第57話「反省会」
めちゃくちゃ文章が進んで2話できたと思って喜んでいたら間違えて56話ではなく57話を先に投稿していたため56話を急遽割り込み投稿いたしました。(2022/4/12)
大変申し訳ございませんでした。
せっかくストックが出来たと喜んでいたのに結局一日で放出してしまうとはorz
グリーンダンジョンが再度静かになった。
例の冒険者どもを追い払ってから、既に翌日になっていた。
浅い階層では何組かの冒険者たちがダンジョンに入っては退いてを繰り返しているが、ここ数日同じような動きを見せている。おおそらくは1階層から先に進むつもりがない冒険者たちなのだろう。大して気にする必要もないと思考から切り捨てる。
となると、やはり今考えるべきは――
「くぅん」
――己の身体をアンコの脚にこすり付けて甘えているアイスウルフ。
このアイスウルフは例の魔物使いが使役していた魔物だ。
アイスウルフを放置していたらアンコになついたらしく、いつの間にか我らのダンジョンの魔物となっていた。なぜダンジョン魔物となったかはわからんがダンジョンで死亡した時にそのダンジョンの中には主がいなかったことであの女魔物使いとアイスウルフの主従関係が切れたということだろう。そして、その流れでアイスウルフがアンコを次の主と認めたといったところだろうか。
なぜダンジョン魔物となっているかどうかを知ったかと言えばゴブノスケのダンジョンマスターメニュー『ダンジョン魔物生成』の項目にウルフ種が第3位階まで生成できるようになっていたこと、それからアイスウルフが我がダンジョンに戻ったと同時に失血死したもののそれから一日後にアイスウルフはダンジョンの外ではなく中で復活したということ。
この2点から間違いなくアイスウルフはここのダンジョン魔物として存在することになった。
「グルル」
「……ありゃ」
どうやら我やゴブノスケには心を許していない様で我ら、というよりもアンコ以外が近づけば今のように唸り声をあげるという状態。まぁ指示には従うはず……従わなくとも力づくで従わせるまでであるため大した問題ではないだろう。
アイスウルフがこのダンジョンにいるということは問題があるというよりもむしろダンジョンに様々な魔物を配置するという意味では面白い試みが出来るようになるのかもしれない。
アイスウルフの配置に関しては今後考えるとして、それともう一つ別の問題が。
「……」
――……。
我とゴブノスケの前で何故か首を垂れているアンコとラセツ。
「えっと」
「ふむ」
ゴブノスケ同様に我もまた困惑している。アンコの足元で頬を緩めているアイスウルフの姿がまたなんとも反応に困る構図を作り出している。
「なぜ頭を下げている?」
なぜ二体が我らに頭を下げているのか、その意味が理解できない。黙っていても埒が明かないためまずは我が理由を聞く。
「折角強くなったのに負けてしまった」
答えた方はラセツ。
第6位階にまで至って、それでも負けてしまったことでばつが悪いらしい。
隣のゴブノスケはその心情をあまり理解できないらしく目を白黒させている。頭を下げて本当に申し訳なさそうに佇むその顔は、どこか目が垂れ下がっていて耳でも生えてくるようにも見える……足元にアイスウルフがいるせいか?
「内容的にラセツが反省するところはないだろう」
「……」
――っ。
皮肉のつもりはあまりないが実際のところ皮肉となってしまう。我の言葉の意味を理解したアンコがさらに顔を俯かせる。とはいえ訂正するつもりはない。考えていることを素直に告げただけの話だ。
「たとえ冒険者に強力な腕力があろうと、数種類の魔物を使役しようと、硬さで貴様を上回ろうと、貴様よりも魔術が優れていてようと、純粋な強さでいえばお前に敵う冒険者はいなかった」
「でも俺は――」
「――そう、負けた。それは事実だ」
「……」
今度は拳を握りしめるラセツ。
……そうだったな。
たとえ能力で勝っていても実戦で負けてしまえば意味がない。ラセツがそれを誰よりも理解している魔物だということを失念していた。
主であるゴブノスケに危害が及ぶことが許せない。負けた自分が許せない。
その想いを胸に強くなってきたラセツが敗北をただ受け入れることなどできるはずがなかった。敗因を受け入れ、次に活かせるように教えることがラセツにとっては最も必要なことだ。
「なぜ負けたと思っている?」
「奴らが俺より強かった」
「それは結果だ。さっきも言ったが強さだけでいえば貴様の方が強い」
「……なら――」
――なぜ?
