第53話「蹂躙する者」
ラセツの拳がコーディの体を掠めて大地へと突き刺さり、まるで地震のような揺れを引き起こす。掠りでもしていたら肉片になっていたことを感じさせるその拳に冷や汗をかきつつ、コーディはそのラセツの丸太のような腕を狙って掌を伸ばす。
彼のスキル『剛力』であればその腕を掴むだけでその腕の肉をちぎることが出来る。それを狙って伸ばした掌だが、それは空を切る。ラセツが突如バックステップで後退したからだ。
その着地を狙って襲い掛かるクリスタルゴーレムとなっているオドラクの体当たりを、ラセツがミスリルの巨槌でもって迎え撃つ。重量だけでいえば間違いなくオドラクに分があるはずなのだが、ラセツの腕力は一体どれほどのモノのか。その分が悪い勝負を引き分けに持ち込むことに成功した。
つまり――
「ぐ」
「いってぇぜ!」
――両者吹き飛ばされた。
そのまま地を滑りつつもすぐさま立ち上がるラセツとのっそりと立ち上がるオドラク。1対1ならばその時点でラセツが優勢になるであろうが現在はまだコーディがいる。
立ち上がったラセツの頭上では既にコーディが拳を振り上げていた。
コーディからすれば必中のタイミング。
だが、ラセツはそこから口を開けた。
「ぶるぁああああああああああ!」
「がはっ!?」
魔力が込められた音波がコーディを吹き飛ばした。どうにか立ち上がったばかりのオドラクとその足元にまで転がったコーディ。態勢をまともに立て直すことが出来ていない二人に対して、ラセツが踏み込もうとした時だった。
横っ腹から衝撃が襲い掛かった。
「ぐ!?」
衝撃の正体はシルバーウルフとゴールドクロウ。牙と嘴がラセツの横腹へと突き刺ささり、ラセツからはその痛みに声が漏れる。だが、戦闘中のラセツからしてみればその痛み程度では止まらない。
「ふんっ!」
腹に刺さった二体の頭を両手で掴み潰して一瞬で2体の魔物をダンジョンから消失させた。
今度こそと、たった一歩の踏み込みでオドラクの足元にいるコーディへとミスリルの巨槌を振り下ろそうとしたところで、コーディを庇うようにしてオドラクがその身でコーディを覆った。
構わずに巨槌を振り下ろすラセツだったが、オドラクのクリスタルゴーレムの体は簡単には砕けない。
1度。オドラクの背中に凹凸が。
2度。罅が。
そして3度目。それを振り下ろそうとした時だった。
「死ね、雑魚」
オドラクから突如放たれた言葉と同時にラセツの体を無数のウォータービームが貫いた。
「!?」
腹と四肢と、顔と、胸と。それら全てを貫かれたラセツが驚いたようにそちらへと視線を送ると、何らかの空となっている瓶を足元へと散らばらせたマドリンがそこに立っていた。
「……さっさと死んで」
「ぐぐ」
くぐもった声を漏らすラセツへと「へっ、お前の負けだぜ。雑魚オーガ」というオドラクが顔を上げるのだが、今度は驚いた者はそのオドラクだった。
「へ」
間の抜けた声を漏らし呆然とその光景を見つめるオドラクの顔面へと巨槌が振り下ろされた。
「な!?」
これはオドラクに覆われていたコーディの声。
クィーンアントであるアンコを討伐した段階でここまでのシナリオは描けていた彼だったが流石にラセツが未だに戦意を失っていないということは予想外だったらしい。
「なっ、やめなさい!」
シャノンが慌ててアバタイトゴーレムを突進させるのだが、アバタイトゴーレムではラセツの敵にすらならない。体中から血をまき散らしながらもアバタイトゴーレムを一撃で潰して消失させる。
「っ」
マドリンが慌ててバッグから魔力ポーションを取り出すのだが、それはもう間に合わない。
再度巨槌を振り下ろしてオドラクの顔面に罅を入れる。
そうして3度目の巨槌を振り下ろした時だった、いつの間にかオドラクの体から這い出ていたコーディがラセツの巨槌を持つ右手首を握りつぶした。
「今度こそ! 低能らしく死ぬがいい!」
自慢げに語るコーディの存在を、ラセツは無視する。未だに血まみれではあるが健在の左腕で、右腕から零れ落ちていた巨槌を掴み、再度オドラクへと振り下ろした。
「ぎゃ!」
カエルが潰れたような声と共に顔面を砕かれて死亡。そのまま消失していくオドラクを尻目に、今度はコーディへとその巨槌を振りかぶった。
「今度こそ!」
魔力ポーションを飲み切ったマドリンのウォータービームが再度ラセツの体を貫いた。
致命傷だ。
それでも振り下ろされる巨槌に「ひ」とコーディが声を漏らすと同時にその巨槌を含めたラセツの体が消失。ダンジョンから消え去った。
