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第55話「蹂躙する者される者」


「は……あ……あ?」

「ひっ」

「う、そ」


 テンマの殺意が込められた魔力に触れた3人の冒険者が一瞬でその顔を真っ青に。いや、それは既に青ではなく白だ。


 ――なん、だ……これは。


 目の前の魔族――テンマ―から感じるそれに、コーディがただ呆然とテンマを見つめる。

 彼とてゴールド級冒険者であり、様々な経験を積んできた。その中には彼よりも格上であった存在にも出会ったことがある。だが、そんな彼をもってしてもテンマの魔力は格が違っていた。

 逃げるという本能すらも忘れてしまうほどの恐怖に包まれて、冒険者の3人は力なく腰を床に落とした。


「……なんだ? 我はまだ手を出していないぞ?」


 まるで鼻で笑っているかのような声色。その声で少しばかり殺意が薄まったのかコーディが反抗的な目でテンマを睨みつけた。コーディ以外の2人、シャノンとマドリンも同様だ。

 彼らのことだから頭の片隅にはこのダンジョンで死んでも実際に死ぬことがないということもあるのだろうが、以前にこのダンジョンへと侵入を果たしテンマと相対しただけで敵意を完全に奪われたシルバー級冒険者のヴァレンスたちとは流石に違うと言える。


「ふん、僕たちが万全の状態だったらお前なんか既に死んでいるんだぞ!」

「そうよ、この卑怯者」

「……うん」


 口々に言う彼らの言葉でテンマが「くく」と唇を歪ませた。


「オーガバーサクとクィーンアントに半ば死にそうになっていた貴様らが弱いだけだろう」

「な、僕たちが弱いだと!? 勇者である僕は敬われるべき存在だ。魔族ごときが調子に乗るな!」


 侮辱されたことによる怒りか、それともテンマから発せられる殺気が薄まったか。おそらくはその両方であろうがコーディが立ち上がり「死ねええええ!」とその剛力でテンマの首をねじ切ろうと腕を伸ばした。


「ふん」


 テンマが鼻息を漏らす。と、同時にコーディの首が飛んだ。


「え?」

「ん?」

「……」


 何が起こったか理解できずに首を傾げるシャノンとマドリンだが、それ以上に理解できなかった者はコーディだろう。床へと落ちていく自分の視点が理解できずにそのまま瞬きを一度。それから目を見開いてそのまま消失した。


「……次は貴様たちだ。弱者どもよ」

「っ」

「卑怯者」


 顔を青くさせたシャノンが息を呑み、対照的に悔し気に顔を俯かせたマドリンが先ほどと同じ言葉を漏らす。

 魔力が万全でありさえすれば、オドラクがまだ健在であれば。

 いつどこで争いが起こるとも知れぬダンジョン内では随分と甘い考えではあるのだが、残念ながらそれを指摘する人物はここにはいない。いや――


「ふむ、何とも情けない冒険者だ。ダンジョンは冒険者とダンジョン魔物が争う、いわば戦場だろう。その戦場で体調が万全ならばとは……愚か極まりないな」


 ――当然、いる。


 テンマだ。

 テンマが無表情に、だがその声色には確実に馬鹿にしたような小気味よさを含ませて、それを言う。


「なっ!」


 今まで勇者として育ってきたマドリンに対してはあまりにも直球な言葉を受けて、顔を真っ赤にさせるマドリンの横ではシャノンが顔を青くさせている。


 ――い、嫌よ。私は装備を失いたくないわ。


 質だけでなく見た目にもこだわりを見せる彼女の装備品は仲間のそれらに比べても圧倒的に高価なそれでもある。この装備品をなくしたからといって破産してしまうわけではないが、懐事情が随分と寂しくなることには違いない。また、それ以上にお気に入りの装備品を一式丸々失ってしまうことも考えれば彼女からしてみれば死ぬに等しい恐怖でもある。

 とはいえ前衛型のコーディが瞬殺されたという事実から、今の彼女自身ではどうあがいても勝つことはおろか逃げることすらもままならないことを意味している。何か手はないかを視線を巡らせていく。


