第40話「ダンジョンシステムによるネームド」
ゴブノスケとダンジョンの強化に取り組む中、ダンジョンポイントを使いつくしたことでゴブノスケの魔力が回復するための待ち時間となったため我とゴブノスケは各々で行動していた。
ゴブノスケはオーガウォーリアーと話があるようでボス部屋に今二体でいる。丁度、我もアンコに用があると言われていたのでボス部屋から出て10階層に来ていた。アンコが10階層を通り抜けやすくなるようにと巨大化した通路を見る。
「ふむ」
通路の作成やサイズの変更には大したポイントがかからないため、あまり負担にはならない。そのため即実行したのだが思ったよりも広くなっていて、まるで10階層だけは別のダンジョンにいるかのような錯覚にすら感じられた。
――ありがとう。お父さん。後でマスターにもお礼言わないと。
自身の専用部屋からいつの間にか現れていたアンコから礼を言われる。
「元々はお前がこのダンジョンを歩きやすいように、というためだったが、うむ。どうやら結果的にダンジョンのためになっているようだな」
――ええ。
元々アント種はダンジョンの壁や天井を縦横無尽に歩き回ることが出来る種族だ。例えば冒険者が警戒していない頭上から蟻酸を落としたり、壁を這って急にかみついたりと。狭い通路の時は天井にも壁にも簡単に冒険者の手が届いていたため出来なかった戦い方が可能となる。ダンジョンの各部屋だけでなく各通路でも警戒させるという意味でも非常に有用だと考えられる。
「それで、アンコ? 我に用があるという話だったが?」
――そうなの、お願いがあって。
「願い?」
一体何の願いなのか?
アンコにしては珍しいその言葉に首を傾げる。
――ダンジョンの階層が増えるにあたって、私の子供たちを増やしてほしいっていう話があったでしょ?
「うむ」
何か問題でも発生したのか?
あまり好ましくない状況の可能性が胸をよぎったのだが、どうやらそれは違うらしい。続くアンコの言葉でそれが否定された。
――問題があるわけじゃなくて、むしろダンジョンをより良くするためにっていうお願いでね?
「……一体何をする気だ?」
――階層に入る分の子供たちを増やそうと思ったんだけど、一つ気づいたことがあって。
「気づいたこと?」
――1日で増やす卵の数を減らしてその分、一体一体に対して魔力を注ぐことが出来るって。多分、孵化の段階で第2位階ぐらいにはなれると思う。
この話自体はアンコもクィーンアントととして板についてきたということか。と感心したのだが、それはそうと我にお願いとは一体何なのか? 今の話からはあまり我への願いとやらにピンと来ない。その戸惑いがアンコにも伝わったか、アンコがすぐに本題に。
――お願いっていうのはお父さんの魔力を卵に注いでみてほしくって。
「……ほぅ?」
――私が特別に魔力を注いであげた卵ならきっとお父さんの魔力にも耐えられるんじゃないかなって思うの。
なるほど。
アンコが我の魔力を餌として生まれたように、アンコの子にも我の魔力を糧にさせてみたいということか。
だが。
「下手をすれば生まれることなく崩壊するが……それは理解できているか?」
――もちろんよ。そうならないために私も精いっぱい魔力を注いだ卵を生み出すから。
我の魔力は強すぎて、他の生命体からすればほとんど毒のようなものだ。
アンコが無事に生まれてくることが出来た理由は単純に孵化寸前だったこと。その命が魔力不足で失われかけていたこと。さらには、あとほんの少しの魔力の糧があればよかったという3つの条件がそこに揃っていたということも大きかった。
一からそこにあり魔力も十分に供給されているであろう今のこの状況で、もしも我が不用意に魔力を注いでしまえばそのまま崩壊してしまうことになる。そうなってしまえばまだ卵である以上、ダンジョン魔物としても認識されておらず一生その命は返ってこないことになる。
一人一人の子を大事にしているアンコからすればなかなかに堪えがたいことであるはずだ。
「良いのだな?」
――ええ。そのためにも特別に魔力を注いだんだから。お父さんも注ぐ魔力量はお父さんなりに調整してくれるんでしょ?
