第39話「ダンジョンの方向性」
「じゃあすぐに1階層ずつ強化していこうよ!」
上機嫌のままでダンジョンポイントを注ごうとするゴブノスケだったが、さすがに「ちょっと待て」と待ったをかける。
「ダンジョンを強化していくことが可能ということは理解したが実際のところ、考えなしにダンジョン魔物をポンポンと配置すれば以前のこのダンジョンのようにまたすぐに上限にひっかかってしまうことになるのではないか?」
「う゛」
途端に動きを止めるゴブノスケ。
「で、でもほら。今は100階層までは作ることが出来るんだしさ、あんまり細かいことを考えなくても」
ふむ。
ゴブノスケの言っていることも理解できなくもない。現状でこのダンジョンは10階層まで。残り90階層も自由に作成できるとなれば、ある程度雑にやってしまっても良い気もしてくる。
だが。
我は首を横に振る。
「1階層1階層を本気で作る。だからこそ冒険者もまたこの不殺という甘いダンジョンにも本気で挑む……と、我は思うが我の考えは間違っているか?」
「……」
ゴブノスケが考えを巡らせて黙り込む。
「我としてはやるならば徹底的に。冒険者が命を懸けて挑まれるようなそんなダンジョンのボスでありたい。そんなダンジョンを乗り越えて、我らのもとへとたどり着いた冒険者たちと戦うことこそが我にとっての楽しみにもなると考えているが」
「……うん、わかった。楽しみっていうのは僕にはわからないけど、ダンジョンの在り方としては確かにテンマの言う通りだと思う」
「そうか」
ゴブノスケの同意に面倒にならなくて済んだという思いがよぎる。
我もゴブノスケもこういった頭を使うことはあまり得意ではない。我は基本的に力技物事を解決してきたことと、ゴブノスケもダンジョンの成長を行き詰らせてしまった過去がある。
つまり、苦手な分野であるからこそ我らは同じ方向を向いていなければ良いダンジョンを作ることが出来ない。
それに関して、まずは同じ温度感を保つことに成功したといったところだろうか。
「じゃあまずは100階層まであることを考えるんじゃなくて、20階層までを作ることに集中しよっか」
「うむ、我もそれが良いと思うぞ」
「20階層までダンジョンを作ると20階層毎にフロアボスも設定できるし」
「フロアボス?」
聞きなれない言葉に首を傾げると、ゴブノスケが頷いた。
「ダンジョンの強い魔物たちを設定して、その魔物を倒さない限り先に進めないようにするんだよ。で、その倒さないと進めない魔物をフロアボスって呼ぶんだ」
「……それに何の意味があるのだ?」
「フロアボスを倒した時に冒険者が得られる報酬が増えるのとフロアボスが冒険者を倒すと回収できるダンジョンポイントが増えるみたい」
つまり、冒険者にとってもダンジョンにとっても損がないということになる。となればそのフロアボスを設定できる20階層ごとにダンジョンの強化を進めることもありなのかもしれない。
「ほぅ、それは確かに良いな」
「うん、フロアボスはオーガウォーリアーとアンコちゃんがいるから丁度いいと思うし」
「それは間違いなく設定するべきだな」
なんとも色々と細かいところまで考えられているダンジョンシステムには舌を巻いてしまうのだが、その間にもゴブノスケは「じゃあ次は」と話を進める。
「11階層から20階層まで、まず階層や部屋を作るとして何の魔物を配置するかだよね」
「確か鬼系のグリーンゴブリン、獣系のブラックウルフ、虫系のビッグアント、物質系のゴーレム、不死系のスケルトン、スピリット系のゴースト、飛行系のブラッククロウ……だったかか。他のダンジョン魔物は配置出来ないのか?」
「えっとね、僕がハイゴブリンだった時はゴブリン種だけ第2位階までは配置出来たんだけど……ちょっと待って……って!?」
ゴブノスケが目を見開いてその動きを止める。
「どうした?」
ゴブノスケはその少し緑がかった白い肌を紅潮させながら「うわ! うわー!」と叫ぶ。
「オーガも配置できるようになってる!? ゴブリン種が第4位階まで開いてるしアント系も第2位階まで開いてる! うわー、必要なダンジョンポイントも桁違いだけど、すっごいよこれ!」
「ほぅ、それはまた随分と朗報ではあるな」
「そうだよね! オーガや第4位階のダンジョン魔物は1万ダンジョンポイント必要だから簡単じゃないけどいつかはたくさん配置できるといいな」
「うむ、そうだな」
ゴブノスケの言葉に同意する。
現状で最強ともいえる第4位階のダンジョン魔物たちを配置できるようになればそれは確かに切り札となるだろうが、冒険者が唸るほど来るようにならなければそのダンジョンポイントの捻出も不可能に近い。
