第6話「戦わなければ生き残れない」
「つまり」
現在、我とハイゴブリンはこれからの話を詳しく詰めている最中なのだが、そこで――
「――貴様は阿呆ということで良いな?」
ため息ながらも呟いてしまうのだが「い、いやー。恥ずかしいけど、そうだね!」というほとんど開き直りかのような言葉が帰ってきて抜けそうだった力がさらに抜けそうになる。
阿呆かつ能天気であることは理解したが、だからといって『ならば仕方がない』とは、ならない。
「階層数、階層内の部屋の数、生み出せるダンジョン魔物の数がどれも上限一杯でダンジョン魔物を生み出せくなったというわけだな」
まさか不殺設定が仇となってこれ以上のダンジョンの拡張が不可能になっている状態だとは夢にも思っていなかった。
ダンジョンにて強力なダンジョン魔物を生み出すには、とにかく魔物を多数生み出す必要がある。が、不殺設定のせいでダンジョン魔物の数が減らないため一度上限まで生み出してしまえばそれ以上は魔物を生み出せない。
ならば部屋数を増やしてしまえばいいと思ったのだが、それにも上限があり既にハイゴブリンのダンジョンはどちらも上限一杯でこれ以上は生み出せないことになってしまっている。
一般的なダンジョンでは冒険者が訪れれば即ちダンジョン魔物が死ぬことになる。よって魔物を生み出すために必要なダンジョンポイントがある限りは無数にダンジョン魔物を生み出すことが可能であり、こういった問題に直面することはない。
いうなれば不殺設定のせいで気にする必要のなかった制限にひっかかってしまったわけだ。
「まさか己が設けたダンジョンの設定で首を絞めているとは」
「ハハハ」
「笑っている場合ではないだろう」
「いやそれで君をダンジョンボスにできたと思えば……ね?」
「……」
確かに、ハイゴブリンがポイントの使い道を見つけられず、博打のつもりで『????』の項目にダンジョンポイントを注いできたからこそ我の封印が解けたわけだが。
ハイゴブリンのポジティブすぎる発言を受けて少しばかり閉口してしまうが、まだ疑問が残っている。
「上限を解除する方法はないのか?」
例えば新たな階層を作成することが出来ればそのすべての問題が解決するからこその我の質問だったのだがハイゴブリンは静かに首を横に振った。
「一応あるには……あるよ?」
「……ほぅ?」
実際は無理だとでも言いたげなその表情を無視して先を促す。
「……僕の位階が上がればダンジョンランクに連動して階層を増やせるようになるんだけど位階の上げ方なんて聞いたこともないし、ダンジョンメニューにもそんな項目がないし。だから無理なんだよ」
「……なに?」
あまりの発言に一瞬だが思考が止まる。
それは、ダンジョンメニューにその項目がないということに対してではない。もう一つの方。
位階の上げ方を知らない?
まさか己の位階の上げ方を知らぬ魔物がいるとは。
500年前ならば知能を持つ魔物にとっては常識だったはずだが……というところまで思考し、ハイゴブリンがダンジョンマスターという存在で一般的な魔物ではないということに思い至った。
「魔物の位階を上げる方法として最も有名ともいえる方法は――」
「……え?」
「――敵から魔力を吸収することだ。まぁ端的な言い方をするならば敵を殺しまくれ。そうすれば自然と自身の魔力が練りあがり位階の高みに到達できる」
「そ、それ本当?」
「うむ、我が封印される前であるならば常識だったぞ」
「そうなんだ! っていうことはその方法で僕の位階をあげちゃえばダンジョンの強化だって――」
目を爛々とさせて興奮しだしたのだがすぐにその動きを止めて「――あれ?」と首を傾げた。
「敵を殺しまくるって無理なんじゃない?」
「そうだな」
「なんだ……やっぱりそうだよね」
明らかに肩を落とすハイゴブリンの言葉に間違いはない。
このように冒険者が滅多に来ず、来たとしても昨日程度のレベルの冒険者。しかもそれにも勝てないとなるならば実質、ハイゴブリンの位階を上げることは不可能といっても過言ではないだろう。
手詰まりと言えば手詰まりだが、この会話で新たな別の可能性が浮かんだ。
「ダンジョン魔物を生み出して以降……ダンジョン魔物になんらかの指示を出したことはあるか?」
「……?」
何、急に? というような表情での問いかけは一切無視する。このハイゴブリンは非常に素直でもあるため、こういった時に回りくどい説明を求めてこない点はもどかしさを味わう必要がなくて楽で良い……我が魔王だった時もそうだったので、単に我が説明を苦手としているというだけかもしれんが。
「冒険者が来たら迎え撃てっていう指示くらいで、他には何にも言ってないかな」
想定通りの答えに、道が見えた。
「我の声をダンジョン魔物全員に伝えることは可能か?」
「うん、それは……大丈夫。冒険者がダンジョンにいる時は無理だけど今は誰もいないから」
