06 距離感って大事だな
16歳になり、レンドル学園に入学する年齢になった。
ようやくだ!!
長かった・・。
あの悪の巣窟のようなカファロ家の中を、無垢な小鳥が弱々しく逃げ回っている事を想像するだけで、俺は苛立ちと焦りで、何度カファロ家に突撃し、王宮に連れて逃げようと思ったことか。
だが、彼女を拐ってくれば俺が誘拐犯になる。
グッと我慢で待ち続けた。
だが、俺もただ手をこまねいていただけではない。
理由を付けては、王宮に呼び出しルーナの健康維持に気を付けた。
勿論、心身共にだ。
だが、それも明日には終わる。
レンドル学園には、学園寮があるのだ。
はっはっは。これで奴らの卑怯な魔の手から可愛い小鳥を守れるってものだ。
貴族なら一人、侍女を付けて入寮するがあの義母が雇うわけがない。
それには、もうこちらで優秀な侍女を手配済みだ。
それにしても、ヘルマンニ・カファロは実の娘だというのに、義娘よりも軽んじている理由が分からないな。
ともあれ、あの伯爵家の深い闇から、やっと救える。
学園の制服は、採寸をして届けた。
ルーナの制服姿を見るのは2度目だが、以前の制服姿はぼんやりとしか覚えていない。
婚約者と一緒に登校する者が多いなか、クズっぷりを発揮していた俺は、見事に無視して一人で入学式に行ったのだ。
上級生で、婚約者が年下ならば、自分は学校が休みでも、わざわざ迎えに行き一緒に入学式を過ごす奴もいるくらいなのに、同学年でありながらルーナを放置した俺。
はー・・・。
前世俺、本当にダメな奴で今ごろ引くな。
だが、今世は違う。
生まれ変わったんだ。
今度は間違えないぞ。
俺は花束を用意して、カファロ家に馬車で向かっている。
彼女の好きな星形の花を用意したかったが、今は時期が違うと断念。
でも、喜んでくれるかな?
彼女の制服姿、楽しみだな。
俺とお揃いコーデだ。
あっ、当たり前か。制服だから、全生徒お揃いだな。
浮かれすぎて、頭が回らない。
『もうすぐカファロ家に着きます。ご準備ください』
御者の声に俺は、花束を抱える。
しかし、高揚した気持ちもここまでだった。
門の前に一人ポツンと立っているルーナ。俺とお揃いの服では・・じゃなくて、なぜ制服を着ていないのだ?
どういう事だ?
贈った制服は届いていなかったのか?
違う、届けたのは俺の優秀すぎる侍従のトーニオだ。
万に一つの落ち度もない。
では・・・。
アイツらだ。迂闊だった。
制服姿の彼女に花束を渡したいなんて、気障ったらしいことを考えて、奴らの根性を忘れていた俺の落ち度だ。
馬車から飛び下りる勢いでルーナに走り、顔を見る。
目の縁と鼻が真っ赤だ。
俺のルーナを泣かせやがって!!
俺はカファロ家に殴り込みに行こうと大股で屋敷に向かうが、それを必死で止めたのはルーナだ。
「何故止める? 俺の我慢もここまでだ」
「お願いです。ここで時間を取れば、大事な入学式に殿下が遅れてしまいます。殿下には入学式の新入生の代表挨拶もございます。ここは、どうぞ堪えて入学式に向かって下さい」
この状況にあってもなお、ルーナは俺の立場を最優先に考えてくれる。
俺が立ち止まったことで、ほっとしたルーナは、「私はまた、制服ができましたら改めて、学園にいきますので、今日はせっかくお迎えに来て下さいましたが、ここで殿下をお見送りさせて頂きます」
と鼻を真っ赤にさせた顔で、くしゃりと無理に笑う。
こんなの放って行ける男がいるなら見てみたい。
・・・前世にいたな・・。
クズってた男が。
でも、今世では無理。絶対に連れて行く。そして、入学式も一緒に出てやる。
俺はカファロ家の人間が、この状況を窓から見てさぞや面白がっているのだろうと推測。
そして、俺に置いていかれたルーナが一人で屋敷に戻るのを心待ちにしていることだろう。
そうはさせるか!!
俺は派手にルーナの前に跪いて、バラの花束をプロポーズのように差し出した。
固まるルーナが恐る恐る受け取ると、立ち上がり彼女の体を抱き上げて、そのまま馬車に乗り込んだ。
イレーヌとオデットがルーナの制服をズタズタに切り裂いて、悲しみに泣くルーナを門の前に一人で立たせ、よく見える窓から眺めているのだろう。
そして、『制服がないなら入学式には出れない』と断ったルーナがこの屋敷に戻って来たところを大笑いする計画を真っ向から覆してやる。
ふふふ、どうだ!!おまえ達のドブの様に濁った目でバッチリ見えたか?
