第45話「2対2」
オリヴィエ達が一歩。
足を部屋へと踏み入れた瞬間だった。
「ぶるぁぁああああああ!!」
オーガバーサク。
オーガウォーリアーから進化を果たし、第6位階へと至ったラセツの姿。
赤の色素が薄くなり、代わりに黒が差したような赤黒い肌。鋼のような筋肉。オーガウォーリアーだった時には身に着けてた甲冑をかなぐり捨てて、身を包むものは下半身から膝までを隠すように纏われている漆黒の衣。彼が持っている巨槌はそれだけで一般冒険者にも及ぶほど大きく、青白く輝く鉱石からなるそれからは魔力すらも感じられる。
そんなラセツの怒号が響く。いや、既にそれはもう怒号ではない。
耳をつんざく爆音。ほとばしる魔力。全方位へとまき散らされる衝撃。それは既に一種の攻撃魔術に近い。
魔力が込められた音の衝撃に直撃した二人の足が竦む。
その一瞬。
銀の髪を振り乱し、彼らの眼前へと一歩で踏み入ったラセツはそのまま巨槌を横なぎに振るう。一網打尽で片付けてしまおうという彼の暴力だが、それを身に受けるほどオリヴィエも甘くはない。
横にいたヘリックスを蹴り飛ばして巨槌の間合いからヘリックスを外すと同時に剣を合わせる。
「っ」
膂力はおそらく桁が違っていたのだろう。オリヴィエが当然のように壁へと一直線に弾き飛ばされるのだが、壁にぶつかる直前に体を反転させて足から着地。反動を利用して一気にラセツの間合いに入った。
――一気に決める!
ラセツの桁違いの身体能力から既に彼女はラセツを危険なダンジョン魔物と認識した。出し惜しみをしている場合ではないと判断していきなりの奥の手『スキル』を発動する。
「両だっ!?」
全てを両断するスキル『切断』を発動しようとして、失敗。原因は――
「クィーンアントの仕業か!」
――アンコの土魔法による足元の爆発。
一気に空中へと飛ばされたオリヴィエが空中でもう一度切断を発動させようとした時には既にラセツが巨槌を薙ぎ払おうとしている時だった。
――間に合わん!
慌てて剣を立てて防御の構えに移行するのだが、その寸前。武器を持っているラセツの右手へと狙いすまされていたかのように『トルネードアロー!』という声が走り、ラセツの右手へと突き刺さった。
「な!?」
右手を貫けなかったことに対してヘリックスの驚きの声が響く。ラセツの動きは一瞬止まったが、ただそれだけ。すぐに巨槌が薙ぎ払われた。
「くっ」
オリヴィエもまた流石といったところだろう。
その一瞬でラセツの巨槌に対して剣を立てて自分の身への直撃をどうにか防いだ。が、その一撃で剣が粉砕。オリヴィエの体は今度こそ本当に壁へと激突することとなった。
「オリヴィエさん!?」
悲鳴じみた声をあげたヘリックスが慌てて彼女の下へと駆け付けようとして、絶望に顔を歪ませた。彼の頭上からはとても避け切ることなど不可能なほどの広範囲にまき散らされた蟻酸が降り注ぐ。クィーンアントの蟻酸は人が浴びれば一瞬で溶けるともいわれる強力な酸だ。
「プロテクトウォール!」
詠唱を省略できる中でも最硬の魔術障壁を生み出して自身を覆うように魔術の壁を張り巡らせる。直撃を免れて即死から逃れた時間はほんの一瞬。ヘリックスの危惧通りに足元が爆発して魔術障壁の範囲外に体を弾き飛ばされてしまうこととなった。
「ですよね」
諦めたように呟いたヘリックスに大量の蟻酸が浴びせられた。一瞬で骨と化したヘリックスが消失。
と。
「断空!」
突如としてオリヴィエの裂帛の声が響いた。
それはアンコの首を刎ねるはずだったのだが、その寸前でラセツが左腕を差し出した。ラセツの左腕が落ちて、アンコの蟻酸がオリヴィエに降り注いだ。
「く、そ」
これで、終わり。
オリヴィエもまた骨となりその姿を消失させた。
こうして人族領に約20人しかいないとされる金級冒険者であるオリヴィエとそのパーティである銀級冒険者のヘリックスが、グリーンダンジョンでボス部屋にすらたどり着けずに敗北した。
見事。
その言葉を飲み込んで戦闘観察の画面を閉じる。隣ではハイゴブリンも己のダンジョンメニューから先ほどの戦闘を見ていたようで「ふー、やっぱり皆強くなってるなー」と呑気な声を上げている。
