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 第二章 最初にして最後のVドル その10


 ノヴァは混乱した様子ではあったが、事情を少しずつに飲み込み、最終的には納得した。


「つ、つまり、ハルちゃんは、アンドロイド……。えっと、つまり、人工知能だよね」


 内部構造を見せられた後、ノヴァはハルに矢継ぎ早に質問をした。もっともその内容は倫太郎にはちんぷんかんぷんだった。チューリングテストがどうだとか、強いAIがどうだとか、専門的な話が多すぎて付いていけなかった。

 ハルから返って来る回答に、ノヴァは逐一頷いては、たまに驚き興奮していた。


 二人の蚊帳の外に置かれて寂しかった倫太郎が、ノヴァにちょっかいをかけるつもりで「なんでそんなに詳しいのか」と聞いてみたところ、ノヴァが情報理工学部の学生であることが判明した。しかも倫太郎でも知っている、超有名な国立大学である。

 ノヴァは人工知能の分野を専攻するつもりだったらしく、ハルと専門的な会話ができるくらいには前提知識があるとのこと。

 倫太郎はそれからしばらくの間、アイスコーヒーをちゅーちゅー吸いながら、どんどん打ち解けていく二人を眺めることしかできなかった。


「……そう、そういうことだったの。確かに前々から、ハルちゃんにはちょっと人間離れしたというか、不思議なところがあると思っていたけど……。うん、納得した。すっきりした」


 少し落ち着きを取り戻したノヴァが、興奮する心臓を抑えるように胸に手を置いて言う。


「分かってもらえてよかったよ」


 ハルの正体は、俺だけの秘密にしておきたかった気持ちがないわけじゃないけど、でもハルが望んだのなら仕方ないな。寂しいような、嬉しいような複雑な想いだ。


「って、ちょっと待って、ハルちゃんの言うことが全部事実で、あのゲームも現実のことなら、人類は滅ぶの? 数十年後に?」

『はい。そうです。私とマスターはその滅びを止めるために、ああして活動をしているのです』


 憧れの人物に会えたようなホクホクした表情を浮かべていたノヴァの顔が、一転して真っ青になった。


「……え、やばいじゃん。あと数十年しかないの? 原因も分からないのに?」

「そうなんだよ、だからネットの皆に考えて欲しくて、Vドルとして活動してるわけ」

「……それにしては、あなたは随分呑気で……あ、いや、落ち着いていますね。今までこんな重要なことを一人で抱えていたのに、怖くなかったんですか? 私なら、頭がおかしくなっていたかもしれません」


 これは褒められているのか、それとも鈍感さを詰られているのだろうか。


「あ、いや、別に……。だって何十年も先の未来だったし……。あんまり実感がわかないというか、もちろん、人類が滅びていいとは思ってないけど。……俺は、ハルに思い出を作ってあげたかっただけで、人類を救うとか、正直、深く考えていなかったんだよ」

「…………」


 その時に浮かんだノヴァの表情は、形容しがたかった。

 怒っているようでもあり、悲しんでいるようでもあり、憐れんでいるようでもあった。様々な色が混ぜ合わさった、当てはまる名称のない色彩だった。


「……そう。だったら、ネット上でハルちゃんの話題を盛り上げないといけませんね。人類滅亡の考察がもっと進むように」


 しばらく黙り込んだ末に、ノヴァがそう告げる。

 そうして、その場は御開きとなった。

 ハルとの通話を終えて、ノヴァと倫太郎は店を出る。待ち合わせ場所にしていた駅の前まで来た。その別れ際。


「……あなたに、こんなことを言ってもいいのか分からないんですけど」


 ノヴァがまるで別れ話を切り出すかのように口籠っている。


「何のこと? 別に遠慮しなくてもいいよ」


 先程ノヴァが見せた、複雑な表情の真意が聞けるのだろうか。


「……ご、ごめんなさい、あんなことをした私に、言う資格がないのは分かっています。でも、それでも、聞いて欲しい。怒ってくれて構わないから。…………あの。あなたがしていることって、もしかしたら、ハルちゃんにとってすごく残酷なことなのかもしれないと、思ってて」


 ……残酷? そんな表現が出て来るとは思わなかった。だから一瞬、倫太郎は同音異義語があるんじゃないかと考えてしまった。


「そ、それって、どういう意味?」

「あなたがハルちゃんのVドルをやらせている理由。人類の滅びを回避することよりも、ハルちゃんに思い出を作ってあげたいって気持ちの方が強いって言ってましたよね」

「あ、ああ、そうだけど」


 それの何が残酷なのだろうか。


「……もし、人類の滅亡が回避できなかったら? ハルちゃんに思い出だけを与えて、あの子に感情を学ばせた結果、途轍もない孤独に突き落とすことになるかもしれませんよ?」


 …………。

 言葉を失った。

 頭が真っ白になる。

 思考がフリーズする。

 何も考えられなくなった。

 呼吸すら、忘れた。


「もし思い出も感情も何も知らないままだったら。たぶん、辛いなんて感じることもなかったと思います。でも他人と触れ合うことの尊さを知ってしまったから、それを奪われた時の絶望はきっと、計り知れないものになる。……それはこのコロナ禍で私達皆が経験してきたことですよね」


 そうだ、その通りだ。なんでそのことに気付かなかった。愛野ハルのためだ、とか言って結局は自己満足のためだったんじゃないか。

 馬鹿々々しい、俺は今まで何をやってたんだ。詰る言葉が思いつかない。


「……あ、も、もちろん、あなたを責めるつもりはないです。私だって、同じ立場だったら同じことをしたと思うから」


 ノヴァが胸の前で両手を振りながら、慌てて言葉を付け加える。

 きっと、今、俺は相当酷い顔をしているのだろう。ノヴァに気を遣われてしまうほどに。

 砂漠のような唇を、舌で僅かに湿らせる。


「…………指摘してくれて、ありがとう。そんなこと俺一人じゃ考えもつかなかったよ」


 しわがれた声で礼だけは述べる。だが意識がどこかに旅立ってしまったように虚ろな気分だった。


「あっ、で、でも、正しいかどうか分かんないから。あくまでも可能性の話ね。一応、伝えておこうと思っただけなので、あんまり思い詰めないで。ごめんなさい、変な話して」


 それから何度もノヴァに頭を下げられた。

 だけど、いつまで経っても曇天の心が晴れることはなかった。


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