第51話「フロアボスVS冒険者」
コーディ達が11階層へと足を踏み入れる。
「急に楽になったな」
「もうさっさとオリヴィエちゃんがやられたっていう15階層まで進めちまおうぜ」
「うん」
「私も賛成よ……とはいっても資料通りの15階層に例のオーガとクィーンアントがいるとも限らないわけだけど」
第3位階のゴブリンたちをなぎ倒しながら進むオドラクの呟きにマダリンが頷くが、シャノラが首を傾げる。その言葉に同調するのは彼らのリーダーであるコーディ。
「そうだな」
彼らの得ていた資料には6階層から15階層までがゴブリンのみという情報が記載されていた。ここ最近のグリーンダンジョンの急激な異変を考えた時、新たに階層が増えているという想定が視野に入ることは冒険者としては当然かもしれない。
果たして、それは彼らの予想通りだった。
「……15階層で第3位階のゴブリン。で、16階層に入ったら第4位階のゴブリン達」
「やはり聞いていた情報とは違うようだ」
「ま、これぐらいの魔物たちならいくら増えていても関係ないぜ」
「そうだな。10階層のオーガとマーダーホーネットに比べれたら随分と楽だし、さっさと進んでしまおうか」
オーガとマーダーホーネットの階層を傷一つなく潜り抜けた彼らからすれば第4位階のゴブリンしかいない時点で警戒すべき階層ではない。20階層のダンジョン魔物は第4位階のゴブリン種と第3位階のアント種となっているが、やはり彼らのその感想は20階層に入ったとしても変わらない。
「第4位階のゴブリンともなれば雑魚とはいえ色んな戦い方をするものだな」
コーディの感想はその程度であり、その評価に対して文句がある者は彼らの中には一人もいなかった。
そして彼らはたどり着く。
「扉だぜ? ……ということは――」
「――ああ。20階層まである時点でフロアボスがいると考えるべきだったな」
「……けれど私たちのやるべきことに変わりはないわ」
「そうだな」
「うん、どうせ魔物はオーガバーサクとクィーンアント」
グリーンダンジョンのフロアボスの部屋に。
20階層の11部屋目。
重厚な鉄の扉によって閉じられているその部屋へと、彼らは澱みなく歩みを進める。
通路を出ると広い空間が広がっていた。
滑らかな岩の天井と床、凹凸が激しい岩の壁面という、壁や天井、床の造りはこのダンジョンのそれそのもの。ただ部屋の大きさは異様なほどに広い。
一般的なダンジョンでのフロアボスの部屋の大きさはそのダンジョンの一部屋と大して変わらないサイズ感なのだが、このグリーンダンジョンのフロアボスの部屋は一般のダンジョン部屋がまとめて入っているかのように大きい。
小さな村ならばそのまま入ってもおかしくはないほどにに開かれたその空間にて。
赤の色素が薄くなり、代わりに黒が差したような赤黒い肌。鋼のような筋肉。青白く輝く鉱石――ミスリル――製の巨槌を片手に冒険者を睨みつける巨鬼。オーガバーサクのラセツ。
まるで建築物であろう体長。七色に薄く光る巨大な羽とその光を反射させて輝きを放つ滑らかな甲殻をもち、頭を冒険者へと向けるクィーンアントのアンコ。
2体の魔物が彼らを待ち受けていた。
「……あれがオーガバーサクとクィーンアントか。二体とも初めて見る魔物だ。雑魚とは思うが気を抜かずにいこう。僕とオドラクがオーガバーサク。シャノンとマドダリンはクィーンアントだ」
コーディの指示にオドラクが「了解。俺はあのオーガの力が欲しいぜ」と舌なめずりをして、シャノンが「あのクィーンアント……美しいわね」と目をウットリとさせ、マドリンが「とりあえず瀕死にさせてしまえばいい」と頷いた。
「クィーンアントを使役したいシャノンにオーガバーサクの魔石を喰らいたいオドラクか……全く、君たちの考えは面白いな」
「あら、いけないかしら?」
「それが俺たちだぜ?」
「それは、そう」
「いや? また僕たちのパーティが強くなるなと思っただけさ……行くぞ、オドラク!」
「了解だぜ!」
「私たちも行くわよ、マドリン!」