舞台のように大きな花束を王子から渡されたルーナが、お姫様のように抱き上げられて馬車に乗り込んだ姿を。
遠くても、幸せそうなルーナの顔が見えたはずだ。
屋敷の窓がバリンと割れて、遠くから女達のぎゃーぎゃーと喚く声が聞こえる。
どっちの声か分からないが・・、きっと二人の声だろう。
その後馬車の中では、俺が大笑いしていた。
「カファロ家の中で地団駄踏んでいる奴らのタップ姿は見物だろうな」
あまり褒めないトーニオが珍しく称賛の言葉をくれる。
「あの親子に瞬時にやり返す方法を思い付く辺り、流石です。制服を届けた私も胸がすっとしましたよ」
任せておけ。クズへのざまぁは俺がよく知っている。
とは言わない。
それよりも、真っ赤なバラを抱えながら、不安そうなルーナをなんとかしないといけない。
制服か・・。
流石に王子の俺でも、服屋に今すぐ作れといっても無理だ。
だが、一緒に入学式は出たい。
入学式の案内の用紙には、開始時刻しか書いていない。
服に関する規則は書いてないな。
フム、じゃあ、出よう。
俺のジャケットをルーナに着せる。
「ダメです。アレクシス様がジャケットなしで入学式に出席するなんて絶対にダメです!!」
「かなり大きいね。でも着れるよ。俺のジャケットを着るのは嫌?」
首を傾げて頼む。
「そ、そんな。ずるいです・・子犬みたいなお顔でお願いされたら・・」
ルーナが大人しく俺の大きすぎるジャケットを羽織ってくれた。
ルーナはいつもの白いワンピース姿に俺のジャケットという出で立ち。
そして俺は、シャツにズボンという格好で入学式に出たのだった。
入学式で新入生の挨拶をしたが、二度目ということもあり、落ち着いたものだ。
まあ、一度目はトーニオに考えてもらった言葉を紙に書いて、棒読みで読んだだけだったが・・・。
今回は全て自分で文章を考えて、メモを見ることなく話せた。
あまりに堂々として壇上に立ったせいか、誰にもジャケットの事は言われずに済んだ。
『俺のジャケットを着てくれるだけで、君がそばで応援してるようで緊張しなかったよ』と俺がルーナに無理に着せたと周囲に思わせた。
これで、ルーナの服装について、とやかく言う者はいなかった。
しかも、ルーナが大きめのジャケットを着ている姿を見た全ての学生に、ルーナのほっこり癒しを伝えられたようだな。
こんな感じで無事入学式も終わり、ルーナは入寮手続きを終え、部屋に入ることができた。
残された問題は、ルーナの制服である。
制服をもう一度作り直すとなれば、最低5日くらいはかかると考えていた。
しかし、実際に王宮御用達の仕立て屋に頼んだが、型紙を破棄していたので、型紙をおこして作ると更にかかるという。
俺は前世の経験上、授業が始まって五日間の内にグループ分けができてしまう事を知っている。ここでグループに入れないと、ルーナが苦労するのではと、まるで老婆心に近い心配をしてしまった。
娘がいる貴族に借りを作りたくはなかったが、卒業していて尚且つ性格良く、そしてルーナの体型に近い令嬢の制服を貸してほしいと頼んでみた。
その令嬢は、カローラ・デ・バッケル侯爵令嬢。
まさかこの令嬢の妹が、俺の天敵になるとは思わずに。
カローラ・デ・バッケルは現在19歳の穏やかな女性である。
俺の頼みを二つ返事で了承してくれ、すぐに制服を届けてくれた。
お陰で、ルーナは休むことなく授業を受け、友人も出来て楽しそうに学園生活を楽しんでいる。
今日も友人とお喋りしながら、食堂に向かうルーナを見て、俺は心から安堵した。
前世のルーナは、クズな婚約者(俺)が学園内で会っても完全無視を貫いたせいで、孤立していたのだ。
王子が遠ざけた者に、声を掛けるチャレンジャーはいない。
あの時、ルーナは誰にも見られない場所に行き、一人で食事をしていたと聞く。
俺は本当に何故そこまでルーナを蔑ろにしていたのか・・・。
性根が腐った奴には、本当の美しさを見ることが出来ず、彼女のねじ曲げられた噂だけを信じていた。
本当に愚かだった。
その遅すぎる償いを、今さらしても遅いが、せめて今世はルーナが楽しく学園生活を送れるように、万全のサポートをするつもりだ。
学生食堂で、友人と話していたルーナが、困った顔でこちらをチラチラと見てくる。
うん?
仲の良い友人だと思ったが、ルーナを困らせる令嬢達だったのか?
俺は食べている途中のランチもそっちのけで、ルーナのテーブルに向かった。
「こんにちは。俺の婚約者のご友人達かな?」
変に圧を掛けて、『お前ら何かしたのか?』と聞く。
俺が来たことで、ルーナの顔が真っ赤になった。
しかも、恥ずかしげに俯いているではないか。
しかも、ルーナの隣にいる令嬢が「ほらほらー、いらっしゃったわよ」とルーナをツンツンとしている。
この状況はいったい?
俺の謎はすぐに解けた。
ツンツン娘が空気を読んで、すぐに教えてくれる。
「済みません、ルーナ様ったら、ずっとアレクシス王子殿下を目で追っているものですから、それほど見つめたいのなら、ここにお呼びすれば?と言ったんです」
ああ、それでこちらをチラチラと見ていたのか。
ようやく、ルーナの行動を理解してホッとする。
「その前にアレクシス王子殿下が、こちらにいらっしゃるなんて、『愛』のなせる技だわ」
「そうだったのか。ルーナがこちらを困った顔をして見ていたので、何かあったのかと心配してしまったぞ。では、大丈夫なのだな?」
ちゃんと顔を見ようとルーナを覗き込んだ。
俺はきちんとルーナから『大丈夫』という言葉を聞いて安心したかっただけなのだ。
だが、何故か周りの令嬢たちから『きゃー』と黄色い悲鳴が上がってしまった。
良く見れば、ルーナ以外の令嬢も顔を真っ赤にしている。
トーニオが後ろでコホンと咳払いをして、「ルーナ様、一先ず我が主は片付けますので、引き続きご友人とお食事をお楽しみください」と、勝手なことを言い、俺を引きずって俺の残りのランチがある席まで連れ戻した。
「おい、トーニオ。俺の何がダメだったのだ?」
「アレクシス殿下、婚約者様との距離をバグりすぎましたね。人の目もございますので、これよりは適切な距離をとって頂きます」
そしてその後トーニオに「女性とは」と、偉そうに講釈を垂れられることになった。