第3話「魔王の片鱗」
「仲間のために命を諦める、か。弱者には弱者なりの強さがあるということだな、ハイゴブリン」
縛られたレッドゴブリンが二体と、それへ武器を向けている冒険者が二人。装備を見る限りは魔術師系と探索系の冒険者といったところだろう。
それから少し離れたところで倒れているハイゴブリンとそれに切りかかっていた冒険者。こちらは見るからに前衛系だ。
一応どれほどの威力を出せるのか冒険者の一撃を受けてみたはいいが、想定通りすぎてため息をついてしまう。
「さて、冒険者よ。我はハイゴブリンに用があってな。今なら見逃してやっても良いぞ。さっさと尻尾を巻いて逃げれば何もせん」
「あ? なんだいきなり入って来やがって!? おい、てめぇらこいつをぶっ殺すぞ!」
「おっけーだリーダー!」
「魔族とはまた珍しい。見習い冒険者か何かか?」
「だろうな! 不意に現れて俺の一撃を受けただけで勝ったと思ってるくそ雑魚だ!」
雑魚が随分と吠えてくれるものだ。
なんとなく滑稽でそれを眺めていると今度は後ろから袖を引っ張られる。
「き、君! どうしてここに!? 悪いことは言わないよ! 君じゃきっと勝てない! 逃げるんだ!」
ハイゴブリンが半分泣きそうな顔で必死に袖を引っ張ってくる。
「……なるほど」
この状況で自身の身ではなく我の心配をするとは。
「単なる弱者ではないと褒めてやるぞハイゴブリンよ」
「うぇっ!? あ、ありがとう……ってそうじゃなくって! 早く逃げるんだ!」
「とりあえず手を放せ。邪魔だ」
「じゃ……邪魔って。僕の話聞いてる?」
「我が聞きたいのは先ほどの話だ。それ以外は今はどうでもいい」
「いやいやいや本当にそれどころじゃないから!」
なにやら少し混乱してしまっているのか、なかなか手を放さないハイゴブリンはこの際無視する。あの程度の相手なら片手でも十分だからだ。
「何をゴブリンと戯れてやがる! 死ねや!」
「かわいがってやるよ!」
「ロックボール!」
右からは剣が、左からは短剣。後方から人族の頭ぐらいの大きさの岩の塊が飛んでくる。そのどれもこれもがそもそもとして遅すぎる。
あまりにも稚拙。
だが、それでもそこに殺意が含まれていることには変わりはない。
「さて、我を殺す気で来たのだ。死んでしまっても文句はあるまい?」
自由な左手で、まずは短剣を振りかざした冒険者の首を跳ね飛ばし、その勢いのままで剣を振り下ろしてきた冒険者の腹を無造作に貫く。引き抜いた左腕で岩をそのままはじき返す。
「む」
魔力を手にまとって反射させたせいで勢いが強くなりすぎてしまった。これはおそらく。
「ひ」
魔術師の冒険者の悲鳴が一瞬だけ聞こえて、すぐに破裂音。上半身がそのままはじけ飛んだ。
「え? ……はい?」
「ゲ、ギャ?」
ハイゴブリンと縛られたレッドゴブリンたちの呆けた声にまでこの際反応する必要はない。腹を貫かれたせいで我の足元で瀕死になっている冒険者へと視線を向ける。
「ば、ばか……な」
「安心しろ。我は貴様のように時間を無駄にするような頭の悪い趣味はない。すぐに殺してやる」
「て、てめ」
何やら話したそうな冒険者だが別に聞いてやる必要もないためそのまま頭を踏みつぶす。
「……?」
スキンヘッドの冒険者を殺してすぐに違和感を覚えたのだが、周囲を見回してその正体を理解した。
「死体がない?」
はねた首がなければ、肉片になったはずの上半身も、首から先が潰れている体もない。
「……何が起こっている?」
誰かが魔力を発動した気配は間違いなくなかった。
となると考えられる可能性としてまず浮かぶのが神の干渉だが、わざわざ人族の死体を片付けるためだけに神が干渉したという考えは流石に腑に落ちない。
ならば我に気配や魔力を気取られずに魔術を発動した猛者がここのどこかに――
「――ぼ、僕が教えるよ。さっきの話の続きもあるし」
