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第52話「囮」



「オーガの分際で動きが速い!?」

「殴られ過ぎて体が痛くなってきやがったぜ!」

「くそ、低能の分際で!」


 ラセツに苦戦するコーディとオドラク


「全然数が減らないわ!」

「むしろ増えてる」

「本当に気持ち悪いわね! 所詮虫なんだから私にさっさと従いなさい!」


 アンコに苦戦するシャノンとマドリン。

 各々の冒険者が苦戦を強いられて、徐々に旗色が悪くなりつつある中で、転機は突然に訪れる。

 ポイントになった方はアンコと戦うシャノンとマドリンだった。

 土塊により生成されたアントから身を守る体力もなくなりつつあったシャノンが突如として声をあげた。


「アイスウルフ! 少し足止めをなさい! マドリン、アレの準備を!」

「……いいのね?」


 その言葉の意味を理解して、一瞬だけ目を見開いたマドリンが確認のために小声でシャノンへと尋ねる。


「いいわ、どうせもう要らないし」


 満身創痍になりながらもクィーンアントへと突進を開始したアイスウルフを見つめながら笑うシャノンに、マドリンもまた「一度やってみたかったのよ」と邪悪な笑みを。

 突如無謀な突進を試みたアイスウルフに対して、アンコは冷静に土の槍を撃ちだす。自身の速度に合わせて放たれたその槍はアイスウルフの首元、銅、背中を穿ったのだが、それでもアイスウルフの動きは止まらない。


 なにせアイスウルフからすれば他の誰でもない、主人からの命令だ。それも彼にとってみれば随分と久方ぶりとなる命令。それを叶えるためならば自身の体がどうなろうと興味がない。アイスウルフの動きはただひたすらにアンコを足止めをすることだけに注がれていた。

 致命傷と言っても過言ではないその傷を受けてもなお速度が落ちないアイスウルフのその気迫に、アンコもまた負けじと蟻酸を放とうとするのだが空からのゴールドクロウ、反対側からはシルバーウルフが襲い掛かろうとしていたことに気付く。


 慌てて牽制として、放とうとしていた蟻酸を全方位へと放った。

 ゴールドクロウ、シルバーウルフはその弾幕を避けるために後退するのだがアイスウルフは違う。


 止まらない。


 強力な蟻酸を身に受けて、体を溶かしつつも速度を落とすことなくアンコの首元へと牙を立てることに成功した。

 アイスウルフの牙ではアンコの甲殻に大した傷をつけられるわけではない。また、あくでも大型犬程度の大きさのアイスウルフと家屋ほどに大きいアンコとではサイズが違いすぎて足止めにすらならない。


 だが、確かにこの瞬間、アンコの動きは止まった。

 それはダメージよりも、どちらかといえば驚きの割合が強かったのだろうが、それは紛れもない隙。

 アンコとてラセツになる前のオーガとの戦闘で気迫に溢れた者との戦闘には慣れがあった。が、そんなオーガ同様に自爆特攻で来るような魔物がいるとは夢にも思っていなかった。そしてそのほんの僅かな停止が勝敗の全てにつながることになる。


「今よ!」

「うん!」


 そしてマドリンから水の魔術が放たれた。それは幾条にも線を描いた極太のウォータービーム。彼女が持つ最大にして最強の水魔術。扱える人間など冒険者でも両手の指で足りる程度にしかいないそんな魔術。彼女の本来の技量ならば一時間近くは詠唱のために魔力を練り上げなければならないその大魔術も、彼女の『無詠唱』というスキルを使えばただ魔力を練り上げされすれば発動できる。


 アンコどころかアイスウルフすらをも一緒に消し飛ばす規模で放たれた水魔術だが、まだアンコが諦めるような段階ではない。蟻酸の散布と土魔術により少しでもダメージを低減させることが出来ればまだ戦える可能性があるという冷静な分析を下したアンコが実行に移そうとして、だが彼女の瞳に映してしまった。自身の首にかみついていたアイスウルフが力を失い地面に倒れているその姿を。


 蟻酸の散布をすると間違いないトドメになってしまうであろうことに気付いたアンコは一瞬だけ視線を泳がせて、それからまるでアイスウルフを庇うようにして土魔術による壁を展開した。


「土魔術がはやい!?」

「でも、あれぐらいなら大丈夫」


 シャノンとマドリンの声よりもはやく、ウォータービームが壁を砕いてアンコへと降り注ぐ。


「どう! やった!?」

「……」


 目を輝かせるシャノンとは違い、マドリンの顔色は既に青い。

 完全に魔力を使い切った証拠だが、まだ魔力はギリギリで残っているようで瞳には力が籠っている。

 彼らの視線の先には体中に穴が開き、ピクリとも動かないアンコの姿。


「……」


 まだ動き出すかもしれないという不安を抱えたままのわずかな沈黙の後、土塊で出来ていたアントが動きを止めて地に還っていく。つまりはアンコの意識が失われたか、完全に魔力が失われたという意味を示すこの状況に二人が顔を見合わせた。


「これは!」

「やった、ね」


 お互いがへたり込むようにしてその場に腰を落ち着けて安堵の息を漏らすと、すぐさま彼女の3体の魔物が彼女の側へと体を寄せる。


「よくやったわね、ゴルド、シルバ、アバタイトゴーレム。おかげでなんとかなったわ」


 それぞれを褒める彼女の言葉に最大の功労者、アイスウルフは含まれていない。自然と魔物と戯れ始めるシャノンに対して、マドリンもアイスウルフのことに興味はないのだろう。「早速『使役』する?」と別の疑問を彼女へと問いかけた。


「いえ、流石に屈辱を味合わされ過ぎたわ。その分の屈辱をしっかりと返さないと」

「……『使役』してからとは違うの?」

「当然よ? 『使役』してしまうと完全に私のモノになってしまうもの。もちろん『使役』してからも酷使するけれど、私のモノになる前に甚振ってあげないと……楽しくないでしょう?


 屈服していない時に相手の心を折るからこそ楽しい。

 なかなかに歪んだ発言をするシャノンだが、マドリンもそれに負けてはいないらしい。


「うん」


 頷いて、想像するだけで興奮したのか。頬を赤く染めるのだった。


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