第59話「得たモノとこれからと」
「いやー。すごいよ、テンマ! 昨日の冒険者たちでなんと! ダンジョンポイントが77万になったよ!」
「ほぅ? 昨晩の冒険者たちの分か?」
「うん!」
ホクホク顔で笑うゴブノスケがいかにも嬉しそうでいて、幸せであるような雰囲気が前面に出ている。
大げさな奴だと思う反面、そういえば100年以上もの間ダンジョンポイントの全てを我の復活のために捧げてきたということを思い出す。長い間一万ポイントという数字すら見てこなかったことを鑑みると、これだけのダンジョンポイントがたまることが実際に嬉しくて仕方がないということも理解できる。
「よし! まずは60万ぐらい使っちゃって40階層まで作ろうと思うけど、何か別の案ある?」
「……いや、貴様の好きなようにしてくれて構わないが何かやりたいことがあるのか?」
「それはだって、せっかくウルフ種も第4位階まで配置できるようになったんだからさ、それもやりたくない?」
「賛成だ」
我がゴブノスケに相談したいと思っていたことを、ゴブノスケも同じ感覚で思いついていたらしい。
「よかった! ゴブリン種の僕、オーガ種のラセツ、アント種のアンコちゃん、それにいきなり第4位階のアイスウルフも仲間になったんだから色んなダンジョン魔物がいる方が楽しいと思うんだよね」
「ほほぅ、貴様も遊び心というものがわかってきたではないか」
「いやぁ、おかげさまで」
あっはっはと上機嫌に笑うゴブノスケに「ふむ」と我も頷いてから「それで? 配置はどうするつもりだ?」
「あ、うん。今のダンジョンポイントだと全部を一気に行うのは難しい今の20階層までのダンジョン魔物をそのまま21階層から40階層まで配置して、1階層から20階層までをウルフ種の魔物で埋め尽くそうかなって思ってる」
「アント種はアンコに頼むことにするのか?」
ダンジョンの強化を図るのであれば当然のことだ。我としては当たり前の質問だったのだが、ゴブノスケは首を横にふる。
「ううん、今回はあんまり頼まないでおこうかなって」
「あんまり?」
「そう、必要になったらお願いはするけど出来るだけは自分のダンジョンシステムでダンジョンを作成していこうかなって思ってるんだ」
「なぜだ?」
当然ともいえる我の問いに、ゴブノスケの目元が垂れる。
まるで少し恥ずかし気ですらあるその表情に我もまた首を傾げて、その様子がゴブノスケにとっても可笑しかったらしく笑顔を浮かべながら、だが少し遠い目で口を開いた。
「いやー、一応ここはゴブリンのダンジョンだからさ。1階層から40階層まで全部にアントがいるっていうのも変な話じゃない? あくまでも僕と一緒に戦ってくれたゴブリンの皆を主役にしたいんだよね」
「ゴブリンを主役に?」
「うん、ここはゴブリンのダンジョンとして始まったダンジョンだから」
……なるほど?
