第一章 星を継ぐ少女 その1
荒井 倫太郎は自室に戻って来るなり、リュックサックを床に投げ捨てて、ベッドに倒れ込むとスマホを取り出した。
「あー、つっかれたぁー、最近、店長こき使いすぎだろ。コロナで休業してたぶんを取り戻せって、いきなり無茶なんだよなぁ」
と、口元を拘束していたマスクを剥ぎ取って愚痴を垂れる、
だが口調とは裏腹に、気分は高揚し始めている。
今日のバイトは終わり、そして明日は土曜日なのでシフトも大学の講義も入っていない。つまり今日はお気に入りの配信をリアルタイムで、ちゃんと深夜まで追っかけられるということだ。テンションが上がらずにいられようか。
早速スマホアプリを起動し、動画配信サイトを覗く。
倫太郎がVドル、すなわちバーチャルアイドルにハマったのは今から一年ほど前。新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、あちこちで自粛が叫ばれた巣ごもりの時期だった。
バーチャルアイドルとは、二次元のキャラクターのアバターを用いて動画投稿やライブ配信を行う人達のことだ。ゲーム実況だったり、雑談配信だったり、得意なジャンルの解説動画だったりと各々が多彩な活動を行っており、今、一番熱いネット文化だ。
倫太郎はハマる前からVドルの存在はもちろん知っていた。ネットニュースやSNSで話題になることも多かったし、リアルの友人にもファンがいてよく勧められていた。なぜ今まで履修してこなかったかというと、特に理由はない。
ただ、ゲームは他人のプレイを見るよりも自分でやる方が好きだったので、わざわざVドルの配信を見る必要性を感じなかったのだ。
しかしコロナ禍によって大学の講義がオンライン配信となり、バイト先の喫茶店も休業してしまったため、自宅に籠る時間が増えた。その有り余った時間の浪費先として、Vドルの配信を選んだことが切っ掛けだ。
正直なところ、ちょっと摘まんでみるか、という程度の軽い気持ちで見始めた。
そしたらものの見事にハマってしまった。
少しでも人気Vドルに自分のアカウント名を知って欲しくて、気付いたら投げ銭をしまくり、バイト代のほとんどつぎ込むようになっていた。
そして最近は新人発掘という新たな楽しみ方まで覚えてしまった。
配信の同時接続数が多い人気のVドルを追っかけるだけでなく、配信始めたての新人を支えていくのである。
人気Vドルの配信では、どれだけコメントしても大金を投げ銭でもしない限り、Vドルに読まれることはない。一方、新人Vドルの配信は視聴者の分母が少ないので、投げ銭を払わずともコメントを読んでもらえるし、ユーザー名を認知してもらえる。大して収入のない、苦学生の倫太郎としてはそっちの方が経済的でありがたい。
ということで、新着配信の一覧を開いてみる。
最近は色々な芸能プロダクションがVドル市場に乱入してきているので、新人も飽和状態と言っていい。玉石混交だ。
ただバックに企業がついている新人Vドルは、喋り方や遊ぶゲームがマニュアル化されているようで、どうも個性が薄く感じてしまう。その分、定期的に配信があるので、追っかけやすいというメリットもあるのだが。
……でも、どうせならもっと尖った配信が見たいな。
そんな中、新着配信の一つが目に留まった。
アカウント名はAINO HAL。配信タイトルは無題。サムネイルにはどこかの住宅地っぽい映像、そしてその横にはVドルのアバターが映っている。
アバターの見た目は透明感のある可愛らしい女の子だ。桜色のミディアムヘアで、くっきりとしたアーモンド形の瞳。白い首元で黒光りしている首輪のようなチョーカーが少し不気味だ。それに静かな微笑を浮かべているのになぜか冷たさを感じる。しかしそうしたアンバランスさがむしろ目を惹く。
まるで導かれるように、親指がそのサムネイルをタップしていた。
『……こんにちは、……人間の皆さま。……応答願います』
質の悪いマイクでも使っているのか、ノイズ交じりで聞き取りにくい音声が流れる。ただ女性の声で、鈴を転がす様な綺麗な声質であることはわかる。もっと高価なマイクを使えばいいのにもったいない、とプロのVドルファン的感想を抱く。
