第44話「首狩り」
「やはり、といったところだな」
「ええ」
足を止めたオリヴィエの言葉に、ヘリックスが頷いた。
彼らの眼前にはポッカリと開いた下層へと続く階段。要するに11階層への道だ。
「20階層ぐらいは覚悟するべきかもしれないな」
「いえ、僕の予想では15階層ですね」
「……その心は?」
「このダンジョンの6階層から10階層までの難易度は5階層に比べて低かったですよね」
「ああ」
「加えて6階層以降は僕たちが来る前に仕入れていたダンジョン魔物の構成情報と合致しています」
――位階は違いましたが。
付け加えたヘリックスはオリヴィエが話を理解しているかを確認するためにその表情を覗き、それを確認できたらしくすぐにまた話を続ける。
「つまり、5階層までが新築のダンジョン。6階層から15階層までがグリーンダンジョンの根幹となった階層になる……という根拠のない予想です」
「なるほど。では負けた方が酒代の奢りだな」
「いいですね」
軽口を叩きながら下層へと足を進める二人の足取りは11階層のゴブリンたちを見つけても止まらない。
「この階層のダンジョン魔物もゴブリン種のみか」
「っえ、え! ……10階層までの……ふっ! ゴブリンよりも位階が高いですし……これは僕の勝ちですかね」
第4位階のゴブリンたちがいても彼らの歩みは止まらない。
ところどころヘリックスの会話が止まり余裕のない瞬間もあるが、今までとの違いはそれぐらいだろう。それ以上にオリヴィエがゴブリンたちを切り刻んでいき、結局はペースすらも変わらずに彼らは進み続けていく。
「……この階層はまたゴブリン種とアント種が共生しているようだな」
「ええ、なかなか読みにくいダンジョンではありますね」
特に大きな苦労もなく、また休憩を一度も挟むことなく15階層までたどり着いた彼らは、その光景により首をひねることになった。
「そうだな。降りてきた階段から次の階層に降りるための階段までの道のりが一直線の構成で全く迷路になっていない。罠もない……ここのダンジョンマスターのハイゴブリンは余程に素直なのかと思っていたら案外そうでもないらしい」
彼らの目の前に広がるダンジョン魔物はその言葉の通り。
第4位階のゴブリン達が4体と第2位階のアントたちが3体。それに加えて、ひと際体の大きい黒色のアントー――第3位階のアント種、キャプテンアント――が一体。合計で8体のダンジョン魔物が部屋を闊歩していた。
「……しかし、15階層でこれとは。本当にこの場でダンジョンを討伐しないとまずいことになりかねないですね」
「そうだな。そもそも第3位階の魔物が1階層から存在している時点で、上級ダンジョンに認定されていてもおかしくない」
会話をしながら部屋へと躍り出る二人へと、計8体のダンジョン魔物が押し寄せる。
「っで!? 10階層からは第4位階! 15階層からはまたアント第2位階のアントたちっと! これで階層が増えれば間違いなく上級ダンジョンですね……っと『プロテクト!』 すいません! あまり話す余裕がないです!」
「ああ、自分の命を最優先に動いてくれ。というかそれが当たり前……だ!?」
先制攻撃はダンジョン魔物から。
2体のゴブリンウォーリアーがそれぞれアルゼンアント持ち上げて、ヘリックスへとぶん投げたことが開戦の合図となった。
目を丸めて、驚きのあまり一瞬だけ思考を停止させるヘリックスだが大きく後退してそれを回避するのだが、今度はソルジャーアント1体の蟻酸が襲い掛かる。慌ててそれを防御魔術で防いだのだが、今度はゴブリンナイトがその目前に迫っていた。
流石に近接距離では分が悪いことを理解しているがヘリックスがその一撃を慌てて回避する。怒涛の波状攻撃とも言うべきか。1階層ならば攻撃の合間合間に反撃の隙間があり、回避する間に数体を討伐できたが15階層ではその隙間すらない。また反撃の隙が無くともその間にオリヴィエが他のダンジョン魔物を減らしていたのだが、そのオリヴィエもまた15階層のゴブリンウォーリアー2体ととキャプテンアントの見事な連携に舌を巻いていた。