「うん」
あくまでも負けることはないと信じ切っている4人がどこかしら軽薄な笑みを浮かべて走り出す。それを待っていたのかどうかは不明だが、それを機としてラセツが裂帛の声が巨大な空間にこだますることとなった。
「ぶるぁああああああああ!」
怒号が指向性をもった衝撃となって走り寄るコーディとオドラクへと襲い掛かる。怒号によって地面が削られて向かってくるという冗談のような光景だが、それをまるで予測していたかのようにオドラクがコーディを庇うように前へ出た。
「俺も出し惜しみ無しでいくぜ! 変身 クリスタルゴーレム!」
オドラクの体が一瞬で変化。
先ほど変身したアバタイトゴーレムよりも純粋に位階が1つ上となる第6位階のゴーレム。透明の鉱石からなる巨体でその咆哮を受け止めた。
「うっぜぇぜ」
くぐもった声を漏らすも、無傷でそれを耐え抜いたオドラクの背中を踏み台に飛び出したコーディがまずはラセツと一撃を入れようと拳を振るう。
「な」
声を漏らした者はコーディ。
ラセツは既にそこにいなかった。完全に不意を突いたつもりでいたその一撃は完全に空振りに終わり、オドラクの足元にまで潜り込んでいたラセツはミスリルの巨槌を振りかぶっていたからだ。
「なめんな!」
巨槌に合わせて己の拳を振るうオドラク。
ミスリルVSクリスタルという、商人が見たら顔を真っ青にさせる勝負の軍配はオドラクが壁に叩きつけられるという結果になった。
「おいおい、第6位階同士で差があるっていうのか?」
顔を青くさせたコーディだったが「いや、吹き飛ばされただけだ。ダメージはないぜ!」という言葉と共にすぐさま立ち上がったオドラクに安堵の表情を。
「ならよかった、連携で倒すぞ!」
「了解だぜ!」
ラセツ対コーディとオドラクの戦いはまだまだ小手調べといったところ。
同じ部屋では当然もう一つの戦いが始まっている。
「うっとうしいわねぇ!」
「うん」
彼らの周りには無数のアントが蠢いていた。
シャノンの鞭がアントを薙ぎ払い吹き飛ばすのだが、残念ながらそのアントにダメージは見受けられない。すぐさま起き上がりまたシャノンを食いちぎろうとその顎を開ける。
「それはダメ」
それをマドリンが空中に生んだ無数の水の槍でその場で撃ち抜いて絶命させる。
「このアントは初めて見るわ。これが何かあなたはわかる?」
「うん。これ、土塊にクィーンアントの魔力が宿ってる。多分体が崩れるか魔力がなくなるまで動き続ける土のゴーレムみたいなもの。アントゴーレムといったところ」
「硬いし、殺してもすぐに次が生まれるし、ほんと面倒ね……これだから虫は嫌いなのよ!」
「同感……シャノンも他の魔物出して」
現在彼女が常に従えているシルバーウルフとゴールドクロウはアンコと交戦しているのだが、シルバーウルフはアンコの蟻酸に距離をなかなか詰められず、また距離を詰めた瞬間が幾度かありはしても牙や爪による一撃が彼女の甲殻にダメージを与えられずに苦戦を強いられている。同じくゴールドクロウもアンコの土魔法により風魔法は防がれ、隙間を縫うようにその鋭いくちばしで一撃を入れてもほとんどダメージを与えられずにジリ貧となってしまっている。
「わかってるわよ! 全開で行くわよ! 『魔物使役』召喚!」
彼女が腕を振るうと同時に2体の魔物が彼女の周囲に現れた。
1体はアバタイトゴーレム。第5位階のゴーレムであり、フロアボスに至るまではオドラクが変身していた魔物でもある。
また1体はアイスウルフ。こちらは第4位階の、その名の通りウルフ種の魔物だ。
「アイスウルフはクィーンアントのところに行きなさい。ゴルドとシルバの盾になるのよ、わかってるわね! アバタイトは一匹ずつでいいわ、私を守りながらアントを潰していきなさい」
「魔力勝負になる」
「そうね、私たちの魔力が尽きるか、クィーンアントの魔力が尽きるか。ま、負けるとは思わないけど」
「同感」
アンコ対シャノンとマドリンの戦いも、まだまだ始まったばかりだ。




