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第33話「ゴブリンキングVS元魔王」



「殺す気で来るが良い」


 ボス部屋でテンマに、今にも襲い掛かろうと構えるゴブノスケには自信があった。

 かつてなく溢れる力。いうなれば全能感とでもいうべきか。

 自身が神によってダンジョンマスターに選ばれた時、ハイゴブリンへと位階を上げたその時と比較してもなお今回の進化は溢れる力の度合いが全くもって違っていた。

 戦い自体をあまり好んでいないゴブノスケですら自身の力がどれほどのものであるのかを知りたいと感じている。テンマから提案された力比べに頷いたのはそのためだ。


 ――名を与えられた側に敗北しちゃうときっとテンマが落ち込んじゃうだろうな。


 力比べをしようと提案を受けた時に、迷いを見せていたのは本当にテンマに勝ってしまうかもしれないというゴブノスケなりの優しさだった。とはいえダンジョンマスターがダンジョンボスよりも強くあって何が問題なのか。むしろ強い方が良いに決まっていると考えて、ゴブノスケは頷いたのだった。


「……?」


 そうしてボス部屋で対峙していた二人だったのだが、一向に構えようともしないテンマへとゴブノスケが首を傾げた。


「構えないの?」

「お前に構えても仕方あるまい?」

「カッチーン」


 あまりにも自然体でいるテンマの答えに、流石にゴブノスケもイラっとしたらしい。特に力が溢れている自負があるの今のゴブノスケの状態のことを鑑みると、それもまた自然のことかもしれない。


「だったらゴブリンキングになった僕の強さを見せてやるさ!」


 テンマから一定の距離を保ったままで、円を描くように走り出す。


「『二重強化』!」

「ほぅ」


 以前にテンマと戦った冒険者マリーが唱えていた肉体を強化する魔術。それを呪文を省き魔術名のみで魔術を発動する、いわゆる省略詠唱で発動したゴブノスケにテンマが小さく驚きの声を上げた。

 見るからに動きが早くなったゴブノスケが金の剣でテンマの腕へと振り下ろす。それを、テンマは無造作に手刀を合わせた。金属が打ち合う鋭い音が部屋一帯に響きわたる。


「む」

「えぇっ!?」


 テンマはゴブノスケの金の剣の切れ味に、ゴブノスケはその剣を手刀で受けられたということに対して反応の大きさに差異はあれど、驚きという感情が二人から同時に漏れた。

 手刀と剣での鍔迫り合い。

 至近距離からゴブノスケの金の剣を見つめていたテンマが「なるほど」と小さく呟く。


 ゴブノスケの一見して実用性皆無の装備品には十分な魔力が流されており、切れ味や頑丈さにおいては従来の装備品とは比べ物にならない程に優れている。金が他の金属類に比べて魔力の伝導率が圧倒的に高いからこその装備。欠点は重いことだが、それはゴブリンキングに進化したゴブノスケの身体能力により問題なく金製の装備品を扱っている。

 魔力が豊富で身体能力も優れているゴブリンキングという種だからこそ、実用的になっている装備。


「なるほど、王種は伊達ではないということか」


 テンマが呟く。

 それから鍔迫り合いの状態から一転してゴブノスケを弾き飛ばした。お互いの距離がまた開き「ぐ」というくぐもった声を放ちながらもゴブノスケはすぐさま態勢を整えた。


「……今更ビビっても遅いからね! 『雷撃の一閃』


 左手から放たれた一筋の雷撃がテンマに襲い掛かる。光の如き速度で襲い掛かるその一撃を回避することはほぼ不可能。省略詠唱で、かつ隙がないその一撃は威力よりも命中させることに狙いを置き、体をしびれさせるために放たれた魔術。


 絶対不可避の一撃だった。


 このまま勝負を終わらせるつもりで、ゴブノスケは放った瞬間にはテンマへの距離を詰めようと走り出す。着弾したかはゴブノスケでは知覚は不可能。それほどにその魔術は速い。だからテンマがその場から一歩も動いていないという事実を見て、ゴブノスケは魔術が直撃したと判断。