ゴブノスケの言葉はその通りで、我からしても否定する要素がない。
確かにダンジョンは随分と強くなった。
第3位階から第4位階のゴブリン。第1位階から第3位階のアント。
一般的なダンジョンがどうかは知らんが、少なくとも現時点でも弱小ダンジョンということにはならないはずだ。さらにアンコの卵に我の魔力を流した卵ももうすぐ産まれることと、これから先にもダンジョンの階層は増えていくこともある。
まだまだ進化するこのダンジョンにそろそろ冒険者たちも本腰を入れてこのダンジョンへとやって来ることになるだろう。
今回はたまたま冒険者たちが殺し合いを始める前にやってきたためダンジョン魔物たちが全員そろっている状態で戦うことが出来たが、そろそろダンジョン魔物同士の殺し合いは止めて冒険者との戦闘に備えた方が良いのかもしれない。
5階層以降の、つまりは以前からこのダンジョンにいたゴブリンたちはやはり強くなりたい、進化したいという強さへの貪欲さが見えるため続けても良いかもしれんが新しく配置したゴブリンたちからはその熱が感じられない。こればかりは苦汁をなめさせられた経験によるものだろうから仕方がないとはいえ、あまり効果が見込めないことをやっても仕方がないという意味合いもある。
また、ダンジョン魔物はある一定の数を配置すれば次の位階のダンジョン魔物を配置できるようになることもあるとゴブノスケが言っていたので、それをあてにしてもいいのかもしれない。
我が今後の方針について考えていると、横からゴブノスケが我の思考へと割って入ってくる。
「あの冒険者たち、結構強かったよね!」
「……そうだな。特にあの女の方はなかなか素晴らしかったと思うぞ」
実際、ラセツが今の位階に至っていなかった場合あの女を止めることが出来ずにラセツとアンコの2体は突破されていただろう。それほどにあの女は完成されていた。さらに言うならばあの技だ。実際に対峙していないため想像でしか考えられんがあれは非常に強力であるように見えた。ほんの少しあの女が使っていた奇妙な技を受けてみたい気もしたが、まぁそれはもう終わったことなので縁がなかったと考えることにする。
「やっぱり! 僕のダンジョン最強だ! ふっふっふ! はっはっはっはっは!」
ダンジョンの成長ぶりに純粋に目を輝かせているゴブノスケが見るからに調子にのっている。
「……」
なんとなく癪に感じたので釘をさしておくことにする。
「あれだけの冒険者を倒したとなれば、これから多数の冒険者がダンジョンにやって来ることが予想される。そうなった時のためにもダンジョンの強化は進めていく必要があるぞ?」
「わかってるさ! でも大丈夫。あの冒険者たち相当強かったみたいで、ダンジョンポイントが20万近く貰えたよ!」
「それは朗報だな」
「でしょ!」
ダンジョンメニューを開くゴブノスケを傍らに、先ほどの戦闘を思い出す。
先ほどの戦闘はほとんど魔物側が圧勝したようには見えていたが、実際のところそうでもなかった。前衛のラセツと女冒険者、後衛のアンコと男冒険者といった構図でラセツと女冒険者は実際のところどっちが勝利していてもおかしくはなかった。
純粋な戦闘力では間違いなくラセツだったが、あの女冒険者の強力な技はそれを一発で逆転させるものだ。勝敗が簡単についた原因は後衛の差。アンコが男冒険者とは比にならないレベルで強かったから。
そこに尽きる。
さすがは王種といったところではあるのだが、もしも女冒険者級が二人以上でダンジョンに侵入した時には今度はアンコが先ほどの男冒険者のように敗因となってしまう。
賢いアンコのことだから、その事実には気付いていることだろう。
「とはいえ我に出来ることは見当たらんのだが」
「……何か言った?」
「いや、何も……それよりもまだポイントは使っていないだろうな」
とにもかくにも、まずはダンジョンポイントの臨時収入でダンジョンを強化する必要がある。
まだまだ出来ることはある。




