第63話「ギルドマスターの憂鬱」
港都市マリージョア、ギルドマスタールーム。
「あのぼんくらども!」
ギルドマスターのテオドニが声に明らかな怒りを込めて叫んだ。
「何が王都の冒険者にもダンジョン討伐依頼を出しているからもう少し待て、だ!」
王都のギルドから返ってきた手紙の、あまりにも呑気すぎる内容にはその手紙を破り捨てるテオドニに、ヨハンがどこか呆れた声で「はぁ」とため息を。
「……こうなる気がしてたよ」
「っくそが! ギルドマスターになってギルド職員として縛られるべきじゃなかったぜ! さっさと討伐するなり、スタンピードが起きるかどうかの調査するなりをしねーといけねーってのに」
つい数か月前までは初心者向けダンジョンとして知られており、冒険者からしてみれば何の旨味もない素材しかなく、ひたすらに人気がなかったグリーンダンジョン。
それが今や冒険者でも超一流の金級冒険者のパーティでもダンジョンの調査に失敗するほどの難易度を誇るようになり、しかもいつ魔物の氾濫が起こるとも知れないという、危険度という意味でもあらゆるダンジョンでも群を抜くレベルへと至っている。
「こっちは既に2週間も待ってるってーの! どうせ自慢の王国認定冒険者どもが負けたからってメンツを気にしているだけだろーが!」
テオドニがダンジョンの調査に出向こうとして既に2週間。未だに彼はグリーンダンジョンへと向かうことが出来ていなかった。
理由は簡単。
ヨハンが王都へと『王国認定冒険者たちの末路とそれに伴い、テオドニが調査に向かう』という旨の便箋を特急便で送った翌日に『こちらで対策を練るから少し待て。白金級冒険者を失ってしまう可能性を考えると許可できない』という内容の便箋が送られてきたからだ。
数か月で大変革を果たしたグリーンダンジョンの状況を目の当たりにしているテオドニからすれば、その『少し』の時間すらも惜しい。今にもギルドマスターと言う立場を捨ててダンジョンへと向かおうとするような勢いでいるテオドニの諫めるようにヨハンが「利権もからんでるんだろうね」と呟いた。
「利権?」
「現状では一つのダンジョンからしか賄えていない昆虫種の魔物の甲殻。しかもダンジョンのゴブリン達からは金や銀、エルフの里にしかないと言われている希少価値の高い魔法樹の素材、冒険者からすれば金や銀よりも希少価値の高いとされる龍石の素材。最近ではどれだけあっても困らないウルフ種の毛皮もあのダンジョンでは獲れるようになっている」
「……とくれば討伐しかねない俺にダンジョンには行かせられねーって話か。スタンピードが起きたら責任も取れねー癖に金儲けだけには噛もうとしてきやがるな」
「今は日々のダンジョンを潜っている冒険者たちに出来るだけ深層に潜ってもらって情報を得るしかない。僕もスタンピードの可能性があるあのダンジョンをただ野放しには出来ないと思っているけど、あのダンジョンがこのマリージョアを賑わせ始めていることもまた事実。簡単に即討伐とは言えないぐらいに」
「……」
ヨハンの言葉に、テオドニは難しい顔をして唇をへの字に結んだ。
確かに現在のマリージョアは非常に賑わっている。
原因はもちろん、グリーンダンジョン。
先ほどヨハンが言った言葉の通りに、今では様々な貴重品を入手できるダンジョンとして名を馳せ始めたグリーンダンジョン。
マリージョアのギルドや王都のギルドからはグリーンダンジョンの最新情報を持ち帰ることがあれば報奨金も設定されていることや、グリーンダンジョンからドロップされる貴重価値の高い素材が流通し始めた今までは収入源が海産物であり良くも悪くも田舎都市でしかなかったマリージョアの経済が潤い始めていることで、冒険者だけでなく耳の早い商人などが新たな仕事を求めてこのマリージョアに引っ越しを始めていたりもする。
つまりはグリーンダンジョンの最寄り都市であるマリージョアはその恩恵をこれでもかというぐらいに受けており、それにより回り始めている経済状況は既に無視できなくなりつつある。
