第50話「コーディパーティ」
冒険者が6階層へと降りていく。
「あちゃー、あの人たち強いねぇ」
隣から聞こえてくるゴブノスケの言葉は確かにその通りだ。
「6階層も突破されるだろうな」
先頭に立って歩く男冒険者はダンジョン魔物たちを文字通りにちぎっては投げていく。見事な剛力……といったところか。魔力で力を上乗せしているのか、それとも単なる身体能力か。
後者にしては身体能力が俊敏性として現れていないためおそらくは前者なのだろう。前者にしても力に極振りというのは珍しいようにも見えるがそれは各々の戦闘スタイルと言ったところか。
後ろで銀の狼――あれは確かシルバーウルフと呼ばれる第5位階の魔物――の背に横乗りでいる女はどうやら魔物使い。奴の頭上を旋回している金色の鳥……いや、カラス――ゴールドクロウ――もまた第5位階。
あの女が強いかどうかは不明だが、第5位階の魔物を2体引き連れているだけでも最低限の実力が保証されていることには違いない。魔物使いである以上、他の魔物も召喚させることが可能かもしれない。
それに加えて奴らの仲間であろう冒険者が2人。この2人はまだ何もしていないため実力者なのかどうかはわからんが、パーティを組んでいる以上はどうせ似たような実力だと考えるべきだ。
「となると10階層でも厳しいだろうな」
我らのダンジョンのオーガとマーダーホーネットという切り札たちが歩き回っている10階層でも歯が立たない。
「アンコとラセツでも仕留められるかどうか」
「流石にラセツとアンコちゃんが負けることはないんじゃない?」
「……だと良いがな」
ゴブノスケの言葉に、なんとなく頷く。
あの冒険者たちは確かに強いだろう。だがあの暴力的かつ驕った戦い方はあまり我の好みではない。
あまり胸が躍らなかった。
テンマの予想通りにコーディパーティは進んでいく。
6階層に彼らが足を踏み入れた時、資料から得ていた6階層のダンジョン魔物の構成が違っていることに戸惑いを覚えた時間は一瞬だった。
5階層までとの違いはアント種の位階が1段階あがっていることだけ。
速くなった動きで縦横無尽に壁や天井を歩き回るアントに、コーディとシャノンのゴールドクロウだけでは流石に手間が増える。
その手間を省くためか休憩していた冒険者の一人、マダリンが前に出た。
「……」
言葉を発することなく次から次へと魔術を撃ちだしてはアントを一撃で仕留めていく。ゴブリンたちに関してはコーディとゴールドクロウがすぐに片付けるため、むしろペースとしては5階層までに比べて早くなったといえる。
「相変わらず君のスキル『無詠唱』は便利だね」
コーディが一人で頷きながら呟く。
『無詠唱』
それがマダリンの勇者スキルの名だ。
効果はその名の通り魔術や神術を詠唱せずとも発動することが出来るというもの。
必要魔力さえ高めておけばあとは念じるだけで発動するという、世の魔術師や神術師たちが見たら垂涎ものに違いない効果なのだがそれを当たり前に享受している彼女からすれば当然なものでしかないわけでコーディの誉め言葉に近い呟きに対しては「知ってる」といつも通りの無表情。
そのままマダリンがダンジョン魔物討伐に加わり、早くなったペースのままで9階層を突破。10階層にまで突入したコーディ達はそのダンジョンの様子に流石に足を止める。
「これは驚いたな」
「そう、ね」
「……」
「異変が過ぎるぜ」
順にコーディ、シャノラ、マダリン、オドラクが目を見開く。
彼らの目の前に現れたダンジョン魔物はオーガ4体とマーダーホーネットが4体。オーガの危険性はもちろんのことだが危険性に関してはマーダーホーネットが特段に上ともいえる。
オーガや同位階のアント種に比べると強靭性は低いがその分、攻撃力に特化している。彼らの尾から放たれる無数の針はそれの一本一本で人を殺すことが出来る針。それが空を飛び回りながら襲ってくる。敵を殺すことに特化したようなその蜂は例え金級冒険者の彼らであっても油断できるものではない。
