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運命の赤い糸が可視化出来る薬を開発したので女友達に飲ませたところ、途端に俺に好意を向けるようになった

作者: 墨江夢

「フッフッフッ。とうとう秘薬が完成したぞ」


 薄暗い部屋の中で、俺・黒井九郎(くろいくろう)は不気味な笑いを漏らしながら呟いた。

 

 中学二年の頃から研究と実験を積み重ね、四年がかりで作り上げたとある薬。それは――飲んだ人間の運命の相手がわかるという秘薬だった。


 具体的な説明をすると、この薬を飲んだ人間が運命の相手と出会うと、二人の小指の間に赤い糸が出現する。

 赤い糸で結ばれた相手こそが、運命の相手というわけだ。


 この薬を作ろうと思ったきっかけは、女友達である(わらび)陽茉里(ひまり)の言葉だった。


 ――九郎は「この世のものは全て科学で解明出来る」って言うけどさ、それは違うんじゃないかしら? 例えば運命の相手とか、そういうのって科学の力じゃわからないんじゃない?


 安い挑発だと思った。わかった上で、その挑発に乗った。

 だって、「この世には科学でも解明出来ないものがある」と言われたんだぞ? 科学者を目指す者として、黙っているわけにはいかないじゃないか。


 そうして着手し始めた、この秘薬作り。名前は、そうだなぁ……取り敢えず「運命薬」とでも付けておこうか。


 データ上では、運命薬は完成したと言って差し支えない。しかし実際の効力は、未だわからない。


 その為にも一度試飲して、効果をテストしたいんだが……ここで一つ、大きな問題が生まれる。

 俺は生まれてこの方恋愛をしたことがないのだ。


 運命薬は運命の相手を見つけるものなので、現状恋愛しているかどうかは大きな問題にならない。

 しかし俺の場合、元来恋愛に不向きというか、今後一生恋愛や結婚が出来ない可能性も大いにあり得るのだ。


 1に実験、2に実験。研究に熱中しすぎると、寝食を忘れることだってある。

 そんな俺だから、きっとこの薬を飲んでもフラスコやビーカーとの間の赤い糸が可視化されるだけだろう。


 俺自身でテスト出来ないとなると、別の人間に頼るしかないわけだが……こんなおかしなことに付き合ってくれる人間の心当たりなんて、一人しかいなかった。


「というわけで陽茉里、この薬を飲んでくれ」

「いや、「というわけで」じゃないわよ。そんな危なそうな薬飲めるか」


 友人たる俺のお願いを、陽茉里は一蹴した。

「バッカヤロー!」と言わんばかりに貴重な運命薬を投げ捨てようとしたので、俺は慌てて阻止する。現状運命薬は、その一粒しかないんだぞ?


