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第5話「油断は命取り」



「んん……うわーよく寝た!」


 ハイゴブリンが岩のベッドで目を覚ました。ここはマスタールーム。ダンジョンマスターとダンジョンボスのみが入ることが出来る部屋だ。


「こんなにも寝たのは久しぶりだなぁ」


 ぼんやりとした口調で、だが嬉しそうに呟くハイゴブリン。

 なにせ彼がダンジョンマスターとなってから初めての冒険者の討伐だ。


 半ばあきらめながら100年以上もの間、毎日毎日自身の魔力をDPをダンジョンメューの『???』に注ぎ込んできて、テンマが復活。ハイゴブリンである彼からすれば100年間、毎日ダンジョンポイントを注ぎ込んだ結果が一人の魔族が出ただけという、残念な結果に終わったかと思えば今までダンジョンとして一度も成し遂げたことがなかった冒険者の討伐を遂に果たした。


 完全に停滞していたダンジョンに一筋の光が差したのだ。

 これまでの不安が一気に弾けた瞬間だったのだろう。


「今日はもうダンジョンポイントで酒でも飲んで遊ぶしかないんじゃない!?」


 もはや完全に浮かれ気分の独り言を漏らすハイゴブリンだったが「貴様は阿呆か」という背後から

の言葉で振り向いた。


「あ、テンマ。酒でも――」

「――座れ」

「え? あ……うん」


 ハイゴブリンとは対照的な重い雰囲気でテンマは話を続ける。


「貴様も含めて、ここのゴブリンは能天気が過ぎる」

「え……そうかな? でもほら、テンマがダンジョンボスになってくれたんだし、これから先は冒険者がやってきても返り討ちにできるでしょ? どうせうちのダンジョンにはあれより強い冒険者なんて来ないし。今までもこれでやってこれたんだし」


 なぜか照れたように笑うハイゴブリンに「やれやれ」と小さなため息を一つ。


「貴様は少し楽観的過ぎる」

「楽観的……かなぁ?」

「貴様が死ねば我もダンジョン魔物も死ぬという状況で、全てを我一人に押し付けるか?」

「うっ」


 おそらくは本当に何も考えていなかったのだろう。ハイゴブリンが胸を抑えた。


「我の封印が解けてから500年。今がどういう情勢かは知らんが我にも匹敵する冒険者が二人現れたら、もう終わってしまうぞ」

「で、でもそんな強い冒険者はきっとうちのダンジョンには――」

「――保証はあるのか?


「……っ」


「これまでが大丈夫だったからこれから先も冒険者は貴様を殺さないという保証があるのか?」

「……ない、ね」

「さらにいうならば昨日初めて冒険者を殺したこのダンジョンがこれまでと同じだという可能性は高いのか?」


「……」


「一度失えば終わる命を、貴様は何の保証もない安全を信じて、いざ失うとなっても後悔しないというのか? 貴様が死ねばダンジョン魔物も我も全部死ぬ。それでも貴様はどうにかなるだろうという楽観的な世界で生きるのか?」

「…………」


 もはや言葉を発さなくなったハイゴブリンに、テンマは変わらずに言葉を続けていく。


「昨日までならダンジョンボスの部屋には貴様と貴様が選んだゴブリン4体がいたが、今日からボス部屋には我と貴様の二人で戦うことになる。言っておくが、我は誰かを守りながら戦うことが出来るほど器用ではないぞ?」


 このテンマの言葉は嘘ではない。


 歴代最強と謡われ、神をも打倒してきた過去を持る彼だが、彼の能力は戦うことに特化しており、搦め手――例えば部屋に毒を蔓延させるなど――を使われてしまえば彼自身は全く問題ないとしても毒状態になったハイゴブリンを救う手段を彼は持ち合わせていない……それをさせるほどの隙がテンマにあるかどうかはまた別の問題ではあるが、実際にことが起きてしまっては取り返しがつかないこともまた事実でもある。