「……」
全てを理解しているかのようなハイゴブリン言葉に、我が封印されていた時の長さがあるように聞こえた。
ダンジョンシステム。
魔王テンマが封印されてから200年後。
つまりは現在から約300年前に神が決めたシステムだ。
凝りもせずに人族と魔族が戦争を行おうとしていたことに辟易した女神と魔神が『どうしても戦争をしたいならば神の試練を乗り越えて行え』という神託を下したのが300年前。
その神託から100年が経過し、つまりは現在から200年前。
神託通りに世界へとダンジョンシステムが実装された。龍王域以外では唯一魔族と人族の領地を結ぶ地点には神々の障壁が施され、そこからさらに50年の歳月をかけて54人の勇者と54体の魔物が力を授けられることとなった。
人族と魔族の領地にそれぞれ26人の勇者と25体のダンジョンマスター、龍王域には2人の勇者と4体のダンジョンマスターが女神と魔神の代表者として争い、ダンジョンの数が0になれば障壁がなくなり再び人族領と魔族領が通じることとなる。
魔族も人族も勇者でなくともダンジョンに入ることが出来、あまり公平性があるとはいえないこの試練は、つまりは神々の遊びと言った方が正しいのだろう。
そもそも戦争をさせたくないならば何のルールもなく障壁を張ってしまえば解決する問題であり、さらにいうならばダンジョンマスターに対抗しうる勇者の力など必要がないからだ。
ただ、この効果は絶大だった。
戦争をするには人族と魔族がそれぞれの領地のダンジョンを踏破し、ダンジョンマスターを殺し、さらには龍王域にあるドラゴンのダンジョンマスターを討伐しなければならない。
そもそものダンジョンマスター次第では踏破することが難しいダンジョンもあることと、両陣営が交戦の意思をもつ必要があること、ダンジョンマスターは54という最大数になるまでは1年に1度増え続けるということから実質的に戦争は不可能になった。
神々のどこか不真面目な神託が上手だったところはそれだけだと人族も魔族も不満を覚えてしまうといったところも解決したところだろうか。
ダンジョンの奥深くでは見たこともないような珍しい素材をもった魔物も目にすることができるようになり、さらにはダンジョンの魔物はダンジョンマスターが死なない限り無限に存在する。つまり、狩り放題であるというところに彼らの欲望が向いた。
こうしてほぼ同時期にダンジョンへ潜ることを主な生業とする冒険者が生まれ、それらを管理するために冒険者ギルドが設立され、国益が得られるようになり、現在ではある程度ダンジョンの数がギルドと国によって管理されることとなっている。
一部では大冒険者時代とでも囁かれるほどに、今ではダンジョンを目指して一獲千金を狙う人間が増えている。
そんな、大体のダンジョンには冒険者が入り乱れるような時代の中、ハイゴブリンがダンジョンマスターとして作成したダンジョンは人族領の中にあるダンジョンの中でもダントツで人気がない。
理由としては簡単。
稼げないからだ。
ダンジョンのゴブリンから得られる素材は主に彼らが装備していた武器や防具がドロップ素材となるのだが、ゴブリン種の中で最弱種とされるグリーンゴブリンの装備は棒切れであったり、木製の胸当てや盾といった非常に価値の低いものばかりで、はっきり言ってしまえば金にならない。
人族領にあるダンジョンの中ではたった二つの初心者向けダンジョンとして冒険者ギルドに設定されているおり、初心者向けダンジョンとして設定されているダンジョンであれば、初心者の冒険者に人気が出そうなものだが、そうはなっていない。
こちらの理由はハイゴブリンのダンジョンはドがつくほどの田舎にあることが問題となっている。
王都の近くにも初心者ダンジョンとして認定されているダンジョンがあり、そちらの方がお金になる。人も盛んでチームを組みやすいことや周辺には次のステップとしても適正なダンジョンがあり、わざわざ僻地に向かってまで行く価値のあるダンジョンではない。