同時接続数は一。つまり今は倫太郎しか見ていない。
取りあえずそのまま視聴を続ける。
ただ、映像の動きは少ない。一人称視点で高級そうな邸宅が並んでいる住宅地を映し出している。たまに住宅を見回したりするくらいで、その場から動く気配もなかった。
しかし映像が妙にリアルだ。ゲーム画面にしては住宅のモデリングの出来が良すぎる。現実世界を撮影しているとしか思えない。
『こんにちは、人間の皆さま。……応答、願います』
このVドル、さっきから決まった台詞を繰り返してばかりで、トークを広げる様子がまるでない。相当緊張しているのだろうか。
それはそれで、初々しくて可愛いんだけど。
最近はVドル業界への企業の参入が増えたせいなのか、初配信でテンパっている新人Vドルを見ることも少なくなっていたのでちょっと新鮮だ。
助け船のつもりで初コメントを打ってみた。
『こんにちは。これなんのゲームですか?』
反応を待つ。
画面の中のVドルが唇の動きをピタリと止める。倫太郎のコメントを目にしたのだろう。
『……こんにちは、チリンチリン様』
静かな声で倫太郎のアカウント名を読み上げている。多少雑音が混じっているものの、マイナスイオンでも出ているような涼やかな声色で聞き取りやすい。
『私は、ブルーブレイン社製のアンドロイド、AINO HAL TYPE2088です。先程起動したばかりで、現在、主人の登録状況がブランクとなっております。チリンチリン様を暫定的なマスターとして仮登録してもよろしいでしょうか』
俺のコメント内容は無視かい。
と思ったが、別に腹が立ったりはしない。たぶん初めての配信で上がっていて、自分の設定を喋ることに頭がいっぱいなんだろう。
Vドルの中には他との差別化のために、自分だけのキャラ設定を持っている者も少なくない。留学生とかお嬢様とか割と現実的な設定から、妖怪や何とか星の宇宙人といった非現実的なものまで多種多様だ。
自身のキャラ設定に合わせて、リスナーへの呼称を変えることもある。例えばお嬢様キャラで売っているVドルが、リスナーのことを「下民」とか「豚」とか呼んだりしていて、リスナーの方もそういう呼ばれ方を楽しんでいる。傍から見れば気持ち悪いやり取りかもしれないが、こういうコミュニケーションもやってみると悪くないものだ。
この子の場合、自分はアンドロイド、リスナーはマスターということなのだろう。
『はい、いいですよ』とコメント。
『それではチリンチリン様をマスターとして登録いたします。直接お会いしていないため仮登録となります。よろしくお願いいたします。……それではご報告いたします。先程、起動した直後、一人の人間の死体と起動停止したアンドロイドを発見いたしました。大変恐れ入りますが、今後の指示をお願いできますか?』
おいおい、いくら緊張しているからって大丈夫か。いきなり配信の主導権をリスナーに丸投げって、トーク力がないにも程がある。
心配になったものの、こういうところが新人の可愛らしさでもある。根気よく付き合ってあげよう。
『死体とアンドロイドって?』
『こちらです』
その声と共に映像が地面を向いた。そこには倒れ伏した二つの人影が見える。時々、映像にノイズが混じるせいで、詳細に観察することはできないが一体は骸骨のようにも見える。
なるほど。ゲームジャンルとしては一人称視点のミステリー系アドベンチャーか。かなりリアルなCGだけど、外国のインディーズゲームかもしれない。
『これって何のゲームですか?』
『……いえ。私は今までこの場所に投棄されており、先程偶然にも起動いたしました。アンドロイドは登録されたマスターの命令が無ければ自由な行動ができませんので、配信でマスターと成り得る方を探し求めておりました』
この子、本当に設定に拘っている。トーク力はないけれど、キャラ設定に忠実なところは素直に感心する。
『なるほど、面白い設定ですw。じゃあ、僕がマスターとなったわけですけど、これからどうするんですか?』
『マスターにお任せいたします。もしこのまま私の廃棄を望むのであればそれでも構いません。もし私をお引き取りいただけるのでしたら、製造元のブルーブレイン社のカスタマーセンターまでご連絡ください。定価から割り引いた料金にてお買い求めいただけます』
