第58話「強欲を糧に」
めちゃくちゃ文章が進んで2話できたと思って喜んでいたら間違えて56話ではなく57話を先に投稿していたため56話を急遽割り込み投稿いたしました。(2022/4/12)
大変申し訳ございませんでした。
せっかくストックが出来たと喜んでいたのに結局一日で放出してしまうとはorz
いいえ、と。
強く断言したアンコへと尋ねる。
「先ほどまではラセツと同じようにうなだれていたように見えたが?」
――私が負けたから。それは反省しているわ。けれど、あの子を助けたことに後悔はしていない。
「助けたことが原因で負けたにも関わらず……か?」
アンコと女冒険者たちの戦いは確かにアンコが優勢だった。
魔力量も体力もアンコが勝ち、数の不利すらもアンコ自身の魔術で覆すことに成功していた。
それでも負けた理由はただ一つ。
魔術を放たれた際にアイスウルフを庇ったせい。
ただその一点だ。
だからこその『アイスウルフを助けたことに後悔しているのか?』という問いだったが、それはアンコは否定した。
――あの子を助けたから負けたとは思っていないわ。
「ならば何故負けた?」
――私が弱いから……ただそれだけよ。あの子を助けた上で勝つつもりだった。私はクィーンアントでラセツ君と同じフロアボスの一体よ。それが負けて、しかも最後にはお父さんに助けてもらったんだからそれを恥じていた。だから反省しているの。けれど、あの子を助けたことに関して、私は後悔はしていないわ。
「……ふむ」
ラセツは強くなったにも関わらず負けた自分が情けない。
アンコハフロアボスであるにも関わらず負けた自分が恥ずかしい。
要するにアンコが反省していた理由とはラセツと似たようなところにあるということか?
ただ、ラセツとアンコの決定的な違いはそれが全力を出し切って負けたかどうかといったところ。突如として1対4となり不意を突かれたこともあり敗北したラセツとは違い、アンコはあえて攻撃を受けて敗北した。それでも敗因となった点を後悔しておらず、あくまでも敗因はそれをひっくるめて己の弱さという。
「それはあの後、我がいなければ今頃は奴らに使役されていた可能性もあったことを踏まえたうえで言っているのか?」
――っ。
アンコの身体が一瞬、震えた。
痛みによる恐怖か、それとも下手をすれば一生奴らによって甚振られ続けるところだったことを思い出したのか。
――ええ。
それでもアンコは身体の震えを止めて、我を強く見返す。
――たとえ同じことがあったとして、きっと私は目の前の魔物を優先するわ。お父さんもわかっているでしょ? 一目でわかるほどにあの子はボロボロだったんだから。私が助けずに誰が助けるっていうの?
小首をかしげて、それは私しかいないとでも言わんばかりのアンコ。
「くく」
何とも強欲な考え方に笑いが零れてしまう。
「敗北を知り、恐怖を知って。それでも尚、お前は自分の欲を優先させる……その結果また危険な目にあうかもしれない。我やラセツ、ゴブノスケにも迷惑をかけるかもしれない……それをわかった上での言葉だな?」
――そうよ。私は私のやりたいようにやって、それを成し遂げるための強さもきっと身につけて見せるわ。
目の前の助けたい生命があるならば己の身など顧みずにそれを助けるという命知らず。
例えそれがどれだけ周囲に迷惑をかけることになろうとも知ったことかと言わんばかりの自分勝手。
そして、それらは全て己が強くなることで解決してみせる、だから文句を言わせないという傲慢ぶり。
「くく……ははははは!」
愉快。
非常に愉快だ。
「他の命を欲し、己の命を欲し、そのために強さを得ようというか……全くもって強欲だな、アンコよ」
あまりにも王種。
あまりにも魔物。
素晴らしいではないか。
ラセツが怒りを糧として進化を続けるのならば、アンコはその強欲さをもって進化を続けるということか。
――だって私はお父さんの娘よ? お父さんの娘に妥協という言葉は存在しないわ?
「……そうだな。ならば我からはもう何も言うまい。限界を超えて強くなって見せるが良い」
――任せて!
我の中では未だにシアアントだったアンコの姿が思い浮かぶが、その身体が大きくなるとともに心も随分と成長していたらしい。
これまでの我の人生で娘という存在がいたことはなかったが、なるほど。
娘という存在はとても心地よい。
「ま、たまにはこういう時間も良いだろう」
あの3体が帰ってくるまでアンコの頭を軽く撫でて、その感触を楽しむのだった。
テンマが笑い声をあげていた頃。
1階層から下層へとゆっくりと降りていたゴブノスケたちは、そこで第3位階のゴブリンロッドからの水魔法による水浴びでアイスウルフの体を洗っていた。
アイスウルフも水浴び自体は嫌いではないらしく尻尾を振りながら気持ちよさそうに目を細めている。
水浴びで上機嫌な表情を見せるアイスウルフだがそれでもやはり置いてきたテンマとアンコのことが心配らしく「バウッ!」と声を上げた。アイスウルフの一吠えに対してゴブノスケが首を横に振る。
「あぁ見えてテンマはアンコちゃんのこと大事に思っているから大丈夫さ」
「……わふ?」
「うん。あぁ見えて父子関係だし、心配する必要はないよ……それに――」
「――それに?」
「?」
言葉を区切って止めるゴブノスケに対して、ラセツとアイスウルフが同時に首を傾げる。
ゴブノスケが思い出している光景はテンマがボス部屋から飛び出したあの時。
アンコを従属させるという言葉を聞いたあの瞬間のことだ。
テンマから殺意のようなそれが溢れた時……いや、違う。
もっと恐ろしい場面があったと、テンマは首を横に振りなおす。
その時もゴブノスケは恐怖を覚えたがその後。
戦闘観察をしていた時だ。
あの時、明確な殺意を込めたテンマから感じられた圧力はこれまでにゴブノスケが経験したそれのどれもが比ではなかった。
ダンジョンシステムである戦闘観察の画面に罅が入り、直接殺意を向けられていないゴブノスケですら死を直感した。ゴブノスケの位階が低ければその殺意に当てられて死んでいた可能性すらあった。
それほどの恐怖。
遠い目をして思い出していたゴブノスケが一人で頷く。
「……いや、うん。とにかくテンマはアンコちゃんを大切にしているから大丈夫。まぁ、少しスパルタかもしれないけど、あそこにはあそこに特別な絆があるみたいだし」
テンマとアンコの関係はゴブノスケもラセツもしっかりと理解していない。
ゴブノスケに関しては彼が眠っている間にテンマが連れてきたから。
ラセツに関してはいきなり戦う相手として連れてこられたから。
だが、それでもテンマがアンコを大切に思っているということだけはどことなく理解している。
「ボスは厳しいがそれもまた優しさだ。問題ない」
「そうだね」
2体が自信をもって言うその言葉にアイスウルフは何も言えずにただ2体の後を追う。
アイルウルフからすれば、テンマは主を殺した憎い男でもある。例えそれがどれだけひどい目にあわされていた主だとしても主は主だ。アイスウルフの感情はそう簡単に割り切れるものではない。
「ガウ」
アイスウルフがダンジョンに馴染むにはまだ少し時間がかかりそうだった。




