10 友人の絆は固かった
アダルジーザがオデットの個室に引き込まれ、ルーナはしばらく3人が消えていった個室の前にいたが、何も出来ず、カルメンの待つ自分達の個室に戻ってきた。
「あれ? アダルジーザは?」
何も知らないカルメンが、『お花摘みにいったの?』と聞いて来る。
そこで、まさに『お花摘みに行っていた』ベアトリクスが帰ってきた。
そこで「アダルジーザ嬢は見なかったわ」といい、ルーナの沈んだ様子に席に着かせゆっくりと状況を聞くことになった。
「私には義妹がいて、今その義妹のオデットと、今ばったり会ってしまって、・・・そこの個室にオデットがアダルジーザ様とお話がしたいと個室に連れて行ってしまったの」
カルメンは、オデットとルーナの確執なんて全く知らない。
だから呑気に「じゃあ、せっかくだしみんなでその妹の部屋に押し掛けちゃおう」と言う。しかし、すぐにルーナの様子に戸惑い黙った。
ここで、ベアトリクスが頭を掻きながら説明する。
「トイレでルーナ様のそばを離れたのは、失敗だったな。ルーナ様はご自身の事をまだ整理しきれてなくて、話し辛いでしょう。ここは私から話をさせて欲しい」
と前置きしてルーナがオデットから受けてきた事を話した。
「・・・なるほど。ルーナ様があのカファロ家でそんな扱いを受けていたなんて・・・信じられない。でも、私達はルーナ様を信じるわ」
カルメンの言葉にルーナが顔をあげる。
しかし、再び項垂れた。アダルジーザがどう思うか分からないからだ。ルーナは折角できた友人を失うのではと、不安で仕方ない。
ベアトリクスも同じことを考えているようで、
「オデットはきっとアダルジーザ嬢にルーナ様の悪口を吹き込んでいるだろう。・・・そうなれば、あちらの言い分を信じてしまうかもしれない」
ここで、大きなため息。
カルメンのものだ。
「あのね・・・。私達はずっとルーナ様と一緒にいたのよ。私達はルーナ様がどんな人か知っているもの。あのアダルジーザがどちらを信用するなんて簡単な話よ。それに・・・」
一旦話を切ったカルメンが、何か想像したのか一人笑いをしている。
「まあ、私達はケーキでも食べながら、アダルジーザが戻ってくるのを待ちましょう。ほら、1階で注文したケーキを持ってきてくれたわよ」
店の店員がルーナとアダルジーザが頼んだケーキを持って、入り口で待っている。
カルメンは、すぐにそのケーキを受けとって、自分の皿の上に置くと、ケーキの飾りの美しさを見る前に、フォークを刺して食べ出した。
「ほらほら、ルーナ様。友達を信頼してちょうだい。ね? それに今ごろ、アダルジーザものらりくらり躱して楽しんでいるはずよ」
そう言って、ケーキを食べろと促した。
その頃・・・
オデットの個室では。
「私はお姉さまが大好きなのに、全くお姉さまは冷たいの・・。私、それが悲しくて・・」
よよよと泣き崩れて見せるオデット。
その臭い三文芝居に見事に引っ掛かり、ハンカチを渡すデジデリオ・サルト。
アダルジーザは、自分よりも爵位が高いサルト侯爵の息子に言われ、断ることも出来ずに個室に誘われるまま入ったのだが、目の前の大根芝居?的なものを見せられて困惑していた。
だが、普段からおっとりしている彼女は、動じる風もなく彼らに合わせる。
嘘泣きのオデットに合わせて、アダルジーザも眉を寄せて「まあ、そんな事が?」と一緒に乗ってみる。
そして何食わぬ顔で質問をする。
「オデット様はルーナ様のどんなところがだぁい好きなの?」
この予想外の質問に少し固まるオデット。
「は? ルーナの好きなところ?」
意外な問いに、一瞬地声が出てしまったが、すぐに表情を作り直す。
「えーっと・・・それは優しい?ところ・・・かしら?」
ルーナの事を好きと言っておいて、どこが好きなのかも分からないらしい。
しかも『優しい?』と疑問文を投げ掛けられてもアダルジーザも困る。
「まあまあ、オデット様ってなんて心の広いお方なの? そんなに冷たくされていてルーナ様を優しいと言えるなんて!! でも、オデット様のお気持ち分かりますわ」