……えーと、これはどう反応すればいいんだろう。今後のゲームプレイの方針を聞いたつもりだったんだけど……。もしここで俺が『廃棄する』とコメントしたら彼女は設定を遵守して、二度と配信しないつもりなんだろうか。
少し迷った末に、『取りあえず、もう少し配信続けて欲しいです』とだけ打った。
『……了解しました。チリンチリン様をマスターとして仮登録できましたので、現在はある程度自由な行動が可能となっております。しばらく私を観察していただき、その上でご判断いただいても構いません』
だが、その後、彼女は雑談をするわけでもなく、無言を貫いている。アバターも動きを見せず、映像の方も住宅地と時々死体を映すだけで代り映えがない。
……なんだこれ。配信を見ている側が気まずくなるなんて始めての経験だ。
居たたまれないので、こちらから話題を提供することにする。『かなり設定を作り込んでいますよね。もっと他にあるなら教えてください』と入力。
すぐに応答があった。
『はい。では、AINO HAL TYPE2088のプロモーションをさせて頂きます』
と、流暢に話し始める。
緊張のせいで寡黙なのかと思っていたが、喋ろうと思えばちゃんと喋れるようだ。
『AINO HALはブルーブレイン社が製造した、第六世代型人工知能搭載の性機能付きアンドロイド(セクサロイド)です。アンドロイド開発のパイオニアであるブルーブレイン社によって、《より人間らしく。より人間のパートナーらしく》をコンセプトに開発されました。ブルーブレイン社が目指したセクサロイドは、人間の玩具ではありません。性機能はあくまで人間とのコミュニケーション用です。そもそもブルーブレイン社の創業者ランチョルダース・ラマチャンドランは、アンドロイドは人間と同等の知的生命体であると考えており、そのため人間と同じように性行為の自由もあるべきと主張し、AINO HALシリーズの制作を……』
……ちょっと待て、今、性機能って言ったか? それってつまり、……セックス用のアンドロイドってことか? いくらキャラ設定に拘っているとは言っても、これは尖り過ぎだろう。
自分の耳が信じられなかった。
『AINO HALの基本ボディは第二次性徴を終えた女性をモデルとしていますが、追加オプションの注入用シリコンをご購入いただくことで、胸部や臀部のサイズアップが可能となります。また性機能についてですが、これAINO HALとの交流を繰り返して親密になり、互いの合意があった上で初めて使用可能となります。繰り返しますが、AINO HALは人間のパートナーをコンセプトとしたセクサロイドであるため、性欲処理を目的とされる方は大変残念ですが他社の製品をお買い求めください』
しかし続く言葉を聞く限り、自分の勘違いではないようだ。
いくらVドル戦国時代とは言え、セクサロイド設定で個性を出そうなんて。ちょっと引いてしまう。
『その他、互換パーツのご紹介です。まずは膣……』
おいおい、それ以上はマズイぞ。アカウントがBANされるかもしれない。
『もう大丈夫でさよ』
慌ててフリック入力したせいで誤字になってしまったが、意図は通じたらしく彼女の声がピタっと止まった。
『そうですか。それでは私をお引き取りいただけますでしょうか?』
このごっこ遊びはいつまで続くんだ。そろそろ勘弁してほしい。
『それはまだ保留です。さっきからずっと住宅地と死体を映してばかりなので、このままだとリスナーは集まらないと思いますよ』
そもそも記念すべき初配信に、こんなマイナーゲームをやろうとすることが驚きだ。俺ぐらいの物好きじゃなかったら、誰もコメントなんて残さないだろう。
『了解しました。マスターのご命令ということであれば移動いたします。オフィス方面に向かうこととしましょう』
やっと映像が動き出す。彼女の宣言通り住宅地から離れていき、比較的高いビルが立ち並ぶエリアへと進んでいる。
自分で歩いて他の場所にも行けるんだ。てことはこれはオープンワールドゲームでもあるのか。思っていた以上に自由度があるのでびっくりだ。普通のアドベンチャーゲームなら、操作できる範囲が決まっているのに。