「……」


 ハイゴブリンは完全に黙り込み、なんならいつの間にか正座すらしていたのだが若干の沈黙の後、顔を上げた。


「良いわけがなかった。ごめん。ダンジョンを作り始めた時の気持ちを忘れていたよ」


 今までの間の抜けた表情が先ほどまでとは一転。どこか深刻さすら伺わせる表情のハイゴブリンに、テンマがフと気付いた。


「何か問題があるのか?」

「……うん」


 ハイゴブリンがどこか申し訳なさそうに頷いたのだった。






 冒険者ギルド。

 ダンジョンの数が国で管理されるようになり、ダンジョンへの出入りを管理する必要が出たことから設立された組織。始まりはその程度だったが今ではそれ以外にも国や都市、はては個人まで手の届かないところからの依頼までもが行きかう巨大組織にまで成長している。


 各国の王都はもちろん、各国主要都市にまで支部が存在している。

 それはもちろん、ここ港都市マリージョアとて例外ではない。

 人族領の中でも海に面し、漁業が最も盛んな都市として知られているマリージョアのギルドに、一人の男が駆け込んできた。


「グリーンダンジョンに魔族が出やがった!」


 駆け込んだ男の名はザッカス。


 ゴブリンのみが生息し、不殺ダンジョンとして知られているグリーンゴブリン内でテンマに殺されてしまった男だ。不殺ダンジョンで殺されてしまえば身に着けていた武器や防具はもちろん、服すらもダンジョンに回収されてしまう。そのためザッカスは布切れ一枚で身を包んでいる状態だ。


 ザッカスと言えば銅級の冒険者。一人前の冒険者であり、生き残ることにかけては優秀ともいわれている反面、素行や態度が悪いことで有名で同業者からはあまり信用されていない人物だ。それが布切れ一枚の状態でギルドに駆け込んできたということでギルドでたむろしていた冒険者たちの注目が一気に集まる。


「ど、どうされましたか?」


 その恰好から若干引いてしまいながらも声をかけたギルドの女性職員へと、まるで飛び掛からんばかりの勢いでザッカスが詰め寄る。


「グリーンダンジョンで魔族に殺された! 不殺ダンジョンだったから死ななかったが、あの魔族許せねぇ! ゴブリンを庇って俺を殺しやがった! どこの冒険者かは知らねぇがぶっ殺してやる!」

「えっと、グリーンダンジョンで冒険者による仲間殺し……ですか?」

「そうだ! あの魔族は俺がぶっ殺す! 銅級以上の冒険者で討伐するぞ!」


 女性職員が資料を確認しながら、困ったかのように頬をかく。

 ダンジョンでの冒険者殺しはもちろんご法度だが、それらを取り締まるためにも、ダンジョンに入る時にギルド職員による検閲がある。どの冒険者がそのダンジョンに潜っていたか等を確認して冒険者の言い分に嘘がないかを審議するためだ。


 それらは日々、本部にも伝えられており、もちろん彼女の手元にもグリーンダンジョンの出入りの記録がある。あるのだが、その資料には最近でザッカスのパーティ以外の出入りだと見習い冒険者が一度入ったこと以外には確認されていない。


 よって、まずそもそもとして信憑性が低い。普段のザッカスの行いがよくないこともあって、むしろグリーンダンジョンで大きなミスをしてゴブリンに殺されてしまったという説の方が信憑性が高い。


 そう考えたのは女性職員だけではなかったようで、ギルドに併設されている酒場で飲んでいた冒険者から「自分がグリーンゴブリンに殺られたからってバカみてぇな嘘つくな!」


「だっせぇぞ!」

「そう言ってやんなって! 普段から大口をたたいててグリーンダンジョンで死んだとなっちゃあ嘘の一つや二つはつきたくなるってもんだろ!」

「ギャハハハ! そりゃそうだ!」

「て……てめぇら」


 あまりにも虚仮にされた言葉に、腕を振るわせるも「そういうことですので、ギルドとしても動けません」という女性職員の言葉に「だったら!」と声を張り上げた。

「もういい! カスどもがよぉ!」


 勢いのままで外に出る。

 ザッカスと一緒に戦った仲間たちはグリーンダンジョンで死んでしまったという恥ずかしさからか別のギルドに拠点を移すと言ってパーティを解散したため、彼の周りには誰もいない。


「くそくそくそ!」


 悪態を付ながらも彼が泊まっていた宿に帰ろうとしたとき、後ろから声をかける男が一人。


「話は俺が聞くぜ? なーに、酒ぐらいはおごってやるさ」

「ぎ、ギルドマスター!?」


 既に闇のとばりが落ちようとしている中、ザッカスは彼に声をかけられたのだった。



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