プロローグ 夢
僕は高揚した。
あの美味佳肴なるプリンというものを食せねばならぬ。
プリンはこの世の天上女神、天使の食べ物であり、それを食べれば不老長寿も夢ではない。松葉のみを三年食せば仙人になれる、空を飛ぶこともできると言われるが、プリンを全国民が食せば、不安、不満はなくなり、争い、不和はなくなり、苦しみ、悲しみがなくなるのだ。幸せの花園で、みんなでを手を繋ぎ輪になって、踊って喜びに胸を躍らせる。そんな世界を築こう。
さあ、プリン党を立ち上げよう。プリンの神をあがめ、崇拝し、今こそプリン教を信仰しよう。
割れんばかりの拍手、拍手、拍手。
パンパンと近所から布団をたたく音が聞こえる。その音で目が覚めた。今日は天気が良いのか、ベランダで布団を干しているのだろう。
変な夢を見た。妙な男性が街頭演説をしていて、僕が感動にうち震えながらその演説を聞き入っている夢である。夢の中で僕はたしかに興奮していた。あんなに胸がワクワクすことなんて、現実世界ではなかなかない。惜しいことをしたかもしれない。もう少し夢の中で感動していればよかった。
○
鶏が自由気ままに暮らしている。好きなときに食べ、好きなところで寝る。野原はすべて鶏のものである。そこにネクタイを締めたスーツ姿の人間がやってきた。
「金網つきの家を建ててあげようか。猫に襲われずにすむよ」
鶏は警戒したが、僕のように優柔不断だった。ウダウダしているとネクタイは小屋を作ってしまった。
あれ? これ、阿部公房の「良識派」って短編小説じゃん。前半、ほぼそのまんまじゃん。
そう思ったら、目が覚めた。
あらためて、思う。たまごはこうしてニワトリから搾取されたのか。かわいそうに。
しかし、なぜ、いま、こんな「良識派」の夢を見るのだろう。現代文Bに載っていた話だ。
こんな夢を見る意味が、ほんとうにわからない。まあ、夢とは意味不明のものだと思うけど。フロイトは、「夢は願望を充足するために存在する」って言ってたような気がする。ということは、僕は無意識の中で、たまごの搾取を願望しているのか? 僕の分身をたまごで増やす? タンパク質を大量に摂ってムキムキに?
いや、メガネっ子のたまちゃんへの想いがたまごになって現れたと考えたほうがいいかもしれない。それなら、こんな夢を見たのも、まあ、納得できる。
○
委員長の牛窪さんが横断歩道を渡っていると、信号無視したトラックが来る! たまたま後ろを歩いていた僕は、とっさに牛窪さんを突き飛ばしてしまった。横を見るとトラックのフロントが目の前に……
気づくと白い部屋に僕はいた。冠をかぶったメガネっ子のたまちゃんが背中の翼を羽ばたかせて、話しかけてくる。ーー委員長である牛窪さんの命を救ったその功績により、あなたには転生者として生きる権利が発生しました。権利を行使しますか?ーー流行りの転生者か。チート能力はお約束だよね。どんな能力を授けてくれるのか。剣、魔法、クズ能力なんだけど実はチートってやつ、どれだろう。当然ハーレムはお約束だよね。あ、男に転生するとは限らないから、女だったら逆ハーレムか。悪役お嬢様もありかもしれん。
権利を行使して転生します。どんな能力を授けてくれるのですか。楽しみです、たまちゃん。
は? たまちゃん? なんと無礼な。このユグドラシルの現人神である私にむかって、なんと、たまちゃん? 誰のことだ。この不作法、許すことはできません。出て行きなさい。
ああーーっ。
目が覚めるとワラが見える。足がプルプルする。やっとの思いで立ち上がる。あれ。足が四本ある。お腹すいた。急いで口を動かしてミルクを飲む。ん? 牛になっている?
目が覚めた。ワラは見えない。見慣れた天井だ。変な夢、流行りの転生者の夢を見た。なぜか、女性を怒らせたらしく予想外な展開だったが。あの女性、たまちゃんだったんだけどな。メガネっ子だったし。
しかし、この夢は新たな転生者の誕生なのかもしれない。そのまま異世界ものの小説を書きたいくらいだ。
転生した僕は、牛だった。これからどんな活躍をするのだろう。それは夢の中の僕ではなく、覚醒した現の僕が考えなくてはいけない。今、目覚めている僕の責任において素晴らしい転生牛について考えよう。まずは、どんなチートを身につけることにするか、だ。
チートな牛。チートな牛? 牛肉? 高級牛肉ってこと? 食われちゃうじゃん。
食われちゃうことで、その人の人生を乗っ取るとか? それだったら二十人から五十人分ぐらい乗っ取れるだろう。ちょっと多すぎない? そんなに乗っ取ったって、扱いきれないよ。うーんどうしようかな。
とりあえず起きて、顔でも洗うか。