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第8話「誰が為に戦う」



 ――コロス!


 レッドゴブリンが石斧を振り回し、魔法を唱えようとしていたブルーゴブリンの頭をかち割った。


「ゲギャ!」


 短い悲鳴をあげて、そのままゆっくりと消失していくブルーゴブリン。ブルーゴブリンと共に消えてしまったはずの魔導の杖が地面に生まれた。レッドゴブリンはそれには目もくれず次の標的を探すのだがその隙に横合いから同じレッドゴブリンに石斧で左腕を切られてしまった。


「グ」


 悲鳴を押し殺し、まるで切られていないかのようにその反応を押しとどめてすかさず反撃を。石斧で襲い掛かってきたレッドゴブリンの腕をめがけて自身の石斧を振り落ろす。切断には至らずに石斧はレッドゴブリンの右腕に食い込んだままになるのだが、引き抜く余裕もないため、石斧からは手を放し足元にあった魔導の杖でレッドゴブリンの頭を何度も殴打してとどめを刺した。


 ――ツヨクナル!


「ググ」


 荒い息を吐きながら生き残ったレッドゴブリンはその場から前に飛び跳ねる。直後その場にホワイトゴブリンの雷球が落ちた。魔法を避けられたホワイトゴブリンはうろたえながらタリスマンを握りしめて次の魔法を唱えだすが、流石に間に合わない。

 回収していた石斧で頭を勝ち割られてホワイトゴブリンはその部屋から消失した。


 ――ツギ!

「ギギャアアア!」


 左腕から血を流しながらも雄たけびを上げるレッドゴブリンが次の敵を探して別の部屋へと移動する。

 そこではブルーゴブリンとホワイトゴブリンが魔法の撃ち合いで命を削りあっている。


「グルゥッ!」


 唸り声をレッドゴブリンが上げてそこに突っ込んでいく。突然の乱入者に気付いたブルーゴブリンとホワイトゴブリンがレッドゴブリンへと魔術を向ける。全力での突進をしていたせいでその魔術を避け切れず、直撃。


 岩の弾丸と雷球がレッドゴブリンの腹に突き刺さり、体を焦がしてちぎれかけていた左腕を吹き飛ばす。

 これで普通は消失する。現にこの部屋にいたレッドゴブリンはそれで消失していた。

 ブルーゴブリンとホワイトゴブリンも当然、そう考えて再度魔術を唱えながら対峙する。

 が。


「グゥ゛」


 それはもはや獣か鬼か。

 彼は止まらない。

 動かなくなった腕にあった石斧を咥えて、足を止めずにホワイトゴブリンの首へと石斧を振りかぶった。


「ゲ!?」


 何が起こったのかもわからなかったのだろう。困惑したような顔で消失していくホワイトゴブリンに目もくれず、慌てて魔術を発動しようとしているブルーゴブリンへと駆けていく。


 ――マダダ!


 ブルーゴブリンの魔術が発動するタイミングとレッドゴブリンの石斧が首に到達するのはほぼ同時。


 2体の魔物が消失していく。

 ただ驚いた顔で消失していくブルーゴブリンとは違い、決して止まらなかったレッドゴブリンの顔は激しく歪んでいる。


 ――クソ!


 彼の心に溢れるそれは怒り。

 レッドゴブリンとしてダンジョンに生まれ、今の気持ちをいつ持つようになったのかは彼自身も理解していない。


 他のゴブリンたちと同様に遊び、極まれにやってくる冒険者に殺されては復活して、仕方がなかったと思いながらまた遊ぶ。そんな日常だった。


 ただ、マスターであるハイゴブリンがマスタールームに籠っていたことはを彼は知っていた。

 ハイゴブリンが毎日「弱いダンジョンでごめんね」と謝っていることも知っていた。

 彼の情動は最初はマスターの為に役に立ちたいという小さな気持ちだったのだろう。それが守りたいという忠誠心に変わり、いつしか守れない自身の弱さへの怒りへと変わっていった。


