第48話「元魔王の弱点」
ダンジョンボスとダンジョンマスターが主に冒険者と戦う部屋であり、つまりはダンジョンにとっての最後の場所となるボス部屋。そこに3体の主力の魔物が集まっていた。
「い、いやぁ……それはちょっと無理じゃない?」
ゴブノスケがあからさまな及び腰で呟き。
――私もそう思う。
ついでアンコが何度も頷く。
「やはり……そんなに」
最後にラセツがため息を落とす。。
彼らの議題はラセツ発案の「この3体ならばボスにも勝てる可能性があるのではないか」という言葉だったのだが、残念なことに同意者はいなかった。
第6位階、ゴブリンキングであるゴブノスケ。
第5位階、クィーンアントであるアンコ。
第6位階、オーガバーサクであるラセツ。
この3体だけでも国の規模によっては滅んでもおかしくはない力量の持ち主たちではあるのだが、その彼らでさえもやはりテンマには未だに勝てないという気持ちが強い。
「……ラセツが今の位階に進化する時に、やられちゃった時のイメージが強すぎてさ」
少しだけ気を落としたような動きを見せたラセツに、ゴブノスケが申し訳なさそうな顔で呟く。
彼が今思い浮かべている記憶はまだ新しいそれ。
ゴブノスケがラセツに名前を与えた時に、気を抜いていたとはいえ一瞬でダウンさせられたあの記憶。
――動きが見えなかったもんなぁ。
第6位階となったゴブノスケの動体視力でも、全くと言っていいほどに見えなかった。
150年近くダンジョンマスターとして過ごし、最低限の経験はもっているつもりでいたゴブノスケだが、気配も感じなかった。
ゴブノスケとてラセツに名前を与える時にはこの3体ならばテンマにも勝てるのではないかという期待が心の中にあったが、ネームドの時に更なる実力差を見せつけられたと感じていた。むしろ自身が強くなったことで逆にテンマとの差を理解できるようになってきていたと言った方が近いのかもしれないが。
そこまで考えたゴブノスケが「うん」と頷いて首を横に振る。
「きっと第6位階が数体いる程度じゃあどうにもならないだろうね」
「そんなに……なのか」
第6位階に至ったことで持っていた自信を崩されてしまい肩を落とすラセツへと、今度はアンコが念話を発する。
――私はやっぱり、お父さんと言えばダンジョンを巡らせている障壁を簡単に壊しちゃうあたりで魔力の質も量も桁違いなんだって思わされちゃってるから。
「あ、そういえば。テンマってそういうダンジョンシステムの根幹を覆すことも平気で出来るんだよね」
「障壁を破る?」
うんうんと頷くゴブノスケと首を傾げるラセツ。あまり理解できていないであろう様子のラセツが言外にアンコへと視線を送った。
――うーん、そうね。なんと言ったらいいか……あ、そうだ。
そのまま一体だけ遠のいてそのまま壁へと到達したアンコの姿を、これはラセツだけでなくゴブノスケもまた首を傾げたまま見つめていたのだがアンコが上手に前脚を用いてラセツへと手招きのジェスチャーを。
「?」
なんだなんだと招かれるラセツの背中にゴブノスケも笑みを浮かべてついていく。そのまま壁際へと至ったラセツへと、アンコが首を壁へと向けて『殴れ』という動きを見せる。
「……は?」
意味が分からないといった様子のラセツだが、アンコの『今のあなたなら壁を殴ったら障壁のことを理解できると思うわ』という念によって頷いた。
「……マスター」
「うん、どうぞ」
ここはボス部屋ということもあって殴ってよいかの確認をとるためにマスターであるゴブノスケへと視線を送るラセツへと、ゴブノスケはニコニコとして答える。
「……」
心を決めたラセツが全身全霊の力と魔力を己が右手に持つミスリルの巨槌へと流し込み、それを壁へと叩きつけた。
ズン、という音と共に衝撃が部屋中へと広がる。
「……なるほど、そういう」
まるで地震かのように鳴り響くそれに対して殴られた壁の様子は若干えぐれているだけでまるで平然としており、それにより気付いた。
「壁の向こうにまるで桁違いの魔力か何かが張り巡らせているんだな……これは俺ではどうにもならない」
――ダンジョン内でどれだけ暴れられてもダンジョンが壊れないようにっていうシステムだと思うけど、それをお父さんは無造作に殴って壊すのよ……なんというか位階が低いと低い時に見ても驚かなかったけど、今の位階になってからあれを見た時はちょっとだけだけどお父さんに対して引いちゃったわ。