首を傾げるラセツには困惑の色が濃く浮かび上がる。
当然と言えば当然だ。
今まで負けてしまった自分に怒りを覚えるということはあってもこうやって負けた原因を考えるということをラセツはしてこなかった。
……まぁ、それは隣にいるゴブノスケも変わらんが。
「ん?」
「いや」
当時はまだ第2位位階だったレッドゴブリンだったラセツはともかく第4位階で知能もあったハイゴブリンのだったゴブノスケがそれに対して対策を打てなかった事実はこの際置いておく。
「敗因は簡単なこと。数、だ」
「……数」
「1対4となり、それにより貴様が負けた」
「それが数の差?」
ゴブリンだった頃は冒険者たち、特にあのザッカスという冒険者たちに4対5で襲い掛かっていたラセツが今度は2対4で襲われることとなった。
「冒険者たちである人や魔族は魔物に比べて圧倒的に数が多い。それが奴らの強みでもあるからだ。個体が弱い代わりに数の力で個体の強さを超える」
「数の……力」
「うむ。それを破る方法は――」
「――一人ずつ潰す?」
「……ほぅ」
我の言葉を遮り、首を傾げたその問いは正解の一つ。
「その通りだ。今の貴様ならばある程度の大けがを負うことになろうともそう簡単には死なん。加えて気力も充実している。強敵であればあるほど数を減らすことを考えると良い……無論、相手の強さや数によって自分の体力との兼ね合いは考えるべきだがな」
「なる……ほど」
ラセツが頷く。その我の言葉で得る物があったのだろう。
「あそこで腕を失ってでも? いや、あの場面ではまだ……ならあそこか?」
一人でぶつぶつと呟き反省をし始めた。
今まで本能的に戦っていたラセツが相手のことをしっかりと見極めて戦うようになれば今のラセツを殺せるものなどそうそう現れることはないはずだ。
もうラセツに声をかける必要はない。
我ですら何とも好ましいと思えるラセツがいることの反面。
「それで」と横のアンコへと体を向ける。我の視線が突然向いたことからアンコが体を一瞬だけ震わせた。
「お前もラセツと同じ悩みか?」
――……いいえ。
念話から響くその声には力がない。
「ではやはりそこのアイスウルフを助けようとしたことが原因で負けてしまい己の甘さに反省している……そういうことか?」
「て、テンマ!?」
直接的な言葉にゴブノスケが慌てるが、我に婉曲的な表現でも求めているのか? ラセツのことやそれ以外のことならともかく、アンコに関してはゴブノスケとて口出しをさせたくはない。
「……」
「……っ
目でゴブノスケに静かにしろと伝えるとそれが伝わったらしく「わかった」と音を出さずに口の形だけでそれを我に伝えた。
「じゃあ一旦解散しよう。アイスウルフは一旦僕についてきて。ダンジョンを案内するから。ラセツも付いてきてくれる?」
「わかった、マスター」
「! ……わふ?」
頷くラセツと突如指名されて首を傾げるアイスウルフ。アイスウルフは逡巡するようにアンコとゴブノスケを見やり、だがやはりダンジョン魔物になっただけあってゴブノスケの言葉に頷いた。
「バウゥ!」
我へと一度吠えてからゴブノスケの側へと駆け寄るアイスウルフ。
まるで、アンコを虐めるなと釘を刺されたかのような様子で思わず笑いそうになってしまう。
ゴブノスケをマスターと認めている以上、我のこともボスと認めているだろうに、それでもなお我に対して吠えるという敵対行為をとれるその精神力は大したものだと素直に感心する。
ゴブノスケマスターメニューにある『転移』で3体が一斉にフロアボスの部屋から姿を消す。
「さて、アンコよ……もう一度言葉を変えて聞く。貴様はアイスウルフを助けたことを反省しているのか?」
アンコは視線をさ迷わせ考えるように黙り込み、そして答えた。
――いいえ。
先ほどまでの弱々しいアンコの態度からは一変。
しっかりと力のこもった声色だった。




