こえ、続けて衝撃が来る。その圧力に押されて、剣ごとオレの身体は後ろに仰け反った。


 すると、凜花がオレの脇から駆け出していった。だが丸腰のままだ。おっつけてゾーンを競合展開した。それを待っていたかのように、凜花は走りながらショットガンを呼び出し、前方で構えた。


 敵は2射目に入る前だ。ボウガンを足にかけて全身の力で弦を引き、矢をつがえようとする真っ最中だった。



「くたばれ化け物が!」



 銃口が火を吹く。それで一体を撃滅。もう一体は衣織が念じて身体の自由を奪っていた。身動きの出来ない敵の方は、後から駆けつけたオレが斬撃を浴びせて、その生命を奪った。



「ふう、助かったぜワタル。よく察してくれたな」


「お前さぁ。せめて突撃する前に何か言えよ」



 オレの小言を背中で受け止めた凜花は、奥の扉へと向かった。それは施錠されていて、開かない。単なる鉄製のドアとは異なり、合金の造りだった。やたら大きく頑丈そうだ。造りは横スライド式で、電子ロックまで取り付けられていた。



「なんだよこれ。研究所か、それとも軍事施設かよ?」


「ここに大事なものを隠してるってことだ……」



 一応、大剣で斬り掛かってみたが、扉には傷1つつかなかった。この強度の相手では、物理的に破ることは不可能に思えた。

  

 正攻法でいくと決めたオレは、電子ロックの入力パネルに手をかざした。4桁の暗証番号が求められるが、知っているはずがない。だから『ドアが開かれる未来』をイメージしながらアニマを注入していく。


 するとどうだ。液晶画面に指紋が浮かび上がってきた。それは『1』の数字と重なっていた。



「なるほど。これを4回続けたら、解錠できるわけだな」



 だが労力は軽くない。数字のひとつを知るだけで、全力疾走の後のような疲労感があり、そして頭の割れるような痛みまで伴う。額に浮かんだ汗も、頬を伝って雫が落ちた。



「ワタルさん、辛そうですが……」


「まだいける。それより背後の警戒を頼んだぞ。こんな所を襲われたら一網打尽だ」



 引き続きアニマを注入、浮かぶ数字は8だ。息をついて休み、3つ目に取り掛かろうと思った矢先、凜花が叫んだ。「敵がきたぞ!」


 その声に振り向くと、鉄斧を構えた化け物が2体、向こうから迫ろうとしていた。



「行くぞ衣織ちゃん、アタシらでブッ倒すんだ!」



 凜花は「ワタルはそれ続けてろ」と叫んでは、新手の敵と向き合った。接敵するなり射撃を浴びせる。その間に、もう一体は衣織が制して、凜花が2射目を撃つまで時間を稼いだ。そちらも危なげなく撃破。


 この勝ち確定の戦法だが、早くも限界を迎えていた。衣織のアニマが尽きたのだ。彼女は両腕の血管を赤黒く浮き上がらせては、その場で膝をついた。



「あ、うぁ……凜花さん……」


「衣織ちゃんは休んでろ! あとはアタシがやる!」



 凜花が入口の傍で立ちふさがり、銃を構えた。敵は狭い入口から一体ずつ入るしかないので、次々と銃弾の餌食になっていく。


 だがそれも長くは保たない事は、容易に想像できた。



「まだかワタル! アタシもそろそろやばいぞ!」


「待ってろ。3つ目の数字が……!」



 浮かび上がるのは『5』だった。オレも消耗が激しく、くらんだ拍子にその場で壁に手をついた。だが休まずにアニマを注ぎ続けた。


 あと少しで番号が揃う。この扉を突破できるんだ。だが無情にも、考えうる限り最悪の事態に見舞われてしまった。



「やれやれ。随分とネズミが暴れまわったものだな」



 その声が聞こえた途端、全身に怖気が走った。それと同時に叫ぶ「凜花、衣織、戻ってこい!」


 すると凜花が、途中で衣織を抱きかかえて、オレの傍まで駆け戻ってきた。その背後で、靴音を響かせながら悠々と歩く、白衣の男。


 確かめるまでもない。打津木だった。



「発電機に始まり、培養器、各種扉の破壊。これは高くつくよ。そう思わないかい?」



 中指でメガネを押し上げながら、打津木は言った。いたぶるような口調、そして絶対的な自信をかもしだす無防備な姿勢が、腹立たしくて仕方ない。



「だったら被害届でも出して、裁判でもやってみるか? 器物損壊とか抜かしてよ」



 凜花がショットガンを片手に軽口をたたいた。彼女の腕には、わずかに血管が浮かび上がっている。これ以上の連戦は厳しいだろう。


 それを見越してか、打津木も余裕の態度を崩さない。まるで業務中に立ち話を愉しむかのような気楽さがある。


 

「あれだけ力の差を見せつけられておいて、まだ私に逆らうのかね。愚かというべきか、それとも、起こりようのない奇跡でも信じているのか」



 そう言うと、打津木の気配が変わった。そして周囲の様相も、少しずつ、だが確実に変わっていった。壁も天井も、操作パネルでさえも歪んでいく。それと同時に身体が重たくなり、姿勢を保つことすら苦しくなっていった。



