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第106話 医院潜入

 オレが「戻ったぞ」と告げると、凜花も衣織も飛び跳ねんばかりに驚いた。その拍子に、足元の小砂利を踏みしめる音が、路地裏に鳴り響いた。



「どっどどど、どうだった?」あからさまに顔を引いた凜花が尋ねた。衣織も衣織で、凜花の背中に隠れながらオレに視線を寄越す始末。そんな姿を眺めていると、自然に溜息がもれた。



「そんな警戒するなよ。別にネズミを持ち帰ってないぞ、ホラ」



 オレは両手をバタつかせて、背中も見せてやったし、何ならデニムパンツのポケットを裏返してもやった。そこまでして、ようやく2人の緊張がほぐれた。



「それで、ネズミ小屋の様子についてだが」オレは偵察で得た詳細を告げようとしたのだが、凜花から待ったがかかる。


「ワタル。ディティールは良いから。端的に教えてくれ」


「一応は、誤解がないようにキッチリすり合わせたいんだが」


「要らない要らない! もし喋るってんなら、抽象表現とか、ぼかすとか、そういう配慮をしてくれ!」


「……じゃあ、これからの話は、モルモットか何かだと思って聞け」



 食料小屋と呼ばれた施設は、雑な造りだった。オフィスビルの1階を丸ごとを施設として運用しており、そこで大量飼育が行われていた。窓は木の板で目張り、二重の出入り口はいずれも眼の細かな金網で仕切られていたのは、逃走防止の措置だろう。



「中は薄暗かったな。裸電球がいくつかブラ下がってて、そこでキィキィという大合唱が鳴り止まなかった」


「モルモットの鳴き声だよな? うんうん、はい」


「放し飼いという感じではなく、中で小さな小屋がいくつも並んでるようだった。そのなかで大量のネズ……モルモットがうごめいていて、まるで一匹の巨大な獣のようにも見えた」


「そういう描写はいらねぇから」


「トカゲの化け物は2体ほどいたが、監視役だろう。作業者は住民だけだったな。ボンヤリとした様子で、覚束ない足取りの。彼らはエサを与えていたのか、手押しの一輪車を使って、液状の何かを小屋の中に注ぎ込んでいた。鼻の曲がりそうな嫌な臭いがした」


「それが何なのかは……知りたくねぇな」


「まぁ、とにかく凄い数だったが、一応は管理できているようだ。たまに一匹二匹と逃げ出しては、作業者の足元から登って顔をめがけて――」


「ギャアアア! そういうのマジでいらねえって!」



 身悶えする凜花たち。だが一応のすり合わせは完了した。正直なところ、もっと強烈なネタもあったのだが、割愛することに決めた。



「結論、単なる作業所だった。飼育しているもの以外、不審な点は見当たらなかった」


「それだけ教えてくれりゃ十分だったろ、フザけんな」


「ちなみに凜花たちはどうだった?」



 2人にはあらかじめ、周囲の探索を依頼していた。飼育小屋を除いた付近の建物が対象だ。収穫は無いかと問うと、どちらも首を横に振った。目ぼしいものは見つからなかったと言う。

 

 

「となると、だ。病院に忍び込むしかないな」



 オレは右手の方へゆっくりと顔を向けた。廃ビルの隙間に、霧でかすんだ打津木の病院が見えた。



「よし、本丸を攻めよう。ここにいても始まらないしな」


「任せとけ。ネズミじゃなけりゃ、何だって相手してやらぁ」



 凜花が頼もしいのか、そうでないのか、曖昧なラインのセリフを吐いた。だがやる気の感じられる声だった。


 それからは路地裏を経由して、身を潜めながら医院へと向かった。敵の妨害があるかと警戒したものの、何も妨げるものはなかった。少しだけ肩透かしを食らった気分になる。



「中の様子は……あまり変わってないな」



 医院を取り巻く壁から顔を覗かせて、様子をうかがった。今も庭で掃き掃除をする数名が見える。位置はたいして変わってない。延々と同じ場所を掃いているのだろうか。



「衣織。中の様子を『透視する』ことは出来ないか? 例えば、誰かの心を読んで類推するとか」


「ワタル……そりゃ無茶だわ。いきなりすぎだろ」

 

「それはわかってる。だが、打津木に見つかっては元も子もない。今度こそ皆殺しにされるかもしれない。それは手下どもと出くわしても同じ事だと思う」


「まぁ、そうだがよ……」


「頼めるか衣織。失敗しても良い」



 スマホのマップを開いてみても、やはり邪魔が入る。画面にノイズが走ったかと思えば「不明なデータ」と表示されてしまう。マーカーで敵の位置を探るどころか、建物の構造すら調べる事ができなかった。