「……」
一瞬、何が起こったのかを理解できなかったコーディだが、ラセツが死亡したということに気付いて安堵の息を。
「ふぅ、まさかオドラクがやられるとは予想外だった」
「私の魔物たちもね」
「私も魔力ポーション使い切った」
同意するように頷いていく二人に、コーディが「少し休憩を入れようか」と笑みを浮かべながら告げる。その言葉の意味を理解した二人はコーディ同様に笑みを浮かべながら頷き、その視線を未だに気を失って動けずにいるアンコへと向けるのだった。
「なにこれ」
その光景を見ていたゴブノスケが珍しく怒りを滲ませた声を吐き出した。
そのゴブノスケの言葉は当然といえるだろう。
なにせ彼が戦闘観察から見ることのできている光景は戦闘と呼ぶにはふさわしくない光景。ゴブノスケがザッカスから受けたと言われる暴力などとは比べ物にならない程に非道な暴虐が広がっているからだ。
『あーっはっはっは! 君たちみたいな糞低能虫が僕たちを苦戦させるなんてあってはいけないんだよ!』
笑ってコーディがアンコの羽を引きちぎり。
『あのオーガが私の魔物を殺したこと、あなたが代わりに罰をうけなさい!』
薄気味悪い目でシャノンがアンコの甲殻を一枚一枚隙間からナイフを差し入れて剥ぎ取り。
『私の魔力ポーション返して』
無表情のまま魔力でマドリン形成した刃でもってその脚を切り取っていく。
その苦痛は、未だに息をしているアンコからすればたまったものではない。アンコが悲鳴を上げることが出来ていたならば間違いなく悲鳴をあげていたことだろう。
「ねぇ、テンマ! 助けに行こう! 君なら――」
助けに行けるだろう?
という言葉をテンマははあえて遮った。
「――だめだ」
「っ! なんで!」
珍しく食って掛かるゴブノスケに、それでもテンマはそれに対して断固として首を縦に振らない。
「それが強さというものだろう?」
「何言って――」
「例えば人族や魔人族には財力や権力といったものがある中で、魔物にある力とは己の強さと言う武力、それだけだ。その唯一の力で負けを喫した以上、それが強者の権利であり敗者の責でもある。しかもそれが己の優しさに足を引っ張られたとなると言い訳の理由にもならん。例えどれだけそれが非道なことでも、受け入れるべきだ」
アンコの敗北は、あまりにも彼女らしい敗北だった。
明らかに不遇な扱いを受けているアイスウルフを気に掛けるという慈愛に満ちた行為だがそれでも負けてしまえばそれは結局意味のないこと。
テンマからすればそこに同情を挟む余地はないのだろう。
テンマは黙って戦闘を観察し続ける姿勢へ入る。
「そんな」
本当に助けにいくつもりが見えないテンマの様子を見て顔を青くさせるゴブノスケに「それに」と言葉を付け加える。
「ダンジョンボスが部屋から出ない……それがダンジョンのルールなのだろう?」
「な」
あくまでも冷静な言葉を放つテンマ。
両者がまるで鏡のように反応を続ける。一瞬沈黙して言葉を失っていたゴブノスケは、だが「違うよ」とテンマを睨みつけた。
「なに?」
「ここは僕のダンジョンだ。君という存在がいない他の一般的なダンジョンじゃない。外から魔物を連れてきて魔物同士を殺し合いをさせて、次々とダンジョン魔物たちを進化させて、そんな僕とテンマだけのダンジョンだ! 他のダンジョンのルールなんて知ったことじゃないよ!」
「……っ」
思わず反論の言葉を失ったテンマだが、戦闘観察の光景からは更なる言葉が彼らの耳に入っていく
『そろそろ死にかけだけど、シャノン。こいつを従属させるんだろ?』
『ええ、そうね。怒りは晴れないけれどこの子を私の魔物にすればこれからは虐め放題だし、なんならこうやって死なない程度に素材をはぎ取れば私たち、億万長者になれるわよ』
『……クィーンアントの素材なんて一体いくらで売れるんだろうね』
口々に発する言葉は先ほどのゴブノスケの『他のダンジョンのルールなんて知ったことじゃない』という言葉に近い意味を持つモノ。本来ダンジョンの魔物を従属させることは不可能。なぜなら魔物使いは幼少のころから育成に力を注がなければいけないからだ。もちろんそれがシャノンのスキルだと言われてしまえばその通りではあり、テンマの強者が正しいといえる理屈でいえばそれもまた仕方がないところではあるのだが――
「アンコを従属させる……だと?」
――絶対零度と言うべきか。
テンマの言葉がダンジョンボスの部屋を凍らせた。




