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第102話 さまよえる住民

 無事、千夜田に生まれた孤島に踏み込んだオレたちだが、万全とは言えなかった。せっかく譲り受けた車も、後ろ半分が大破。さらにはひっくり返っている。



「直せるのかよ、これ……」落胆した様子の凜花に、オレは簡潔に答えた。「無理だな」と。


 マフラーからジェット燃料を爆発させて空を飛ぶ、だなんて無茶は、やはり無茶だった。熱で溶けたのかマフラーは原型を残さず千切れており、ほかのパーツも熱で大きく歪んでいた。


 そんなところへ、車が尻から落下したのだ。どこを直せばよいかわからない程度には破損していた。



「しかたねぇな。最低限の荷物を持って、車は捨てるか」



 凜花は、後部座席の窓から腕をつっこんだ。そうして取り出したのはリュックサックで、見るからに新しいものだった。



「それは?」オレが問うと、凜花はリュックのチャックを開いて中を見せた。ジャガイモやとうもろこしといった、保存の容易な食料が詰まっていた。


「食い物か。確かに必要だな」


「それだけじゃねぇぞ。水も水筒2本分ある」


「準備がいいな。助かる。そういや凜花、モデルガンはどうした?」凜花はお馴染みのヒップバッグはあるものの、荷物はそれだけだった。


「あんなもん役にたたねぇから、置いてきた。ゾーンでショットガンぶちかます方が強いんだし」


「それもそうか」



 リュックは衣織が背負うと言った。戦闘になれば、オレと凜花がメインに戦うことが理由だった。年下の女にズシリと重たいものを任せるのは気が引けるが、衣織は力強く背負った。



「さてと。ここからは無駄口を叩くのをやめよう。何が潜んでいるかわからないからな」



 オレが言うと、2人とも緊張した面持ちで頷いた。気持ちは切り替わったようだった。こうしてオレ達は、廃ビルの立ち並ぶ秋葉腹へと潜入した。


 アスファルトの歩道はところどころひび割れているものの、健在だ。辺りは相変わらず濃い霧が立ち込めており、1ブロック先も見通せないほどの視界不良だ。潜入側にとって有利。それでも人目を避けるに越したことはなく、物陰を経由しながら探索した。



(予想はしていたが、ここも被害甚大だな……)



 かつてはオフィス街とオタク文化の共存する不思議な街だった。アニメやゲームといったサブカルチャーの発信地と評される事も多かった。


 それも今となっては過去のこと。ビルの端から崩れ落ちた看板に見られるアニメ調の美少女イラストと、印字されたメイド喫茶の文字に名残がある程度だ。粗方は見慣れた光景だった。



(電柱は倒れっぱなし、ビルも大多数が半壊。でも街路樹だけは……)



 意外にも街路樹は枯れておらず、むしろ生き生きとしていた。他にも植え込みや生け垣も大きく枝葉を伸ばし、その種の本来の姿を取り戻すかのようだった。



「随分と健康そうだな」オレが呟くと、凜花は枝に手を伸ばし、葉に触れた。青々として、枝にも張りがあった。アスファルトに覆われた街だが、今は土壌が豊かな土地に変貌しつつあるのかもしれない。



「ワタルさん、ちょっと」



 衣織が後ろから囁いた。オレが振り向くと、彼女は指先で廃ビルの方を指した。「中に誰か居ます」


 言われるままに、窓枠の穴から中を覗き込んだ。そこは被災したオフィスで、デスクやOA機器などは端に寄せて積み上げている。


 そんなオフィスの、小砂利やガラス片の散乱する床には、広げた段ボールが等間隔に敷いてある。それが寝床なのだと、1人の男が寝転ぶさまを見て理解した。



「どうするワタル。第一号の住民だぞ」


「情報が欲しい。敵かどうかも分からんし、とりあえず寝込みを襲うか」オレが窓枠を乗り越えようとするのを、凜花が引きずり出して止めた。


「何言ってんだよ、騒ぎになっちまうだろ。別の方法を考えろ」


「ん? あぁ、そうか。気が急いてしまって、すまん」


「頼むぜ相棒。大事なときほど慎重にいけって」

 


