第61話「聖女」
港都市マリージョアにて。
「……はー?」
ギルドマスターの部屋でその報告を受け取ったテオドニが戸惑いの声を漏らした。
「ガセでもなく噂でもなく紛れもない事実のようだね。さっき王国認定冒険者の一人、オドラクが死にかけの状態で、たまたまグリーンダンジョンに潜っていた冒険者たちに連れて帰ってこられた。その時に任務の失敗をうわごとのように呟いていたって……今は緊急治療を受けているみたいだ」
「死にかけの状態だぁ?」
同室にいたヨハンの言葉を聞いても尚怪訝な顔は変わらない。
「おいおい、他の3人はどうした? んで、あいつら4人パーティだったろ。なんで一人だけで帰って来てしかも死にかけてんだ? グリーンダンジョンに行っただけだろ。勇者を殺すような野盗にでもあったってか? あの平和な森林地帯で?」
テオドニが怪訝な顔で疑問を口にする。
そもそもグリーンダンジョンで死ぬということがありえない。理由は単純に不殺のダンジョンだから。
それでは勇者たちを殺すような大規模な野盗が現れたか、それもまたありえない話だ。そもそも勇者4人の冒険者パーティを殺せるような盗賊などいないし、グリーンダンジョンからマリージョアに返ってくるまでの森林地帯『マリージョアフォレスト』に盗賊が出たという事例も存在しなかったし、その予兆の一切もなかった。
そう、つまりはあり得ない話で、テオドニが疑問符を浮かべたままであることは当然と言える。
「これはつまり、王都に討伐以来を出す必要が出たってわけだ……ついでに俺の出番ってことだな」
つい数日前まではヨハンと一緒にグリーンダンジョンに向かうことを楽しみにしていたテオドニとは相反する声色で彼は言葉をいた。
理由は明白だった。
「あぁ……けれど、テオドニ。俺は――」
「――わかってる」
申し訳なさそうに口を開いたヨハンの言葉を遮ってテオドニが言う。
「妻子が大事だから冒険者を辞めたお前に一緒に行こうなんて言うほど弱くねぇよ俺は」
「……ごめん」
「よせ、謝るな」
素直に頭を下げるヨハン。
ヨハンと言う人間はここマリージョアの副ギルドマスターであり、全ての人間に優しいことで有名な人物だ。事務仕事も進んで行い、テオドニが怠けがちだと率先してそれを叱って仕事をさせる人格者。
だが、とテオドニは思う。
本来のヨハンはそうではないことをテオドニは知っている。
ヨハンこそが横暴で、直情的で、自信よりも自分勝手な人間だったことをテオドニは知っているのだ。
妻が出来て、子が出来て、冒険よりも大切なものができてしまったヨハンは本来の自分を隠しているに過ぎない。
だからこそ冒険に連れていき、本来の彼を開放してやりたいテオドニだった。二人だけの空間で、死ぬ心配がないダンジョンで、それならば本来のヨハンを引き出し溜まっているストレスを全てさらけ出してやりたいとテオドニは思っていた。
――だからこそ冒険に連れて行きたかったんだがな。
.
少なくとも今はかなわない。
――だが。
と、同時にテオドニは考える。
――なら、俺が全部を解明しちまえばいいってだけの話だ。
王国認定冒険者のパーティが失敗した。
現状ではダンジョンがどうなっているのか、それの全貌は完全に不明だ。
だが、それがどうしたというのか。
なにせテオドニはマリージョアのギルドマスターにして、現役最高峰の白金級冒険者の一人。たかが金級冒険者4人のパーティとは比べるまでもない実力を持っている冒険者なのだから。
それら全ての感情をひっくるめて、テオドニは言う。
「ヨハン、待ってろ。俺があのダンジョンを調べてきてやる」
それは元冒険者仲間のストレスを開放してやりたいという彼の気持ち。
そして、何よりも彼自身がヨハンの本来の姿を見たいという気持ち。
「……頼む」
ヨハンの言葉を背に、勇者でも限られたスキルを持つ者にしか成りあがることができないとされている白金級冒険者が、遂に動く。
つい数季前までは初心者向けダンジョンとして知れ渡っていたダンジョンを調べるため、あるいは討伐するために。
そして、それと同時にヨハンは動き出す。
封をしたためて、マリージョアで揺るぎない最強の人物へとこのことを知らせるために。
テオドニが動き始めて、これは割とすぐの話だ。
ヨハンが送った情報が最優先事項として即急に王都の冒険者ギルドへと届けられることとなると同時にヨハンは港都市マリージョアにあるもう一つの組織へと便を送っていた。女神ディアンを信仰することを是とするディアン教会、その本部にいる聖女へと。
港都市マリージョアにはディアン教会本部が設置されており、そこには教皇や聖女が暮らしている。
そのため港都市マリージョアにはディアン教信者も多数暮らしているのだがそれはさておくとして。
ディアン教会における最高権力者の一人である聖女へと一通の便が、マリージョアにおけるギルドの副ギルドマスターから送られたことで、聖女の周りが騒がしいことになっていた。
「この手紙は聖女様へと届けるべきだ!」
「何をいうか! ギルドの粗暴者のごとき手紙など聖女様へと届けるべきではない!」
「聖女様は自身への情報統制をひどく嫌っておられるではないか!」
「それでも要不要を検めることが我らの仕事だろう!」
喧々諤々。
王の権力から独立している彼らはギルドという暴力からも独立している。
その手紙一通すらをも聖女へと届けるか否かを議論している人間たちも確かに存在しており、これまでの聖女であればある程度それも許されていたのだが、今代の聖女は少し……いや随分と違っている。
「私も入れてくれる?」
と、会議室の扉を乱暴に開けて入ってきた人物こそが聖女チェルシー・ナスタシアその人。
「せ、聖女様!」
「こんなところへ!?」
一斉に床へとひざまずく彼らを無視して机上の手紙を手に取り「これは?」とひざまずく彼らを睥睨する。途端に顔を青くさせてしどろもどろになる人間へと「次私に隠そうとしたら、あなた解雇するから」
「っ! は、申し訳ございませんでした!」
チェルシーはやるといったことは必ずやる人間だ。
顔を青くさせるその人物を無視してチェルシーは便を粗野に開けた。
「……へぇ、これはまた随分と面白いことになっているわね」
この日、この時。
「面白そう。次の禊が終わったらギルドへと向かうわ。スケジュールに入れておいてね?」
「はっ! 聖女様の仰せのままに!」
遂にグリーンダンジョンは知られることとなる。
過去、テンマを封印した勇者が一人の聖女。
その直系子孫にあたるチェルシー。
人族最強……いや、生物最強の三柱が一角と称される人物に。