 シャノンが生き残る術を探す一方でマドリンはコーディ同様、弱者扱いされたことに怒りを覚えていた。あらゆる魔術を無詠唱で放ち、冒険者でも有数の魔術使いであることを自負している彼女からすれば弱者と言われることに怒りを覚えて当然かもしれない。


 ――至近距離から魔術を放てばこの魔族を殺せるかもしれない。


 マドリンの魔力残量は4割弱。ラセツやアンコを殺した時に使われた魔術を発動する魔力は残っていないが、それでも十分に強力な魔術は発動可能な状態でもある。怒りを晴らしたいという気持ちを堪えて、隙を見つけるためにテンマを睨みつけると同時、テンマがそれから目を逸らした。

 まるで自分の視線に怖気づいたかのようなその動き。


 ――ほら、所詮ビビりな雑魚と同じ。


 内心で嘲笑を浮かべてながらも、その絶対的な隙を見逃さずに手を突き付けた。


「死ね」


 水の槍が彼女の手から高速で放たれる。

 至近距離から放たれたそれは、もはや必殺必中のタイミング。

 が。


「隙を見せてやってその程度か?」


 テンマがそれを手刀でいとも簡単に弾き、そのまま貫手でマドリンの腹を貫いた。「ごふ」と血を零しながら大地に崩れ落ちていき、その頭をテンマの足が踏みつぶして死亡。そのまま消失していく。


「次は貴様」


 何事もなかったかのように表情を向けるテンマに、シャノンが「ひ」とテンマから背を向けて走り出した。


「どこへ――」


 ――行く?


 もちろん逃がすはずがないテンマが足を踏み出そうとした時。


「アイスウルフ! 行きなさい!」


 シャノンの使役している魔物の中で、アンコに庇われたおかげで唯一生き残っていたアイスウルフへとシャノンが命令を発した。


「ガルゥ!」


 アイスウルフにはアンコに庇われていたとはいえそれまでにアンコと戦っていたダメージがある。既に満身創痍で体中には穴が開いていて、なぜ生きているのかもわからない程のダメージを負っているその魔物はテンマへとその牙を向ける。


 ――アンコが庇っていた魔物か。


 テンマの反撃は手刀をピクリとさせて、それだけ。アンコのことを思ってか、その動きを止めた。ここで殺してしまっては結局は今逃げようとしている女冒険者――シャノン――の手元に返ってしまう。


 ――お前はそれを防ぎたかったのだろうアンコ。


 残念ながらそれに失敗してしまったが、アンコが己を犠牲にしてまでも助けようとした魔物だ。

 殺すことでアンコの想いを無為にしてしまうわけにはいかない。

 自身でも理解のしていない感情に振り回されつつも、テンマの手がアイスウルフをキャッチ。そのまま地面へと寝かせる。


「が、ル?」


 一切の衝撃がなく、気付けば地面へと伏せさせられていたその事実にアイスウルフの目が点になり、首を傾げた。そのほんの一瞬の隙。

 それだけでテンマには十分な時間だといえるだろう。

 その一瞬で、全力で逃げているシャノンの眼前へと回り込み、首を掴んで持ち上げた。


「っ……は……ぅ」


 恐ろしいほどの膂力で体ごと持ち上げられて窒息していくシャノンの首をそのままあらぬ方向へと歪めて、即死。そのまま地面へと投げ捨てるとシャノンの体が消滅していく。最早、体も動かないのだろうアイスウルフが「グルるる」怒りの唸り声をあげるのだが、テンマはそれを無視。


「貴様の主はもうすぐ死ぬことになる。貴様は死なぬように眠って体力の回復に努めることだ。ま、死んでもどうせダンジョン外で生き返るだろうがな」


 動けないアイスウルフに背を向けて歩き出したテンマに「くぅん」と小さな鳴き声を漏らしたアイスウルフはどういう感情でいるのか。


「……」


 テンマが足を止めることはなかった。



ストックゼロの毎日投稿……やはり無理でした汗

すいません。

これからは(出来るだけ)毎日投稿になります。

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