 なんとか投げ捨てるのを思い留まった陽茉里だが、試飲することに対しては、やはりまだ抵抗があるようだった。


「大体「この薬を飲めば運命の相手がわかりますよー」って、半ば詐欺みたいなものじゃない」

「詐欺とは失敬な! 俺はこの世に科学で証明出来ないものはないとお前に教えたいだけで、一銭たりとも金を要求するつもりはない!」

「お金を払いますから、そのありがた迷惑な授業は勘弁して下さい」


 言いながら、陽茉里は財布から一万円札を取り出す。どんだけ嫌なんだよ……。

 しかし効果を実証出来なければ、本当の意味で運命薬が完成したとは言えない。俺の方とて、嫌だと言われて「はい、そうですか」と簡単に引き下がれないのだ。


「なぁ、頼むよ陽茉里。一生のお願いだと思ってくれて構わないからさ」

「一生のお願いされるの、今週に入って3回目なんだけど? 1週間のうちに何回人生やり直しているのよ?」

「陽茉里が飲んでくれなきゃ、俺は別の生徒に土下座をして頼み込むことになるんだよ」

「実験を諦めるっていう選択肢はないのね。……まぁ、あんたはそういう奴か」


 こと科学研究に関しては、俺は物凄く諦めが悪い。なにせ運命薬を作るのに、青春の2年間をつぎ込んだ男だ。

 俺は何が何でも運命薬を人に飲ませる。親友の陽茉里なら、そんなことくらい熟知していた。


「誰かを生贄にするくらいなら、私が飲んだ方がマシよね。……一つ確認しても良い?」

「薬の安全性か? それについては、問題ない」

「そんな心配はしていないわよ。あんたのこと信頼している。……私が聞きたいのは、その運命薬とやらを飲んで見つけた運命の相手とは、必ず結ばれるのかどうかってことよ」


 何だ、そんなことを気にしていたのか。しかしそんな心配こそ、する必要はない。


「当然だ。なにせ運命の相手なんだから」


 結ばれない人物を、運命の相手とは呼ばないのだ。


「……よし」


 暫く考え込んでから、陽茉里は頷いた。


「わかったわ。運命薬、飲んであげる」

「本当か!?」

「えぇ。その代わり、自分の発言にはきちんと責任持ちなさいよ?」

「……自分の発言?」

「「運命の相手とは必ず結ばれる」っていう発言よ」


 今更その発言を撤回することなんて出来ない。もしなかったことにしてしまえば、それは自身の研究の失敗を意味するのだから。





 運命薬は飲んでから効力が発揮されるまで、およそ一晩の時間を要する。

 また飲んだ直後は激しい睡魔に襲われる為、陽茉里には寝る直前に飲むよう伝えておいた。


 翌朝。

 俺は運命薬の効力を確認するべく、陽茉里の自宅まで彼女を迎えに行く。

 

 玄関チャイムを鳴らすと、中から陽茉里の母親が出てきた。


「あら、黒井くん」

「おはようございます。陽茉里、起きてます?」

「起きてはいるんだけどね。珍しく今朝はまだ、準備が終わっていないのよ」


 陽茉里とは毎日のように登校を共にしているが、俺が迎えに来る頃には彼女はいつも朝の支度を終えている。

 そんな彼女がまだ準備を終えていないというのは、少なくとも俺の知る限り初めてのことだ。


 副作用による睡魔は、強烈なものだ。夜更かしをしたとは思えない。

 となると、運命薬の副作用が思った以上にあって寝坊してしまったのだろうか?


 色々思考を巡らせていると、やがて陽茉里が家の中から出てきた。


「お待たせ」

「……」


 陽茉里の姿を見て、俺は声を失う。陽茉里が、いつもより可愛く見えた。

 

 元々顔が整っている陽茉里だ。化粧を施せば、更に魅力的になる。

 今朝はその化粧に、一層気合いが入っていた。


「……何よ? そんなにジロジロ人を見つめて」

「いや、何でもない」

 

「可愛すぎて見惚れていました」なんて、恥ずかしくて言えるわけがない。


「そう……」


 ジッと、先程の仕返しと言わんばかりに陽茉里が俺を見始めた。

 心なしか、彼女の視線は俺の左手小指に集中しているような気がする。


「……どうかしたのか?」

「……いいえ。何でもないわ。それより、早く学校へ行きましょう。遅刻しちゃうわ」

「あっ、あぁ」


 俺と陽茉里は学校へ向かって足を進める。

 道中、何人もの生徒が可愛くなった陽茉里を凝視したり、指差したりしていた。あとは陽茉里に釣り合っていない俺を揶揄したり。


 そんな中をひたすら無言で歩き続けるというのはどうにも居心地悪かったので、俺は早速運命薬の効力について話を振ってみることにした。


「体調はどうだ? 頭が痛いとか気持ち悪いとかないか?」

「そういうのはないわ。強いて言えば……顔が熱くて、動悸が激しいかも」

「何だと!? そいつは大変だ! すぐに医者に診てもらわないと!」

「ちょっ! 救急車呼ばなくて良いから! これはその、不調とかじゃないっていうか……運命の人と出会って、こうなっただけっていうか」


 顔の火照りに激しい動悸。確かにこの二つは、恋をしている人間に見られる症状だ。

 ということは、つまり……


「既に運命の相手が見つかったのか!?」

「まっ、まぁ。その通りなんだけど」


 必死に照れを隠しながら、陽茉里は答える。

 そうか。陽茉里が無事運命の人と出会えたということは、実験は成功したということか。本当に良かった。

 