 オレはスマホを取り出してみた。が、マップは「NO DATE」と表示されるばかりで、マーカーによる敵味方の判別は不可能だった。


 だとすると、別のアプローチを試すしかない。オレは衣織の方をちらりと見た。 



「あの男の心は読めそうか?」


「ええと、やろうと思ってるんですけど、うん……」


「どうした」


「その、わかりません。離れすぎてるのかも、いや、それにしては……」



 衣織は歯切れ悪く言った。男は今も、窓際から10メートルほど離れたところに敷いた段ボールの上で、寝転んだまま動かない。文字通り、指の1本すらも動かそうとしていない。


 死んでいるのでは? そう感じてしまうほどに静かだった。



「仕方ない。あの男は諦めて、よそを当たろう」


「それは良いけどさ。話しかけたら敵でしたってパターンがあり得るだろ」


「だから衣織を頼ることになる。それでいいか?」



 オレが尋ねると、衣織は頷いた。しかし力のない眼を伏せていた。なんとなく不吉なものを覚えつつも、探索は続けることにした。



「ワタル、あそこの植え込みにだれか居る」



 凜花の指す方には、腰の曲がった老婆の背中があった。探し物でもしているのか、しきりに生け垣の枝葉をいじくり回していた。この位置からは顔を覗き見ることはできなかった。



「近くに寄ってみよう。衣織は相手の心を読むことに集中してくれ」


「わかりました……やってみます!」



 やる気に満ちた声を聞いたオレは、身をかがめつつ忍び寄った。老婆まで5メートルほどか。つい足音を殺してしまったが、何かしら気配を放つべきか、迷う。オレの目的は襲撃ではなく対話なのだから。


 足音くらいは聞かせてみるか。そう思った時だ。



 「キャア!」衣織が悲鳴をあげた。オレもすかさず身構える。路地裏からいきなり人影が現れたのだ。オレの右前方に立つ男とは3歩も離れていない。間合いの内側だった。



「2人とも下がれ!」



 凜花たちを一旦後ろに下がらせた後、オレは最前列で身構えた。気配を微塵も発さない男だ。もし敵意があったとしたら、間違いなく先手を取られていたと思う。


 危険人物かもしれない。オレは構えを解かずに問いかけた。



「お前はここの住民か?」



 男は答えない。ただ無言のままで立ち尽くしながら、異様とも言える風体を晒し続けた。


 両手をダラリとさげ、丸めた背中に、頭まで垂れている。身なりも悪い。袖の破けた長袖シャツと、裾の擦り切れたズボンのいずれも汚れが激しく、垢と泥による臭いもひどかった。思わず鼻が曲がりそうで、口呼吸に切りかえた。



「おい、聞こえないのか? ここの住人だな?」



 男は見栄えも酷いが、そもそも態度が異様だった。いきなり路地裏から現れたのに、どこへ行くでもなく、ただ歩道の上でただずんでいる。そして上半身だけ前に屈めたまま、一切動かなくなる。



「なんとか言ったらどうなんだ、話し合いに応じてくれ。オレたちはアンタに危害を加えるつもりはない」


「アニマを育て……」ようやく男が呟いた。しかし言葉の大半は聞き取れなかった。


「なんだって?」



 オレがさらに一歩だけ距離を詰めて、もう一度問いかけた。いきなり襲ってくる可能性もある。だから男の手足の動きは注視した。


 結論、襲われなかった。男はただ、同じ言葉を繰り返すだけだった。



「命を太らせ、アニマを育てるのです」



 思いがけない言葉に「どういう意味だ」と質問した。しかし男のセリフにバリエーションはない。さながら録音音声のようで、こちらが何を問いかけようとも「命を太らせ、アニマを育てる」としか答えなかった。



「凜花。この男は危険ではないようだ」


「そうっぽいけどさ、正気でもねぇよ。会話が成立してねぇ」


「衣織。この男が何を考えてるか、読めたりは――」



 オレは読心術を頼もうとしたのだが、衣織の姿を見て驚かされた。衣織は顔を真っ青にして、両手で口元を覆い隠していた。小刻みに震え続けるのも、恐怖にかられている証だった。



