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第60話「3人の地獄」



「ひっ……ひぃ」


 どうしてこうなった。

 その言葉を飲み込んでコーディは息を整える。


 今、彼はグリーンダンジョンのとある階層にいた。


 最初の部屋にいた第4位階のゴブリンと第3位階のアントたちをどうにか一人で片付けたコーディだったがその姿は既に満身創痍。彼自慢の剛力を活かすための片腕は既に肘から先がなくなり、右腕もまだつながっていることが不思議とも思えるほどにボロボロ。

 全身も傷だらけで次の部屋でダンジョン魔物に遭遇すれば死は免れないだろうことが簡単に予想できた。

 ゴールド級冒険者として最高峰の地位にいたと言っても過言ではない彼だがこうなってしまえばそれももう関係がない。


 ――とにかく、どうあがいてもこの階層を突破するんだ。そうすればこのグリーンダンジョンから解放されて、あの悪魔のような魔族の男からも解放される!

 

 己に言い聞かせるように既にボロボロの身体に鞭を打って立ち上がる。

 アントから落とされた装備品を服に忍ばせて防具にし、ゴブリンから落とされた防具を身に着ける。

 ほんのわずかな可能性にすがりながらも歩き出したコーディだったが、いつの間にかそこを巡回していたゴブリンナイトとキャプテンアントの一体ずつが立ちはだかっていた。


「くっ」


 見つかってしまった焦りと、だが先ほどまでは部屋に8体いたことに比べたらまだ可能性のある数だという希望。

 半ば相反するような感情を抱えてコーディはボロボロの右腕を振り上げてその二体へ走り寄る。

 普段ならば腕一本があればその『剛力』で片付けることが出来ていたかもしれないが、所詮コーディの強みはその剛力のみ。

 今の彼では第4位階のゴブリンナイトと第3位階のキャプテンアントにすら敵わない。

 防具ごとアントの蟻酸に溶かされ、足が止まったところをゴブリンナイトの剣が半ばちぎれかけていた右腕を切り裂いた。大量の血液がゴブリンナイトの鎧を赤く染め上げる。コーディからすればその血化粧を気に留める余裕などあるあずがない。


「ぎゃああああ!」


 半ばちぎれていた腕ではあっても痛覚は未だに麻痺していないらしく、怒声に近い悲鳴を上げるコーディの足へとキャプテンアントが食らいつく。膝下からを噛みちぎり、その足からもまた大量の血液が噴出してキャプテンアントの甲殻を赤に染める。


「たす、助けてくれえええええ!」


 どうにかしてこの階層を突破したいというその目的を見失い、もはや痛みから逃れることしか考えることが出来なくなる。

 ただし、もがこうにも既に四肢は左足しか残っていない。

 どうにか左足だけで立ち上がろうと力を入れるのだがその足を、ゴブリンナイトが地面に縫い付けるようにして足の甲から突き刺した。


「ぎぃぃぃ!」


 最早人間の悲鳴ではない。

 遂には体を芋虫のようにくねらせることしかできなくなった。

 そんなコーディーに、ゴブリンナイトの剣先がコーディの胸を突き刺し、キャプテンアントの蟻酸がその身体を溶かす。


「う゛……あ゛」


 不死族でしかない声を漏らし、そして、絶命した。

 ダンジョンから消え去るコーディの側で、ゴブリンナイトとキャプテンアントの身体が光に包まれる。


 その階層の最初の部屋。

 そこを強い光が包み込み、光が消え去った時には2体の姿が変わっていた。

 第5位階のゴブリンヘビィナイト。全身を魔力が込められた銀製の武器と甲冑で身を包み、対物理に加えて対魔術にも高い耐性を得たゴブリン。既に体の大きさは一般的な人族の冒険者のそれと変わらず、非常に力強い。


 そしてその隣にいるアント種は第4位階のカーネルアント。

 全長が人間を超え、体高も人間の胸程度にまで大きい。女王種だった同位階のプリンセスアントに比べて甲殻に流れている魔術耐性は低いものの脚が太くその分素早く動くことが出来ることが想定できる。