まっすぐに向かってゴブリンウォーリアーの首を刎ねようと腕を振る瞬間にキャプテンアントがゴブリンウォーリアーの足を咥えて引っ張って地面に倒したことでその一撃を紙一重で回避することに成功。
その隙に反対側から斧を振りおろした別のゴブリンウォーリアーの刺し殺そうとしたところでキャプテンアントが飛び出してきて身代わりとしてその一撃を受けた。消滅していくキャプテンアントを押しのけて振り下ろされた斧の一撃に、流石のオリヴィエも慌てて動く。
「『両断』」
オリヴィエの腕が霞み、振り下ろされていた斧ごとゴブリンウォーリアーの首を刎ね飛ばした。
次いで背中から襲い掛かってきたゴブリンウォーリアーへと体を反転させながら、まるで背中に目があったかのように正確にその胸を突き刺した。次いで、ヘリックスがゴブリンナイトとアントたちのコンビネーションの対処に苦労している姿を認めてその場で剣を腰だめに構える。
「『断空』」
その場で剣を一閃。ゴブリンナイトの首が地に落ちた。
こうなってしまえば残りは第2位階のアントたちのみとなる。
程なくしてアントたち全てを討伐し終えた。
「ダンジョン魔物たちの連携は見事でしたね」
部屋のダンジョン魔物が一掃されたことを確認したヘリックスが息を吐く。
「お互いに油断が過ぎたな。私もスキルを使ってしまうことになるとは思わなかった」
スキル。
オリヴィエが勇者たる所以である。
彼女のスキルは『切断』。
そのスキルをもってすればこの世に切断することが出来ない物はないとされている強力なスキルだ。その力と卓越した技術を以て隙があれば一瞬で首を切り落としてきた彼女だからこそ付けられた通り名は『首狩り』と少々物騒なそれ。
スキルは彼女がいざという時にのみ使用している切り札で非常に有用であるものの体力を使うため、これから訪れるであろうボス、マスター戦を予想して出来るだけ節約しようとしていたものだ。
「体力は大丈夫ですか?」
「一度使ったぐらいで疲れるほど、やわではないよ」
「けれど、いきなり連携の練度が跳ね上がったように感じましたね。もうちょっと真剣に進みましょうか」
「ああ」
そう言ってゆっくりと進み始めようとした彼女たちだったが、部屋から次の部屋につながる通路を通ろうとして首を傾げた。
「……なぜこの階層だけ通路が大きいと思う?」
「わかりませんが……そういうサイズが適正なダンジョン魔物がいる可能性を考えた方がいいかと思います。あとオーガもこのダンジョンで位階が上がっているかもしれません。隙を見逃さないように進みましょう」
「わかった」
このダンジョンの1階層で想定していたクィーンアントの予想がいよいよ現実味を帯びてきていることを実感しながら、また、このダンジョンに突如として現れたオーガのことも気にしながら二人は警戒を一層に強めながら足を進める。
先ほどの戦闘では本当に不意をつかれてしまっていただけだったのだろう。次の部屋からはスキルを使うことなくペースもまるで1階層にいた時のようにスムーズに進んでいく。
が。
順調に進んでいた彼女たちが15階層の10部屋目へと差し掛かろうとした時――
「っ!?」
「……」
――その足を、このダンジョンに入ってから初めて止めることとなった。
そこにいたダンジョン魔物は2体。
彼らが想定していた通りのクィーンアント――第5位階――ともう一体。
彼らが想定すらしていなかったオーガバーサク――第6位階――がそこに佇んでいた。
「クィーンアントに……すいませんオリヴィアさん。あのオーガ、わかりますか?」
「いや、私もあれは知らないオーガだ」
――やれやれ、ダンジョンボスにすらたどり着けないかもしれないな。
吐き出しそうになった言葉を、オリヴィエはギリギリで飲み込んだのだった。