テンマが聞けば膝をつきそうな言葉だが、ダンジョンのことに関しては誰よりも理解しているダンジョンマスターのテンマもまた同意する。
「ダンジョン魔物は外に出ることが出来ないっていう当たり前を一瞬で壊すのは凄いけどそれ以上に本当に簡単にやりすぎてて、ね。僕もハイゴブリンだった時なら感謝しか浮かばなかったと思うけど、今の位階になっちゃうとちょっとそれが桁違いすぎて感謝よりも先に驚いちゃった……他のダンジョンでもそんな話聞いたことがないし」
王種として魔力を豊富に持つ2体だからこそ、このダンジョンの障壁を破ることがいかにおかしいことかを理解しており、ラセツも直接障壁を感じたことでそれを理解した。
「……となるとやはり俺たちではまだまだボスには勝てないか」
――これはもっと強くならなければならないな。
そう付け加えようとしたラセツだったが、その前に『いえ?』とアンコの念話がそれを遮った。
「私たち……というかマスターがボスに勝っている要素が一つあるわ」
「え!? 僕が!? なになに!」
「流石マスターだ! 聞かせてくれ、アンコさん」
――それは。
「……」
「……」
固唾をのんで見守る2体にアンコは首を巡らせ、そして発する。
――マスターのネーミングセンスよ!
「…………む?」
その言葉の意味が理解できなかったラセツとは違い、隣のゴブノスケは肩を震わせてから「だよね!?」と叫び出した。
「よかったよ、アンコちゃんがわかってくれていて! そうなんだよね、テンマのネーミングセンスひどいよね!?」
――ええ、マスター。私の名前がアンコっていうだけでちょっとがっかりなのに、マスターの名前のゴブノスケって……私の知る限り、お父さんの唯一の弱点ね。
「マスター? アンコさん?」
急に熱量の上がった2体に困惑といった表情を浮かべるラセツだったが、どうやらそれも藪蛇だったらしい。
――あなたはいいよね。マスターから格好いい名前を貰えて。
「い……いや」
自分の名前に関して疑問を持たなかったラセツがその気迫に後じさりするのだが、それを許さないかのようにその背後にはゴブノスケがいた。
「……僕もテンマには感謝してるけどこの名前だけはちょっとなぁ」
「ま、マスターまで」
「まぁ、もうどうしようもないんだけどね」
――ええ、本当に。
最早恨みがあるかのようにすら見える2体へと、名前自体は俺としてどうでもいい……という言葉を飲み込んだ。ここでそれを言ってしまえば2体に詰め寄られることになっていたことは間違いないことを鑑みればラセツの本能は素晴らしい判断を下したと言えるだろう。
「とりあえず笑うしかないから。テンマの名前のセンスがひどいと笑おうか、アンコちゃん」
――そうね、マスター!
アッハッハ、と乾いた笑いを全力であげる2体だっが「ほぅ?」という聞き覚えのある声でその笑いが止まることとなった。
「あ、あれ? て、テンマ……さん?」
さび付いた動きでその声の主を確かめたゴブノスケとアンコが、明らかに頬を引くつかせている様子を見て、一歩後退する。
――いつから、いたの?
「ふむ。ラセツが3体がかりならば我に勝てるのではないかと言い出したあたりからだな」
――最初からじゃないか!
そんな言葉を飲み込んだゴブノスケだったが、アンコが『じゃ、じゃあもしもお父さんがラセツ君を名付けるとしたなら?』と念話で尋ねる。その言葉に、テンマは「愚問だな」と彼らしい自信に満ちた笑みを浮かべる。
「……」
ラセツへと視線を送り考えること数秒。
「オーガード」
「ださすぎるよ、テンマ」
――それは無いよ、お父さん。
「オーガードは嫌だ」
ゴブノスケとアンコ、それに名前はどうでもいいと考えていたラセツもが一斉に否定。
「……良い度胸だ。我に貴様らが勝てるかどうか、確かめてみようではないか」
その後、グリーンダンジョン最奥部から悲鳴が上がるのだが幸いなことにそれは誰にも気づかれることはなかった。
その翌日。
一日が経過し、死んでしまった2体のフロアボスが丁度生き返った時だった。
――侵入者かしら?
「かもしれない」
冒険者が来る。