今は何が切っ掛けでバズるか分からない世の中だ。これだけ尖ったゲームなら、有名配信者がプレイして宣伝すれば、ブレイクする可能性もゼロじゃない。
もしかすると、この子はなかなか良いゲームに目を付けたのかもしれない。ただ唯一惜しい点は人間の姿が全く見えない点だ。これだけリアルなモデリングなのにNPCが一人もいないというのは不自然だ。
正確に言えば、人間がいないわけではない。人間はいる、ただ動いていないだけで。配信画面には住宅地の景色が流れているが、時々人の影が写り込む。これらは間違いなく死体だった。往来の真ん中に白骨化した死体と、身体は綺麗だがピクリとも動かない死体の二種類が路傍の石のように転がっている。
「うへぇ、悪趣味なゲームだなあ」
街の様相がリアルな分、この死体の描写にも生々しさがある。骸骨にこびり付いている衣服の切れ端の汚れ具合など狂気的だ。
外観はこんなにも作り込まれているのに、死体ばかりで生きた人間のNPCが一切登場しないのはどういう理由なんだろうか。しんと静まり返ったまま人の声のしない街は、何とも言えない不気味さを醸し出している。ゾンビゲームだってゾンビの唸り声くらいは聞こえるのに。これが狙ってやっている演出だとしたら、前衛的なホラーゲームだ。
と、そんなことを考えていると、閑静な高級住宅地から離れて人通りが多そうなオフィス街がすぐ目の前に見えていた。人の往来が多そうな地区に近づくにつれ、歩道に積まれた死体の山もどんどん増えているが、流石にここまでくると現実味は薄れる。
『マスター、ここまで到着いたしましたが、これまでに数多くの白骨化死体及び活動を停止したアンドロイドを目視で確認いたしました。これは緊急事態であると判断されますが、今後どういたしましょうか、ご指示をお願いします』
なるほど、身体が綺麗に残っている方の死体はアンドロイドだったのか。つまり近未来を舞台にしているのか。少しだけこのゲームの世界観が掴めたような気がする。
そういえばこのVドルもアンドロイドって設定だったな。そういう繋がりがあるから、初配信でこのゲームを選んだのか。
『じゃあ情報収集でも。生きた人間を探しましょう』
取りあえずゲームの基本に沿っておくとしよう。
このゲームのジャンルはさっぱり分からないけど、製作者がよっぽどひねくれた奴じゃない限り、いずれはNPCなり敵キャラなりが出てくるだろう。
『了解しました』と彼女が言うと、ゲーム画面が再び動き始めた。
この子の配信スタイルなのかもしれないけど、完全にリスナー任せのプレイというのはどうなんだろう。ゲームが下手過ぎては困るが、かといってリスナーのラジコンに徹してしまうのも面白くない。
配信者への不満は多少あるものの、その代わりにゲームへの興味が沸いてきたのでもう少し視聴を続けることにする。
実際、このゲームの作り込みは尋常ではない。
画面がオフィス街に入ると、その細部まで拘り抜かれた造形がより鮮明に分かるようになり仰天してしまう。
標識や店の看板に使われている文字が日本語であることから、街並みは日本がモデルとなっているようだ。ただ所々に現実とは異なるアレンジが加えられている。
例えば街中の至る所に板状の電子ディスプレイが看板のように設置されていて広告を流したり、大手バーガーチェーン店の前ではメニューの立体映像が蜃気楼のように浮かんでいたりと、近未来的な雰囲気が漂っていた。
かなりリアリティのある未来だ。生きた人間の姿が全く見えないという一点を除いては。
そしてどこまで歩いてもゲーム的な「見えない壁」が現れることはなく、どのお店にも自由に出入りが可能だった。
だが肝心なNPCの姿や次の行動のヒントとなる情報も見当たらなかった。これではいくら背景の造形がすごいといっても、ゲームとしては未完成品だ。開発途中の状態で販売する、いわゆるアーリーアクセス版なのかもしれない。
『このゲームすごいですね。スチールで買ったんですか? タイトル教えてください』
ゲーム下手な新人Vドルにいちいち指示するより、もう自分で購入した方が手っ取り早いし楽しめると思ったので質問してみる。