 俺が内心嬉し涙を流していると、陽茉里が「ねぇ」と話しかけてきた。


「私の運命の相手が誰だか、気にならないの?」

「別に。俺としては運命薬の効力が実証されただけで、満足だからな」


 正直気にならないといえば嘘になる。しかしその興味より、実験に成功した歓喜の方が勝る。

 それに陽茉里も、自分の恋について根掘り葉掘り聞かれたくないだろう。だから彼女の運命の相手を敢えて聞かないことは、双方にとってプラスである。

 そう思っていたのだが……


「……ふーん。そう」


 どういうわけか、陽茉里は途端に不機嫌になった。


「嘘吐き。運命の相手とは、絶対に結ばれるって言ったくせに」

「嘘はついていない。運命の相手は、きっとどこかでお前のことを見ていて、そしていつもと違うお前を「可愛い」と思っている筈だ」

「だったら、どこが可愛いのか教えてよ」


 陽茉里は俺を見ながら言った。そう、他ならぬ俺を。


 ……ん? どういうことだ?どうしてその質問を、運命の相手にしないんだ? 

 そんな頓珍漢なことを思ったのはほんの一瞬で。

 俺は状況をすぐに理解した。陽茉里の運命の相手は……俺だったのだ。


 ……マジで? 

 陽茉里の運命の相手が俺だなんておおよそ信じられないけれど、彼女の気持ちを疑うということは、自身の研究を疑うことと同義だ。


 そして陽茉里の運命の相手が俺だということは、必然的に俺の運命の相手が陽茉里だということを意味していた。





 昼休み。

 お弁当代わりのシリアルバーを片手に、俺は科学室に向かおうと席を立つ。


 たった1時間、されど1時間。昼休みは科学室にこもって研究に没頭するのが、俺の習慣になっている。

 だから今日も昼食を30秒たらずで済ませて、運命薬の増産に精を出そうと思っていたんだけど……教室を出る直前で、俺は陽茉里に呼び止められた。


「九郎、お昼を一緒に食べましょう」


 陽茉里の誘いに、教室がざわつく。

 昼休み俺が科学室にこもるのも、そんな俺を陽茉里が優しく見守っているのも、周知の事実だ。

 陽茉里がいきなり説教的になったとなれば、当然妙な勘繰りをする生徒も現れてくる。


「ねぇねぇ、蕨さん」


 女子生徒の一人が、陽茉里に話しかける。


「もしかして……とうとう黒井くんと付き合い始めたの?」

「いいえ。付き合っていないわよ」


 そこでやめておけば、「そうなんだぁ」でこのやり取りも終わっていたかもしれない。だけど……何を考えたのか、陽茉里が余計な一言を付け加えた。


「まだ、ね」


 含みのある言い方に、女子生徒の興味は再度惹きつけられる。


「まだってことは、これから付き合う予定ってこと?」

「んー。予定で言うと、結婚することまでは確定事項よ」

「けっ、結婚!?」


 大多数の高校生にはまるで縁のないそのワードに、男女問わずクラス中が沸く。

 ちょっと、陽茉里さん!? 何とんでもない暴露してくれちゃってんの!?


「おい、陽茉里!」


 陽茉里の暴走を止めようとするが、彼女が俺の行動を読んでいないわけがない。

 陽茉里は待ってましたと言わんばかりに、嗜虐的な笑みを浮かべた。


「どうしたのかしら、マイダーリン? 私たちが運命の相手だって言ったのは、あんたの方じゃない?」


 ぐっ! 陽茉里のやつ、俺が否定出来ないとわかった上で聞いてやがる。

 クラスメイトたちからは、「そうなのか?」という視線が注がれていた。


「それは……その通りだけどよ」


 俺からも言質をとり、教室内は更に色めき立つ。

 おい、そこの女子生徒。ウェディングソングを口ずさむな。


 昼休みが終わって、始まった5時間目の数学。

 隣の人と協力して難問を解くという課題だったのだが……隣同士の俺と陽茉里は、「よっ! 初めての共同作業!」とお決まりのからかいを受けるのだった。なんとも、いたたまれない。





