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第49話「第3の刺客」


 グリーンダンジョン。そこから目と鼻の先の場所で、とある冒険者たちが野営を設置していた。

 人数は少し多い。ざっと数えても10人以上といったところだろうか。少なくとも3パーティ以上はそこでたむろしていることになる。

 そこで彼らは各々に唾をまき散らしながら興奮を隠さずに食事にありついていた。


「いや、まさか1階層から第3位階のゴブリンに加えてビッグアントまで出るとはな」

「銅素材の武器や珍しい魔術用装備品が手に入るってだけじゃなくて希少なアント種の素材も手に入る……これは当分潜りっぱなしになるかもなぁ」

「うらやましいぜ、こっちは数日分しか用意してなかったから大して潜れもしねぇ」

「いや、つったってゴブリンは強いしアントが厄介だしでおたくらと合流してこそこんだけ稼げるってのもあるからなぁ」

「俺もあんたらみたいにしっかりと準備しておくべきだったぜ」

「オレらのパーティも準備不足だったわ。いくらここが効率がいいったってマリージョアから遠すぎて、すぐにこっちに戻ってくるってのもあんまりだしなぁ。オレたちのパーティも単独じゃあちょっと厳しいもんがあって多分稼げねぇしよ」


 彼らは騒然としていた。

 今まで木製や石製の装備しか出てこずに全くもって見向きもしてこなかったこのダンジョンが、いつの間にか彼らが知るダンジョンの中でも有数といえるほどに稼ぎやすいダンジョンへと変貌していたからだ。

 ゴブリンからもたらされる純度の高い銅の武器は装備品を整えるという意味でも悪い選択肢ではないし、彼らの落とす魔術用の杖や護石タリスマンに関しては流通量が少なく、なかなか手に入らないものだ。魔術師や神術師にとっては生命線ともいえるほどに重要なそれが、このダンジョンに入りさえすればただも同然で手に入る。


 加えてアント種が出るダンジョンは人族領では現在で一つだけ。このグリーンダンジョンは二つ目となる。クィーンアントの脅威から他の全ての虫系魔物がいるダンジョンは討伐されてきたという背景があるから、それだけの数しかないのだがそれ故にアントの素材はたとえ第1位階のそれであっても希少性が高く、それなりの値段が卸すことが出来る。

 もちろん他のダンジョンでは別の希少価値の高い鉱石や毛皮、羽毛、精霊石などが手に入るのだがそれを得るには深層に潜る必要がある。1階層目だけでいうならば、以前のグリーンダンジョンのように冒険者が見向きもしないような素材しか手に入らない。

 つまり、冒険者たちにとって1階層から貴重ともいえる物が手に入るダンジョンは滅多にない。


「ならあんたら、俺たちの飯を売るから買ってくれねぇか?」

「ん?」

「そうすりあんたらはもっと稼げる。で、俺たちはあんたらと効率的に素材を得ることが出来る」

「……のったぜ!」

「オレもだ!」

「交渉成立だな。いくら死なないといっても全ロストしてるようじゃあ結局意味がないと思ってたんだ」


 各パーティのリーダーたちが腕を組んで一時的な同盟を正式に成立させる。が――


「君たち雑魚が今日はもう潜らないのはわかったけど、明日には残念なことに僕たちが行く。明日までダンジョンがあるといいね」


 ――そこに割って入る4人の冒険者。


「あ、あんたら……確か王国認定の!?」


 グリーンダンジョンに、徐々に人が集まり始めていた。






 冒険者たちが同盟を組んで翌日。

 日々ダンジョンに潜っている彼らを押しのけて彼らはグリーンダンジョン1階層にいた。


「ゴブリンとアント……このダンジョンに美しい魔物はいないのね」


 まぁ、当然よね。

 ゴールド級冒険者のシャノラが、ダンジョン魔物を見た第一感想がそれだった。

 背中にまで伸びている金の髪をきらめかせ、彼女のことを知らぬ人間が見れば一目で見惚れてしまうであろう美しい表情に笑みをたたえて、だが「気持ち悪い魔物に生きる価値はないわ」と辛辣な言葉を落としながら横に控える銀のウルフの背を、どこかうっとりとした表情で撫でる。