「どうした衣織、しっかりしろ」


「わ、ワタルさん……この人! なんにもない! そんなのあり得ないよ、いったいどうしてこんな!!」


「どういうことだ? ともかく落ち着け」



 隣の凜花が衣織の肩を抱きとめ、顔を覗き込んだ。そして優しく語りかけていると、徐々に衣織の顔色が戻り、震えもおさまりだした。



「すみませんワタルさん。つい取り乱してしまって……」


「気にしないでくれ。それよりも、なにをそんなに驚いたんだ?」


「私たちの心には、数え切れないもので埋め尽くされています。たとえば身体の中に骨や筋肉、内臓があるように、心もそんな感じなんです」


「それは目標とか、願望とか、そういうものがあると?」


「はい。他にも色々と。夢や希望とか、喜怒哀楽だったり、今日までの記憶だったり。心に一番大きく占めるのは、今目の前で起きたことに対する反応です。好きか嫌いか、嬉しいとか辛いだなんていう。原始的と言うか、論理的でない感情が一番大きく現れるものです」


「衣織はさっき『なにもない』と言ったが……」


「そのままの意味です。この男の人、なにもありません。感情も記憶も真っ白です。これなら霜北のマネキンの方がマシですよ、彼らには紬季つむぎちゃんに従うという『意思』がありましたから」


「人造のマネキン人間よりも、心を持たない奴らか……」




 男は今も数歩先でただずんでいる。オレたちの会話が聞こえているはずだが、やはり今も同じ姿勢のままだ。たまに反応があるかと思えば、さっきと同じセリフを繰り返すばかり。


 そして、少し離れた老婆も気になった。こちらの騒ぎがきこえていてもおかしくないのに、オレたちには一瞥もくれない。ただひたすら、茂みの中に左手を突っ込んでは、探ることを繰り返した。


 普通じゃない。人も街も、なにかがおかしい。オレは一連の出来事から、そこそこ予想通りの感想を抱いた。



「これはどうしたもんかな。襲われないのは助かるが、何も聞き出せないのも困りものだ」


「んん〜〜。いっそこと、リーダーでも居そうな所を探してみる? 一番立派な建物とか」


「立派と言われてもな。目に付く範囲内は廃ビルしかない。これだけ霧が濃い中で、ヒントもなしに探すのは難しいだろう」


「じゃあひと騒ぎ起こすか? ちょっとそこらへんでボヤ騒ぎでも」


「できれば穏便に進めたいんだがな」


「さっきは襲うとか抜かしたくせに」



 オレたちが善後策を考えようとしたその時だ。どこからともなく、ひび割れた音が鳴り響いた。間もなく、牧歌的な曲だと気づいたのだが、その頃にはすでに光景が様変わりしていた。



「おい、あれだけ無反応だった奴らが」



 それ以上は言わずにおいた。見れば分かることだ。


 抜け殻のような男だけでなく、老婆までもが、覚束ない足取りで歩き出した。その2人は、似たような歩調で、同じ方角へと向かっていた。



「どこに行こうとしてるんだ……」



 追跡してみよう。オレはそう告げるなり、凜花たちを連れて2人の後を追った。すると道すがら、1人2人と、別の住人の姿も見つけた。その姿は最初に出会った男と大同小異。ボロボロの服に生気のない立ち振る舞いで、何者かに操られたかのように歩き続けている。


 しばらくして駅が見えた。本来なら山之手線の高架線が伸びているはずだが、それはへし折れている。だがそれよりも、見るべきは混雑ぶりだった。



「すごい人の数だな。100か、いやもっと多いな」物陰から覗いてみれば、駅ロータリーには大勢の人々が集まっていた。


「こんだけ頭数が多くても、みんなゾンビみてぇだな。同じようなヤツばっかだ」


「見た目も同じ、行先も同じか……」



 ロータリーを埋め尽くした彼らだが、駅に集結したい訳ではないようだった。混雑の中でも、少なからず人の流れができている。目的地はさらに向こうだった。


 待ち時間がじれったい。人混みをかき分けてでも、先を急ぎたくなる。だが悪目立ちして、それが窮地を招くかもしれない。自分自身に言い聞かせつつ、その場で待ち続けた。



「あらかた居なくなったな。オレたちも行ってみよう」



 オレたちは足早になってロータリーを抜けた。そして大勢の人が消えた、半壊した高架線の下を通り抜けて、その先へ出た。


 するとそこで、廃墟群には似つかわしくない施設が出迎えた。



「これは……病院か?」



 レンガ造りの門には大きな表札があり、『打津木医院』という文字が刻まれていた。


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