まずは20階層まで作成するとしても、そこに全て第4位階の魔物たちを配置することはあまり現実的ではないだろう。
「第3位階のダンジョン魔物は一体につき1000ダンジョンポイントだから、最初は第3位階ぐらいから配置できるといいかなって思う」
「……ふむ」
一日5万ダンジョンポイントを入手できると考えるなら、あまり細かい数字はわからんが1000ダンジョンポイントは妥当というところだろうか。
「アント種の配置はアンコに任せると良いとして、少し聞きたいのだが魔物たちの配置換えは可能なのか?」
「配置換え?」
「例えば、今の1階層にいるゴブリンたちを11階層以降に配置して、空いた1階層に新たなゴブリンたちを配置すると言った形だ」
「それは大丈夫。空いている階層が必要なだけだから今から増やしていくからその問題は100階層作るまでは気にする必要はないんだけど」
そうか、可能なのか。
もしも不可能であるならばまた障壁をぶち抜いて移動させるしかないと考えていたが、それもまた手間ではあるためダンジョンシステムで可能であることは単純にありがたい。
「……って、どうしてテンマが一般的なダンジョンの形を知っているの?」
「一般的なダンジョンの形?」
ゴブノスケの怪訝な顔に、逆に我こそがよく意味が分からずに首を傾げる。
「一般的なダンジョンでは浅い階層の魔物の位階は低くて、階層が深くなればなるほどに魔物の位階が高くなっていくんだ。強い冒険者を疲れさせるためだったり、あんまり強くない冒険者をおびき寄せるためだったりするみたい」
なるほど確かに。それは理に適っているように思える。
ゴブノスケの言葉に素直に頷いて自分の意見を述べる。。
「我は単純にボスに近いダンジョン魔物が強ければそれだけ冒険者も燃えるだろうという、ただそれだけだ」
「……あ、そうなの?」
我へと首を傾げたゴブノスケへと「だが」と付け加える。
「今このダンジョンにいるゴブリンたちには常に最深層に置いておきたいという気持ちはある」
「え?」
今の5階層までのゴブリンたちは第2位階から第3位階まで。
今から新しく配置するゴブリンたちが全て第3位階のゴブリン達だとした時、5階層までのゴブリンたちに限っていうならば先ほどゴブノスケと我が言っていたことと反する。
首を傾げるゴブノスケは当然の反応だが、我は断固たる自信をもって言う。
「奴らが自身の強さに満足しない限りまだまだ伸びるぞ?」
ダンジョン魔物たちはおそらくシステム上、マスターや主へと従う本能を持って生まれてくる。その点ではどのダンジョン魔物でも古参だろうが新参だろうが変わりはない。だが、100年以上をゴブノスケと共にしてきたゴブリンたちのゴブノスケに対する感情は本能以上のものだ。
「貴様とダンジョンのゴブリン達の絆は間違いなく武器になる。今ではなくこれからの奴らを見据えてやれ」
「……うん、わかった」
ゴブノスケが嬉しそうに頬を緩める。
我はゴブノスケではなくゴブリンたちの将来性を褒めたつもりではいたのだが、まるで己のことのようにゴブノスケが喜んでいる。いやゴブノスケのことだからゴブリンたちを褒められることこそが己のことのように喜ばしいことなのだろう。
喜んでいたゴブノスケをなんとなく眺めていると、ふとゴブノスケの表情が「あ、そういえば」と変わった。
「アンコちゃんのおかげでダンジョンシステムの上限を突破してダンジョン魔物を生み出した、というところまでは理解できたんだけどアント種をどうして全階層に配置しないの? アンコちゃんなら全階層に配置すればいいんじゃない?」
「ほぅ」
ゴブノスケにしては珍しく鋭い意見だ。少し驚いてしまう。
「既にゴブリン達は各階層ごとで見事なまでの連携を発揮し始めている。そのため、アントたちを今更配置しても逆に不協和音になりかねん。もしもアントたちを配置するならば新しいゴブリンたちを配置する時だけにした方が良いだろう」
「そうなの?」
「10階層のダンジョン魔物たち以外は皆ザッカスの戦いを学習しようとしてこの1カ月で随分と成長している。単純に余計なお世話だと思うぞ」
「そっか……それはきっと僕が眠っていた間に皆を見てきてくれた君の意見が正しいんだろうね」
「うむ、我を信じるが良い」
「よし、じゃあ早速強化に取り掛かろうか!」
ゴブノスケがダンジョンマスターメニューを開いてぼそぼそと独り言を呟き始める。
我はそれを、少しばかり興奮しながら眺めていた。