 今まで進化に伸び悩んでいたゴブリン達がここに来ていきなり進化を果たす。

 第4位階と第3位階のダンジョン魔物が勇者の力をもったコーディを殺したことにより膨大な経験値や魔力を得ることが出来た結果だ。

 この進化をきっかけに、この階層の魔物たちは一気に進化の速度を上げる。

 






 さて、先ほどの話が元20階層、現40階層の話だとして。

 ところ変わって元11階層から19階層。現在では31階層から39階層の話。


「きゃあああああ」


 37階層にて、シャノンが悲鳴を上げていた。

 テンマからコーディに課せられた試練は現40階層の突破だとするならばシャノンとマドリンに課せられた試練は31階層から39階層までの突破だった。


「……いい加減にしてシャノン」

「なんですって?」

「私の魔力ももうない。これからはシャノンに頑張ってもらわないといけない。一々私を盾にしようとしないで」

「っ! 魔物使役が出来さえすれば!」


 悔し気に服の裾を握りしめるシャノンに、マドリンは冷たい目を向ける。


「やればいい」

「出来るわけないでしょう! やってしまえば次はあの魔族の男にどんな目にあわされるか!」


 外でその魔族の男――テンマに髪を抜かれ、歯を折られ、舌を抜かれて四肢をもがれて、体中の骨を粉砕させられて、それでも死ぬ瞬間にはダンジョンに放り込まれて死ぬことすら許されない。

 逆らおうにもテンマが強すぎて歯が立たない。

 使役していた魔物もテンマにより野へと還っていった。

 今のシャノンはゴールド級冒険者と呼べるほどの人物ではない。また、隣にいるマドリンも魔術を放つ魔力がなければ何もできない。

 勇者スキルを受け継ぎ、それにかまけてきた彼女たちからすればスキルに頼る以外の戦い方など知らず、出来ることなどないに等しい状況だった。


「けれど、ここで死んだら外で復活することになるわ」

「……っ」


 二人がそれを想像しただけで顔を青くさせる。

 外に出て復活すればまたテンマに捕まり、恐怖を体に刻み付けられることとなる。

 だが、魔物使役を使用すればそれこそテンマの逆鱗に触れることになることもシャノンは理解していた。


「いいわ、私が前衛をするからあなたも後ろから援護しなさい」

「うん」


 ゴブリンしかいない元11階層から19階層の突破を言い渡された時は喜んだ二人だが、結局は状況は絶望的。

 そのことを理解している二人だが、それでも進まずにはいられない。

 なにせ突破をすれば解放されるという希望が目の前に一筋の光として照らされているのだから。

 だが、というか当然というべきか。

 彼女たちの希望はすぐさま閉じられる。


「っ!?」

「うそ」


 次の部屋に進んだ二人を待ち受けるは、彼女たちをこの部屋で殺そうと待ち構えていた8体のゴブリンたち。これまでは4体だったからここまで進めていたのだがもうこうなってしまえばスキルの使用を禁じられているシャノンとスキルを使用しようにも魔力残存が0のマドリンではいかんともしがたかった。


 それこそテンマにやられたことと同様に、いやそれ以上に痛めつけられることとなる。

 目をくり抜かれ、四肢を稚拙で乱暴な力で、だが確実にゆっくりとちぎられる様はまさに地獄絵図。

 そうして二人が死んだとき、一体のゴブリンが第5位階のゴブリン、カースドゴブリンへと進化を果たしていた。

 背丈は一般的な冒険者のそれと変わらないが、全身を青のローブで覆い、その手には龍石と魔法樹からなる杖を手にしているその姿は一般的な魔術師では比べるべくもない大量の魔力をその身に擁している。

 ゆっくりと、だが確実に。

 ゴブノスケと共に生きてきたゴブリン達がさらなる進化を果たしていく。

 





 

 挑んでも挑んでも突破できない日々。

 自分たちが死ぬにつれて強くなる魔物。  

 地獄のような痛みを味合わされて、自分たちでは敵わないと体感させられて。

 彼らは希望を失い絶望に染まり、そして最後にはテンマの宣言通りに殺してくれと懇願するようになる。


 彼らが死に救いを求め始めるまで、数日か一週間かはたまた一か月か……大した時間はかからない。 


 

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