「行きなさい」


 シャノラの頭上。彼女の上空を旋回していた、金の羽毛を羽ばたかせた巨鳥がその指示で弾かれたように遠距離にいるゴブリンとアントの体をまとめて貫いていく。そのまま遠距離のダンジョン魔物がいなくなると同時、再度彼女の上空を旋回を始める。金の巨鳥がもたらした結果は彼女の期待通りのものだったらしく、背後にいる仲間へと笑顔のまま振り返る。


「オドラク、あなたの出番は当分なさそうよ?」


 シャノラが自慢げな視線の先には、短い金の髪をツーブロックにさせている男性。ゴールド級冒険者のオドラク。こちらも彼のことを知らぬ女性が見れば一目で頬を赤らめてしまうであろう造詣の顔なのだが、現在その顔は大きく口を開けて欠伸の真っただ中。


「ああ。この程度ならコーディとお前だけでどうとでもなるだろうぜ」

「ん……私の出番もまだなさそう」


 オドラクの欠伸をしながらの返事に言葉を付け足した人間は、帽子を目深くかぶっているゴールド級冒険者のマダリン。己の杖を右に左に持ち替えて手遊びをしているその姿からは微塵も感じられないが、既に魔力が高められておりいつでも発動が出来る様子が感じられる。


「ああ、君たちは深層までは体力を温存しておけばいい。基本は僕とシャノラの魔物で進んでいく……なにせあの『首狩り』オリヴィエがボスまでたどり着けなかったダンジョンだ。深層はきっとマダリンの魔術とオドラクのスキルが必要になる」


 最後に彼らの会話に入ってきた男の名はコーディ。同然だがゴールド級冒険者でこのパーティのリーダーでもある彼は短い青髪をゴブリンの血で湿らせながら、1階層の1部屋目にいた最後のゴブリンの上半身と下半身を引きちぎった。


「ま、最初はこんなものだ。サクサクと進めてこのダンジョンごと討伐してしまおう」

「……あら、確か依頼内容は討伐ではなく調査だったんじゃなかったかしら?」

「資料は見ただろう? クィーンアントが不殺のダンジョンにいるんだ。さっさと討伐してしまおう。王にはクィーンアントのドロップ品でも献上しておけばどうせ大した文句も言わないだろう」


 他の冒険者が言えばそれだけで冒険者としての資格をはく奪されそうなことをいとも簡単に告げるコーディの言葉はまさに彼らだからこそ許される言葉だ。

 王国認定冒険者であるコーディパーティ。

 彼らはその名の通り国に認定されている唯一の冒険者たち。故にある程度の裁量を任されている存在でもある。勇者の直系子孫として実力と名を馳せている彼らだからこそ許されている特権ともいえるかもしれない。その特権の中にはダンジョンを討伐するかどうかに関してもある程度は含まれており、このグリーンダンジョンも既にその『ある程度』の中に含まれるダンジョンへと変貌している。

 以前にこのダンジョンを訪れた『首狩り』オリヴィエのパーティは冒険者から一定の裁量を許された冒険者だが、彼らは国によってその裁量を認められている冒険者といったところだろうか。


「僕たちが調査だけして帰ってから魔獣の行進(スタンピード)が発生して僕たちの評判が落ちるなんてことになったら目も当てられない。そう思わないか?」

「賛成。ダンジョン討伐の報酬と名声をまた得られるなら俺からは文句はないぜ」

「……私もそれでかまわない」


 リーダーであるコーディの言葉を受けて、魔術師のマダリンも探索士のオドラクもが同意する。彼らの目に映る明らかな欲望に気付いたシャノラがため息を落として


「わかったわ」と頷く。


 魔物使いのシャノラ。

 彼女の目にもまた、まるで当然のように欲望の色が宿っていた。



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