「わかりました。やってみます」



 衣織が緊張の面持ちで頷いた。そして呼吸を整えると、静かに医院の方を見た。その両目は見開くどころか、むしろ薄目で、瞳がまつげに隠れるほどだった。


 すると衣織は、一度大きく息を吐いてから顔を伏せた。と同時によろける。倒れかけたところで、凜花が肩を抱き寄せて支えた。



「平気か、衣織ちゃん?」


「えぇ、どうにか……」衣織は額の汗を拭いながらオレを見た。


「すみませんワタルさん。何となくわかっただけです。モヤがかかってると言うか、ボンヤリとしか分からず……」



 衣織が謝ろうとしたところ、今度はこちら側へよろめいた。オレもとっさに手を差し伸べて、衣織の手を握って支えた。



「だいぶアニマを失ったか。すまない。無理を強いてしまった」


「とんでもない。私も、どの程度疲れるか分かってなくて……」



 そこまで言いかけた衣織が、突然両目を見開いた。そして信じられない面持ちで辺りを見渡した。



「ワタルさん、手……」


「あぁスマン。馴れ馴れしかったか」オレは握りしめたままの衣織の手を離そうとした。が、逃さないとばかりに、衣織から強く握られてしまった。



「ワタルさん、このままで! これならいけます!」


「えっ、なにが?」



 あまりの気迫に気後れしていると、衣織はもうオレを見ていない。医院の方を鋭く睨みつけては、顔を上下左右にゆっくりと向けた。



「わかりましたよワタルさん。ご協力感謝します」


「おう……何がだ?」



 その時になって衣織から手を離したのだが、続けて短い頭痛が駆け抜けた。胸の奥にもドロリとした疲労が持ち上がってきた。



「すみません。どうやらワタルさんのアニマをお借りしていたようです」


「いや、構わない。それで首尾は?」


「見えました。住民の皆さんは、食堂から出て、どこかへ連れて行かれるようです」


「打津木はどこに?」


「彼だけはわかりませんが、ここから離れた地下空間にいると感じました」



 地下空間と聞いて、少しだけ胸がザワついた。結菜の顔が脳裏をよぎると、オレは右手を強く握りしめた。



「行くぞ。今度は慎重にな」


「ワタルがそれを言うのか。分かってるよ」



 オレたちは物陰に身を潜めては、徐々に敷地の奥へ侵入していった。そして病院の自動ドア付近で一度隠れる。すると、食堂の方から大勢の人が通路に現れた。二列並びで、先頭では例のトカゲの化け物が率いていた。



「あいつら、どこへ向かう気だ?」



 その行列が目指すのは、オレたちの潜む出入り口とは反対の方だった。受付から向かって左側。別棟の方向だ。



「あっちの方はまだ見てないな。後をつけてみよう」



 オレたちは、周囲が無人であることを確かめてから、自動ドアを通った。鉄筋の柱の陰から様子を窺うと、行列の最後尾が去りゆくのが見えた。


 5メートルほどの距離を取りつつ、その後を追った。



「ここはなんだ。ラウンジ……?」



 別棟は特に不審なものは見当たらない。いくつかのテーブル席と自販機の置かれたスペースで、通路沿いには小さな検査室も並んでいた。


 だが行列はそれら全てを無視して、通路奥にある鉄扉を開いた。そこへトカゲどもが入り、住民たちも続いていった。



「あそこに何があるんだ……?」最後尾の男も鉄扉の中へ消えた。すかさず駆け寄ると、扉は半開きの状態で、施錠はされていなかった。



「凜花、衣織。このまま潜り込むぞ」



 問いかけには、頷きで返された。それから鉄扉を開くと、その先は地下へ続く階段だった。不意に、打津木が嘲笑う顔と、結菜の微笑む顔が脳裏をよぎった。



(とうとう地下に辿り着いたか……。ゴールも目前なんじゃないか?)


 

 コンクリートの階段は、やたら足音が響いた。慎重に降っていくと、やがて無機質な通路に出た。白く塗られた壁に、室内灯が光る様は、明るくても圧迫感らしきものを与えた。



「右手はガラス窓か。伏せよう」



 窓は横に長く、そして巨大だった。ちょうど腰の位置から下はコンクリートの壁なので、膝立ちになって身を隠した。


 その姿勢のままで中を覗き見た。すると、まず最初に凜花が口を開いた。



「なんだこれ……バカでけぇ……」



 驚愕する声に衣織も頷いた。そしてオレも同意見だった。


 眼前に広がるのは、大きな作業所だった。円柱の柱には棒が取り付けられており、それを大勢の住民たちが押して回す。ひたすら円周を周回するという動きだった。



「これがさっき聞いた、グルグルの仕事か……」



 円柱は随所に多く見られる。柱の根元からは、ゴム製のチューブが伸びて、すべてが部屋中央にある巨大な機械とつながっていた。円柱の回転に合わせて大型機械のダイオードが明滅を繰り返す。


 おそらく発電機だ。このようにして、医院では電気を運用できたのだと、ここで理解した。



「何十人もの人を遣って、ようやく発電できている状態か。やっぱり効率的とはいえないな」



 するとそこへ、微かにだが声が聞こえた。それは正面の分厚いガラス窓から、漏れ伝わっているようだった。耳を澄ましてみたところ、住民たちは作業すると同時に、例の言葉を繰り返し口ずさんでいた。


 

「命を太らせ、アニマを育てるのです」

「命を太らせ、アニマを育てるのです」

「命を太らせ、アニマを育てるのです」



 オレは寒気を感じるとともに、彼らに同情もした。洗脳されていることは明らかだが、ここまで強烈なものだろうかと思う。この住民たちは、打津木の被害者と言えそうだった。


  

「彼らも早いところ助けなきゃな。こんな劣悪な強制労働から解放してやらないと」



 オレがそう囁くと、隣で衣織が短く悲鳴をあげた。慌てて凜花がその口を塞ぐのだが、衣織は構わず、窓ガラス越しにどこかを指した。


 いったい何が。彼女の指は発電所から外れた壁の方を向いていた。そこの扉は開かれており、中の様子が少しだけうかがえる角度だった。



「えっ……?」



 オレも思わず声をもらした。そこでは住民の1人が力なくひざまずき、そして、誰かの手によって首をはねられた。付近の床は真っ赤な血で濡れていた。


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