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第37話「禊」



 ――せめて。


 ザッカスは自身の前に対峙したゴブリンキングを見て、心の中で一つのことを決意する。


「ゴブリンキングよ。あんたに殺される前に一つだけ、ここのダンジョンマスターのハイゴブリンに伝えて貰いてぇことがあるんだが」

「?」


 ゴブノスケが僅かに首を傾げて、それから少し逡巡したかのように黙り込んだのだが、そのまま何かの言葉を発することなく頷く。もちろん黙り込んだのは自身がそのダンジョンマスターだということを言おうかどうかを悩んだから。結局、自分がそのハイゴブリンだと言わなかった理由は単純にその方がザッカスの本心を聞くことが出来るのではないかと、彼にしては珍しい直感が働いたからだ。


「へへ、そいつぁありがてぇ」


 そんなゴブノスケの意図はつゆ知らずに、ザッカスはすぐさまその場で土下座を。


「あのハイゴブリンと、このダンジョンのゴブリンたちにやっちまった意味のない暴力、傷害。本当にすまなかった。攻略するためじゃなく、強くなるためじゃなく

、ただ俺が楽しむだけの本当に意味のないことだった。それを、その当たり前の感覚をこのダンジョンに挑み続けて思い出した」

「……」


 ハイゴブリンが目を閉じ、その言葉に黙って耳を傾ける。


「謝って許されることじゃねぇってわかってる……けど、謝りてぇ。悪かった。すまなかった、本当に。それと、ありがとうな」

「ありがとう?」

「ああ、おかげで久しぶりに今が楽しいって思えてる。それもこれもこのダンジョンを作ってくれたハイゴブリンと……あとは認めたくねぇがそこの魔族の男のおかげだ」

「……そっか、君はこのダンジョンで変わったんだね」

「変わったというか戻ったって感覚だが、その通りだ」

「そっか……うん。そっか」


 ゴブノスケが何度も頷いて、それから目を細めて言う。


「許すよ。その謝罪も受け取る」

「? いや俺が許してほしいのはあんたじゃなくて――」


 突然、まるで自分への言葉のような反応をされて、土下座のまま顔を上げて困惑するザッカスに対してゴブノスケは笑顔を浮かべた。


「――僕がそのハイゴブリンだよ」

「……は? 何言って?」

「ダンジョンマスターのハイゴブリンが進化した姿。それが今の僕だ……ちなみに名前はゴブノスケって言うんだ」

「……え?」


 ポカンとした表情になり、そのまま縋るように魔族の男――テンマ――へと視線を送ったザッカスへと、テンマは静かに頷いてゴブノスケの言葉を肯定する。


「は、ははは」


 土下座の姿勢から立ち上がろうとしたのだが膝に力が入らないらしく、今度はしりもちをついた状態になって乾いた笑い声を漏らすザッカス。その姿勢のままで、一瞬だけ黙り込んだかと思えば真顔になってから「なら」と今度こそゆっくりと立ち上がった。


「ゴブノスケ……さんよ。俺はザッカス。俺の最後のケジメ、つけてくれるか?」


 その言葉の意味は聞くまでもなく、ゴブノスケも理解が出来た。


「いいよ」


 その言葉が終わるとほぼ同時。


 ともすれば不意打ちにも近いようなタイミングではあったが、それは今やもうゴブノスケとザッカスにとっては些細なことだった。道中に拾っていた鋼の剣でゴブノスケの足を狙って振り下ろされた一撃を、ゴブノスケは容易く振り払ってその一撃をはじき返す。

 その衝撃の強さに剣を握っていたザッカスの腕が一気に痺れるのだがその痛みを無視して、今度は左手に装備していた盾でゴブノスケの体を弾き飛ばそうと、その鋼の盾を叩きつける。

 が、ゴブノスケには通じない。単純にゴブノスケの左腕がザッカスの盾を突き返して、弾き飛ばされた方はザッカスだった。


「ぐ」


 盾ごと体を突き飛ばされて地を滑っていくザッカスに、ゴブノスケはその場から飛び上がり一直線にその脳天へと金の剣を突き下ろした。


「く、そ」


 頭を貫かれてそのまま消失していくザッカスへと、ゴブノスケは明るい声で告げる。


「また、いつでも待ってるよ」

「……」


 その言葉を、ザッカスは死に際でも理解できたらしい。目を丸めて、それから「はっ」と笑ってその場から完全にその姿を消した。


「よし!」


 ゴブノスケの明るい声が一室に響き、静かになったダンジョンへと小さく反響していく。

 それはまるでダンジョンに本物の主が帰ってきたかのように――


「じゃあそろそろダンジョンの強化……やっちゃおっか!」


 ――いや。


 遂に帰ってきたのだ。

 ダンジョンマスターがこのダンジョンに。





 ザッカスがダンジョンで最後の禊を終えたその数日後。

 港都市マリージョアにて3人の若い男女が見習い冒険者になるべくギルドの門戸を叩こうとしていた。

 一人は短髪で、この国では随分と珍しい黒い髪と黒い瞳を持った少年。太い眉とどこか自身にあふれた表情は凛々しく、これからの自分に大きな期待を持っていることが見ているだけでも理解できるだろう。