「だからってスタンピードが起きたら一巻の終わりだろーが。だったらグリーンダンジョンという狩場を収入源として本格的に扱う前に、一時的なものとしてこの収入を終わらせちまった方が将来的にはこの都市にもギルドにも冒険者にとっても幸せってもんだろ」
「その通り。だからその見極めは慎重に行われるべきって話さ……もちろん、僕個人としては討伐してしまった方がいいとは思うけど国やギルドがグリーンダンジョンを管理したい気持ちも理解できなくはない」
「いつ爆発するかもしれない収入源に頼り始めたら終わりだとは思うがな」
「そういう状況に陥らせないのが僕らの仕事。そのために毎日のようにあのダンジョンから帰ってきた冒険者達から異変があるかどうかを聞いているんだろ? 少なくともダンジョンの深層がより深くなって大きくなっている以上はまだスタンピードの危険性はないってことは理解しているだろう」
「まーな」
チッと舌打ちをしていつの間にか立ち上がっていた自分に気付いたらしく、テオドニは再度その腰を椅子へと落ち着ける。
「ま、冒険者たちが深層にたどり着けくなった時には誰が止めようが勝手にダンジョンに潜るが、な」
そう言って、その言葉を新たな手紙に記し始める。
「テオドニなら一人でも全て突破するんだろうね」
「ん。まー、腐っても白金級だからな。第6位階の魔物がいる程度じゃー負ける気はしねぇよ。それは王都の奴らも思ってるんだろ。だからあいつらもスタンピードが起こる直前まで待てって思ってるってことだろ……ったく、こっちの苦労を全くもって無視してやがる」
一度でも魔物の氾濫が起きてしまえばそれで何千何万という人の命が失われる。下手をすればマリージョアが滅ぶ可能性すらある。
その重圧を一人で背負わされる。
テオドニからすればたまったものではない。
「今のところグリーンダンジョンに潜った冒険者が死んだって話は全く聞かねーからあの王国認定冒険者たちが3人も死んじまったには何か別の理由があるとみて良さそうなもんだが……あのオドラクって奴は未だに目を覚まさないんだろ?」
「うん、そう見たいだね。正確には時々目を覚ましてるけどまだ聞き取りは出来ない状態らしい。やっと重篤な状態から抜け出したって段階」
「俺がダンジョンに行くのがはえーか、あいるが目を覚まして詳しい話を聞くのがはえーか……いずれにしてもグリーンダンジョンの異変は一つも見逃せねーな」
はぁ、と大きなため息を一つ。
「……ごめん」
「あん?」
「せめて僕もお前と一緒に行けたら」
「よせ、それはいいっこなしだ。それに金級の勇者が何人も負けてるんだ。勇者じゃない金級冒険者のお前がいても仕方がねーだろ」
「……そう、だな。それはわかってるんだけど」
珍しいテオドニの正論にヨハンが珍しく言いよどむ。
そのヨハンの俯いた顔を知ってか知らずか、テオドニは「ま」と笑う。
「グリーンダンジョンは幸いなことに不殺ダンジョンだ。冒険者たちも気楽に潜れるからこその人気もあるだろ。この調子でもっと多数の冒険者があそこに潜ればいつでもダンジョンの異変には気付けるだろうからそんなに心配する必要はねぇ」
「……ああ」
「お前はとにかくこのギルドを支えることとあのダンジョンが安全となった時に俺と潜る準備だけでもしといれくれ」
「ああ!」
彼ら幼馴染がお互いの手を強く握りしめて笑顔を向ける中、ギルド職員が扉を開ける。
「あ! し、失礼しました!」
慌てて出ていく職員の背中に、二人が首を傾げるのだが、もちろん二人は知らない。
テオドニとヨハンの関係のまことしやかな――テオドニが結婚をいしてない本当の理由である――噂が確信のそれとしてギルド職員中に伝わることを。
兎にも角にも。
こうしてグリーンダンジョンは一気にダンジョンの中でも圧倒的な人気を誇るようになっていく。それに伴い冒険者をダンジョンで殺すことで手に入るダンジョンポイントをダンジョンの拡充に注ぎ、その人気に比例するようにダンジョンは加速度的に拡充していく。
様々な希少品。
王都やマリージョアのギルドからの調査支援。
そしてなによりも死なないダンジョンという安心感。
グリーンダンジョンが主、ゴブノスケの目的の達成はもう目の前にまで来ていた。