「圧し潰すぞ、下賤なガキどもが。これ以上私の邪魔をするなら、骨片すら残らぬ壮絶な死をプレゼントしてやっても良いのだぞ」



 圧力はさらに強まっていく。象の足にでも踏み潰されている気分だ。


 だがオレは構わず、アニマを注ぎ続けた。すると操作パネルに浮かぶ指紋から、最後の数字が『4』だと分かった。


 すかさず1、8、5、4と打ち込むと、画面には「complete」の文字が浮かんだ。そして、眼前のドアは左右にスライドして、次なる道を開いてくれた。



「ふん。小癪な。今さらロックを解除したとこで何になる」



 打津木がアニマを一層強めていく中、オレは天井を指差して叫んだ。「凜花、撃て!」


 ショットガンが轟音を響かせた。狙いは蛍光灯だ。粉々に割れたガラスが、打津木の頭上に降り注いだ。



「おのれ、目くらましか!」



 効果は十分に得られた。全身を覆う圧力がフッと消えて、身体に自由が戻された。


 すかさず次の部屋に転がり込む。3人が雪崩込んだところで、オレは叫んだ。「爆ぜろ!」


 すると操作パネルは爆発しては火花を散らした。すぐにスライド式のドアも閉まる。そこまで見届けたところで、オレたちはようやく、深い息を漏らした。



「ふぅ……間一髪だったな。これでパネルを復旧するまでは、手出しされないハズだ」


「うへぇ、マジで死んだかと思ったわ」



 凜花がボトルの水を飲みながら言った。それを衣織、そしてオレと回し飲み、僅かばかりの休息を挟んだ。



「いつ打津木が乱入してくるか分からん。今は先を急ごう」



 オレが促すと、2人とも文句を言わずについてきた。衣織も自力で歩ける程度には回復していた。



「ここは……牢獄みてぇだな」



 一本道の通路には、左右に鉄格子が張り巡らされていた。それらは1つ1つが小部屋に仕切られている。中にはパイプベッドと、剥き出しの便座があり、壁には鉄の鎖が垂れ下がっている。牢屋然としたスペースが、コピーペーストを繰り返したかのように、どこまでも続いていた。



「気味が悪いな。なんかゾッとするんだが」



 辺りはすえた臭いが感じられるだけでなく、牢屋内は所々が赤黒く汚れていた。床に、ベッドに、鎖にも汚れが付着している。それが何なのか考える前に、オレは歩調を速めていった。



「絶対にここだ。結菜はここに囚われてる!」



 次の牢屋、いない。その次の牢屋、いない。次の次も、その次の次の次もいない。



「助けにきたぞ結菜! 返事をしてくれ!」



 気づけば走っていた。曲がり角。左に曲がっても同じような造り。だが、もう左右に眼をやる意味はなかった。


 通路の突き当り。そこに1人の女が牢屋の中にいた。壁に背をもたれながら座り込んでいた。



「結菜! 結菜なんだろう!?」



 オレは一心不乱になって駆けた。牢屋の女がこちらに気づき、茫洋とした顔を向けてきた。アゴ先で雑に切り揃えられた髪の隙間から、鼻、口唇が覗く。そして視線が重なった瞬間、オレは確信した。駆け足も全力になる。



「ワタル……くん?」



 掠れた声、だが記憶にリンクする響きだった。震えて歪んでいく顔も、見れば見るほど懐かしさが込み上げてくる。


 間違いない。オレはついに辿り着いたのだ。



「そうだ、オレだぞ結菜! 助けに来てやったぞ!」



 10年ぶりの再会を鉄格子が阻む。それがどうした。今のオレにとって、アニマで壊す事は難しくない。


 結菜は喉が裂けんばかりに金切り声を響かせた。そして格子の隙間から懸命に右手を伸ばす。オレはそのためにいる。その手を握りしめ、救い出し、平穏を授けるために。



「結菜!」語りかけたい言葉はたくさんある。数え切れない苦痛を、長く辛い日々を、そしてようやく迎えた再会を喜びたい。しかし気の利いた言葉は何も出てきたりせず、名前を呼ぶだけしか出来なかった。


「ワタルくん!」結菜もオレの名前を繰り返し叫んだ。その身体がいよいよ目前に迫る。赤黒い指先、削げ落ちた頬、それらに気づくたびに胸が痛む。1秒でも早く、この地獄から救い出してやらねばならない。



「約束通り会いに来たぞ、結菜!」



 差し出された結菜の手に向かって、オレも手を伸ばす。あと5歩。


 そこで足が不思議ともつれる。疲労が足腰にきたのか。構わず駆け続けた。あと3歩。



「会いたかった! ずっと、ずっとワタル君に!」結菜が大粒の涙を流しては叫んだ。そうだ、オレもだ。再会する日を心待ちにしていた。幼い頃、オレたちが引き裂かれたあの日から、10年もかけて。


 あと2歩。手を伸ばせば届きそうな距離だ。あと1歩踏み込むだけで指が触れ合うだろう。


 だが次の瞬間、オレは膝から崩れ落ちた。



「えっ……?」



 右足が真っ赤だ。続けて首に衝撃が走り、オレはその場から吹き飛ばされては、柱に叩きつけられた。


(何が起きたんだ。早く立ち上がって、結菜の元へ行かなきゃ)


 そんな思いとは裏腹に、オレはコンクリート床に這いつくばった。その床の上には、赤いものがジワジワと広がっていく。



「ワタル君! いや、ダメ、そんなのって! ワタル君ーーッ!」



 結菜が狂ったように叫び、こちらに手を伸ばした。その手を掴みたい。握りしめてやりたい。だがオレは、腕どころか、指一本動かすことは出来なかった。



「クックック。最後のピースがはまってくれたか、ものの見事に。ここまで想定通りだと、さすがに拍子抜けしてしまうがね……」



 背後から誰かの嘲笑う声が響いた。それから、悠々と鳴り響く靴音も耳にした。


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