オデットの気持ちが分かると聞いて、アダルジーザが自分の味方になってくれたのだと喜んだ。
だが、アダルジーザの口から出てきたのは、最も聞きたくないルーナの称賛だった。
「ルーナ様は、本当にお優しいですもの。聖女だと驕ったところもなく、むしろいつも気遣って下さり、本当に心の中まで美しい方なのだと尊敬申し上げていますの。きっとオデット様も、姉として尊敬されているのでしょうね?」
アダルジーザがオデットに挑むように言ったのだが、彼女のおっとりとした話し方のお陰でそうとは取られなかった。
「そ、尊敬? 私があの女を?!」
ルーナを褒められて、本性が出るオデット。
「あら、嫌だわオデット様、大好きなお姉さまをあの女呼ばわりはいけませんことよ。ねえ、デジデリオ様?」
「へ? ああ・・・」
オデットの豹変ぶりに困惑するデジデリオ。
「私・・実は、お姉さまのあまりにも酷い仕打ちに耐えきれなくて、恨む気持ちが心のどこかにあったのかもしれないわ。自分が怖い・・」
再び、デジデリオにすがり付く。
「そうだったんだ。余程の事をされたんだね。私がいる限り大丈夫、もう辛い目には遭わせないよ」
再びの芝居。
子供のお遊戯でも、もうちょっとましなシナリオを用意するでしょ?
アダルジーザが素でジト目になる。
そのアダルジーザに向けて、オデットがお願いを言う。
「私、是非アダルジーザ様とお友だちになりたいわ」
突然のお願いに、すぐにお断りをする。
「まあ、喜んで。夜会などであればご挨拶して下さる友人は沢山いるの。ですから、是非お見かけしたら、ご挨拶したいわ。私は近眼で、こちらからはご挨拶が出来ないかもしれませんが・・」
申し訳なさそうに眉を下げて、微笑む。
この申し訳程度の眉の下げ方が、アダルジーザの得意技だ。
「よかった。嬉しいわ。これで貴女は私のお友だちね?」
アダルジーザの脳内で「は?」となる。
伝わってないの?
今のって結構はっきりと断った部類の言い回しだったと思うけど?
今ので伝わらないなら、『あなたの性格悪すぎて絶対に友達なんてなれない!!』って叫ばないといけなかったの?
「お友だちが増えて良かったね」と喜んでいる脳内お花畑のオデットとデジデルトを置いて、さっさと自室に戻ろう。
「では、私はこれで。かなりルーナ様とカルメン様をお待たせしているので」
とアダルジーザはほほほほと笑いながら・・・・逃げた。
個室から、
「私の友人になったのだから、ルーナお姉さまのところに行かなくてもいいじゃないのよ!!」
と叫ぶ声が耳に届いたが、無視だ。
そして、心配して個室の前にいたルーナの護衛の騎士と共にルーナ達が待つ個室へと戻った。
アダルジーザは、部屋に入るなり、
「あー・・、やっと戻ってこれたわ」
と、重力に任せてドサッと椅子に座った。
「生還おめでとう」
カルメンが労を労うように、ポットの紅茶をカップに注いだ。
「で、どうだったの?」
カルメンはあちらでの話を聞きたくて仕方ない。
ここで、ドカドカと急ぎの足音が聞こえたかと思ったら、個室のドアがバーンと開いた。
「ルーナ!! ああ、良かった。護衛からの知らせで飛んで来たんだ」
アレクシス王子の出現に、驚くもその後、生暖か~い目で見られるルーナ。
アレクシスが落ち着いた所で、アダルジーザの話を聞きたいと、アレクシス自ら言うので、カルメンの先程の質問の答えが再開された。
アダルジーザは、王子の前ということもあって、少し控えめに話し出す。
一通りの会話を思いだし、伝えたアダルジーザは、改めてオデットの人となりを感じたまま話しだした。
「えーと・・ルーナ様には悪いんですが、オデット様って・・関わり合いになりたくないタイプですわ。オデット様しか知らないのなら、あの方の嘘を信じるかもしれませんが、ルーナ様とお会いになって話をされた方なら、どちらが嘘をついているかは一目瞭然ですもの。それが分からない人はきっとクズの部類ですわ!!」
「く・・くず・・」
アレクシスは、項垂れた。
前世の自分はやはりクズだと烙印を押されたのだった。
お休みが続いてすみません。