「これで!」


 テンマの喉に剣の切っ先を突き付けて勝利を宣言しようとゴブノスケが間合いを詰めたところで「ああ、終わりだ」とテンマの腕が伸びてゴブノスケの首を掴んだ。

「っ!?」


 声を失い、喉を掴まれたことで身動きを取れなくなってしまったゴブノスケが、剣を手から離して両手を上げる。

 いわゆる降参のポーズ。

 これで決着。

 喉から手を放し、テンマが「うむ、成長したな」と素直な誉め言葉をかけるテンマにゴブノスケは「ゲホゲホ」と咳をしながら呼吸を整える。


「今の……避けたの?」

「速度はあったがあまりにも魔術が線だったからな。半身をきれば当たりようがなかったぞ」

「あれを避けることができる段階で僕じゃ歯が立たないね……僕じゃ目でも追えないよ」


 流石テンマ、と笑うゴブノスケに「いや」とテンマが首を振る。


「一度も攻撃を避けるつもりがなかった我に回避させたのだ。見事だぞ?」

「……それって見事なのかなぁ?」


 苦笑いを浮かべながら首を傾げたゴブノスケの言葉だったが、テンマは「うむ」と頷く。


「最近こちらへと訪れた、なかなかに洗練された動きの冒険者たちでは果たせなかったことだ。今のお前ならば大体の冒険者も退けることが出来るだろう」

「そっか。そういわれるとなんだか嬉しいよ……って、ん?」


 テンマの言う洗練された動きの冒険者たちとはヴァレンスパーティのことで間違いなく、シルバー級冒険者の二人よりも万年負けしかしらなかったゴブノスケの方が強いという心強い言葉なのだが、ゴブノスケはそれよりも別の点に首を傾げる。


「冒険者来たの!?」

「ダンジョンの告知をしておいたぞ」

「告知? ちょっと詳しく教えてくれる?」


 意味が分からずに頭にいくつもの疑問符を浮かべるゴブノスケの言葉は至極全うなものではあるのだが、テンマは「いや」とそれを否定した。


「それよりも先に、お前の目覚めを今かと待ちわびていた連中に挨拶をしてやれ」

「あ、そっか。そうだね! 皆今の僕の姿を見たら驚くだろうなぁ」


 ふふふと微妙に薄気味悪い笑い声を漏らすゴブノスケだったが、テンマもまたクククとそれに負けないレベルの薄気味悪い笑い声をぶつける。


「そうだな。だがお前も驚くことになると思うぞ?」

「……んん? どういう――」

「――折角だからただ挨拶をするのではなく、このダンジョンに挑めば良いのではないか?」

「はいいい?」


 ダンジョンマスターがダンジョンに挑むという聞いたこともない提案を受け、ゴブノスケが困惑の声をあげた。


「ダンジョン魔物たちはお前を驚かせたい。そして貴様は貴様の成長した姿を見せたい……となればそれが最もわかりやすいのではないか?」

「……んん? んー」


 一理があるようにも聞こえるテンマの言葉に、ゴブノスケは首をひねって頭を悩ませる。


「すごくやってみたいけど……みんなに攻撃するのは気が引けるなぁ」

「なぜだ?」

「なぜって……だって仲間だし、なんなら家族みたいなものだしさ」


 ゴブノスケらしい悩み方だが、それをテンマは心底理解できないようでひたすらに不思議そうに尋ねる。


「別に仲が良くても殴りあうことなど特別に異常なことでもあるまい。重要なことはそこに憎悪などの負の感情があるかどうかではないのか? 少なくとも今のダンジョン魔物たちは戦うことそのものを忌避しているようには見えんぞ」

「……そっか。そういう考えも……あるのか」


 衝撃を受けたように黙り込んだ時間はほんの僅か。すぐに顔を上げたゴブノスケは笑顔で「わかった」と頷いた。


「やるよ! 皆を驚かせるぞ!」

「うむ、貴様はともかくダンジョン魔物たちは死んでも明日には復活する。思う存分に遊ぶが良い」

「わかった、任せて!」

「ダンジョンの魔物たちには我から知らせておく。確か貴様はダンジョン内なら転移が可能だったろう。入り口にまで転移で移動して、好きなタイミングで始めるが良い」

「よぉし、頑張るぞ!」


 魔物とは思えないほどに平和を好むゴブノスケも、やはり魔物。それを裏付けるように今のゴブノスケの笑顔はこれからのダンジョン攻略に意欲的なそれ。そんなゴブノスケが「あ、そういえば」と呟いてテンマへと言う。


「テンマ」

「……む?」


 すぐに転移するだろうと考えてゴブノスケから意識を外していたため、珍しくも若干に反応が遅れたテンマへとゴブノスケは笑って言う。


「今までダンジョンを守ってくれて、ありがとう……これからは僕も戦うからね! この挨拶が終わったらダンジョンの改造もしたいし! これからも宜しく」

「……」


 不意打ちの言葉とでもいうべきか。

 テンマが口を開いたままで固まってしまった。


「……テンマ?」


 反応がないテンマへとゴブノスケが首を傾げたところで復活。


「……我は試したいことを試していただけにすぎん。礼は我ではなくダンジョン魔物たちに言ってやれ。お前のために皆、日々を成長しているぞ」


 そっぽを向いて呟いたテンマの言葉には照れ隠しのようなものが含まれているのだが、それを知ってか知らずか。

 ハイゴブリンは笑顔を浮かべて「もちろん!」と頷いて、そのままダンジョンを転移して姿を消した。


「……」


 沈黙に包まれたテンマが一人になったことを見計らって呟く。


「悪くない感情だ」


 小さな笑顔をそのままにダンジョンの魔物たちへと伝言を発するのだった。

 こうしてダンジョンマスターであるゴブノスケが己のダンジョンへと挑むことになった。

 だが、ゴブノスケの目覚めと共にダンジョンのゴブリンたちの位階があがったことを、彼らはまだ知らない。



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