要するに金にならないことと僻地にあること。
この2点からハイゴブリンのダンジョンは絶望的に人気がない。
「……と、いうのが現状なんだよ」
「ふむ、なるほど」
最初に我が目覚めた部屋でハイゴブリンからのどこかたどたどしい説明を受け、時折質問を挟みながらも、やっと理解した。神が携わっていたとなるとダンジョン関連のほとんどのことにも納得ができる。
つまりダンジョンマスターであるハイゴブリンが神のシステムを使うことで我の封印を解除することに成功し、我はダンジョンの魔物という存在になったということか。
「……なぜ我がダンジョンボスになっている? それまでは他のダンジョンボスはいなかったのか?」
「うん、システム的にダンジョンボスは設定できてなかったんだ。だから唯一このダンジョンで適正があった……わかりやすくいうとダンジョンボスになれる強さをもってた君が自動的にダンジョンボスになったんだと思う」
「なるほど……それと先ほど冒険者が消えたのはなんだ? 今までの話だと説明がつかん」
「あ、それは僕のダンジョンの特性というかルールというか、そういうやつなんだよね」
「ダンジョンの特性?」
「うん! 最初にダンジョンマスターになった時に不殺ルールっていうのがあったから選んだんだ!」
「……不殺ルール」
我ながら馬鹿みたいな、おうむ返しになってしまっているが聞きなれない言葉が多すぎるのだから仕方ないだろう。
「このダンジョンでは人も魔物も死なないんだ。人がダンジョンで死んだら素っ裸で外に放り出されるけど死にはしない。魔物がダンジョンで死んだら素材だけが残って一日後に復活するんだよ」
「……随分と甘い世界だな」
「う、うん。他のダンジョンはどうか知らないけど。少なくとも僕は誰にも死んでほしくなかったから……ダンジョン魔物も魔神様のシステムで生まれたとはいえ、ちゃんと生きてるんだし、だったら死んじゃうと悲しいでしょ?」
「……」
魔物としては珍しく随分と甘い考えでどこか照れたように笑みを浮かべるハイゴブリンを思わずまじまじと見つめてしまう。ゴブリンは確かに昔から人族のように群れて動く風潮があったためそれが関係しているのかもしれないが、それでも珍しい考えであることは間違いない。
「それもあって、さっきみたいなタチの悪い楽しみ方をする冒険者に目をつけられちゃったっていうのもあるかなぁ……うん、これで大体の説明は終わったかな! 細かいことは追々説明するとして僕からも一つ質問!」
「?」
「君の名前は?」
「我はテンマだ」
「テンマ、か! テンマね! うん、覚えた!」
「……」
「あれ、どうしたの?」
神や勇者たち以外から名前で呼ばれたのは一体いつ以来か。
魔王と呼ばれるようになってからは名前など呼ばれることなどなかった。それこそ封印されていた時間を除いて百年ぶりぐらい……いやもっとかもしれない。
シンプルに懐かしい感覚が思い出されてどこかがむず痒い。
元魔王がハイゴブリンというお世辞にも優れた魔物とはいえないゴブリンの下で動く。我に誰よりも従っていた執事がいればなんと言われたかもわからんが――
「あぁ、これから頼むぞ……そういえば、不殺設定があるということは先ほどの冒険者はまだ生きている、ということか」
「そうだと思うよ」
「まぁ、次来たらまた我が殺せばいいだけか」
「期待してるよ、テンマ!」
「任せるが良い」
――これはこれで悪くないのかもしれない。
冒険者からも馬鹿にされ、ほかのダンジョンマスターからも馬鹿にされていたハイゴブリンのダンジョン。
通称『グリーン』にこの念願のダンジョンボスが誕生した。
これからこのダンジョンがどう変化していくのか。
それを知るのまだこれから先のことになる。