第62話「勇者システム」
3人の勇者が死亡した。
その情報をオドラクが持ち帰り、国に激震が走ったその後。
人族へと『女神の祝福』が降り注ぐ。
オドラクが情報を持ち帰った段階では本当は3人の勇者が生きていたため『女神の祝福』が降り注ぐことになったのは、3人の勇者が死んだその時。正確にはオドラクが情報を持ち帰って約一か月後となった。
女神の祝福とは何か。そもそも勇者とはどういったシステムか。
200年前にダンジョンシステムが生まれ、それから徐々に勇者が生まれ150年前に勇者は数を揃えて54名に至った。その内、人族領にて勇者となった人数は26人。
基本的には勇者スキルはその勇者の直系子孫の一人へと受け継がれていくのだが、もちろん不慮の事故や病気によって子孫を残すことが出来ずに死んでしまう勇者も存在している。話を人族に限定するとして、そんな繁殖力がある代わりとして寿命が短く、すぐに死ぬことで有名な人族が26人の勇者を150年間維持し続けることが出来ていることには理由がある。
理由と言ってもそれは非常に簡単なことで、それが『女神の祝福』だ。
勇者スキルが行き場を失い、その勇者だった人物とは縁もゆかりもなく、ただ勇者としての適性がある人物が選ばれる。
勇者スキルの適性がどこにあるのか、何にあるのか。適正に関しては現在も研究されてはいるものの、ほとんどその研究は進んでおらず解明の糸口すらも長年見つかっていない。
人族からしてみれば完全なるランダムでしかないため、人族は自分たちを司る女神が選定しているのではないかという信仰心を以て『女神の祝福』と呼んでいる。
『女神の祝福』に神託が降りるわけでもない。実際に祝福を受けた人間にしかそれを感じ取ることはできないものであり、稀に勇者を自称する人間も現れる。が、結局は勇者スキルを受け継いだ人間はその身体能力やスキルが群を抜いているため本物かどうかはすぐにばれることとなる。また、王国でも勇者を詐称するものには厳罰が下されるため現在ではそういった自称をする人間はいないとされている。
さて、王国認定冒険者のコーディ、シャノン、マドリンはそれぞれまだ若く子孫がいない。
つまり『女神の祝福』が降り注ぐことになった。
それは偶然か、それとも本当に女神の手によるものか。3人が命を失ったことにより降り注がれる祝福は一つのパーティへと集中することとなった。対象のパーティはまだまだ初心者の冒険者である木級冒険者3人と銅級冒険者一人の4人で構成されているパーティ。場所は王都キャルトンと港都市マリージョアを繋ぐ街道。そのほぼ中間地点に存在するダンジョンから、彼らが拠点としている港都市マリージョアへと帰還する途中だった。
「なんだ、これ」
短い黒髪と黒い瞳を持った少年が戸惑いの声を上げたかと思えば、その太い眉を顰めて歩みを止める。
「どうしたグラム」
真っ先に気付いた男はスキンヘッドで強面という、非常に覚えやすい見た目をしている冒険者のザッカス。慌てて駆け寄ろうとしていたザッカスだったがすぐにグラム以外の2人にも異常が発生していることに気付いた。
「……体が、熱い?」
肩にまでかかる茶髪をしている少年が無表情で、だが確かに苦し気に呻き。
「なんなの、これ」
桃色がかったその長い髪を後ろで一括りにしている少女もまた熱にうなされたように朧げな声を漏らす。
「お、おいおい。イレイブもマアルも、か? くそ、どうしちまったんだお前ら。なんか変なもんでも俺に隠れて食ったんじゃねぇだろうな、俺は医者じゃねぇぞ!?」
「い、いや」
「そんなこと」
「して……な」
そのまま崩れ落ちるようにして意識を失った3人が地面に倒れ込む。それを慌てて受け止めることにしたザッカスが「なんだってんだ」と小声で呟く。
「熱はあるようだが呼吸は落ち着いてるし、問題はねぇのか?」
赤い顔で気を失っているというよりも眠っているという表現の方が正しいであろう3人の様子に安堵の息を漏らしてからゆっくりと脇道に3人を寝かしつける。
「まだはえぇが野営の準備でも始めておくか」
陽はまだ高い。
だがこの状態で目を覚ましてもすぐには動けないだろうと悟ったザッカスが「心配させやがって」と、穏やかな笑みを浮かべて背荷物を地に下ろす。
3人の若者に冒険者としての指南役を「どうしても」と頼まれ4人でパーティを組んでから初のダンジョンへの挑戦。
挑んだダンジョンは木級冒険者の3人が挑むには少し早く、銅級冒険者のザッカスが挑むには簡単ともいえるダンジョン。いわゆる初級者向けとされているダンジョンだった。あらゆるダンジョン魔物が存在しており、ある程度の罠もあり冒険者として様々な基本を学ぶことが出来るそのダンジョンに挑んだ4人……というよりもザッカス以外の3人は見事な成果を上げていた。
――こいつらは伸びるだろうなぁ。
今まで何人もの冒険者に追い抜かれ続けてきたザッカスが穏やかな表情を崩すことなく一人でため息を吐き出す。
生きるか死ぬかという中で恐怖を覚えつつも恐怖に呑まれない心の強さはおそらく彼らが田舎で狩猟を繰り返し生きてきたことで得たものだろう。
狩猟をしていた影響なのか注意力も高い。ダンジョンに潜ってまだ2度目という彼らは。罠の発見も途中から彼らだけで出来ることが増え始めた。
まだまだ弱い彼らだがそれはまだまだこれからの話だ。
「……銀級までは届いてもおかしくねぇな」
金級からは勇者、もしくは天才と呼ばれる人種の領分となる。そこまでの才能があるかどうかはザッカスではわからない。だが自身よりも才能に溢れているかどうかはわかる。
まだ木級冒険者であり、15歳でしかない若人たちが銅級にまで上がりザッカスよりも優れた冒険者になるには時間がかかるだろう。だが、そこに至るまでにもっと彼らに相応しい冒険者を仲間にしなければ難易度の高いダンジョンには挑むことが出来ない。
それを考えると彼らが石級に上がった段階で彼らにとって相応しい冒険者を探すべき。
――ま、こいつらなら数年もあれば俺は不要になるだろ。
やるせない気持ちになるであろうその感情を心の奥底へとしまいこむみ、ザッカスは3人を看病するために野営の準備を始めるのだった。
まだ若い少年たちの未来を伸ばすために、そしてそれ以上に生きていくために。
ザッカスは一人で歩き始めている。
今、彼の目の前で眠っている若い才能たちが勇者の力に目覚めるまであと半日といったところ。
自分が及ばない力強い才能。それが更なる才能へと開花する瞬間を目の前で見なければならないザッカスにまだまだ試練は続く。