 また一人はその少年と大して変わらない年齢だろうか。性別は男だがその茶色い髪は肩にかかるほどに長く、前髪は額から分けられている。こちらは無表情で、だが顔色は少し赤く、やはり興奮していることが見て取れる。

 最後の一人は、年齢はやはり他二人と変わらないであろう程度の少女。桃色がかったその長い髪を後ろで一括りにしている彼女は他二人の少年に比べて元気いっぱいといったところか。笑顔を輝かせて、まるでこの瞬間を待ち望んでいたかのような表情を浮かべている。


「遂に俺たちが冒険者になる時がきたな!」

「長かったな」

「そうね!」


 ここから随分と離れた田舎に住んでいた3人は村から強引に出てきた。

 村の慣習に幼いころから反発心を抱いてきた彼らは、けれどまだ若く体力も知識もないことからじっと我慢してその村で過ごしていたのだが、15歳を迎えた彼らは遂に村を出てきた。

 こっそりと、親にも知らせずに。


「これから俺たちは名前を上げるんだ!」


 黒髪の少年の言葉に、二人の仲間が笑顔で頷く。

 その一歩目を踏み出したところで、だが突如冒険者ギルドから出てきた男にぶつかった。まだ15歳の彼らとは体格が一回りも違うため、いとも簡単に弾き飛ばされた黒髪の少年は「いってて」とぶつかってしまった鼻をさする。

 ギルドの中からは「あちゃー、めんどくせぇ男にぶつかっちまったなあのガキ」


「誰か助けてやれー」

「おめぇが行ってやれ」


 などと数々の言葉がギルド内で飛び交うのだが、もちろんそれで本当に動くような優しい冒険者はいない。

 めんどくさい男、という言葉に若干しり込みしそうになった少年が、それでも持ち前の負けん気を持ってそのぶつかってきた男を睨みつけると、その男はスキンヘッドの強面を少し緩ませて「悪かったな」と少年の手を掴み引き上げる。


「あ、えっと」

「俺はザッカスだ。お前らは冒険者志望……ってとこか?」

「あ、おう。そうだ!」


 少年なり強い言葉で頷いて見せたのだが、その語気の粗さにはスキンヘッドの男は反応せずに頭を下げる。


「そうか、それは幸先が悪ぃことをしちまったな。ま、冒険者生活も慣れてくりゃ楽しいもんだ。頑張れよ」


 そう言ってその場を離れていくスキンヘッドの男。

 ――めんどくさい男って、どこが? 

 それを3人同時に思って再度ギルドの扉から聞こえてくる声に耳を傾ける。


「……おい、あれ誰だ?」

「あ、ああ……は? なんだ、ザッカスの野郎。今日は珍しく大人しいとは思ってたがどっかで頭でも打ったか?」


 開きっぱなしのギルドの扉から再度聞こえてくる声の頼りなさに、自身がまた謝っていないことに気付いた黒髪の少年が「すいませんでした」とつい素になって謝罪の声を投げかける。


「……」


 その言葉に返事はせず、スキンヘッドの男は右手をひらひらと振ってその場から離れていく。

 少年たちは、スキンヘッドの男の離れていく背中へと熱のこもった視線を送るのだった。





 港都市マリージョアでは未だにグリーンダンジョンの異変についてはそこまで問題視されていない。

 それはザッカスがグリーンダンジョンでその異変をギルドマスターへと知らせていないことを意味している。もしもあのダンジョンの内実を知らせていればすぐさま状況は変わっていただろうが、それは結局『もしも』の話。

 オリヴィエパーティはやっと護衛の依頼を終えて、この都市へと戻る道を歩き始めたばかり。

 彼らがグリーンダンジョンにたどり着くまで、まだ少し、時間がかかる。



すいません、次話(明日予定)がほぼ設定回となってしまいました。

次々話(明後日予定)と合わせて読んでいただいた方が良いかもしれません。明後日も動きが少ない話になりそうではありますが汗


あとせっかくあとがきを書いたのでこの場を借りてお礼をば。

読んでくださっている皆様、ありがとうございます。特にいいね、ブクマ、評価、感想をくださっている皆様、本当にモチベになっております。

これからも一日一話更新を維持できるように頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。

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