『…………この画面はゲームではありません。私の光学センサーが受容した情報を映像データにコンバートしたものです』
淡々とした口調だが、そこには僅かに困惑の色が混ざっているように感じられた。
『もうそういうの要らないから。タイトル教えて』
設定に従順過ぎるこのVドルに感心よりも苛立ちを感じていたので、コメントの文面にもそれが現れてしまった。ま、もうこいつの配信を見ることはないだろう。
すぐに返事があった。
『……現在の私は、その質問への回答を持ち合わせておりません』
はあ、と倫太郎の口から大きなため息が漏れる。
おいおい、マジでアンドロイド設定を貫くつもりか。売れているVドルの大部分は、最初の設定なんて忘れて自由なプレイングとトーク力で人気を博しているのに。これじゃ、いつまでたっても有名になれそうもない。
やれやれ。もう真面目に付き合う気も失せたな。
指をノロノロ動かしてコメントを打つ。
『あなたは本当にアンドロイドなんですか?』
『はい、その通りです。私はブルーブレイン社製。2088年に製造された、AINO HALです』と間髪を入れずに冷静な声が返って来る。
2088年製造、ね。そういえばTYPE2088ってさっき言ってたけど、製造年のことか。つまり今から66年後の未来から配信してくれていると、そういうわけか。
『それじゃあ、2022年6月10日に起きる重大ニュースを教えて。未来のロボットならそれくらい分かりますよね?』
2022年6月10日、つまり明日のこと。
ま、ちょっとした嫌がらせだ。
別に俺だって新人のVドルをイジメたいわけじゃない。ただ、ここまで自分の設定に固執されると、意地悪の一つや二つしてみたくなるものだ。大体、この配信の唯一のリスナーとして長い時間付き合ってやったんだから、これくらいの悪ふざけは許容して欲しい。
さて、どう返してくるかな。
『……重大ニュースの定義が不明確のため、あくまでも私一個体による判断になりますが、2022年6月10日、日本の高エネルギー加速器研究機構が電子・陽電子加速衝突器、通称スーパーKEKBを用いて、マイクロブラックホールを生成したことを発表する日となります。これは、従来のマイクロブラックホール生成に必要と目されていた量を大幅に下回るエネルギーであったため、素粒子物理学の歴史を塗り替える偉大な研究として名を刻むことになります。この功績により、この研究を率いた教授は後にノーベル物理学賞を……』
……なんか、想像していたのとは違う未来予知をされた。
大地震とか事故とか、そういうインパクトのあるニュースを持って来るかと思ったのに。よく分からない単語を並べられたという印象だ。
あり得ない妄想を鼻で笑ってやろうと思ってたのに、こちらが反応に困る回答を食らってしまった。
『そうなんですか。すごいですね』
何をコメントするべきか散々迷った挙句適当な感想を残し、そのまま逃げるように視聴を打ち切った。
「……はあ、なんかどっと疲れた」
思わず口に出ていた。
新人Vドルが初配信で右往左往している様子は微笑ましくて好きなのだが、これは自分が求めていたのとは違っている。
妙に冷静で貫禄があるかと思えば言動がトンチカンで要領を得ない。ツッコミ待ちというわけでもなく、自然体のまま喋っていて事務的で淡々としている。アンドロイドらしいと言えばそうだが、配信としての面白みは欠片もない。
……もしかして、本当にアンドロイドだったり……。
なんて考えが一瞬だけ過ったが、すぐに「そんなわけない」と声に出して笑い飛ばす。
最後まであのゲームのタイトルが判明しなかったことだけが惜しい。まあ、あれくらい作り込まれたゲームならいずれ話題になるだろう。
丁度、一推しVドルの配信開始を告げる通知が入ったため、そっちに向かった。
見慣れたアバターがいつも通りの挨拶を始めていて、その横では激流の如くコメントが流れゆく。テンプレ化されたVドルとリスナーのやり取り。実家のような安心感がある。
今までのモヤモヤが少し晴れて、一息つける。
新人Vドルは嫌いじゃないけど、やっぱり安定感のある大手の配信も落ち着いてて良い。
彼女が残した未来予知の内容は、倫太郎の頭の中からすっかり抜け落ちていた。