 放課後、俺と陽茉里は一緒に下校していた。

 だけどそれは、運命の相手だからではない。昨日までだって、こうして二人で帰っていた。


「しかし陽茉里、今日のお前はだいぶ暴走していたな。特に昼休みの結婚宣言。当事者の俺だって驚いたぞ」

「あー、あれね。あぁ言っておけば、九郎にちょっかいかける女子もいなくなるじゃない?」

「もしかして……牽制していたのか?」

「そうだけど?」


 さも当たり前のように答える陽茉里。前言撤回。昼休みの彼女は、至って冷静な策士だったらしい。


「なんていうか、お前の恋愛に賭ける情熱が恐ろしいよ」

「恋は戦争と言うものね。恋する乙女は、誰しも勇猛果敢なソルジャーなのよ。だから好きな男には積極的になるべし!」


 陽茉里は拳で俺の胸を小突く。……やばい。ハートを撃ち抜かれちゃいそう。


「昨日までのお前とは打って変わっての積極性だから、ぶっちゃけ未だに困惑している。昼飯誘ってくることなんてなかったし、化粧だって凄え気合い入ってるし」


 ……ん?

 唐突に俺は、違和感を覚える。


「なあ、陽茉里。どうして今朝、化粧に気合いを入れたんだ?」


 俺が尋ねると、陽茉里は「はあ?」と返す。


「だからそれは、運命の人に可愛いって思われたいからよ。おかしなことかしら?」


 そう考えること自体は、おかしなことではない。だけど……


「それは時系列が違くないか? お前が赤い糸を確認して、俺を運命の人だと認識したのは、朝会った時だよな? でもその時にはもう、化粧をしていただろ?」

「それは……」


 俺の指摘に対して何か言おうとしていた陽茉里だが、すぐに口を閉ざす。

 下唇を噛んだその表情からは、「しまった」という焦りが滲み出ていた。


 陽茉里は今、必死で脳を回転させて、言い訳を考えているのだろう。しかし……どうやら何も思い浮かばなかったようで。

 ようやく彼女の口から出たのは、「ごめん」という謝罪だった。


「私、九郎に嘘ついてた。本当は赤い糸なんて、見えていないの。というか、薬を飲んですらいない」

「薬を……飲んでいない?」


 頷きながら、陽茉里は運命薬を鞄から取り出す。……彼女の言ったことは、嘘ではなかった。


「何でそんな嘘をついたんだよ? やっぱり、危ないと思ったのか?」

「そんなことないわ! 九郎の科学者の腕は、信用している!」

「じゃあ、どうして?」

「だって……こうすれば、九郎も私の好意を拒まないと思って」


 運命薬を飲み、その結果俺が運命の相手だとわかったのなら、俺はその事実をありのまま受け止めるだろう。陽茉里はそう考えた。

 現に俺は、彼女の好意を受け入れている。なんなら結婚すると宣言をしている。


「やっぱりこんなの良くないわよね。九郎を騙して手に入れた地位になんて、何の価値もない。ただただ虚しくなるだけだった。あんたは私の運命の人じゃないし、私はあんたの運命の人にはなれないのよ」

 

 俺への罪悪感と運命の人でなくなったことへの喪失感から、陽茉里は涙を流し出す。

 その姿を見た俺は……陽茉里の手から、運命薬を取り上げた。


「俺はお前の運命の人じゃない。だけどこの先もそうだとは限らないだろう? もし本当に運命の人じゃないのだとしたら、それを証明しなくては」


 俺は運命薬を口の中に放り込む。

 今から明日の朝が楽しみだ。俺の推論が正しければ、きっと俺と陽茉里の小指と小指は、運命の赤い糸で結ばれている筈だから。

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