「うむ、それに関しては全力で調整しよう」
アンコの信頼に、我は大きく頷いたのだった。
「話というのは何だ? マスター」
テンマとアンコが新たなる試みに挑戦している頃。ボス部屋にはゴブノスケとオーガウォーリアーが座ったまま対峙していた。
――大きくなったなぁ。
シミジミと、といった様子でゴブノスケが遠い目を浮かべる。
ダンジョンを作成したばかりの頃、10階層まで作り、グリーンゴブリンを一定数設置したことでダンジョンシステムで解放された第2位階のゴブリン達。そしていつも一緒にいてくれたレッドゴブリン。
始まりはハイゴブリンとレッドゴブリン。
それが今や第6位階のゴブリンキングと第5位階のオーガウォーリアー。
一般的な冒険者では立ち向かうことのできないダンジョンマスターとダンジョン魔物として、二人はここにいる。
ほんの少し前ならば考えられない程の成長。
自身が眠っている間にここまで大きくなったものかと、改めて感慨深くなってしまったゴブノスケだがもちろんこうやって思い出に浸るためにわざわざオーガウォーリアーをボス部屋に呼んだわけではない。
重要な話があった。
「オーガウォーリアー。君に『ネームド』を行いたいんだ」
「ねー……む、ど……ネームド!?」
言葉の意味をよく理解できずに首を傾げたオーガウォーリアーだったが、その言葉を反芻してからやっと気付いた。
第5位階以上のダンジョンマスターのみに許されているダンジョンシステムであり、第5位階で1度。そこから位階が上がるたびに一度ずつ増えていくという数に限りがある行為だ。
ゴブノスケの位階は現在第6位階。つまりたった2度しか出来ない行為の一つを今自身に行おうとしている事実に、オーガウォーリアーが思わず立ち上がる。
「で、でも俺は――」
――弱い。
テンマより弱い。
ゴブノスケとは結局戦えていないがそもそもの位階が低く、戦わずとも己が弱いことは彼自身理解している。
そして、同位階のはずのアンコよりも弱い。
王種とそうでない種の差か。アンコとは何度か戦ったがそのどれもが結局オーガウォーリアーの敗北で終わっている。もちろん、差は随分と埋まるようにはなっていたが。
まだまだ弱い自身を認めてネームドはまだ早いと訴えようとするオーガウォーリアーの言葉をゴブノスケが遮る。
「君に、名前をもらってほしいんだ。テンマも言っていたよ。君ほどにこのダンジョンを守ってくれたダンジョン魔物はいないって」
「お、おれ……が?」
信じられないように声を震わせるオーガウォーリアーの肩をポンと叩き「以前にも言ったけど、本当にありがとう。僕からの名前を受け取ってほしい」
「っわかった。名前をくれ、マスター」
マスターに礼を言われたこと。
テンマに認められたこと。
全てが報われた瞬間でもあった。
彼の今までの怒りが充足していく。
マスターの優しさに何もできない自分へと、ただひたすらに怒り狂っていたあの頃の彼はもういない。
「君の名前は『ラセツ』だ」
「俺の名は……ラセツ」
ラセツが自身へと与えられた名を呟くと同時、オーガウォーリアーの体が光る。
「……これは」
「そう、ネームドで強化されるのさ」
呟くラセツの言葉を裏付けるかのようにゴブノスケが頷くのだが徐々に強くなる光から両者が目を閉じる。
「……」
光が収まった時、そのラセツの姿にゴブノスケとラセツ自身が驚きに目を見開いた。
「変わって……いない?」
「え、は、なんで? だってネームドでダンジョン魔物の位階が一つあがるはずじゃ」
困惑が最高潮に達し、ひたすらにオロオロとその場で首を傾げることしかできない。
そんな二体へと。
「がっかりしたぞ、オーガウォーリアー……いや、ラセツよ」
ボス部屋の入り口に立ち、かつてないほどに無表情なテンマがそこにいた。