 そう、彼は怒っている。


 死なないダンジョンですら仲間の命を慮るマスターの優しさに。

 ポッと出てきて今までの全てを変えたボスの強さに。

 そしてそれらをひっくるめて解決する術をもっていなかった自身の弱さに。


 そう、彼は怒っているのだ。


 戦えば強くなれるとマスターから聞いた。

 ならば怒りに任せて戦うべきだと彼の本能が言う。

 強くなるのは明日ではない、今日だ。だからまだ死ねない。と、彼の体が訴える。


 ――クソ!


 何度目になるかすらわからない悪態が彼の心の中を駆け巡る。

 すぐにでも強くなるために一々死んでいる場合ではないのだ。

 だからこそ――

 消失しかけていたはずのレッドゴブリンが光を帯び始めた。


「……コレ、ハ?」


 ――彼の位階が一つあがる。


 光が収まり、レッドゴブリンは異変に気付く。

 身体が一回り大きい。

 彼の視点が高くなり、赤黒かった肌が赤茶に変わっていることは自身の手足を見れば一目瞭然。子供のような手足がたまに来る冒険者のような手足の太さのそれに代わっており。装備している武器は石斧から銅の槌に変わっていた。


 唯一変わっていないものといえば相変わらずのぼろい衣類程度だろうか。

 だが彼にとって衣類などどうでも良い。欲しいものは見栄えではなく強さなのだ。


「オレ、ツヨクナッタ?」


 自身を見つめて、槌を振り回して、だがすぐに別の部屋で戦っているダンジョン魔物たちを探しに行く。

 彼はまだ満足していない。


「モット……モット」


 彼はゴブリンハンマー。

 初心者ダンジョンとして冒険者に知られる、ここ『グリーンダンジョン』にて初めて位階があがったダンジョン魔物。

 こうして徐々に、ダンジョンは変化を遂げていく。






「ほぅ」


 初日でもう進化したか。

 ダンジョンボスのスキル『戦闘観察』でダンジョン内を見ていたが、まさかここまで早く進化して見せるとは。

 おそらく奴は我がダンジョンを見回った時に一人で石斧を振り回していた個体だろう。


「10層は加速するな」


 ゴブリンハンマーなった奴は明らかに脅威。他のゴブリンどもは一斉に奴を狙うだろう。となればゴブリンハンマーとて何体かは葬れるだろうが、そこまでだ。位階が上がったとはいえ所詮はゴブリンハンマー。まだまだすぐ死ぬ存在でしかない。ゴブリンハンマーを葬ったゴブリンはまた位階が上がりやすくなり、そうして位階があがればまたゴブリンハンマーと同等に戦って、さらに2段階目の位階へと上がっていく。


 魔物がどこまで進化できるかは各々の資質にかかっている。ダンジョン魔物も同じだと仮定してどこまであがるのか。


「あのゴブリンハンマーは伸びるかもしれんな」


 とはいえ、進化が早めに止まる可能性ももちろんある。だが、それでもあのゴブリンファイターの意思の強さには目を瞠るものがあった。


 限界など壊してしまえばいい。  

 ゴブノスケがダンジョンマスターとしての位階があがればネームドを可能になるかも、と言っていた。ネームドになったことで限界の位階を突破していく可能性もある。

 これからのダンジョンが楽しみだ。


「ほかの階層は……ふむ、まぁ順調か」


 順調に殺しあっている。

 今まで何度も冒険者に殺されてきているだけあって、死ぬこと自体に恐怖を抱いているダンジョン魔物はいない。この調子ならばゴブノスケが目覚めるころには進化しうるダンジョン魔物の位階は全て上がることになるかもしれん。


「さて、我は我で少し遊ぶか」


 いつか強者がこのダンジョンに挑んできたときのためにも、ダンジョンの魔物は多ければ多いほど良いだろう。



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