14 渋栗モンブランは渋い味もない
喫茶店はそれほど混んではいなかった。俺と受付嬢さんは窓際の席に座る。俺が誘ったのだが、なぜか奥側の席に座るような仕草をされて、俺が壁を背にして座ってしまった。受付嬢さんは何気に気を使っているらしい。
「ここはケーキがおいしいんです。私的なオススメは渋栗モンブランです」
受付嬢さんが教えてくれるので、俺はそれを頼むことにする。
「飲み物は何にしますか」
「それじゃあコーヒーを」
俺がそう答えると、受付嬢さんは店員を呼んで注文する。
「渋栗モンブラン二つとコーヒー二つ、お願いします」
店員さんはメモを置いてキッチンに向かう。すべてやってもらってしまった。
「こういうのは慣れているので」
そう言って微笑む受付嬢さん。俺がよくわからないで、右往左往するのを予知していたね。さすがだ。
もう街には慣れましたか?
ええ、なんとか。あなた(受付嬢)はもうこの街長いんですか。
それほどでもないんです。まだ一年経たないぐらいで。
そうなんですか、以前はどちらに?
アールファに、そこが私の生まれた国なんです。
(なるほど、だから銀髪なのか)それでは一人でフベルミルに?
……………
雑談をしながら、届いたモンブランに手をつける。一口食べると栗の甘みが広がっておいしい。オススメするだけのことはある。
受付嬢さんは俺の上、頭の上の方をチラチラ見る。なんだかわからないが、かなり気にしている。目を合わせにくくて、緊張してる?
「あの……プ、ではなくて……あの……あまり親しくないので、ちょっと言いにくいのですが……リンスさんって女遊びとか、したことが、ありますか? あ、ごめんなさい。でも、気になって」
視線を俺ではなく俺の上をチラチラ見ながら、尋ねる。
え? もしかして俺、これから口説かれる? あるいは、俺が口説いてることになってる? そういう意味で誘ったのではないんだが。
フォークを置いて答える。
「正直に言いますと……したいと思ったことはたくさんありますが、まだ経験は……」
「そう……ですか……そうですよね。よかった」……「女性から恨みを買うようなことも、それだったら、ないですよね……」
んー、これから口説かれるには、変な質問だな……
「うーん…………それはなんとも……なにもしなくても恨まれることはあるかもしれませんし、黙黙」
「そうですよね……」
無言の中で、俺の言いたいことがちゃんと通じたのだろうか? わからないが……
「なぜ、そんなことを聞くんですか?」
俺が尋ねると、
「ごめんなさい。ほんとうに失礼なことを聞いてしまって…………ただ、ちょっと言いにくいのですが……リンスさんの後ろ、上の方に、長い黒髪の、色白で、面長で、目つきのキリッとした女性がときどきうっすら浮かび上がって、リンスさんを睨んでいるので…………同じ女として、その表情は……恨んでいる感じが……したものですから……」
え?
振り向いて後ろの壁を見た。
壁には、春の花畑を描いたようなパステルトーンの水彩画が掛かっていて、そんな女性の姿は見えない。
「変なことをいってごめんなさい……」
俺は後ろを振り向いたまま、尋ねる。
「今も、いますか?」
「すいません、えぇ、います。だけど、今はちょっと、あきらめ顔です(私にお礼を言っているようにも思えるんだけど、それは伝えないほうがいいのかしら)」
俺にはまったく見えなかった。
暗殺者に殺されたり、背後霊の女性に恨まれたり、俺、なにかしたのか? なにもしてないのが悪いのか? さっぱりわからない。
記憶にはないが、もしかしたら、どこかで、なにか、迷惑をかけたのかもしれない。
弱気になる、俺。
俺は正面を向いて、困った表情の受付嬢さんに言った。
「俺には見えないし、よくわかりませんが、あなたから、俺に代わって、ごめんなさいって伝えてもらってもいいですか」
「今ので伝わったようです……」
気まずい空気だ。
絶対、受付嬢さんは俺がその女性をもてあそんだと疑っているだろう……
渋栗モンブランの味が、もうわからない……