「ならば伝言を頼む。内容は『仲間同士で殺しあえ』だ」
「おっけー。『殺しあえ』ね……って待った待った待った! 何を急に恐ろしいことを言い出してるの!? しかも意味不明すぎるし!」
当たり前と言えば当たり前の反応。これを言われて素直に『はいそうですか」と言えるような男ではないことはなんとなくだが理解している。というか余程の狂人でなければ嫌だというに決まっている。
「さっき言っただろう。魔物の位階は勝ち続けることで上がることが出来ると」
「それはさっき聞いたけど、だからってなんで殺し合えっていう答えに発展するのさ! 不殺っていったって痛みとかは感じるんだ……そんな意味不明なこと伝えられるわけがないよ!」
よほど我の言葉に納得がいかないのであろう。特に目の前のハイゴブリンは先日でも仲間のダンジョン魔物を庇って死にかけていたりと仲間想いといえる一面がある。かつてなく鋭い目をして口をとがらせている彼の感情はある意味で想像通りの反応だ。
「そうだな、痛みはあるだろう」
それは昨日の戦闘を見ていれば一目瞭然だ。
「だったら――」
「――だがそれでも奴らは死なぬ」
ハイゴブリンの、ダンジョンマスターとしての言葉をぶった切る。
「魔物の位階の上げ方は勝ち続けること、殺し続けることだ。ならば殺して殺して殺しあえば、ダンジョン魔物どもはいつしか位階が上がるだろう」
「ぁ」
「貴様の位階が上げられず、階層を増やせない。ダンジョン魔物の数も増やすことはできない。ならばダンジョンの魔物そのものが強くなれば良い……そう思わんか?」
「なる……ほど」
どこまで位階があがるかは魔物たち自身にもよるところがある。また、同じ魔物同士での殺し合いしかないともなれば、いつかは限界がくるだろうが、それでも可能性がある以上やる価値がある。
首を傾げながらも納得したのかと思えば「で、でも!」と言葉が続く。感情と思考が入り交ざっているのだろう。
「そんなことになったら各階層にダンジョン魔物が1体だけになっちゃう! 冒険者が来たらひとたまりも――」
「――我がいる」
「っ」
「貴様らが強くなれるまでは我が守ろう。だからこそダンジョン魔物は殺しあえ」
「そう、か……なるほど。そうだね。あの冒険者たちを一瞬で片付けた君がいるなら、やる価値はあるってことだ」
他のダンジョンで不殺設定があったとして、普通は出来ない。
冒険者が滅多に来ないこと。
来る冒険者が基本的には弱いこと。
これらの要素をすべて持っているダンジョンであることに加えて万が一に冒険者が来ても一人だけで対処できる強さを持った存在がいること。つまりこのハイゴブリンのダンジョンに、我がいるからこそできるやり方だ。
「わかった、伝えるよ。なかなかにひどい命令になっちゃうけど……うん。このままじゃダメっていうのは皆もわかってるはずだから」
「うむ。やる価値はある……どこまで位階を上げられるかは各々の才覚次第といったところだろうがな」
「ってなると!」
とハイゴブリンがどこか嬉しそうな声を上げた。
「僕もそれに参加したら位階を上げることが――」
「――無理だな。ハイゴブリンがレッドゴブリンクラスを狩りまくることで上位種を目指すのは少しばかり現実的ではない。何百体を狩って位階が上がれば早い方だろう」
「……そっか」
我の言葉に肩を落とし、明らかに元気をなくしたハイゴブリンが小さな声でぼやきだす。
「位階を上げることが出来ない僕ってダンジョンだと弱い方の魔物になるってことだね。心強いっていうか……ちょっと情けないっていうか」
「……む?」
「貴様の位階は上げられるぞ?」
「……わかってるよ。位階が上がらないなりに努力をしろって……え? だってさっき――」
「――位階を上げる方法は他にもあるぞ?」
「……え」
口を開けたままで停止するハイゴブリン。
今おそらく自身の頭の中を整理することで必死になっているのだろう。少しばかり面白い顔になっているが、そうなる気持ちもなんとなくだが理解できる。
聞いた話だとダンジョンマスターになって50年で完全に頭打ちになり、そこからダンジョンの拡張を諦めて100年間、我への封印の解除に費やしてきた。つまり100年以上、己の位階を上げることに関しては諦めていたということだ。
しかもハイゴブリンの位階が上がればダンジョンを拡張することも出来る。
我が復活して1日で全てが解決すること道を聞かされてしまえばそうなるだろう。
「……っていうことはもしかして僕の位階も上げられる?」
やっとのことで思考が復活したハイゴブリンの言葉は想定通りのもので、ゆっくりと我は頷く。
「無条件というわけにはいかんが……ある」
「どうやって!? 教えてほしい! お願いだテンマ!」
掴みかからんばかりの勢いのハイゴブリンへと我は静かに告げた。
「貴様に我からの名を授けよう」