「まるでどこぞのダンジョンの最深層だけど僕たちならば問題ない」
「ああ、俺の出番だぜ」
そう言って前に出たオドラクは己の胸に手を当てて「オーガにホーネット……とばれば必要な性能は対物理」と呟くこと数秒。
「『変身』アバタイトゴーレム」
それを唱えた。
と、同時にオドラクから光が生まれ、収まると同時にオドラクの姿は既に人間のそれではなくなっていた。
頭の先からつま先まで全てが、薄く青い光を反射させる鉱石の体。そしてその体も人より、いやオーガよりも頭一つ大きい。人ならばそのまま叩き潰せるのではないかと思われるほどの巨体となっている。
第5位階の鉱石系魔物。アバタイトゴーレム。ゴーレム種の中でも硬さにおいて進化を果たした魔物だ。
「あら、美しいわね」
「……そのゴーレムの魔石って硬かったと思うんだけどどうやって食べたんだい?」
「別のゴーレムになって食べた……ってそれは今どうでもいいことだぜ?」
「私も同感」
「そうだね、ならさっさと行こうか」
一斉に部屋に躍り出る彼らの前衛をアバタイトゴーレムに変身したオドラクが務める。その巨体、その重さから一斉に殺到するオーガたちの動きに対応できずに好き勝手殴られるオドラクだが、アバタイトゴーレムの体はびくともしない。「ふん」と、殴られながらも腕を振り回した。それだけで独楽のように弾き飛ばされたオーガの内の一体を受け止めるのはコーディだ。
「ま、オーガでも僕の『剛力』の前には雑魚でしかないわけだけどね」
誰に言うでもない言葉を落としながら受け止めたオーガの足をその手で引きちぎり、倒れ込んでくる体を受け止めてそのまま首と体も同様に引きちぎった。
「おっと」
その場に降りかかる巨大な針を避けるのだがマーダーホーネットの数は4体。上空から避けても避けても針が飛来する。コーディの勇者スキル『剛力』は力を強化する物であって彼自身を丈夫にするものではない。一撃でもくらってしまえば致死は免れない。止まらない針の猛攻に「チッ」と舌打ちをしてからゴーレムの足元へと避難する。
「効かん効かん!」
オドラク目掛けて発射される、人ならば致命傷を免れないその無数の針を体に受け止めつつもその全てをオドラクは弾き返した。その間にもオーガの一体をシャノンの魔物であるゴールドクロウが腹を貫き、シルバーウルフが喉を嚙みちぎる。
さらにオドラクの足元にいるマダリンの水魔術がマーダーホーネットの一体を撃ち落とし、残ったダンジョン魔物はオーガが2体とマーダーホーネットが3体。
いつの間にか殺到していたオーガ2体がマダリン目掛けて魔法樹の巨槌を振り下ろすのだが、やはり無駄。オドラクの体がそれらを全て受け止めて、逆にその隙をついたコーディの拳によって絶命させられてしまった。
「オーガの数が減ったし……もう決めてしまいなさいシルバ、ゴルド」
シャノンの指示を聞いたシルバーウルフのシルバは壁を蹴り、マーダーホーネットへと。ゴールドウルフのゴルドはマーダーホーネットよりも自在に素早く頭上を旋回してマーダーホーネットへと。
見る見る数を減らしていくオーガとマーダーホーネットにはもう成す術がない。大した時間もかからないままにその部屋のダンジョン魔物たちは殲滅されることとなった。
「……そういえばシャノンは『魔物使役』を発動しなくても良かったのか?」
「ええ、問題ないわ。確かにゴブリンやアントほどに醜くはないけれど……オーガもホーネットも下品でしかないもの」
隣に佇むシルバとゴルドの毛を撫でながらウットリと言うシャノンの勇者スキルは『魔物使役』というそれ。
その場で魔物を瀕死にさせて意識を失わせることで服従させることが可能となるもので、魔物の幼いころから生活を共にしてやっとその魔物を仲間とする一般的な魔物使いからすれば、これもまた垂涎もののスキルといえる。
『剛力』のコーディ。
『魔物使い』のシャノン。
『無詠唱』のマダリン。
『変身』のオドラク。
彼らの歩みはまだまだ止まらない