それはゴブノスケからしてみれば確かにそうかもしれない。
100年間……いや、このダンジョンが出来上がった当初から考えると150年もの間ゴブノスケと10階層までのゴブリン達のみで生き延びてきた。
言っていることは理解できる。
だが。
「それは貴様の誇りの話か?」
昨日の冒険者たちを追い払ったことで更なる強者がやってくる。
我としては楽しみだが、これからは個々の強者ではなく数の暴力で来る可能性もある。
そんな時に誇りなどを大事にする意味を、我としてはあまり理解することが出来ない。
結局、力のない誇りなど昨日のアンコのように蹂躙されて終わるだけだからだ。
そういった意味の我の問いに、ゴブノスケはまた首を横に。
「誇りっていうか……僕のダンジョンマスターとしての目的の話かな?」
「目的?」
ゴブノスケから初めて口に出された『目的』という言葉で、ゴブノスケの目に力強い意志が込められていることに気付いた。
「僕はダンジョンマスターとしてゴブリンのダンジョンを一番人気があるダンジョンにしたいんだよね」
「一番人気……だと?」
「今一番人気があるダンジョンは魔族領にあるヴァンパイア種がダンジョンマスターの不死族ダンジョン。それ以外では人気なのはゴーレム種とかウルフ種とかのダンジョンばっかりでゴブリンのダンジョンなんて誰も目もくれないんだ」
――だから僕はゴブリンのダンジョンとして一番人気があるダンジョンを作りたい。
「……そうか」
ゴブノスケが眠った時に起きたら聞きたいと思っていたゴブノスケのダンジョンマスターとしての目的。
はからずしもそれを聞くことが出来た。
つまり、ゴブノスケとしてはゴブリンのダンジョンとしてこのダンジョンを強くさせなければ意味がないということだ。
「それは理解したが、ならば最初の20階層までのダンジョン魔物はゴブリンの方が良いのではないか?」
「うん、だからアイスウルフが来るまではそのつもりだったし最終的にはそうしたいと思ってるよ? 僕の理想は20階層までゴブリン、40階層までウルフ、60階層までアント、80階層までで別の魔物。で、100階層までで今のゴブリン達が理想かな。きっと細かいところの変化はあると思うから、ざっくりとした理想……というか想像だけどね」
ゴブノスケからの具体的な案に、我としては舌を巻く。
正直なところ、まさかそこまで考えているとは思っていなかった。
「そうか……貴様なりに細かいところまで考えていたのだな」
「まぁ、僕もダンジョンマスターだしさ」
なぜか照れたように頬をかくゴブノスケから視線を外す。
ゴブノスケの目的、ゴブリンのダンジョンを一番人気のあるダンジョンにすると考えるようになった理由も若干気になるといえば気になるが、それを聞いてしまうとゆっくりと昔話に花を咲かせることになる。それは蛇足というものだろう。
蛇足はまた別の機会で良い。
今はダンジョンの強化の話を優先するべきだ。
「貴様がその腹積もりでいることは理解した。ならば我としては言うことは特にない。貴様が今の11階層から20階層までいるゴブリン達を最終階層に置くという想定でいるのならば我としても問題がない」
「……ん? テンマも以前にあいつらは伸びるから最終階層にしとけって言ってなかった?」
その問いに、今から行う実験が楽しみで我の頬が緩む。
「ああ。そうだな」
と答え、それから少しばかり不思議そうな目をしているゴブノスケの目をしっかりと見て告げる。
「そしてこれからそれが実現することになるぞ」
「えっと……これから?」
「うむ、これから、だ。無論、実験が成功すればの話だがな。まぁ、細かいことは気にせずに40階層まで作ってしまえ。我は我でやりたいようにやる」
実験が成功すればとは言ったが我としてはこの実験が成功するであろうということは確信しており、これから起こす実験に、なかなかの胸の高鳴りを感じている。
「そうだな。階層を作り終えて、11階層以降のゴブリンの移動を最優先にしてくれるか? 流石に実験というだけあって一日程度で成果が見込めるとは思えんからな」
「……うわー、悪い顔してるねぇ」
「ふむ、そうか?」
実験が楽しみで悪い顔、か。
どんどん研究者気質になっていっているのかもしれんとどうでも良い思考が脳裏を過る。
「さぁ、さっさとやるが良い」
と、そこで一つだけ伝え忘れがあることを思い出した。
「階層を作ったらウルフ種の魔物の配置に関してだが、ダンジョンポイントを節約などと考える必要はないぞ?」
「え、どうして? そりゃ毎日5万ポイント入るし、今も1階層で冒険者が何人か死んだりしてるけどそれでも20階層分って考えたらなかなかポイントもたまらないと思うんだけど」
「ふっふっふ、それもしっかりと解決できる。安心するが良い」
「……まぁ、テンマがそういうならわかったけど、あんまりは待たないよ?」
「うむ、それで構わん。数日いや、一日もしない内に貴様にも我が何をしているかわかるだろうしな」
ふむ、楽しみだ。




